〈104〉
その後、フリーダムに胴体部分ごと持ち運んで貰い、ドミニオンの索敵範囲に置き去りにされて迎撃に現れたカラミティに回収される形で帰還したクロトは、生体CPU専用の医務室に放り込まれていた。クルーゼとの戦いで受けた傷や、その後の禁断症状で自傷した際に生じた傷を手当てする必要があったからである。
今回の遠征目的だったフリーダムの確保に失敗し、ゲルプレイダーを大破させたことはクロトにとって廃棄処分すら覚悟しなければならない失態だった。
しかし予想通り“ニュートロンジャマー・キャンセラー”だったらしい、クロトの持ち帰ったデータディスクの解析にアズラエルは先程から夢中であり、それ以外の事には一切の興味を無くしたようだった。
〈──いつか緑の朝に──〉
相変わらず爆音でラクス・クラインの曲を聴いているシャニを無視し、オルガは先程から全く進まない小説を閉じると、仰向けで天井を見上げているクロトに視線を向けた。
「ところでどうして戻って来たんだよ、クロト」
「……五月蠅いんだよ。僕の勝手だろ?」
アークエンジェルには命綱である〈γ-グリフェプタン〉の予備がない以上、クロトにはドミニオンに戻る以外の選択肢が無かったとはいえ、オルガからすれば非合理的で詰まらない考えである。強力な鎮静剤を投与するなりなんなり、手段を選ばなければ多少なりとも延命する余地はないわけではない。
ニュートロンジャマー・キャンセラーのデータを入手した以上、わざわざフリーダムを捕獲する必要が無くなったため、アズラエルの主導で行われたこの追撃任務も終了したとはいえ、相変わらずこのクロトといい、かつてストライクのパイロットだったというフリーダムのパイロットといい、何を考えているかオルガには全く分からなかった。
「イチイチ考えても無駄だぜ。コイツは何を考えてるか、マジでわかんねーからな」
シャニはそんなオルガの表情を読み取ったのか、皮肉っぽく嗤う。シャニにとってクロトが何処にいって何をしようが、あまり興味が無いのである。そしてシャニは音漏れの激しいヘッドホンを外すと、小声でクロトに囁いた。
「お前が何を考えてるかはどーでもいいから、一つだけ聞きてーんだけどよ。……連中の中にラクスはいたのか?」
「……いたんじゃねーの? それがどうかしたのか?」
「気が利かねーヤツだな。だったらサインくらい貰っとけよ」
「……」
プラントを立ち上げるために大きく貢献し、少し前までプラント最高評議会議長を務めていたシーゲル・クラインの一人娘──ラクス・クライン。
ラクス本人の信条はどうあれ、この戦争を引き起こし、結果として数え切れない程多くの死を招いた男の血を引く娘が歌う平和の歌は、滑稽極まりない。
しかしシャニ・アンドラスという少年はそんなラクス・クラインという少女の滑稽さにロックさを感じている訳ではなく、純粋に彼女の歌のファンらしい。
「別にサインなんてどうでもいいだろうが。それよりフリーダムのパイロットの写真は持ってないのかよ。役に立たねぇ奴だな」
「どうでも良くねーだろ。生ラクスだぜ、生ラクス」
「馬鹿か? お前が会って書いて貰う訳じゃねぇんだから、別に生じゃねぇだろ?」
「はぁ? そういう問題じゃねーんだよ!」
訳の分からない二人の争いを尻目に、クロトは目を閉じた。約二ヶ月後に訪れるだろう最後の戦いと、もはや取り返しが付かない程の重荷を背負わせてしまった少女に思いを馳せながら。
〈105〉
当初、現行MSの稼働時間・飛行性能・機動力・火力を向上させるというコンセプトで設計・開発が行われていた“モビルスーツ埋め込み式戦術強襲機”通称M.E.T.E.O.R.はニュートロンジャマーキャンセラ-搭載型MSに搭載されることが決定したことで、その無制限の大電力を活用した破壊力と機動力に主眼を置く武装プラットフォームへと再設計が行われていた。
そして機体の各部に搭載された戦艦数隻分に匹敵する武装と、ジンハイマニューバのエンジンを元に製造された推進器による高い機動力で戦場を駆け巡り、単機で戦況を一変させるという戦術兵器としてM.E.T.E.O.R.は再設計された。
特にマルチロックオンシステムが搭載されたフリーダムにおいては、多数のターゲットを同時に捕捉、撃破することが出来ると大いに期待されていた。
しかし本来モビルスーツでは現実的でない圧倒的な推力、火力を実現させたM.E.T.E.O.R.の操縦は非常に難しく、本来のフリーダムのパイロットとして任命されたこともあり、フリーダム自体の操縦難易度の高さも把握していたバルトフェルドの見立てでは、キラのように極めて優れた能力を持つコーディネイターとはいえ、その習熟には相当な時間を有する筈だった。
それがたった一日、それどころか対艦ビームソードの調整ミスに伴う再調整を含めれば、たった半日の完熟訓練でキラはあっさり順応してしまったのだった。どれだけの空間認識能力と情報処理能力がそれを可能にしているのか、想像すら出来なかった。
