無人島編でカガリちゃんは言い訳不可能だし、バルトフェルドさんが止めようがキラくんは問答無用でアスランくんにボコられて捕まりそうだし……
〈55〉
「僕はコーヒーには、いささか自信があってねぇ。まぁそこに掛けて、寛いでくれ」
バルトフェルドは自らブレンドした強い香りの珈琲をクロトに振る舞うと共に、その一室にオブジェの様に飾られた奇妙な化石の模型を示した。
その模型は一見魚の様な姿をしているものの、水生大型哺乳類風の骨格をしたその模型の背中には、羽の存在を示唆する形状の骨が生えている。
「何でこれを羽クジラと言うのかね? 普通クジラに羽はないだろ?」
「……
木星探索中に発見された、世界初となる地球外生命体はその形状から羽クジラと名付けられ、今も全世界で生態系の研究が行われている。
しかし本来クジラの定義は、あくまで水生の大型哺乳類である。
羽の生えた──つまり何らかの飛行能力を持つと推測される生命体が、果たしてクジラと言えるのだろうか。もっと他に相応しい名称があるのではないか。バルトフェルドの相手の知的水準を試す様な問い掛けに対して、クロトは慎重に答えた。
「理解が早いね。学問にも興味が?」
「いえ。……盟主様に、一通りの基礎教養は身に付けておくようにと言われたもので」
戦闘能力において、アズラエルの要求する水準をクリアしたクロトが次に求められたのは頭脳だった。
勿論、脳に多数のインプラントを埋め込んで身体能力を高めたクロトの学習能力には脳構造上の限界があった。それでも当時、知性を取り戻した唯一の生体CPUだったクロトは脳の耐久実験を兼ねて、様々な分野における英才教育が行われたのだ。
その知的水準はもちろん専門家には到底及ばないものの、所詮はナチュラルの少年兵だと何処か軽く見ていたバルトフェルドにとって、興味深いものだったのである。
「……そうか。ところで私のブレンドの味はどうかね?」
「面白い味ですねえ。持って帰りたい位です」
クロトの返答に満足したバルトフェルドは自らも珈琲を啜ると、羽クジラの化石の模型を見て可笑しそうに笑う。
「楽しくも厄介な存在だよね、これも。……こんな物見つけちゃったから、希望というか……可能性が出てきちゃった訳だし」
「
「あぁ。……人はもっと先へ行けるってさ。この戦争の根っこだ」
様々な分野で業績を残し『万能の天才』と称されたジョージ・グレンは木星探索に向かう際、自らが遺伝子操作によって産み出された人間だと告白し、自らを今後現れる新人類と旧人類の架け橋である調整者だと自称すると共に、その製造方法を公開した。
そんなジョージ・グレンが木星で発見した羽クジラの発見は、ジョージ・グレンの極めて高い能力を改めて示すと共に、人類に一つの可能性を示した。
木星……
そしてジョージ・グレンの願いとは裏腹に、彼に続くべく産み出されたコーディネイターは自分達より能力の劣るナチュラルを蔑み、ナチュラルはそんなコーディネイターを憎んだことが原因でこの戦争が始まったのである。
バルトフェルドが目の前の不思議な少年兵と何を話すか考えていると、扉の外から放たれた勇ましいアスランの声が響き渡る。
「──アスラン・ザラ! テロリストの掃討を終え、只今帰還いたしました!」
「入ってくれ。君に会わせたい客人が居るんだ」
「は! それでは失礼致します!」
部屋に入り、クロトの顔を見たアスランはその場で首を傾げる。
「……バルトフェルド隊長、失礼ですが彼は? あいにく自分には、彼とお会いした記憶がないのですが……」
「僕は地球連合軍所属──クロト・ブエル中尉です。お会い出来て光栄ですよ」
一瞬の沈黙の後、クロトの正体を理解したアスランは猛烈な勢いで激昂した。
「お前が……レイダーのパイロットか!」
「銃を抜くのは止めたまえ。今日の彼は私の恩人で、ここは戦場ではない」
「ですが!」
ポーチの拳銃に手を掛けたアスランを、バルトフェルドは静かな口調で制した。しかし突如目の前に現れた因縁の相手であるクロトに、興奮冷めやらないアスランはそんなバルトフェルドの言葉に食って掛かる。
そんなアスランの様子に、バルトフェルドは呆れた様に肩を竦めた。
「おやおや。クルーゼ隊では、上官の命令に兵が異議を唱えてもいいのかね?」
「……失礼、致しました」
ザフト北アフリカ駐留軍司令官であるバルトフェルドの命令に対して、あくまで兵隊に過ぎないアスランが異議を唱える。バルトフェルドから突き付けられた正論に、アスランは引き下がるしかなかった。
「僕はここで撃ち合いになっても構いませんよ?」
「君が言うと冗談に聞こえんね。……君にとっては、邪魔をするならブルーコスモスであっても敵らしいし」
「……どういう意味ですか?」
