逆襲のクロト   作:皐月莢

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軍事要塞アルテミスへ

 7.

 

 少年にとって現実と空想の違いとは、痛みを感じるか否かだった。

 クロトは全身に釘を撃ち込まれたような苦痛に襲われ、コクピットの中で目を覚ました。

 どうやらヘリオポリス崩壊の際に生じた衝撃で気を喪っている間に、効果時間を過ぎてしまった人工麻薬(γ-グリフェプタン)の禁断症状が始まったらしい。

 クロトは手を震わせながらパイロットスーツの懐から錠剤を取り出すと、慌てて噛み砕きながら飲み込んだ。

 

 ──クソが。

 

 この悪趣味な首輪が存在する限り、どれだけ自由を望もうとそれはただの夢に過ぎない。味方はどこにも存在しない。

 クロトが周囲を見渡すと、崩壊したヘリオポリスの残骸と思われる巨大デブリにレイダーは引っ掛かっているようだった。

 既にバッテリーパワーは底を突いており、本来漆黒に輝いている筈のPS装甲は鈍い灰色に戻っている。レーダーは完全に故障しており、アークエンジェルとの位置関係は全く分からない。

 こんな状況で敵に発見されたら一巻の終わりだ。

 まるで他人事のように考えながら周辺を目視で探っていると、見覚えのあるトリコロールカラーのモビルスーツが近付いて来た。

 

《──こちら〈X-105〉ストライク。〈X-370〉レイダーを発見しました》

 

 至近距離でヘリオポリスの崩落に巻き込まれたクロトとは異なり、キラは身を守る事に成功したようだった。

 

《……君か》

 

 記憶は曖昧だがデュエルやバスターはもちろん、近くにいたイージスも吹き飛ばされたというのに悪運の強い奴だ。

 クロトは心配そうな少女の声に、呟くような口調で応答した。

 

《……無事で良かった。アークエンジェルまで誘導しますね》

 

 ストライクはレイダーの腕を掴むと、器用にデブリを避けながらアークエンジェルとの合流地点に向かって進んでいく。

 まだまだ戦闘技術は稚拙だが、単純な操縦技術は既にクロトと大差ない事実に、クロトは彼女が悲運の天才だと改めて認識した。

 周囲を警戒するためモニター画面に視線を遣ると、ストライクの空いている手が見慣れない物体を抱えていることに気付いた。

 

《それは?》

《……ヘリオポリスの救命ポッドです。推進機が壊れているみたいで。誰かが乗っているかもしれないんです》

《変なものが入ってても……僕は知らないよ?》

 

 クロトは座席に背中を預けると、自嘲する様に笑った。救命ポッドにいい思い出はない。

 

《変なものって?》

《さぁね。……()()()()()()()()()()()()()()()()()とか》

《何ですかそれ? 許可は取りましたからね》

 

 その後、クロトはキラにうっかり許可を出したことを呪いながら、救命ポッドの回収に反対するナタルと押し問答になった。

 このまま故障した救命ポッドでオーブ軍の救援を待つか、それとも今後も危険に巻き込まれるだろうアークエンジェルに収容するかという意見の対立が起こった。

 しかし揉める時間が惜しいと判断したマリューの判断で、最終的に回収が決まった。ポッドの中にはヘリオポリスの避難民に加えて、見覚えのある赤髪の少女がいた。

 妙に()()()()()()()()()()ヤツだ。クロトは思わず少女の顔を二度見した。

 

「あの子がどうかしたんですか?」

「あー……? いや、可愛い娘だなって」

 

 キラは少し呆れた口調で、咄嗟に誤魔化したクロトの下心を窘めるように言った。

 

「あの子はフレイ・アルスター。お父さんが大西洋連邦の偉い人みたいで。私の友達の婚約者だそうです」

「へぇ。それは残念」

 

 クロトは興味が失せたとばかりに肩を竦めた。

 彼女の名前はフレイ・アルスター。

 大西洋連邦外務次官の地位を利用し、ブルーコスモスの一員としてコーディネイター排斥を唱えるジョージ・アルスターの娘だ。

 父親の死後、ブルーコスモスは“復讐に燃えるアルスター家の令嬢”というプロパガンダを行うため、彼女を利用しようとしていた。

 しかしそんな彼女はスピット・ブレイクの最中にザフトの捕虜になり、メンデル宙域で戦略兵器“Nジャマーキャンセラー”のデータと共に解放されたのだった。

 とはいえクロトは彼女に興味はなかったし、救命ポッドを回収したオルガは彼女を嫌っていたが。

 

