〈96〉
プラントの首都であるアプリリウス市のプラント最高評議会議長室で、パトリック・ザラは先日フリーダム、ジャスティスの専用母艦である高速戦闘母艦エターナルの艦長に抜擢したアンドリュー・バルトフェルドと共に、プラントに戻らせたクルーゼの提出したフリーダムに関する報告書に目を通していた。
その内容はフリーダムはアラスカ基地、パナマ基地で地球連合軍、ザフトの両軍に対する武力介入を行い、最終的にオーブで地球連合軍と交戦した後、オーブ軍の残党と共にオーブのマスドライバーで宇宙に脱出して消息を絶ったというものだった。
つまり現在
ザフトの攻撃によるヘリオポリス崩壊、その避難民を乗せたシャトル撃墜による民間人の虐殺が起こっても、中立を貫くために事実上泣き寝入りしたオーブがアラスカ基地、パナマ基地で行ったような外部への武力介入を行うとは考えられなかったからである。
「何故フリーダムがオーブに渡ったのかなど分からんよ。アスランが何か掴んだかもしれんらしいが、あのバカめ、報告1つ寄こさんそうだ」
「極秘で命じられた任務でありましょう? 迂闊な連絡も、情報漏洩の元ですからな」
更に追記として、アスランが地球連合軍とオーブ軍の戦いに武力介入したが、両軍からの攻撃を受けて損傷を受け、やむなく撤退に追い込まれたとの報告を受けていた。
奪取されたフリーダムの奪還もしくは破壊と、パイロット、及び接触したと思われる人物、施設、全ての排除という特務を遂行する為に、アスランの行った武力介入はパトリックにとって当然の行動だった。
しかしプラントの威信を賭けて製造されたフリーダムが強奪され、ジャスティスが敗退したという結果はパトリックにとって屈辱的な結果だったのである。パトリックは苛立った口調で肩を竦めたバルトフェルドに話し掛けた。
「調子に乗ったナチュラル共が、次々と月に上がってきておる。こんどこそ叩き潰さねばならんのだ。徹底的にな」
「解っております。存分に働かせてもらいますよ。俺の様な者に、再び生きる場を与えて下さった議長閣下の為にも」
パトリックは北アフリカでアークエンジェルに敗北したものの奇跡の生還を遂げたバルトフェルドを、エターナルの艦長兼フリーダムのパイロットに任命するためプラントへと呼び戻していた。クライン派によるフリーダムの強奪に伴い、バルトフェルドには要望通り先行開発されたゲイツを送ったものの、やはり戦力の低下は避けられない。
ビクトリア基地のマスドライバーが地球連合軍に奪還されたため、月の地球連合宇宙軍は地球からの補給を受けて日に日に増強されているという。プラント最高評議会も宇宙戦力の増強を決定しており、戦いの舞台は地上から宇宙に移るだろう。
バルトフェルドを退出させた後、パトリックが一人思案している中、ノックと共に議長室に入って来た憲兵から意外な報告が行われた。
「MIAだったニコル・アマルフィが、単身地球軍のものと思しきシャトルにて、ヤキン・ドゥーエへ帰投致しました」
「なに!? 地球軍のシャトルだと!?」
「事態が事態ですので、プラントに移送して身柄を拘束しておりますが……。現在、ユーリ・アマルフィが尋問中です。フリーダムについても、何らかの情報を握っているそうです」
「すぐここへ寄こせ!」
ほどなくして、パトリックの前に父親であるユーリに連れられたニコルが現れた。ユーリの報告では、今までニコルはアークエンジェルに捕虜として囚われていたものの、アークエンジェルが脱走艦になったためオーブで解放されたという。その際にフリーダムと接触し、つい先日まで行動を共にしていたとのことだった。パトリックがその報告の真偽を吟味する中、ニコルは思い詰めた表情で口を開いた。
「……ザラ議長は、この戦争のことを本当はどうお考えなのですか? 僕達は一体いつまで戦い続けなければならないんですか? 血のバレンタイン事件以来、二度と使わないと決めた筈の核の力まで使って、プラントの正義は何処にあるんですか?」
血のバレンタイン事件の報復として行われた、ニュートロンジャマーの大量散布によって発生したエネルギー危機──エイプリル・フール・クライシス。