「……恐ろしい子だね。あの日以来、まるで人が変わったみたいだ」
「キラは自分がクロト様を何とかしなければ、と思っているのでしょう」
戻って来たキラから様々な事を打ち明けられたラクスは、マルキオ導師やユーリ・アマルフィらプラントの旧クライン派、連合の和平派と連絡を取り、戦争を早期終結させるために働きかけつつ、ジャンク屋組織等の協力を得ながら各所を転々としていた。
そしてそれだけではなく、キラが持ち帰った正体不明の薬の解析や、ロドニアの何処かに存在するという生体CPUの研究所を見つけ出し、その解放と共に全ての情報を持ち帰るという任務を
またキラは医学、特に脳神経学や薬学、果ては未だに地球圏でも殆ど研究が進んでいない再生医療に関する論文を掻き集め、合間を縫って読み漁り始めた。
それは既に片手間という段階ではなく、片手間でそれ以外の作業をこなすという表現が最適だった。
「気の毒だが、難しい話だとは思うがね。治療法が有るなら、連中が試さない筈がないだろう?」
表向きは地球連合軍のトップガンとして異名が轟きつつあるクロトが、地球連合軍の造った生体CPUであり、近い将来確実に死亡するという事実が表沙汰になれば、ブルーコスモスへのバッシングどころか地球連合軍の戦意低下すら考えられる。
そんな状況で今もクロトが戦場に出続けているのは、地球連合軍に生体CPUを治療できる医療技術が存在しないという明確な証拠である。どうせ治らないのであれば、使えなくなるまで使い潰す方が合理的なのだから。
「地球連合軍がボアズ要塞に核攻撃を行い、ザフトもヤキン・ドゥーエ要塞に設置した大量破壊兵器で応戦する、か。……彼の言葉でなければ、性質の悪い冗談だと笑うところだよ」
「ですが、実際に地球連合軍でもザフトでも、そうした動きがあったそうですね」
結論が分かっていれば、その過程を発見することはそれほど難しくない。
中性子運動を阻害し、核分裂反応を抑制するニュートロンジャマーの登場以来、地球連合軍内では維持費用が掛かるだけの存在だと廃棄されていた核弾頭ミサイルを再生産する動きが始まっているという。
またザフトでもヤキン・ドゥーエ要塞の改修費用に関して、大規模な資金の動きがあるという。勢いに乗る地球連合軍を迎え撃つため、宇宙戦力の増強に力を入れなければならない状況でプラントの防衛の要とはいえ、その改修に多額の資金を投入することは常識的に考えて有り得ないため、おそらくその言葉は当たっている。
何故そんなことが分かったのかは、既に重要ではない。互いに互いを滅ぼす準備が行われているという事実が重要であり、今はそれを止めなければならないのだから。
「とはいえあの子が、地球連合軍にニュートロンジャマー・キャンセラーを流出させることに協力するとはね」
「……元々、御父様も考えていたことです。血のバレンタインの報復として行われたニュートロンジャマーの大量投下が引き起こしたエイプリルフール・クライシスは、あまりに多くの犠牲をもたらしましたから」
プラントが血のバレンタイン事件の報復として行った、中立国を含む全世界に未曾有の被害をもたらしたエイプリルフール・クライシスは報復行為として過剰だった事は疑う余地はない。
どのみちどこかのタイミングでニュートロンジャマー・キャンセラーの技術を提供することで、安定的な電力供給を可能にする原子力発電を復活させなければ、プラントと地球連合の争いが終わることは永遠に有り得ないのだ。
「何にせよ、賽は投げられた。君は本当にこの争いを止められると思うかい?」
「……分かりません。ですが地球連合軍の核攻撃を阻止し、その後大量破壊兵器を極秘裏に製造していた件でザラ政権を糾弾すれば、可能性はあると信じています」
数日前までは単語の内容を理解するところから始める必要があった難解な論文を読み終え、次の論文に取り掛かろうとしているキラを遠目に眺めながら、ラクスは呟く様に言った。
〈106〉
治療を終えたクロトはアズラエルがドミニオンで宛がわれている艦長室に、一人呼び出しを受けていた。アズラエルは中でノートパソコンを広げており、それを用いてクロトの持ち帰ったデータディスクの詳細な解析を終えた様だった。
「さっきのアレさぁ、どうやら本物みたいじゃない。フリーダムってヤツのパイロットに渡されたのかな?」
「そんな訳ないでしょう。ラウ・ル・クルーゼ……盟主様が仰っていたプラントのスパイからですよ」
「ふーん、そんな大物がスパイだったのか」
クロトの言葉を聞いたアズラエルは可笑しそうに嗤った。
核の力を解禁するニュートロンジャマー・キャンセラーの入手に加えて、ハルバートン率いる地球連合宇宙軍第八艦隊を圧倒的寡兵で壊滅させる手腕を持ち、今やパトリック・ザラの右腕とも言われるクルーゼが密かに地球連合軍に組しているスパイだという事実が明らかになったのだ。
