〈115〉
地球連合軍の増援部隊と共に月面基地プトレマイオスを壊滅させ、尚も第三射の準備を行っている大量破壊兵器の破壊を目的とする三隻同盟は、ヤキンドゥーエ要塞の最終防衛ラインを固めている精鋭部隊に侵攻を食い止められていた。
更にボアズ要塞付近で囮を引き受けていた地球連合軍を突破したジュール隊の挟撃を受け、徐々に包囲され始めていた。
機体の特性上、やや突破力に欠けるためアストレイ隊を率いて殿を務めていたニコルはイザークの放ったビームをトリケロスで防ぐと、一発、二発とデュエルの足を止めるようにビームを放ち、おもむろに通信回線を開いた。
『イザーク! やはり貴方ですか!』
『生きていてくれたのは嬉しい。……だが、クライン派の連中と手を結んでプラントを裏切ったようだな。事と次第によっては、貴様でも許さんぞ!』
『僕はプラントを裏切ったつもりはありません! 銃を向けずに話をしましょう、イザーク!』
『……敵のそんな言葉を信じるほど、俺は甘くない!』
ザフトに弓を引きながら対話を求めるニコルの言葉にイザークは怒りを露わにするが、ニコルはイザークに構わず言葉を続けた。
『僕は、貴方の敵ですか?』
『ふざけるな! 貴様が敵でないなら何だと言うんだ!』
『僕はナチュラルを──黙って軍の命令に従って、ザラ議長の思惑通りにナチュラルを全滅させる為に戦うつもりはないってだけです!』
『ザラ議長が……?』
ザフトのトップであり、今や最高評議会議長でもあるパトリック・ザラ──思わぬ大物の名前を出されたイザークは思わず口籠もった。
今やプラントにおいて実質的にナンバーツーであるイザークの母、エザリア・ジュールすら比較にならない強硬派で知られるパトリックの真意がナチュラルの全滅にあると言われれば、流石のイザークも頭ごなしに否定することは出来なかった。
何故ならニコルはプラントに戻って来たところをパトリックに拘束されそうになり、そのままラクス・クラインらと共に逃走したと耳にしたからだ。奇跡の生還を遂げたニコルが何故拘束されそうになったのか──それこそパトリックの表沙汰にしてはならない言葉を聞いてしまったことも考えられるのだ。
『フリーダムのパイロットを知っていますか? あの娘はストライクのパイロットです。ヘリオポリスで暮らしていたコーディネイターで、アスランとは幼馴染みだそうです』
『何っ!?』
その突拍子もない言葉にイザークは絶句した。
とはいえ、ヘリオポリスの襲撃以来ずっと感じていたアスランの異変も納得出来る内容──最初は拙い動きをしていたが、みるみる強敵と化したストライクのパイロットがコーディネイターであることは十分有り得る話だった。
そして何より、アラスカ攻略戦で初めて現れた際に見せた自分に対する激しい殺意は、フリーダムのパイロットが自分を知っている明確な証拠だと気付いたのである。
『レイダーのパイロットも、ブルーコスモスに自分の命を握られているのに、あの娘を守る為に戦っているんです! そんな二人を知って、それでもザフトに戻って軍の命令通りに戦うなんてことは出来ません! あんなものが、本当にプラントの為なら許されると言うんですか! イザーク!!』
『くっ……!』
パナマ基地攻防戦で起こった悍ましい光景──それを遥かに超越した惨劇を引き起こし、今も第三射の準備を行っている大量破壊兵器の存在が果たして許されるだろうか。
答えは出ても手段が浮かばず沈黙するイザークの前に、後方から追い付いて来たディアッカが現れた。
『だがなぁ、ニコル。今のお前は立派な反逆者だぜ? ジュール隊はともかく、他の連中が素直に停戦するとは思えねーよ?』
ニコルを知るイザークやディアッカが所属するジュール隊は例外としても、他の部隊がニコル達に銃口を下げる理由は存在しない。
どんな事情があれども、ニコルはプラントを裏切ったクライン派のテロリスト──それがザフトの共通認識だからだ。しかしディアッカの言葉で意外な着想を得たイザークは広域通信で周辺の部隊に呼び掛けた。
