〈93〉
夢だと自覚できるものを、明晰夢と呼ぶらしい。
私が今、見ているのはまさにそれだ。もっとも、これは夢というよりも過去の記憶を見ていると言うべきか。
私は夢の中で、物心付いた時から囚われていたロドニアの研究所にいた。
そこは死と生の境が曖昧な毎日だった。
昨日まで元気だった子が夜が明ければ人体改造の後遺症で冷たくなっていたり、先程まで話していた子が適性不足だからと呆気なく処分されたりする場所。
私は幸いにも高い適性があったようで、人体改造に耐えられず死ぬことも、適性不足で殺されることはなかった。
そして私は不幸にも単なる部品以上の価値があったようで、私はよく人影のない場所に研究員から呼び出しを受けていた。彼等は私に従順さと奉仕を求めた。
私はこの世界が憎かった。許せなかった。
そしてそれ以上に、
彼と出会ったのは──そんな時だ。
「自由って、なんだろうねえ?」
首があらぬ方向に曲がって動かなくなった研究員の亡骸を踏み付け、赤髪の少年は嗤いながら言った。
彼の暴挙はどうやら私を助けたものではないらしく、すぐに研究員を防犯カメラの死角である物陰まで引き摺って行くと、その懐からハイクラスのセキュリティロックを解除するためのカードキーを抜き取っている。
「……私達には、関係ないものですよ」
私達は部品だ。私達は何処にも行けない。私達は未来がない。
私達は自由じゃない。
そんな私の素っ気ない声に、カードキーを手にした彼はますます可笑しそうに嗤う。
「誰が言ったか忘れたけど、自由ってのは誰もが持っている権利らしい。……だから僕達にはあるんだよ。
「全ての人類、ですか?」
「ああ。他に人類が存在しなければ、僕達は世界一自由だ」
空論と言うにも烏滸がましい、幼稚な暴論。私は脱いだ服を再度身に付けながら、皮肉交じりに言う。
「……夢を見るのは、自由かもしれませんね」
「夢じゃないさ。多分僕は、
「……?」
意味不明な言葉と共に、彼は私の前から姿を消した。
その後の話では、彼はこの研究所のメインサーバーを破壊しようとしたものの、結局失敗して取り押さえられ、生体CPU“ブーステッドマン”の被検体として脳を弄られたらしい。
そして彼は人が変わったように従順になり、自ら更なる人体改造とモビルスーツのパイロットを志願し、半ば試験的に投入されたグリマルディ戦線で突出した戦果を挙げると共に多数の分野で優秀な成績を残し、スポンサーであるムルタ・アズラエルの直属兵に指名されたのだった。
しかし私は知っている。
彼は
だから私は彼の共犯者になりたかった。彼は私にとって唯一の理解者で──私は彼にとって唯一の理解者なのだから。
「そろそろ起きなよ」
「……失礼致しました」
出撃前の待機時間に、クロトは椅子に腰掛けたまま無防備に仮眠を取っていた少女ステラに声を掛けた。
先日“オーブ解放作戦”を終えた大西洋連邦軍は、大西洋連邦軍の技術を無断盗用し、その共犯である地球連合軍の脱走兵を匿うなど腐敗したウズミ政権を打倒して暫定政府を設置したのだった。そして地球連合の監視の元で大西洋連邦の保護下へと置かれる事になったオーブを離れ、クロト達一部の部隊はザフトが支配下に置くビクトリア基地へと向かっていた。
アフリカのビクトリア湖付近に位置し、マスドライバー施設“ハビリス”が設置されたビクトリア基地は、地球連合軍とザフトの双方にとって重要な戦略的価値を持つ要所であった。
C.E.70年3月に行われ、地球連合軍の勝利に終わった第一次ビクトリア攻防戦。
C.E.71年2月に行われ、ザフトの勝利に終わった第二次ビクトリア攻防戦など、大規模な戦いがこの地で繰り広げられていた。
そして“アラスカの奇跡”で大きく戦力が弱体化していたザフトに対し、地球連合軍は量産型MSストライクダガーを大量投入すると共に様々な試験機を投入し、戦いを優位に推移させていた。
とりわけロンド・ギナ・サハクの指揮する2機のソードカラミティと、オルガ・サブナック中尉、シャニ・アンドラス少尉の2名で構成された独立遊撃部隊の戦果は突出していた。
攻撃開始から六日目の朝においてビクトリア基地の陥落はもう時間の問題であり、争点はビクトリア基地を奪還することが出来るかどうかではなく、如何にマスドライバーを無傷で入手するかに変わっていたのだった。
事実、敗色濃厚だと悟ったザフトはマスドライバーを自爆させる動きを見せており、それを察知した地球連合軍はその自爆を阻止するための特殊部隊を結成し、突入作戦を決行しようとしていたのである。
そして昨夜到着したクロトとステラの任務は、その特殊部隊の突入を空中から援護することであった。
地上戦はストライクダガーの大量投入によって地球連合軍が圧倒していたものの、空中戦においてはディン、グゥルらを保有しているザフトに一日の長があり、最終防衛線に迫ろうとする地球連合軍の猛攻をあと一歩のところで防いでいたからである。
