〈75〉
アークエンジェルから遅れること、3日後。
クロトは永い旅の目的地だったアラスカ基地に到着していた。地球連合軍の勢力圏内に逃げ込んでいたことも幸いし、毎日のように悩まされていたザフトの襲撃は嘘のように一度もなかった。
もっともレイダーを喪った上に、レイダーと同じくアズラエルの尽力によって前倒しで製造された第二世代GATシリーズ〈カラミティ〉〈フォビドゥン〉を乗りこなす二人の生体CPU──オルガ、シャニが同乗している現状では、クロトの出番など有り得ない状況だったのだが。
クロトの完全に失明した左目は既に摘出され、眼窩・眼瞼の形態を保つ為に義眼が埋め込まれると共に、上から黒い眼帯を装着している。
本来であれば左側の視界が大幅に低下し、さらに遠近感を喪失させる重傷だったが、並のコーディネイターを遥かに凌ぐ空間認識能力を保有するクロトにとっては、やや日常生活が不便になる程度の代物だった。
もちろんナイフ戦、銃撃戦といった生身の戦闘能力の低下は避けられなかったが、神経接続によってセンサーが捉えた情報が脳に直接送り込まれるMSにおいて、戦闘能力の低下が殆ど生じなかったのは幸いだった。
「──お久しぶりです。先輩」
「あぁ。久しぶり」
一旦オルガやシャニと別れ、ヘリオポリス崩壊に始まる今回の任務の報告書を提出した後に質疑応答を受け、休憩室に向かっていたクロトに金髪の少女が話し掛けて来た。
彼女の名はステラ・ルーシェ。
しかし今世のステラは未だ実用化の目途が立たない“エクステンデッド”計画の縮小化と、クロトが成果を上げたことで評価されるようになった“ブーステッドマン”計画の拡大によって、追加の被験体に選ばれたのである。
ステラは後発の追加要員であるにもかかわらず、生体CPUが求められる5つの技能であるMS戦、ナイフ戦、射撃戦、情報処理、爆弾処理でクロトが前世の戦闘経験という優位点を得ているMS戦を除き、常に1位の成績を残す天才少女だった。
「申し訳ございません……! 私が無理矢理にでも同行していれば、先輩にそのようなお怪我を負わせることはなかったでしょうに」
「いや。最後の最後で油断した僕が悪い。……盟主様はお怒りかな?」
眼帯を付けたクロトの姿を見て、ステラは悲痛な表情を浮かべた。
表向きは追加招集されたレイダーのテストパイロットという体裁を取り、ヘリオポリスに訪れたクロトに当時のステラが同行するのは不可能だった。
しかしストライクのパイロットについて、特に触れられていないクロトの報告書を読んだステラは、自分さえ同行していればクロトが負傷することはなかったのではないかという気持ちを捨てられなかったのである。
そんなステラに対して、クロトは素っ気なく話題を変えた。
「いえ。第8艦隊の懐柔、ザフト北アフリカ戦線の後退。それから先程提出された今回の任務と、オーブ連邦首長国に関する報告書。レイダーとストライクの損失は痛いが、今後の軍事戦略を立てる上で非常に有意義な内容だったとお褒めでした」
「それは良かった。さぞお怒りだろうと思ってたよ」
ヘリオポリスで行われた、ザフトによるG兵器強奪事件。
アルテミス基地で未遂に終わった、ユーラシア連邦軍によるG兵器解析事件。
北アフリカでオーブの息が掛かったレジスタンスが、反ザフトのレジスタンス活動を行っていたこと。
そしてオーブで行われた、アークエンジェルの保護、修理と引き換えにストライク、レイダーの戦闘データが流出すると共に、オーブの国営軍需企業であるモルゲンレーテにナチュラル用OSの技術協力を迫られるという事件。
最後の内容についてはキラが存命であれば事実を歪曲することも吝かではなかったのだが、手心を加える理由がなくなったクロトは不祥事で退陣した筈のウズミが未だ全権を握っているというオーブの実態を含め、全てを正確に報告したのである。
特に本来では知り得ない、
「先輩の報告書がなければ、
「……ふふふ。やっぱり隠蔽しようとしてた? ……どいつもこいつも、そんなに自分が可愛いのかねえ」
入港したアークエンジェルからマリュー、ムウ、ナタルの三名を呼び出し、今回の任務の審議を行ったのはアズラエルの腹心であるウィリアム・サザーランド大佐だった。