化石燃料の枯渇により、核分裂炉の原子力発電に大きくエネルギー供給を依存していた地上では、地球全土での深刻なエネルギー不足とニュートロンジャマーの持つ電波妨害作用によって情報網の寸断、核分裂発電停止により深刻なエネルギー問題が発生した。
そして地球上のあらゆる産業は麻痺し、既存の社会システムは崩壊寸前にまで追い込まれ、中立国や地球で生活していたコーディネイターを含む約10億人の犠牲者が発生した。この過剰なまでの報復行為がプラントで正当化されたのは、単に血のバレンタイン事件の報復というだけでなく、再構築戦争による核戦争を経てすらその魅力に抗えなかった、核の力を封印するために行われた行為だったからである。
少なくともニコルはそうでなければ、プラントの正当性は成り立たないと考えていた。
常識的に考えて、報復先である地球連合どころか
「何も分からぬ子供が、何を知った風な口を訊くか!」
プラントでは13歳が成人年齢であり、15歳から被選挙権を得ることが出来る。
これはコーディネイターの優秀性から打ち出された画期的な政策だったのだが、実際のところこれは建前だった。コーディネイターで構成されたプラントには、第二世代以降の大幅な出生率の低下という大きな問題があり、労働人口の不足に悩んでいたのである。その問題を解消するために提唱されたのが成人年齢の引き下げであり、コーディネイターが優秀だから成人年齢を引き下げるというのはその正当化に過ぎなかったのだ。
そもそも能力で成人年齢を決定するのならば、コーディネイター同士でも個々人で大きな能力差が存在している以上、その年齢の一律化は論理破綻しているのだから。
だからプラントにおいて教育を管轄するディセンベル市の代表者でもあるパトリックには、未だ15歳になったばかりのニコルの言葉など頭でっかちで実態を何も知らない子供の妄言だとしか思えなかったのである。
とはいえそんな事情を知らないニコルからすれば、自分達が中心となってプラントでは15歳以上は成人だと定義しておきながら、自分を一人の大人ではなく子供扱いするパトリックの言葉は、為政者としてあるまじき暴言だとしか思えなかったのだった。
「僕はもう子供じゃありません! 力と力でただぶつかり合うだけで、それで本当にこの戦争が終わると、議長は本気で考えていらっしゃるのですか!?」
「終わるさ! ナチュラル共が全て滅びれば戦争は終わる! 言え! フリーダムはどうなったのだ!」
「……本気で仰ってるんですか? ナチュラルを全て滅ぼすと!」
「これはその為の戦争だ! 我等はその為に戦っているんだぞ! それすら忘れたか! お前は!」
「違います! 僕はプラントを独立させる為に……二度と血のバレンタインの様な悲劇を繰り返さない為に志願したんです!」
この戦争の終結点だった筈のプラントの独立は既にパトリックにとって建前であり、本音は全てのナチュラルを滅ぼしたいというものだった。だからこそ万が一の事態に備え、現在製造中の
パトリックがその意思を表立って表明していないのは、未だ穏健派も大きな勢力を保っているプラント国民からの支持を得られなくなるからである。しかしフリーダムの情報を自分に話そうとしないニコルの態度に苛立ち、パトリックはその本音を零してしまったのである。
先日ニコルのMIAを契機にクライン派からザラ派に鞍替えしたとはいえ、ニコルの無事を知ったことで内心揺らいでいたユーリがその過激な言葉に絶句する中、パトリックは武装した憲兵にニコルを取り囲ませると、その額に自ら銃口を突き付ける。
「だったらくだらぬことを言ってないで答えろ。答えぬと言うなら、お前も反逆者として捕らえるぞ!?」
「答えるつもりはありません! ……くぅ!」
「殺すな! これにはまだ訊かねばならんことがある。連れて行け! フリーダムの所在を吐かせるのだ。多少手荒でも構わん!」
ニコルは抵抗しようとしたがあえなくその場に引き倒され、頑丈な手錠が填められた。そして凶悪な犯罪者の様に連行されていくニコルの姿を目の当たりにして、ユーリは茫然とするしかなかったのだった。
〈97〉
キラを見送った後も、プラントに潜伏しながら反戦運動を行っていたラクスだったが、別行動をしていたシーゲル・クラインがザラ派の軍人に射殺されたことと、エザリア・ジュールによってラクスの反戦運動はナチュラルに利用されているものだというプロパガンダを大々的に打たれたことで完全に手詰まりになっていた。