『周辺の部隊に告ぐ! 今から我々ジュール隊は行方不明になったラクス・クラインを確保している疑いのあるエターナル以下三隻の臨検を行う! 臨検が終了するまで、周辺の部隊は一切の攻撃を禁じる! 貴艦らもこれ以上の抵抗を続けるなら、このジュール隊自ら鉄槌を下すことになると宣言する!』
『イザーク! 貴方って人は!』
『フン、あんな馬鹿げた兵器がザフトの総意だと思われるのは不愉快というだけだ!』
プラント市民にとって熱狂的な人気を誇るラクス・クラインの造反は、今も混乱を避けるためにザフト内部ですら隊長級を除いて完全に秘匿されている。
そしてナチュラルやクーデターを企むクライン派にラクス・クラインが利用されていると訴え掛けているのは、他ならぬエザリア・ジュールである。
その詭弁を利用し、強引に戦闘行為を終了させる──ドミニオンと比較して侵攻が遅れていたこともあり、多くの敵部隊を引き付けていた三隻同盟に周辺の部隊を釘付けにするのが、イザークの権限上許容されるギリギリのラインだった。
『やれやれ、俺は足付きでも見物するかねぇ?』
『ディアッカ! 真面目にやれ!!』
イザークはディアッカに苦言を吐きながら、ヤキン・ドゥーエ要塞付近で今も激しい戦闘を繰り広げているフリーダムと思われる光点に視線を遣った。
〈116〉
ヤキン・ドゥーエ要塞の最終防衛線──遂に大量破壊兵器の全貌が窺える地点にて、クロトは正体不明のモビルスーツを駆ったクルーゼと対峙していた。
第三射の準備が完了するまで残り僅か──
回避しながら
『競い、妬み、憎んでその身を喰い合う!』
『お前の思い通りにさせるか!!』
クロトはMS形態に変形し、
クロトは間一髪右腕のシールドで防御し、手元に
『既に遅いさ、私達は結果だろう? ──だから知る!! 自ら育てた闇に喰われて人は滅ぶとな!!』
クローン、生体CPU。
このような存在が考え出され、実際に造られたという結果──それは間違いなくこの世界の人類が有している薄暗い欲望の結果であり、その欲望の果てに人類は滅ぶのだとクルーゼは叫ぶ。
実際に言葉通りの状況が眼前に広がり、クルーゼと同じく人類の欲望の結果であるクロトに反論の余地は無かった。
同時に全てが読み通りとばかりにクロトの進行方向に展開されていた
『なっ……!?』
『クロト!! ……どうして貴方は!』
圧倒的な推力と引き換えに小回りの利かない
キラが放つ無数のビーム攻撃を躱し、シールドで防ぎながらビームブーメランで牽制すると強引に距離を詰め、ビームソードの根元を
『お前は俺の父上まで核で殺されろと言うのか!』
『だったら貴方は、このまま地球が撃たれろって言うの!?』
『それは違う! 父上がこれ以上、あんなものを撃つ筈がない!!』
ヤキン・ドゥーエ要塞を巡る局地的な戦いはともかく、今回起こった地球連合軍とザフトの戦いは大量破壊兵器の発動で壊滅した地球連合軍の敗北が濃厚である。
そして大量破壊兵器の威力が明らかになった以上、ザフトの勝利──ひいてはプラントの独立は確実なものだとアスランは思ったのだった。ならばキラ達さえ引けば、父が大量破壊兵器の引き金を引く理由はない。
そう信じていたアスランの下に、ヤキン・ドゥーエ要塞から摩訶不思議な緊急通信が届く。
≪──まもなくヤキン・ドゥーエ要塞は放棄されます。総員速やかに施設内より退去して下さい。繰り返します。まもなくヤキン・ドゥーエ要塞は放棄されます。総員速やかに施設内より退去して下さい≫
そのあまりにも突拍子な内容にアスランは耳を疑った。
要塞内部に敵の侵入を受けて制圧されそうな状況ならともかく、今も外で自分を含む多くの守備隊が敵の侵攻を食い止めている状況で、ヤキン・ドゥーエ要塞の自爆シークエンスが起動することは常識的に考えて有り得ないからである。
『いったい何が起こったのですか!?』
慌ててアスランがヤキン・ドゥーエ要塞の指令室にジャスティスの通信を繋ぐと、スピーカーから悲痛な通信が送られてくる。
『地球にジェネシスを撃とうとしたザラ議長と、止めようとしたユウキ隊長が撃ち合って……このままでは地球が……!』