サザーランドはヘリオポリスの崩壊、アルテミス基地の壊滅、先遣隊全滅を含む第8艦隊の壊滅と引き換えに入港したものの、最終的に全てのG兵器を喪失したアークエンジェルの責任は極めて重大であるという裁定を下したのだった。
またクルー不足で船内のスペースには十分な余裕があったにもかかわらず、MIAになったクロトとキラの私物を直ちに処分したことと、マリューの報告書と
結果としてアークエンジェルは事実確認が終わるまで一時的に第8艦隊を除籍され、ユーラシア連邦軍で構成されたアラスカ守備軍第5護衛隊付きに所属を移行することになった。
表向きの理由は間近に迫るパナマ基地攻防戦に対応するため、アークエンジェルの軍法会議に費やしている時間はないという理由だったが、実際の理由は最新鋭戦艦とはいえ、全てのG兵器を喪失して価値が下落したアークエンジェルを、ザフトにスピットブレイクの真の目的地が情報漏洩している事を察知される危険を冒してまで、アラスカ基地から動かす理由はないという判断だった。
「とはいえ、安心しました」
「何が?」
会議室で行われているアークエンジェルの査問会に興味があるのか、クロトとステラ以外に誰もいない静かな休憩室の中とはいえ、年齢の割にはあまりにも物騒過ぎる会話を終えたステラは、怪訝そうな表情を浮かべたクロトに笑い掛けた。
「てっきりサブナック先輩やアンドラス先輩の様に、忘れてしまったのかと。……
ステラは物心付いた時から人体実験の被検体として扱われ、美しい容姿の少女であるが故にクロト以上に非人道的な扱いを受けていた。そんなステラが正気を保つ為には、自分という存在を許容する世界への憎悪に身を任せるしかなかった。
しかし前世の記憶など持たないステラには、ザフトが密かに製造している
そんなステラが縋れるのは自分と同じ憎悪の炎に身を焦がしながら、何らかの具体的なビジョンを持って行動している様に映ったクロトしかいなかったのである。
「今日から私と、来週デトロイトで受領する新型のストライクが先輩の左目になります。……どうかご安心を」
「……
ストライクという単語で一瞬曇ったクロトの表情を、久々に敬愛しているクロトと話せた事に浮かれていたステラは幸か不幸か、見逃してしまったのだった。
〈76〉
「マルキオ導師様が提出された“オルバーニの譲歩案”も、却下されたようですわね」
「プラントに部分的な自治権を認める代わりに、再度管理下に収まる……今のプラントが呑む訳がない内容だからな」
バルトフェルドの素っ気ない言葉に、ラクスは溜息を吐いた。
日に日にプラント議会において強硬派であるザラ派の勢いは増しており、穏健派であるクライン派の勢力は衰退の一途を辿っていた。
先日の戦闘でニコル・アマルフィがMIAになったことを契機に、クライン派の有力政治家であったユーリ・アマルフィがザラ派に転向したのも痛手だった。
既にロールアウトしていたものの、NJCの開発者であるユーリ・アマルフィの反対によって中断していた最新鋭の核動力MS“フリーダム”“ジャスティス”の最終調整が再開されてしまったからである。
バルトフェルドの情報によれば、今までザフトを苦しめていたストライク、レイダーの撃破という大戦果を上げたアスランはネビュラ勲章を受勲すると共に特務隊に栄転となり、近々プラントに一時帰国して“ジャスティス”を受領するという。
自分が密かに計画している、父親である
医者の診断によれば肉体や脳波に異常はなく、未だ昏睡しているのも大きな精神的衝撃を受けたことが原因だろうとのことであり、キラがストライクの爆発に巻き込まれた際に受けた全身の傷は既に完治していたのである。
「……眠り姫が起きなかった時に備えて、そろそろ僕に
クライン派の工作員に手引きさせ、フリーダムを強奪する。
ラクスがバルトフェルドを含む、クライン派の中でも限られた極一部にしか打ち明けていない重大な計画である。
人口で圧倒的に劣るザフトが優位性を保っている最大の要因である“ニュートロンジャマー”を無効化し、核の力を再び齎す禁断の兵器“ニュートロンジャマーキャンセラー”の流出は重大な国家反逆罪であり、ラクスがそれに関与したと判明すればクライン派の関係者は議会から追放されて拘束され、首謀者であるラクスとその父親であるシーゲル・クラインは処刑されるだろうというのがバルトフェルドの予想だった。