シーゲルの死は隠蔽されており、ザラ派はタイミングを見計らってシーゲルの死すら戦意高揚に利用しようとするだろう。プラントの前最高評議会議長であり、今もパトリックに次ぐ求心力を持つシーゲルを一方的に射殺したと公表するよりも、ラクスと同じくナチュラルに利用された末に殺されたと公表する方が市民の戦意を煽ることが出来るからだ。
これ以上危険を冒して潜伏するよりも、一度外部に脱出して機会を待った方がいいと判断したバルトフェルドはターミナルを奪取する計画を早め、実行に移したのだった。
「──さてと。あー、本艦はこれより、最終準備に入る。いいかぁ、本艦はこれより最終準備に入る。作業にかかれ!」
「貴様等、どういうことだ!?」
「ただ降りてくれればいいんだよ!」
バルトフェルドの合図と共に、事情を知らないザフト兵が次々に計画の実行犯であるクライン派の兵に拘束され、エターナルが収容されているドックの一角に押し込められていく。そんな中、ユーリの密告によって救助されたニコルとダコスタ達を伴い、ラクスがドックに姿を現した。
『おい! 何をしている! 貴艦に発進命令など出てはいないぞ! どうしたのだ! バルトフェルド隊長! 応答せよ!』
停止中だったエターナルの各種システムが、何故か起動を始めている。
ドックの異変に気付いた管制官は現場にいる筈のバルトフェルドに呼び掛けたが、全く応答が返ってない状況に事態を重く見た管制官は、その権限でメインゲートの管制システムを操作してシステムコードを変更した。
管制官はシステムコードを変更することでメインゲートを完全封鎖し、周囲から応援の部隊が駆け付けるまでの時間を稼ごうとしたのである。フリーダムのようなMSならともかく、ザフトの最新鋭艦であるエターナルを奪取したとしても、ザフト艦の運用に習熟した相当数の協力者がいなければ、動かす以外の運用を行う事は容易でないからだ。
「チッ! 優秀だねぇ。そのままにしてくれりゃぁいいものを。ちょっと荒っぽい出発になりますなぁ。覚悟して下さい」
「仕方がありませんわね。私達は行かねばならないのですから」
「アイシャ! 主砲発射準備! 照準、メインゲート! 発進と同時に斉射!」
「分かったわアンディ。ふふっ、腕が鳴るわね!」
「エターナル、発進して下さい!」
もちろん、バルトフェルドが念入りに準備して決行した計画にそんな不備はない。
バルトフェルドはダコスタと共にクライン派を支持する軍人の中でも選りすぐりの精鋭を集め、このエターナル強奪計画を実行に移したのである。
エターナルの砲撃手であるアイシャがメインゲートを正確に撃ち抜くと共に、発進したエターナルはドックを脱出した。
「ニコル様。大丈夫ですか?」
「え、えぇ。僕は大丈夫です」
「よぉ! 初めまして。ようこそ歌姫の船へ。アンドリュー・バルトフェルドだ」
「……貴方の様な人まで」
エターナル強奪計画の第一関門をクリアし、CICに一息付いた様な空気が流れる中、ラクスに連れられたニコルは同じくエターナルのCICにいた。
プラントに対する反逆者として囚われ、議長室から移送中だったニコルは
このような計画を行うためには必要不可欠である、各方面に潜伏していると思われる協力者の存在と、バルトフェルドの様にノンポリで有名だった軍人までもが計画に参加しているという事実は、ニコルの様に今のプラントの目指している方向性は間違っていると考える者は決して少なくないのだとニコルに改めて認識させたのだった。
そんな中、エターナルのレーダーに正面から高速で迫り来る無数の光点が表示される。
「前方にモビルスーツ部隊! 数5!」
「ヤキンの部隊か。ま、出てくるだろうな。主砲発射準備! CIWS作動!」
「この艦にモビルスーツは?」
「あいにく、フリーダムの代わりとして用意させた僕のゲイツだけだ。こいつは、本来ジャスティスとフリーダムの専用運用艦なんだ」
エターナルはフリーダムやジャスティスに搭載された核エンジンの整備に必要な専用設備や機材を搭載すると共に、既存のザフト製MSの性能を大きく上回った両機体をサポートするため、これまでザフト艦としては最速だったナスカ級すら上回る速力を誇る高速艦だった。