自分を睨むアスランを嘲るように笑い、見せ付ける様にポーチの上から銃を弄び始めたクロトを警戒しつつ、バルトフェルドは憤懣遣る方無いアスランに自らの真意を説明し始めた。
「彼は面白い奴でね。私の目の前で、真っ先にテロリストの連中を撃ち始めたんだよ。だから彼と話がしてみたくなって、こうやって招待したというわけだ」
「……」
ブルーコスモスの一員である筈のクロトが、ザフト北アフリカ駐留軍司令官であるバルトフェルドを狙ったブルーコスモスのテロリストを率先して撃つ。
そのあまりにも理解不能な情報に混乱したアスランは、目の前のクロトについて考える事を放棄し、今も地球連合軍に利用されている幼馴染の少女キラの情報をクロトから聞き出そうと考えた。
「……ところで、ストライクのパイロットはどうした?」
「隣室でお粧し中ですが、それが何か?」
アスランの奇妙な問い掛けに首を傾げるクロトの耳に、キラと共に隣室に消えて行ったバルトフェルドの側近の女性──アイシャの艶やかな声が届いた。
「アンディ。お姫様の登場よ」
「おやおや!」
アイシャに手を引かれ、若草色のドレスを着たキラがおずおずと姿を現した。普段は無造作に伸ばしている髪も後ろで纏められ、まさに深窓の令嬢といった雰囲気である。
「ええと……変じゃないですか?」
「ドレスもよく似合うね。板についていない感じも、初々しくて可愛らしい」
「ありがとうございます。──ッ!?」
「お、お前……!」
バルトフェルドの率直な称賛に顔を綻ばせたキラだったが、その直後に背後のアスランを見て動揺し、顔を引き攣らせた。
初めて落ち着いた状況で異性として振る舞うキラを見たアスランも同感で、その可憐な姿に赤面すると共に絶句する。
そんな二人の様子に違和感を抱いたバルトフェルドはアイシャとキラを部屋に招き入れると、アスランに問い掛けた。
「彼女と面識が?」
「……え、ええ。
「なるほど。……例の噂は本当だったのか」
バルトフェルドはアスランの言葉に得心が行ったように頷くが、キラはそんなバルトフェルドの脇を通り過ぎると、自分を見たまま呆然としているクロトに話し掛けた。
「……クロト? 大丈夫?」
「えっ? いや、その……」
もごもごと言葉を濁し、それどころか目線を逸らそうとするクロトにキラは歩み寄ると、目の前に立ち塞がった。
「……似合う?」
「に、似合うねえ……」
「ははっ! 気に入って貰えたようだな!」
互いに赤面して黙り込んだクロトとキラを見て、バルトフェルドとアイシャは可笑しそうに笑い始めた。
そして暫く笑い転げた後──一転して神妙な口調に戻ると、アスランとクロトの二人に問い掛けた。
「さて、空気が和んだ所で本題だが……。君達はどうなったら、この戦争は終わると思う?」
真面目な顔に戻った二人に、バルトフェルドは言葉を続ける。
「戦争にはスポーツの試合の様に制限時間も得点もない。……ならどうやって勝ち負けを決める? どこで終わりにすればいい? 敵である者を全て滅ぼして、かね?」
そんなバルトフェルドの煽る様な問い掛けに対して、クロトはあっけらかんとした口調で答えた。
「地球連合軍とザフトのどちらかが、戦えなくなるまでですよ」
「ほう?」
鋭い目線を向けたバルトフェルドとアスランに対して、クロトはつらつらと言葉を並べる。
「そもそも今回の戦争は自治権と貿易自主権を要求するプラント、それを認めない地球連合という構図でしょう? 地球連合からすれば高い工業生産力を持つプラントを滅ぼすのは惜しいですし、プラントとしても独立後に最大の貿易先と成り得る地球連合を滅ぼすのは惜しいでしょう。ですから、地球連合軍とザフトのどちらかが戦えなくなれば、戦争は終わりですよ」
「なかなか興味深い意見だな。末端構成員はともかく、上層部は意外とビジネス感覚ということかね?」
戦争による利益の獲得。
そんなクロトの戦争論について見当違いの解釈をしようとするバルトフェルドに対して、クロトはきっぱりと釘を刺した。
「ああ、勘違いしないで下さい。これはあくまで僕個人の戦争論であって……我々ブルーコスモスはコーディネイターを一人残らず抹殺するまで、止まらないと思いますよ? とはいえコーディネイターの製造方法が全世界に公開された以上、鼬ごっこだと思うんですけどねえ」
「ふっ。つくづく現実主義者という事か。……君はどう思う?」
バルトフェルドはクロトの無情なまでに現実性を追及した戦争論に一定の満足と理解を示しつつ、もう一人の回答者であるアスランに問い掛けた。
「……私は我々ザフトが地球連合軍を撃破し、地球連合がプラントの独立を認める以外の手がなくなれば戦争は終わると思います」
「ならば彼の意見に賛成ということかね?」
「半分は、ですが」
「半分?」