「えー! じゃあ、これに乗ってる方が危ないってことじゃないの!?」

「あはは。そう、かもね……」

 

 クロトはキラ達の会話を余所に、1人休憩室の椅子に腰掛けた。

 ようやく人工麻薬(γ-グリフェプタン)が効き始めたとはいえ、体調は依然最悪だった。このままメンテナンスを受けずに任務を続けて本当に大丈夫なのだろうか。

 もっとも誰かに話せるような内容ではないし、話したとしてもそれを解決する手段などないのだが。

 

「……あの人って、ブルーコスモスなんでしょ? なんでそんな人がここにいるのよ」

 

 クロトはブルーコスモス支持を公言する少年兵だ。

 そんな一般軍人にとって異物な存在に過ぎない少年に近付く者はいなかったが、誰かと話す気力などなかったクロトにとってはむしろ好都合だった。

 しかし爽やかな笑みを浮かべながら現れたムウが、その短いながらも平穏な時間を終わらせた。

 

「少尉! それにキラ・ヤマト! 人手が足りないんだ。自分の機体くらい、自分で整備しろってマードック軍曹が怒ってたぞ!」

 

 あくまでモビルスーツの生体CPUであるクロトに、整備の経験はなかった。

 脱走のリスクを回避するのはもちろんだが、錯乱して機体を暴走させたら大惨事が起こるのは明白だったからだ。

 

「そういうのは僕の仕事じゃないんで」

「……わ、私の機体って」

 

 クロトとキラはムウの突拍子もない言葉に、困惑するような表情を浮かべた。 

 

「いまはそういうことになってるんだよ。あの2機は君達しか動かせないんだからしょうがないだろ。君達は地球連合軍初のモビルスーツ部隊だ! 格好いいねぇ!」

 

 口笛を吹いて囃し立てるムウに、キラは苛立ちを露わにした。

 

「それは……。しょうがないと思って2度目も乗りましたよ。でも私は軍人でも何でもないんですから!」

 

 ムウは一転して真剣な表情に変わると、無関係な態度を貫いていたクロトにも視線を向けながら言い聞かせるように言った。

 

「いずれまた戦闘が始まった時、今度は乗らずにそう言いながら死んでいくか? 今この船を守れるのは俺達3人だけだ。君は出来るだけの力を持っているだろう? なら出来ることをやれよ」

「私は……」

 

 まさに任務のためなら何でもする“模範的な”地球連合軍人という感じだ。クロトは僅かに肩を竦めた。

 

「だいたいクルーゼ隊はどうなったんです?」

「心配するな。ナスカ級の頭を押さえる形で脱出に成功した。アルテミスに到着するのはこっちが先になりそうだ」

 

 自分達が所属している大西洋連邦軍と、アルテミスに展開するユーラシア連邦軍は同じ地球連合軍内でも以前から対立関係にある。

 補給の代わりにG兵器を奪われるようなことになったら大西洋連邦とユーラシア連邦の間で戦争になりかねない。しかしこの要塞の司令官に着任している男は、その手の損得勘定が出来る人間ではないとの評判だ。

 クロトは面倒なことになりそうだと直感した。

 

「整備が終わったら君達もCICに来てくれ。こっちも人手不足なんだ。君達に休んでる暇はないぜ?」

 

 ムウは無言で抗議するキラを見ながらあっけらかんと笑った。

 どうやら自分達に課せられているのはモビルスーツの整備だけではないらしい。

 これでは日常的な訓練とメンテナンス時間を除けば、基本的に待機ばかりだったドミニオンの方がよほどマシだ。

 クロトは頭を抱えて絶望するキラを横目に、この厄介な青年士官もその内好機を見つけて始末しようと誓った。

 

 8.