そのため他の機体を収容することは本来不可能であり、唯一フリーダムやジャスティスに一部の設計が受け継がれているゲイツを、強奪されたフリーダムの代用として一機収容するのが限界だったのである。
とはいえ、現状ではこのバルトフェルド専用ゲイツが唯一のモビルスーツである。迎撃の為に出撃しようとするニコルを制すると、ラクスはエターナルの全チャンネルで通信回線を開き、迫り来るパイロット達に呼び掛けを行った。
『私はラクス・クラインです。願う未来の違いから、私達はザラ議長と敵対する者となってしまいましたが、私はあなた方との戦闘を望みません。どうか船を行かせて下さい。そして皆さんももう一度、私達が本当に戦わなければならぬのは何なのか、考えてみて下さい』
『隊長!? これはいったい!?』
『ええい! 惑わされるな。我々は攻撃命令を受けているのだぞ!』
表向きプラントでは、ラクスはナチュラルに平和を願う心を利用されていることになっている。そんなラクスの生の言葉は、シーゲルを撃った様なザラ派の息が掛かった軍人ではなく、緊急でヤキン・ドゥーエ要塞から駆け付けただけのパイロット達に大きな混乱をもたらした。
そもそもラクスがナチュラルに言わされているのだとしても、ここでエターナルを撃てば“プラントの歌姫”が死ぬかもしれないのだ。だから引き金を引くのは容易ではなかった。
とはいえ、命令は命令である。
隊長機であるジンの攻撃をきっかけに、包囲網を突っ切ろうと全速力で直進するエターナルに向かって次々にミサイルが飛来する。
「難しいよなぁ、いきなりそう言われたって。……アイシャ! 迎撃開始だ!」
「コックピットは避けて下さいね」
「うふふ、難しいことを言うわね。主砲、撃つわよ!」
アイシャはエターナルに迫り来るミサイル群をCIWSとレールガンで迎撃しながら、時折ジンの頭部目掛けてビーム砲を放つ。フリーダムとジャスティスの運用母艦であるというコンセプト上、第一に速力と生存能力を優先して建造されたエターナルはジンの放ったミサイルを次々に撃ち落としていく。
「ブルーアルファ5、及びチャーリー7より、ジン6!」
「来るぞ! 対空!」
「ブルーデルタ12に、尚もジン4! ミサイル、来ます! 迎撃、追いつきません! ミサイル、当たります!」
とはいえ、複数のモビルスーツを相手に護衛の随伴機無しのエターナルで勝ち目はない。
エターナルの展開していた弾幕を飽和攻撃によって潜り抜け、遂にミサイルが命中しそうになったところで。
『こちらフリーダム。キラ・ヤマト』
少女の声と共に、そのミサイルはフリーダムの放ったビームで撃ち抜かれて爆発した。
『キラ!』
『やぁ、お嬢ちゃん。助かったぞ』
ニコルのシャトルを護衛した後、ヤキン・ドゥーエ要塞の防衛網付近で潜伏していたキラは異変を察知し、エターナルの救援に駆け付けていたのである。
迫り来るジンの頭部を正確に撃ち抜いてゆき、その全てを無力化し終えたキラはエターナルとの合流に成功した。そしてフリーダムの援護を受けたエターナルは、プラントから緊急出撃したジャスティスと遭遇する前にその行方を眩ましたのである。
アークエンジェルの捕虜になり、オーブ解放作戦に参戦してクサナギで宇宙に上がり、エターナル強奪事件に参加するという巻き込まれ系男子のニコルくんでした。
バルトフェルド専用ゲイツ:ゲイツの制式配備に先駆けて、クルーゼ専用ゲイツと同時に先行導入されたゲイツ。橙色に塗装済み。
バルトフェルドがフリーダムの代用機としてパトリックに要求したものだったが、実際にはジャスティスの代用機である。
キラちゃんのザフト赤服のボトムスは?
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ズボンだよ(シホさん風)
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スカートだよ(ミリアリアちゃん風)
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その他