バルトフェルドの疑問に、アスランは明瞭な口調で答える。
「ええ。たとえ我々が劣勢に陥ったとしても、あの血のバレンタインの悲劇を引き起こした地球連合に屈する事は出来ません。それが私の考えであり、父上も同じ考えだと思います」
「つまり地球連合がプラントの独立を認めるか、あるいはプラントが滅びなければ戦争は終わらないと?」
「はい。それが私の考えです」
地球連合の降参は認める一方で、たとえプラントは劣勢になったとしても最後の一兵まで戦う覚悟である。
それが自分達は選ばれたエリートであるという自負と、愛する母を血のバレンタイン事件で喪ったという怒りから、アスランの導き出した答えだった。
そんなアスランを嘲笑するかのように、クロトは自分の戦争論をあっさり放棄してアスランの論理補強を始めた。
「まぁ、そうですよねえ。……中立国の民間人を虐殺してまで勝とうとしているのだから……プラントは何があっても降参するつもりはないのかもしれませんねえ?」
戦争の終結──つまり停戦条約を結ぶ際に重要となるのは、両者の仲介役となる勢力の存在である。
中立国であり、国策としてコーディネイターを受け入れているオーブがそうした停戦条約を結ぶ際の仲介役となる可能性は極めて高かったのだが、アスランも関与したヘリオポリス崩壊によってプラントとオーブは過去最悪の関係になっていた。
いわば地球連合の最新鋭技術を奪う為に──プラントは自ら停戦に繋がる道の一つを閉ざしたのである。つまりプラントは停戦など考えておらず、勝つ確率を高める為なら手段を選ばない国だとクロトは言い放ったのだった。
「そもそもお前たち地球連合軍が……ヘリオポリスであんなものを造っていたから悪いんだろう!」
「だから罪もない民間人が死んでも仕方ないと、貴方はそう言いたいんですよねえ?」
「……お前という奴は!」
徐々に険悪な空気が流れ始めたアスランとクロトを見て、バルトフェルドは溜息を吐くとキラに話し掛けた。
「ところで、君はどう思う?」
「……私ですか? 私は……何も……」
唐突に話題を振られて困惑するキラに、バルトフェルドはストライクの戦闘データから受けた印象──キラはコーディネイターではないかという推論を披露した。
「君の戦闘を2回見た。砂漠の接地圧、熱対流に対する適応……身体能力や操縦技術は彼の方が上だが、
「……!」
自分の正体を見抜いたバルトフェルドの慧眼にキラは思わず言葉を失うが、不穏な気配を感じたクロトはアスランとの口論を切り上げてキラを庇う位置に立ち塞がった。
そんなクロトを見てバルトフェルドは苦笑すると、インターホンを押して別室のアイシャを呼び出した。
「……まっ、先程も言ったが今日の君達は命の恩人だし、ここは戦場では無い」
張り詰めていた空気が弛緩すると共に、バルトフェルドはクロトに先程の珈琲粉を詰めた小袋を手渡した。
「持って帰りたまえ。君達と話せて楽しかった。また戦場でな」
「ええ。次は戦場で」
アイシャに連れられ、部屋を後にしたクロトとキラを楽しそうに見送ったバルトフェルドに対して、アスランは疑問をぶつけた。
「バルトフェルド隊長! 何故彼女を行かせるんですか!? 彼女は……コーディネイターなんでしょう!?」
「不思議なことを言うね。彼女が同胞と敵対する道を選んだ理由の1つは、彼の存在だろうに」
「くっ……」
かつて自分とキラの間にあり、今もあると心の何処かで信じていた親愛の情だったが、再会した瞬間の引き攣ったキラの顔はアスランの認識を改めさせるには十分だった。
しかしアスランには、キラが騙されているのだという思考は捨てられなかった。何故ならクロトはブルーコスモスの一員であり、キラはコーディネイターである。そんな二人が惹かれ合っていることなど、アスランには絶対に認められなかったのだ。
という訳で、虎問答 in アスランくんでした。
クロトくんはジェネシスガチ勢なので戦争関連以外のことはあまり興味がないのですが、アズにゃんに気に入られるためにいろいろ勉強したようです。インテリな生体CPUって……
原作ではどちらかが絶滅するまで戦うしかないという謎の戦争観を語ったバルトフェルドさんですが、バルトフェルドさん自体はそんなことは思ってなさそうなんですよね。
個人的にはプラントの有力政治家の子息であるイザークくんやディアッカくんの根深い差別思想からこの戦争がやがて絶滅戦争になると予感し、本来の意味での調整者と成り得るキラくんに討たれるならそれもまた良しと考えて最後の戦いに臨んだのかなって思ってますが、どうなんでしょうね……
キラちゃんの士官服は?
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