『そんな……ジェネシスの制御が利かない!!』
突然ヤキン・ドゥーエ要塞内部で起こった異変に、アスランどころかそれを歓迎すべき立場のクロトやキラも困惑する中、ただ一人全ての事情を知るクルーゼは狂喜した。
パトリックがヤキン・ドゥーエ要塞が制圧されるという最悪の事態に備えて仕込み、それを知ったクルーゼがコードを書き加えた隠しプログラムが起動したのである。
誰かが地球に照準を合わせれば、ヤキン・ドゥーエ要塞の自爆と共に大量破壊兵器が発射される禁断のプログラム──パトリックがプラントの独立という当初の目的に満足出来ず、地球目掛けて第三射を放とうとしたという明確な証拠である。
パトリック本人はその直後に部下に射殺されたようだが、元々この隠しプログラムは地球連合軍に攻撃を受けて要塞を放棄しなければならない様な状況で、ジェネシスを強引に発射するために仕込まれたものである。
だからこの隠しプログラムは厳重なセキュリティで守られており、要塞が自爆するまでの僅かな時間でプログラムを解除し、ジェネシスの発射そのものを中止する方法は存在しない。
『クルーゼ隊長! まさか貴方が!?』
『正義と信じ、解らぬと逃げ、知らず! 聞かず! 君とあの男はよく似ているよ!』
クルーゼにとってアスラン・ザラという少年は、この世界のヒトの愚かさを象徴する様な存在だった。
中立国の侵攻行為を正義と信じ、友人を守る為に戦うキラの存在を解らぬと逃げ、実の父親である筈のパトリックの本性を知らず、聞かず。
そして今もジェネシスの発射を阻止出来るのは目の前のクロトが持っているMk5核弾頭ミサイルだけだと薄々察していながらも、今更引くことが出来ずに今も戦い続けている。これが人の愚かさでなくて何と言うのだろうか。
『違う……! 俺は……俺は……!』
──敵だというのなら、私を討ちますか? ザフトのアスラン・ザラ!
あの時、ラクスの背を追わなかったのは何故だ?
──
あの時、キラに拒絶されたのは何故だ?
否──分かっている。自分はザフトのアスラン・ザラという立場を捨てることを恐れたのではないか?
名誉──自尊心──自分に何もかも捨てられる勇気さえあれば、彼女達と肩を並べて正義の為に戦っていた未来が自分にもあったのではないか?
だが、アイツと俺の何が違うというのだ? アイツもブルーコスモスの立場を捨てられない、ただのナチュラルではないのか?
『俺は……お前を!!』
激しい怒りと共にアスランの秘めていたSEED因子が覚醒し、クルーゼの猛攻に晒され、防戦一方を強いられているクロトに連結した矛槍形態の
『この分からず屋!』
キラは咄嗟に背中の
アスランは対艦ミサイルの嵐を機関砲で迎撃しながらシールドで防ぎ、射出したファトゥム―00を
そして砕け散った
『がッ──!?』
実弾である
超至近距離から放たれた
『しまった!』
隠しプログラムの起動に伴い、間もなく第三射が発射されることもあっていよいよ苛烈さを増した
安全装置によって核分裂反応こそ防がれたものの、ミサイル内部に満載されていた推進剤がビームで引火し、呆気なく爆散する。
『くそっ……!』
『そんな……』
『フフフ、ハハハハハハハ!! ヤキンが自爆すればジェネシスは発射される! 地は焼かれ、涙と悲鳴は新たなる争いの狼煙となる! 私の勝ちだ!』
クルーゼはその衝撃で悪態を吐いたクロトと、茫然となったキラを前に勝ち誇った。
少し離れた地点で戦っているドミニオンに戻ってレイダーにMk5核弾頭ミサイルを再装填し、ジェネシス本体に打ち込むだけの時間的余裕は既にない。
この場でクルーゼが勝とうが、クロトとキラが勝とうが、ヤキン・ドゥーエ要塞の自爆と共にジェネシスが地球に発射され、全人類の滅亡という終末に向かう扉が開くのである。
『……』
それを悟ったクロトは深い絶望の感情に包まれながらも、かつて自分も望んだ終末を受け入れそうになっていた。クルーゼの言葉通り、この世界はどうしようもない世界であり、心の片隅では滅びた方がいいのではないかと感じていたからである。