いずれザラ派に対してクーデターを起こすにせよ、ラクスの提案したフリーダム強奪計画は自分達の首を絞めかねない危険な行為だとしかバルトフェルドには思えなかったのだ。
また“ニュートロンジャマーキャンセラー”の技術を地球連合軍が手にするようなことになれば、今まで封印されていた核兵器が解禁されることになる。
やがて行き付く先は再構築戦争で行われた核兵器の撃ち合い──そんな事が分からない馬鹿な少女ではないだろうとバルトフェルドはラクスを評価していたのである。
「……申し訳ありません。もう少しだけ待って下さい」
自分の父親であるという感情論を無視すれば、
もしも戦後の世界でシーゲルが存命であれば、再度プラント議会の主導権を握るのは間違いなくシーゲルだろうし、地球連合の反発は避けられないだろう。
また議会からクライン派が追放され、ザラ派一色に染まった状態でクライン派がクーデターを起こし、地球連合との和平に漕ぎ着けることが出来れば、クライン派もザラ派の被害者だったと主張することで戦後交渉がスムーズに進むのは目に見えている。
またシーゲルをザラ派に討たせる事によって、揺らぎつつあるクライン派の結束を固めると共に、表に姿を現していない潜在的な反体制派を引き込めるという利点も存在する。
このように“フリーダム強奪計画”には、プラントと地球連合の講和を見据えた上で大きな効果が期待出来るのである。
(……あぁ。どうして私にこんな才能を持たせたのですか、御父様……)
またラクスは父親であるシーゲルに対し、ある種の嫌悪感を抱いていた。
歌を歌っていればそれだけで幸せを得られた
故にラクスはプラント最高評議会初代議長シーゲル・クラインの娘であり、ザフトの広告塔という業を背負いながらも、巧みな弁説と振る舞いで地球圏にすらファンを獲得する世界的な歌姫になれたわけだが、ラクスにとってその才能は呪いだった。
そしてシーゲルの掲げている思想の中には、ラクスの思想と根本的に相容れない代物が混じっていた。そもそもシーゲルがナチュラルとの講和を考えるようになったのは、コーディネイター同士の婚姻では出生率が低下するため、国の存続が困難だと考えるようになったからである。
しかしラクスにとってナチュラルとコーディネイターの交配を推進するシーゲルの思想は人権を軽視する発想であり、
非業の宿命を背負いながら、惹かれ合う様になったクロトとキラのように。
そんな事を考えながら、ラクスが突如魘され始めたキラに視線を向けると、恐ろしい悪夢を見たのか悲痛な叫び声と共にキラは目を覚ましたのだった。
こんな感じで、今回は完全に状況を整理させる回ですね。
ラクスのシーゲル見殺しは多分意図的だと思います。
普通に考えてシーゲルが存命なら講和は無理でしょうし、そもそもラクスとシーゲルは客観的に見て思想が一致しているとは思えないし……。
NJを無数にばら撒いて餓死者を大量発生させ、政治基盤を固める為に自分をアスランくんと婚約させておきながら、突如ナチュラル回帰だとか言い出してこっそりNJCをジャンク屋に流すフリーダムな親父を野放しにしてたら、世界には永遠に自由も平穏も訪れませんからね。
ステラちゃんは楽しそう。
ステラちゃんの黒ストライク(仮)の名称は?
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ストライクノワール
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ストライクネロ
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ストライクシュバルツ
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ストライクブラック
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ストライクダーク
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ストライクシャドウ
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その他