「睡眠不足? シミュレーターのやり過ぎだよ」
「……先日の不覚は、あってはならないことでしたから」
ザフトの介入は本当に特務隊の独断だったらしく幸いしたが、そうでなければクロトは挟撃の憂き目に遭うところだった。そんな状況で相手を撃墜するどころか、バッテリー切れで撤退する羽目になったことをステラは屈辱に思っていたのである。
更にそのパイロットが奇跡的に生き延びていたストライクのパイロットらしいと聞けば、ステラが怒り狂うのは必然だった。
死んだ筈の相手が生きていたことに驚いただけだとクロトは報告し、戦闘記録にも特に問題は見当たらなかったため、アズラエルもその件について特に言及しなかった。
アズラエルが興味を引かれたのは地球連合軍を裏切り、オーブ軍の味方をするパイロットではなく、ゲルプレイダーやストライクネロの数倍、あるいはそれ以上のバッテリーパワーを保有していた機体の方だったからである。それは多少の技術革新があったとして、明らかに有り得ない水準のパワーだった。
それこそ核エネルギーを使っているとしか考えられない代物だったのである。
ニュートロンジャマーを無効化する技術──
しかし単なる直感としか言いようがなかったが、ステラは二人の会話に嫌なものを感じていた。
もちろんクロトは認めないだろうし、実際のところ気のせいかもしれない。
とはいえ二度と彼女に遅れを取る訳にはいかないと、ステラは連日連夜シミュレーター訓練に励んでいたのである。
オーブ軍と共に宇宙に脱出した彼女がビクトリア攻防戦に現れることは常識的に考えて有り得ないのだが、何せ彼女はオーブに身を置きながら地球連合軍とザフトの戦いに介入した〈パナマの天使〉である。もしかしたらこの戦いの情報を何処かで嗅ぎ付けて、同じ様に介入しようとするかもしれないのだ。
まもなく始まる、地球連合軍の存亡を賭けた突入作戦の援護とは全く関係のない事を考えながら、ステラは深々と溜息を吐いた。
〈94〉
「呆気ないものでしたね、先輩」
突入部隊が無傷で制圧したマスドライバー施設“ハビリス”の姿をステラはモニターで捉えていた。
既にビクトリア基地も大半が制圧されており、後は敗戦を受け入れられない一部のザフト兵が散発的な抵抗を続けているだけである。
歩兵の掃討部隊が展開し、そうしたザフト兵を容赦なく掃討する最中、大破したMSの残骸から生き残ったザフトの少女兵が現れ、武器を捨てて降伏の意思をクロト達に示した。
クロトが思わず真顔になる中、機体から飛び降りたステラは少女兵に歩み寄りながら、吹き出した様にケラケラと笑う。
「……あれれ? 自分達は降参を認めないのに、自分達は降参するんですかぁ?」
震える声で自分はパナマ戦に参加していない、地球連合軍は捕虜の人道的扱いなどを定めた戦時国際法条約であるコルシカ条約を批准している筈だと主張する少女兵に、ステラはまるで少女を嬲る様に言い放つ。
「復讐の是非はともかく、パナマ戦に参加した地球連合軍も、アラスカ防衛戦には参加していませんよ? ……私から言わせれば、恨むべきは前例があるにも関わらず戦力を一極集中させた作戦の発案者だと思いますけど? あと、地球連合軍がコルシカ条約を批准しているからなんなんですか? 貴女方は定義上テロリストであって、コルシカ条約の対象ではありませんよ。──ですよね、先輩?」
「……補足するなら、プラントは独立宣言を行い、この戦いをプラントと地球連合の国際戦争だと定義している。事実、大洋州連合ら一部の国家がその独立を承認しているから、厳密にはテロリストではないという見方も出来る」
一見助け舟のようなクロトの言葉に少女兵は頷くが、その言葉の真意を悟ったステラの追及は止まらない。
「なるほど。要するに、自分達は好き勝手したいけど、自分達が好き勝手されるのは許せないってことですね?」
実際、パナマ攻防戦で地球連合軍の組織的虐殺を行ったザフト兵は非難の対象になっておらず、反対にそれを妨害しようとしたイザークやディアッカが厳重注意を受けたというのがザフトの実態だった。もちろんコルシカ条約を批准していないため、ザフトはコルシカ条約の内容を遵守する必要はそもそもないのだが、それを自分達の都合の良い様に解釈しているというのがステラの主張だったのである。
論理立てて突き付けられる確実な死に恐怖する少女兵を目の当たりにして、ステラはまるで十年来の親友の様に彼女の肩を叩く。
「冗談ですよ、冗談。無抵抗な方に、私達がそんな酷い事をする訳ないじゃないですか! ──ですよね、先輩!」
単なる当て付けの為だけに生かす。言葉の内容とは裏腹に、濃縮された憎悪と狂気。
その一言は限界寸前だった少女兵の精神を完膚なきまでに粉砕すると共に、二度と消える事のない深い楔を打ち込んだのだった。それは腹を抱えて爆笑するステラの傍らで、少女兵の悲痛な慟哭が響き渡る光景を目の当たりにすれば一目瞭然だった。