 

 デュエルから飛び降りたイザークの叫びが、ヴェサリウスの格納庫内で木霊する。

 

「貴様! どういうつもりだ! なぜ持ち場を離れた!」

 

 帰投してからずっと憮然としているアスランの胸ぐらを掴むと、癇癪を起こした子供のように喚き散らす。

 

「とんだ失態だよ。お前のおかげで」

 

 普段はイザークの暴走を止める立場に回ることが多いディアッカも、冷たい口調でアスランを詰った。

 何の成果も挙げられないままミゲルを討ち取られた上に、現場指揮を執っていたアスランが持ち場を離れた挙げ句、まんまと逃げられてしまったのだ。

 生まれ持ってのエリートとして生を受けた自分達が、能力の劣る下等種族に翻弄されてしまった事実に2人は激怒していた。

 

「何をやってるんですか! 止めて下さい! こんなところで!」

 

 ニコルは剣呑な雰囲気の3人の間に割って入ろうとしたが、イザークはニコルを突き飛ばすと更にボルテージを上げた。

 

「たかがナチュラル相手に4人だぞ! こんな屈辱があるか!」

「だからと言ってアスランを責めても仕方ないでしょう! だいたい奴を逃がしたのはイザーク達にも責任があるんじゃないですか!?」

 

 ニコルは怒りを露わにした。

 ヘリオポリスに出現した漆黒のモビルスーツに、アスランを除いたメンバーは同じG兵器でありながら数的有利にもかかわらず苦戦を強いられた。

 その結果不用意な攻撃でコロニーを崩壊させ、アークエンジェルを含めて完全に取り逃がしてしまった以上、もはや誰が悪いという状況ではなかった。

 

「アスラン、僕も貴方らしくない行動だと思います。でも──」

「今は放っておいてくれないか!」

 

 アスランは仲裁しようとするニコルを怒鳴り付けた。

 そしてクルーゼの呼び出しに応じるため、アスランの傲慢な態度に憤慨している3人を残して格納庫を後にした。

 

 

 

 これは想像以上だ。やはり奴はエンデュミオン・クレーターに現れた“悪魔”だったのだ。

 その圧倒的な力とザフトの既存モビルスーツを圧倒するG兵器の力が組み合わされば、たとえクルーゼ隊全軍をぶつけても一筋縄ではいかないだろう。

 愚か者共に薬漬けにされ、寿命と引き換えに莫大な力を獲得した存在──ある意味でムウよりも自分に近い存在という訳か。

 それにしても先程感じた()()()()()()()()()はいったい何だったのだろうか。ヘリオポリス内部にフラガ家の遠縁でもいたのだろうか。

 

「アスラン・ザラ、出頭致しました!」

 

 ラウはレイダーの戦闘映像を流していたモニターを消すと、部屋の扉をノックしたアスランを出迎えた。

 

「ヘリオポリスの崩壊でバタバタしてしまってね。君と話すのも随分遅れてしまった」

 

 ラウは飄々とした態度で言った。

 この隊は個々の能力を発揮させるため放任主義を徹底しているが、持ち場を離れて部隊を敗北させた者を見逃すほど甘い訳ではない。

 レイダーの撃破とストライクの鹵獲失敗に加えて、クルーゼ隊でも最上位を争うエースパイロットの損失。

 この自分の顔に泥を塗った国防委員長の一人息子をどう料理したものかと思いながら、クルーゼは扉の前で立ち尽くしているアスランに向き直った。

 

「先の戦闘では、申し訳ありませんでした」

 

 アスランは頭を深々と下げて項垂れた。ラウはそんな殊勝な態度を見せる少年の肩に手を当てると、どこか愉しそうに嗤った。

 

「懲罰を科すつもりはないが、話は聞いておきたい。先の強奪任務の時といい、あまりにも君らしくない行動の連続だからな」

 

 崩壊するヘリオポリスに、母を喪った血のバレンタイン事件を思い出したか。

 2度と同じ悲劇を繰り返さないためにとザフトに入隊した自分が、無関係なコロニーの崩壊に関与して間接的に無関係な民間人を大勢殺した気分はどうだ。

 ラウは仮面の奥で冷ややかな視線を向けたが、目線を落としていてそれに気付かなかったアスランは唇を噛み締めた。

 

「申し訳ありません。思いも掛けぬ事に動揺し、報告出来ませんでした。ストライクに乗っているのは月の幼年学校で友人だったコーディネイター、キラ・ヤマトです」

「ほう?」

 

 ラウはその名前に引っ掛かるものを感じ、アスランに報告を促した。

 

