逆襲のクロト   作:皐月莢

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ヤキン・ドゥーエ攻防戦 前編

 〈113〉

 

 ドミニオンはハルバートン准将の移乗と共に前第八艦隊旗艦であるメネラオスに指揮権を移譲すると地球連合軍艦隊を離脱し、単身ヤキン・ドゥーエ要塞に向かっていた。

 巧遅は拙速に如かず──ザフトの持ち出した大量破壊兵器の発動と共に、既に正攻法では地球連合軍の大敗が目の前に迫っている以上、とにかく迅速な対処が求められたのである。

 未だ健在なボアズ要塞を人質に、そして地球連合軍全軍を捨て駒にヤキン・ドゥーエ要塞を少数精鋭で攻略するというクロトの提唱した大胆不敵な作戦は、エターナル、アークエンジェル、クサナギで構成された三隻同盟の参戦に伴い、アズラエルの主張であるプラントの核攻撃や、ナタルの主張した地球連合軍を再編成した後の総攻撃と比較して、極めて現実感のあるものとなっていた。

 実際、ドミニオンがボアズ要塞宙域を離れた直後に放たれた大量破壊兵器の第二射によって、地球連合軍の救援に向かっていた増援部隊は月面基地プトレマイオスそのものを含めて壊滅し、今や地球連合軍──引いては地球の存亡はドミニオンと三隻同盟の双肩に掛かっていたのである。

 最終ミーティングを終え、出撃まで僅かな時間を得たクロトは待機室の椅子に腰掛けて目を閉じ、出撃まで身体を休めることにした。

 

「この前も思ったが、まさかラクスがああいう奴だとはな……。歌はともかく、中身はお花畑のお姫様だと思ってたぜ」

 

 ザフトの広告塔として歌やメッセージを送り、ユニウスセブン追悼慰霊団の代表を務めるなど、公的活動にも参加していた平和の歌姫──。

 ラクス・クラインはその容姿と知性、歌声からプラントの中では絶大な人気を誇り、地球連合内でも熱狂的なファンが多数存在する歌姫である。

 

 しかしC.E.70年2月5日に起こった、国連事務総長の呼びかけによって成立したプラントとプラント理事国との会談に参加する予定だったプラント理事国の代表者と、国際連合事務総長を含む国際連合首脳陣が死亡し、プラントの代表であるシーゲル・クラインが唯一難を逃れた事件”コペルニクスの悲劇”。

 それをプラント側のテロだとみなし、崩壊した国際連合に代わる新たな国際調停機関として設立された地球連合がプラントに宣戦布告する形で始まった地球連合・プラント大戦──そして開戦直後に起こった血のバレンタイン事件と、その報復であるエイプリルフール・クライシスによって、この終わりの見えない全面戦争の引き金を引いた首謀者であるシーゲル・クラインの一人娘が平和を歌うという矛盾。

 地球圏ではその滑稽さを嘲笑う者も多く、シャニのように「()()()()()()()()()()()()()()()」と好む者すら存在するのだが、自らエターナルに乗り込んで戦場に赴き、戦争終結に向けて動き始めたラクスを実際に目の当たりにしたシャニは意外そうな表情を浮かべた。

 

「……あの娘は、そういう娘だ。アークエンジェルでもそうだった」

「ハァ!? なんでラクスがアークエンジェルに!?」

 

 アークエンジェルにラクス・クラインが捕虜として一時囚われていたことは書類上なかったことにされているのだと、クロトは今更ながら気付いた。事情はどうあれ、当時プラントのトップの一人娘であるラクス・クラインを確保し、現ドミニオン艦長であるナタルの主導で彼女を人質に取った挙句、最終的にキラ・ヤマトがザフトに返還したという行為を表沙汰に出来る訳ないからだ。

 これから死地に向かうドミニオンにとって、唯一の援軍である三隻同盟の実質的な司令官と主力である二人の少女の不興を買った過去が明らかになれば、戦意の低下は避けられないのだから。

 

「……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ように、ラクスも実はそういう奴だったってことか」

 

 シャニはヘッドホンを装着すると反対側のソファーに寝転がり、大音量でラクスの曲を聞き始めた。誰よりも平和を望みながらも、柵に囚われ道化の様に振る舞う以外の選択肢を持ち得なかった少女が、唯一自らの想いを表現出来る場として込めた真のメッセージを読み取る為に。

 

「相変わらずだな、お前らは」

 