つまり地球連合軍が準備を進めているプラント本国攻撃を最終目的としたエルビス作戦が発動すれば、クルーゼはザフトの白服という仮面を脱ぎ捨ててザフトに牙を剥くだろうし、封印が解かれた核兵器の投入も踏まえて考えれば、地球連合軍の勝利が確定した状況だったのである。
「正直、あれだけ金を掛けてやったのに負けておめおめと戻って来た君を処分しようって思ってたんだけどさぁ。もう1回くらいチャンスをやろうかなって。まぁその1回で、僕はプラントを滅ぼすつもりなんだけどさ」
「……ありがとうございます」
ここまではクロトの予想通りである。
手ぶらで帰ったならともかく、ビジネスマンの要素も強いアズラエルは基本的に無駄なことを好まない。完成した生体CPUが未だ4体しかいない現状で、終わりが見えて来た状況だというのにわざわざその頭数を減らす真似はしないのだ。フリーダムに敗北したとはいえ、ザフトの中でクロトを正面から止められる相手はほとんどいないのだから。
「でもさ、一つだけ分からないことがあるんだよね」
「と、いうと?」
アズラエルの向けた妙な視線に、クロトは不吉なものを感じた。
「いや、そもそもなんで君は帰って来られたのかなって。負けちゃって、コクピットごと連れて行かれたのは分かるんだよ。でも
クロトはアズラエルの言葉がどれだけ本気なのかを推し量った。全く意味のない単なる雑談の類ということも十分に考えられた。
しかしクロトの直感が、これは単なる雑談ではないと警告を発していた。論理的に考えればおかしいからだ。
フリーダムのパイロットの目的がクロトの確保だったのであれば、クロトを返すという行為はその目的と矛盾している。
ニュートロンジャマー・キャンセラーのデータが偽であれば、共謀して意図的に偽のデータを渡すことが目的だったと言えるかもしれないが、データの内容が真だったことからこれも矛盾している。
もちろんフリーダムのパイロットの行動原理が支離滅裂だとすれば辻褄は合うが、そうした考えをアズラエルは最初から斬り捨てて考えていた。大枚叩いて造った
今までにない位に警戒されている。言葉の選択を間違えば、直ちに処分されると思いながらクロトは言った。
「単純な話です。僕がこの船に戻らなければ、死を待つ身だと伝えました。だったら、ドミニオンまで送り届けると言ってくれたんですよ。今の自分には、それしか出来ないからと」
「へぇ。君に同情したって訳だ?」
「全く馬鹿な奴ですよねえ。送り届けたとして、良くて戦場で出会うだけなのに」
相手を死なせたくないという理由で、万が一の可能性に賭けてドミニオンに送り届けるという愚行。アズラエルはクロトの思わぬ回答に一瞬沈黙したが、再び口を開いた。
「……次は負けない自信があるのかい?」
「ええ。
クロトの非情な言葉に、アズラエルは眉を潜めた。
穏健派とはいえ紛れもなくブルーコスモスの一員であり、戦闘用コーディネイターやブーステッドマン計画に出資を行うなど、アズラエルは倫理観を欠いていた。
しかしかつてはコーディネイターに憧れを抱き、私生活では妻子を持つ程度には正常な感性も持ち合わせるアズラエルにとって、自分に好意を抱くコーディネイターの情すら利用するクロトは異常に思えたのだ。
「まあ、いいでしょう。そういうことなら、プトレマイオス基地に戻ったらレイダーの再生産機を用意しましょうか」
ストライクがストライクネロとして再生産されたように、レイダーも純粋なブーステッドマン用の機体として再生産する動きが起こっていた。
当初からレイダーにはクロトを起用することが決まっており、ストライクで採用されたセーフティーシャッターの省略など一部の安全機構がオミットされていたとはいえ、初期のレイダーは量産化する際のデータ収集を行う為にナチュラル向けの機構も多く組み込まれていたからである。
生体CPUどころか人工知能による操縦を想定して開発されたゲルプレイダーとは異なり、レイダーの性能を純粋に底上げした機体というわけだ。クロトも特に異存はなかったのだが、一点だけ絶対に譲れないものがあった。
「
巨大なPS装甲に覆われた
正史では二度の砲撃で地球連合軍を壊滅させると共に、ザフトの大部隊が展開しているヤキン・ドゥーエ要塞の防衛網を突破するのは不可能だと悟り、アズラエルが発狂した代物である。
その確実な破壊には、ヤキン・ドゥーエ要塞内部に突入して核攻撃を行う必要があるだろう。クロトの迷いない言葉に、流石のアズラエルも言葉を失うのだった。
久々の三馬鹿勢揃いです。
初期レイダーのステアップ+Mk5核弾頭ミサイルで最終決戦に挑むようです。カラミティを乗っけて戦闘機動が可能なんだし核ミサイルを積んだまま戦うくらいは余裕でしょう。
(微妙に引いてるアズにゃん)