遠く離れた火星では、火星の開発を行っているコーディネイターのコロニーが広がっているという。過酷な環境故にナチュラルは一切存在せず、コーディネイターだけで構成されている世界ならば、キラも安心して暮らせるのではないか。
『……クロト。あの人を、足止めしてくれる?』
そんな風に現実逃避していたクロトの耳に、何かを決意した様なキラの声が届いた。そしてその言葉の響きだけで、次にキラが発する言葉をクロトは理解してしまった。
『止めろ! 止めてくれ!!』
『ジェネシス内部で、フリーダムを核爆発させる……!』
核分裂炉を搭載したフリーダムが原子炉を暴走させれば、Mk5核弾頭ミサイルに匹敵する絶大な熱量を発生させることも可能である。それをジェネシス内部で炸裂させれば、ドミニオンの放ったローエングリン砲すら阻む程の堅牢なPS装甲で硬く守られたジェネシスを破壊することも、決して不可能ではないだろう。
『駄目だ! それだけは……!』
『後のことは、全部ラクスに頼んであるから。……ごめんね、クロト』
『キラーッ!!』
クロトの制止を振り切り、キラはフリーダムを全力で加速させてジェネシスに向かって行く。自らの命を捨ててまで、地球を──人類を救おうとするキラの決意を止められる言葉を、今のクロトは有していない。
『馬鹿な!! そんなことがあってはならない!!』
一方クルーゼもキラの思わぬ行動を見て狂乱し、慌ててフリーダムの背を追おうとする──クロトはレイダーを全速力で飛ばし、クルーゼの前に立ち塞がった。
『──私の邪魔をするな!!』
『あああああ!!』
正真正銘、クルーゼが本気で放った全方位から放たれる無数のオールレンジ攻撃──その全てをクロトは僅かなスラスターの制御で避けると、2連装52mm超高初速防盾砲を連射して
『チッ!!』
クルーゼはクロトの動きを制限する為、左腕の
クロトは絶対の死を告げる光の網を左腕の
側部に直撃を受け、発射前の銃口を強引に捻じ曲げられた
『……これは!!』
C.E.71年3月28日、かつて一度だけ学会誌に発表されて多くの議論を生んだ概念──通称“SEED因子”。
論文によると、その因子は優れた種への進化の要素であることを運命付けられた因子であり、遺伝子とは無関係に一部の人間が保有するとされる特殊な能力である。
発現状態の人間は全方向に視界が広がると共に、周囲の全ての動きが指先で感じられるほど精密に把握出来る様になり、結果としてまるで時間の流れが停滞する様な体感時間の変化及び、運動神経と反射神経の向上、並びに高い空間認識能力を発揮するとされている能力である。
今のクロトの異様な動きは間違いなく“SEED因子”を発現させたからだとクルーゼは理解した。
『どれほど抗おうと今更!』
クルーゼは卓越した空間認識能力で耐ビームコーティングが施されていない
クロトは即座に
『何だと……!?』
クルーゼはクロトの見せた、コンマミリ単位の狂いすら許されない絶技に驚愕しながら応戦を続ける。
そもそも何故、クロトに“SEED因子”が発現したのか。
現在“SEED因子”の発現の具体例として挙げられているのは、極限状況に追い込まれた時に発揮される火事場の馬鹿力である。ならば何度も死線を彷徨いながら、一向に“SEED因子”を発現させられなかったクロトが今回発現させた理由は何故なのか。
──死ねば何でも解決すると思うな。
ただでさえ生体CPUという救いのない人生──更に時間の逆行という前代未聞の事象に巻き込まれ、クロトは
しかしオルガの言葉によって、キラの死は決してなかったことにならないと認識したことで、遂に封印されていたクロトの“SEED因子”が目覚めたのだった。
キラという少女の死を防ぐ為には、一秒でも早く目の前の敵を撃破して後を追い、キラがフリーダムの核分裂炉を暴走させてしまう前に救い出すしかないのだから。
『クルーゼ!!』
激しいビーム攻撃を受け続けたことで破損した2連装52mm超高初速防盾砲をパージすると、クロトはレイダーの両腕に
遂に種割れが解禁された主人公でした。
やっぱスゲェよオルガのアドバイスは!