 その騒音に眉を顰めながら、オルガは待機室に入って来た。オルガは個室から持ち出した本を読もうとしたが、未だ序盤の本を最後まで読み終えるのは不可能だと悟ったのか、すぐに読むのを放棄してソファに身を投げ出した。そんな根っからの読書家であるオルガに、クロトは以前から気になっていたことを口に出した。

 

逆行(タイムループ)について、どう思う?」

「なんだそりゃ。ゲームの話か? ……そういや、宇宙人が人類に勝つため引き起こす時間のループに巻き込まれた主人公が、出撃しては戦死、出撃しては戦死を何度も繰り返すうちに経験を積んで強くなり、ループの原因である存在を倒す方法を見つけ出して勝利を掴む──そんな本を前に読んだことがあるぜ」

 

 以前読んだとあるジュブナイル小説の名作を引き合いに出し、オルガは退屈そうに答えた。

 

「……そんな力があったとして、お前ならどうする?」

「さぁな。戻るタイミング次第じゃ、このクソッタレな状況のままだろ。とりあえず研究所で暴れてみるとか、ループ前の知識を生かして滅茶苦茶するってところだろーな」

 

 クロトやステラとは異なり、物心付いた頃からロドニアのラボで実験動物として扱われていた被検体ではないものの、やはり人体改造された少年の一人であるオルガは自らの運命を呪うかのように嗤うと、思わぬ時間潰しが出来たとばかりに言葉を続ける。

 

「とはいえ、俺は純粋な逆行(タイムループ)ってヤツは存在しないと思っている」

「どういう意味だよ?」

「単純な話だ。お前にそんな能力があって、俺に射殺されたお前が過去に戻ったとする。だったら今の俺は消滅するのか? ……そんな訳ねーだろ」

 

 一個人において、世界とは自らが認識する物のことである。

 オルガに射殺されたクロトが過去に戻った場合、クロトの認識上は世界がループする一方で、残されたオルガはクロトの認識とは無関係に存在するのではないかというのがオルガの考察だった。 

 

「僕が死んでも、僕が死んだ世界はそのまま続くってことか?」

「俺の考えだがな。……だいたいお前がそんな大層なヤツなら、最初からこんな事になってねーだろ」

 

 この世界に神とでも表現すべき存在がいて、どういう理由かその存在がクロトを特別視しているのであれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()筈だ。そう結論付けたオルガの言葉にクロトは頷いた。

 

「悪い。変な事を聞いたな」

「……ま、俺が言いたいのは()()()()()()()()()()()()()()ってことだ。どうせ来年の春には頭がグズグズになって死ぬとしても、な」

 

 オルガは悟ったような表情を浮かべると、読むのを放棄した本を片手に持って待機室を後にした。そんなオルガと擦れ違う様に現れた、何処か憮然とした表情のステラがクロトの脇に座った。

 

「見事なクーデターでした。ここまでが、先輩のシナリオって訳ですか?」

「そんな訳ないだろと言いたいけど、想定の範囲内だよ」

 

 逆行前の世界において、ザフトと三隻同盟の連携による猛攻を受けて殲滅され、最終的にクロト本人も禁断症状で発狂した末に非業の死を迎えた最終局面──。

 戦力比こそ当時以上の開きがあるとはいえ、喉元に大量破壊兵器を突き付けられた状況で十分勝算のある展開に持ち込めたのは、紛れもなくヘリオポリス崩壊から始まったクロトの成果である。

 純粋なモビルスーツの操縦技術こそステラに一歩劣るものの、まるで未来を見通すかのように大局を見る力を持ったクロトでなければ、絶対にこうはならなかっただろうとステラは率直に思った。

 実際問題、何処かのタイミングでプラントの核攻撃を主張するアズラエルに反旗を翻し、ヤキン・ドゥーエ要塞攻略に移るのはクロトにとって既定路線だった。ワシントン、ドゥーリットルの撃沈によってピースメーカー隊が早期壊滅したことで若干決行する時期が早まったのだが、誤差の範疇だったのである。

 

「後は上手く僕を出し抜けば、君の夢(人類滅亡)も叶うかもねえ」

「……やっぱり、私の邪魔をするんですか?」

 

 クロトの素っ気ない言葉を聞き、ステラは怒りで奥歯を噛み締めた。

 あの日、全てに絶望していた自分を焦がした底知れない狂気と憎悪の炎は──たかが一人の少女と出会っただけで呆気なく鎮火されるものだったのかと侮蔑の意思を込めて。

 