後に“第三次ビクトリア攻防戦”と呼ばれることになるこの地球連合軍の勝利によって、地球連合軍はパナマ基地の喪失によって孤立していた地球連合宇宙軍への補給路を確保することに成功したのだった。ザフトの投降兵は多数続出したが、その多くは意外にも捕虜として扱われた。
その理由は3つあり、コルシカ条約を批准している地球連合軍は捕虜を取らない軍事行動というものに不慣れだったことと、“切り裂きエド”ことエドワード・ハレルソン中尉、“不死身の悪魔”ことクロト・ブエル中尉といった地球連合軍でも有数のエースパイロットが独断で投降を許可したことと、再びあの“パナマの天使”が介入に現れる事を恐れたことが原因だった。
そもそもパナマ攻防戦の主力は大西洋連邦軍であり、今回の第三次ビクトリア攻防戦はユーラシア連邦軍が主力である。両軍の対立は戦後を踏まえて水面下で徐々に深まっていたことと、また上述の二名がザフトに対し敵愾心の強い大西洋連邦軍に在籍する都合上、パナマ基地での地球連合軍に対するザフトの様に組織的な虐殺が行われるための下地が存在しなかったのである。
同時に大敗を喫したザフトは、ビクトリア基地を再奪還する地上戦力が残っていなかったため、地球連合軍を地上に封じ込めることを作戦目的としたオペレーション・ウロボロスは完全に失敗・頓挫した。プラント最高評議会は翌日、残存兵力をジブラルタル基地、カーペンタリア基地ら既存の地上基地に集結させる傍ら、唯一損害が軽微であった宇宙戦力の増強を決議したのだった。
〈95〉
「……先程はああ言ってましたが、やっぱりショックですよね? ……キラさんの両親が、本当の両親ではないなんて」
「分かりましたか? 顔には出さない様にしていたんですが……」
先程衝撃的な内容を告げたカガリと別れたキラは、フリーダムのコクピット内部でニコルからの個人回線を受けていた。
その内容とは
証拠だという写真には金髪と黒髪の双子を抱く妙齢の女性の姿が映っており、その赤子がそれぞれカガリ、キラらしい。言われてみれば確かに自分と似たような面影のある女性だったが、キラはその女性の存在を両親から全く聞かされたことがなかった。もしもこれが事実であれば、自分は養子ということである。
アスハ家の養子であり、何処かに別の親が存在することを認識していたカガリと異なり、今まで自分の両親が本当の両親ではないことなど考えもしなかったキラにとって、突然カガリに突き付けられた事実は大きな衝撃だったのである。
なぜそんなことをこのタイミングで言うのか、言われる自分の気持ちを考えたのかと言ってしまいそうになったキラは、脱出の際にクサナギへと収容されることになり、何度も戦ったブリッツのパイロットだと名乗る少年と共にアークエンジェルに向かっていたのだった。
キラがMIAになったマーシャル諸島の戦いでアークエンジェルの捕虜となり、その後フレイから大体の事情を聞いていたニコルはキラにとって、その温和な性格も相俟って何度も戦った相手だとは思えない程に話しやすい相手だったのである。
「アークエンジェルに戻ったら、シャトルを一機借りたいんです。……貴女が乗っているフリーダムに搭載されているニュートロンジャマー・キャンセラー。
「ニュートロンジャマー・キャンセラーを!?」
「はい。……どうしてこんなものを作ったのか、父と話がしたいんです。そして貴女にフリーダムを託し、今もプラントに身を隠しているというラクス・クラインとも」
「……分かりました。マリューさんに、相談してみます」
一定範囲内のニュートロンジャマーの影響を打ち消すことで、核の力を再び解禁させるニュートロンジャマー・キャンセラー。
その開発者の息子という立場は、内心複雑なものだろう。それこそザフトの一員として、今までプラントを守る為に戦っていた立場に疑念を抱いて脱走兵になる位には。
そう思ったキラは苦虫を噛み潰したようなニコルの言葉を了承すると、ブリッツと共にアークエンジェルへの足を速めたのだった。
そんな感じで、クロトくんとステラちゃんの出会いでした。
何もかも〈ゆりかご〉で忘れちゃったある意味幸せな世界線が原作で、忘れなかった不幸な世界線が本作というイメージです。
性格が大幅改変されてますが、設定的に原作のキャラを維持する方がむしろ不自然なのではって感じですね。
ニコルくんがアスランくんのポジションを奪った……?
※激重感情を向けているステラちゃんですが、肝心の相手は外伝で悩殺されてます。
キラちゃんのザフト赤服のボトムスは?
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ズボンだよ(シホさん風)
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スカートだよ(ミリアリアちゃん風)
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その他