「まさかあのような場で再会するとは思わず、しかもあのような姿を……。どうしても確かめたくて」

「戦争とは皮肉なものだ。君の動揺も仕方あるまい。仲の良い友人だったのだろう?」

 

 現在コーディネイターの総人口は非公表の者も含めて5億人前後と推定されており、そのうち6000万人はプラントに居住している。

 いわばプラントはコーディネイターの中で最大勢力を誇る一方で、総数としては少数派なのだ。

 とはいえブルーコスモスの影響力が強い地球連合軍に所属するコーディネイターは極めて少数だろうが、その中の一人に偶然アスランの友人がいたのだろう。

 月の支配権を巡る戦闘で生じた死傷者──エイプリルフール・クライシスで生じた数億人単位の餓死者──地球連合軍に志願する理由など無数にあるのだから。

 

「友人というか、何というか。アイツ、昔は男のフリをしていたみたいなんです。たしかに女っぽいヤツだとは思っていたんですが、まさか本当に女だったなんて」

「……!!」

 

 まさかあの娘か。

 クルーゼはアスランの言葉である可能性に思い至り、その数奇な運命を背負った少女の存命に絶句した。

 アスランは表情を覆い隠す仮面を付けていても明確に分かるほど、いつになく動揺の様子しているクルーゼの姿に戸惑いながら口を開いた。

 

「クルーゼ隊長?」

「そういうことなら、次の出撃から君は外そう。そんな相手に銃は向けられまいし、私も君にそんなことはさせたくない」

 

 思いもよらぬ事態に内心苦笑しながら目線を外したクルーゼに、アスランは今まで抑え続けていた感情を吐露した。

 

「……キラは! ……あいつは、ナチュラルにいいように使われているんです! 優秀だけど、ボーっとして、お人好しだから、そのことにも気づいてなくて……。だから私は説得したいんです! あいつだってコーディネイターなんだ! こちらの言うことが分からないはずはありません!」

「君の気持ちは分かる。だが、彼女が聞き入れないときは?」

 

 ラウはアスランの覚悟を確かめるように問い掛けた。事情はどうあれ、キラにとってザフトは敵だ。言葉を交わしたくらいで説得出来るような人間なら、最初からプラントに居住しているだろう。

 

「……その時は、私が討ちます……!」

 

 これで楔は打てた。

 ラウはアスランの絞り出す様な言葉に満足気な表情を浮かべると、用件は終わったとばかりに椅子に座り直した。

 

「そうか。……連中はアルテミス要塞に逃げ込んだらしい。君が正直に話してくれた礼に、私も名誉挽回の機会を与えようと思う」

「ありがとうございます!」

 

 アスランは寛大な姿勢を示したクルーゼの度量に感服し、その場で大きく敬礼した。クルーゼはそんなアスランを試す様に、自分達の前に立ち塞がっている最大の難敵に対する情報を与えた。

 

「……ところでレイダーのパイロットだが、面白い情報が入ってね。彼はブルーコスモス盟主(ムルタ・アズラエル)子飼いの番犬らしい。名誉挽回のためにもまずは彼を討つことだな」

 

 ブルーコスモスが地球連合軍と共同開発した、戦闘能力においてはコーディネイターを超越したモビルスーツの生体CPU“ブーステッドマン”。

 キラにとっては忌まわしき襲撃者(レイダー)なのか、あるいは頼もしき守護者(イージス)なのか。何にせよクルーゼ隊の中でもアレとまともに戦えるのは、自分とアスランくらいだろう。

 ラウは吹っ切れた表情で立ち去ったアスランを見送った後、少年が口にした少女の()()を呟いた。

 

 ──道理でどれだけ探しても見つからなかった訳だ。生きていたのか……()()()()()()

 

 かつて自分を造った愚か者(アル・ダ・フラガ)の野望である完璧な後継者を産み出すため。

 世界最高のスーパーコーディネイターとして、そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()として造られた少女のことを、ラウは静かに想った。




早くも生死の境を彷徨って、闘争心が行方不明になったようです。

クロトくんが乗り換えるなら

  • レイダーのまま(鋼の意思)
  • 核搭載レイダー(あっ……)
  • フリーダム(自由が欲しかった!?)
  • ジャスティス(大穴)
  • ブロヴィデンス(!?!????)
  • その他
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