「……僕に君を止める権利はない。だから結果的に止める事はあったとしても、邪魔をするつもりはない」

「──ッ! 勝手に悟って、格好付けて!! 私は先輩のそういうところが大嫌いなんですよ!」

 

 こんな思いをするなら、何もかも忘れられる新型(エクステンデッド)に改造して貰えば良かったとステラは叫んだ。

 精神的な安定性を保つため、“ゆりかご”と呼ばれる特殊な睡眠カプセルによって定期的な記憶の操作が行われる新型(エクステンデッド)──純粋な性能こそ旧型(ブーステッドマン)に劣り、“ゆりかご”がなければ旧型(ブーステッドマン)以上に暴走のリスクがあるものの、記憶の操作で人格を矯正することでコミュニケーション能力に優れており、様々な作戦行動や複雑な連携も可能とされる生体CPUの新型である。

 クロトの活躍で旧型(ブーステッドマン)が大きく評価を上げ、被検体だったステラが旧型(ブーステッドマン)を希望したことで実戦投入が見送られたものの、より従順な兵を求める地球連合軍の資金提供を受け、今もロドニアのラボで研究が進められている。

 従順ということは、裏を返せば真に憎むべき存在に対して反抗する意思すら奪われる──つまり旧型(ブーステッドマン)以上に人間性を喪失するのだが、今のステラにそれを理解することは出来なかった。

 

「うるせーな。何も聞こえねーだろーが!」

「許せない……っ! 私の気持ちを弄んで!」

「だいたいお前が悪いんだよ、この色ボケ野郎が!」

「貴方って人は!」

「ハハッ! もう一発やっちまえ!」

 

 ヘッドホンを外したシャニと戻ってきたオルガに煽られ、激昂したステラに二発、三発とクロトが張り手を受けていると、ヤキンドゥーエ要塞から出撃したモビルスーツの反応を捉えたナタルから出撃命令が下ったのだった。

 

 〈114〉

 

 先程出撃したフリーダムがエターナルの保有しているもう1つのM.E.T.E.O.R(ミーティア)を厳かに装着している光景を見ながら、ラクスは自らを戒める様に言った。

 

「私たちは、間に合わなかったのかもしれません。──平和を叫びながら、その手に銃を取る。それもまた、悪しき選択なのかもしれません」

 

 もっと早く、もっと上手く行動出来ていれば、この戦争はお互いに大量破壊兵器を撃ち合う様な殲滅戦にならなかったのかもしれない。

 今自分達がやろうとしているように、武力で両軍の頭を殴り付ける様な行動は、最善ではなかったかもしれない。しかし今の自分に出来る事は、あらゆる手段を用いてヤキン・ドゥーエ要塞が保有する大量破壊兵器を破壊し、これ以上の悲劇を防ぐことである。

 

「でもどうか今、この果てない争いの連鎖を、断ち切る力を!」

 

 無事にM.E.T.E.O.R(ミーティア)装着を完了し、絶大な推進力で先行しているレイダーの下に向かって行くフリーダムを、ラクスは高らかな激励と共に見送った。

 第八艦隊司令官ハルバートン准将が指揮する地球連合軍全軍を囮に、ボアズ要塞からヤキン・ドゥーエ要塞を直線で結ぶルートを全速力で駆け抜けるドミニオンの動きに連動し、三隻同盟の実質的な指揮官を担当しているバルトフェルドが考案した作戦は単純明快だった。

 クライン派のザフト軍、オーブ残党軍、脱走した地球連合軍で構成された三隻同盟と、今も地球連合軍であるドミニオンが細かい連携など取れる訳がない。

 そこでバルトフェルドは三隻同盟を左翼に、ドミニオンを右翼に置き、その中間にフリーダムとレイダーを展開させて主攻に見立てたのである。

 三隻同盟に所属するモビルスーツの中で唯一無尽蔵のエネルギーを供給する核エンジンを持ち、M.E.T.E.O.R(ミーティア)を装備した事で圧倒的な機動力と対多数戦闘能力を誇るフリーダムと、ヤキン・ドゥーエ要塞が保有している大量破壊兵器(ジェネシス)を一撃で破壊し得るMk5核弾頭ミサイルを保有するレイダーの両機ならば、例外的に主攻が成立するというバルトフェルドの作戦にナタルも異存はなかった。

 両翼に展開した三隻同盟、ドミニオンはそれぞれ自前のモビルスーツ部隊で眼前の敵を撃破、あるいは足止めして間接的に主攻を援護し、細かい判断は現場のパイロットに委ねる──バルトフェルドも自らオレンジ色に塗装したゲイツに乗り込み、エターナルを狙うヤキン・ドゥーエ要塞守備隊のモビルスーツ部隊に向かって行く。

 

「第七宙域、突破されますッ!」

「あと僅かだ。持ち堪えさせろ! ラクス・クラインめ……!」

 

 大量破壊兵器ジェネシスの第二射発動によって、地球連合軍の増援部隊の大半とその後方に位置する月面基地プトレマイオスを撃破することに成功し、終戦ムードが漂っていたヤキン・ドゥーエ要塞守備隊は電波障害の回復と共に突如現れたドミニオン、及び三隻同盟の対処に追われていた。

 クルーゼなど極一部の人間を除き、アスランやジュール隊といった精鋭部隊はボアズ要塞の救援に向けており、残った守備隊は数こそ圧倒的であるものの、戦意や技量に欠けた者が殆どだったからである。

 ましてや自分達に突撃を敢行するのが、ナチュラルに利用されている筈のラクス・クラインを司令官に掲げ、ザフトにその名を轟かせているレイダー、フリーダムを従えた精鋭部隊であれば当然だった。

 分厚い守備陣を3本の矢で貫き、包囲される前に突破し、更に侵攻を続けていく──援軍が全く期待出来ない以上、とにかく侵攻速度が重要である。

 特に中央で主攻を担うフリーダムとレイダーの侵攻、次いで右翼で助攻を担うストライクネロ、カラミティ、フォビドゥンの侵攻速度は突出しており、ヤキン・ドゥーエ要塞まであと僅かの地点まで到達していた。

 

『……ッ! この感覚は!』

『アイツか!』

 

 不気味な感覚に包まれたキラの声を聞いた瞬間、クロトは機体を横滑りさせて前方から放たれた絶大な威力のビームを回避する。

 灰色を基調とし、後付けされた追加スラスターとドラグーンシステムにエネルギー供給と量子通信を行う為のケーブルが露出しているなど、異色な出で立ちのモビルスーツ“ZGMF-X13A(プロヴィデンス)”がその姿を露わにした。そして射出された合計11基の無線誘導式ビーム砲台(ドラグーン)が上下左右に展開し、その全砲門をレイダーに向ける。

 

『まさかここまで辿り着くとはな。──さぁ、今度こそ決着を付けようか!』

『二度と無駄口を叩けないようにしてやるよ!』

 

 クロトの挑発に呼応し、キラもクルーゼに叫んだ。

 

『これが貴方の望みですか!』

『私のではない! これが人の夢! 人の望み! 人の業!』

 

 クルーゼが二人に言い放った瞬間、頭上から深紅の機体が舞い降りて来た。

 突如後方に下がったドミニオンの意図を読み取り、プラントから地球圏までの無補給移動すら可能にする圧倒的な航続力を誇る核エンジンを用いて単身後を追った──アスラン・ザラが駆る“ZGFT-X09A(ジャスティス)”の登場である。

 

 同時刻。

 クロトやキラと同じく突出していたシャニ、オルガ、ステラの前に奇妙な二機のモビルスーツが姿を現した。

 

『へぇ、まだ居たんだ。変なモビルスーツ……』

『もう片方の白いヤツは、ザフト製のストライクってトコか?』

『いえ、あのフォルムでストライクを遥かに上回るパワー……核を使ってます!』

 

 同じストライクのパイロットとして、ステラはその機体の違和感を瞬時に察知した。

 紫を基調とした大型可変MS“ZGMF-X11A(リジェネイト)”。そして白を基調とした核エンジン搭載型のストライクとでも表現すべきMS“ZGMF-X12A(テスタメント)”。

 

『なんでもいいからさぁ、さっさとやろうぜ?』

『つーかよ、アイツら核が野蛮だとか言いながら何機造ってるんだよ。俺のバカモビルスーツにも寄越せよ!』

『……』

 

 ステラの警告にも構わず、シャニとオルガは機体のスラスターを全開で吹かせ、目の前に現れた正体不明のモビルスーツに突撃を開始した。




なぜ出撃前に大喧嘩になるのか、コレガワカラナイ。

でも殴られる理由はあるので、諦めて下さい。

オルガくんの引用した小説の元ネタは、ハリウッド映画にもなった某ラノベです。バレバレですかね……?
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