〈119〉
『──宙域のザフト全軍、ならびに地球軍に告げます。現在プラントは地球軍、およびプラント理事国家との停戦協議に向け、準備を始めています。それに伴い、プラント臨時最高評議会は現宙域に於ける全ての戦闘行為の停止を地球軍に申し入れます──』
イザークは先日ザラ派に粛正されたシーゲル・クラインの一人娘にして、エターナル以下の三隻で構成された武装勢力を束ねるラクスの真意を問い質すため、単身エターナルに乗り込んでいた。
しかし先程プラントで発生した思わぬ事態を前に、目の前の少女を撃てば全てが解決するという状況は一変していた。
「どういうことだ、これは! 母上に何があった!?」
「お聞きの通り、クーデターですよ。クライン派を中心に、これ以上ザラ派の暴挙を許すわけにはいかないと考える者達が立ち上がったのです」
シーゲル亡き後、クライン派を纏めていた元プラント最高評議会議員アイリーン・カナーバがユーリ・アマルフィらと共謀して起こしたクーデターによって、プラント最高評議会がクライン派に制圧されてしまったのである。
ヤキン・ドゥーエ要塞に移動したパトリック・ザラに代わり、プラント最高評議会でザフト軍全体の指揮を執っていたエザリア・ジュールもクーデターの際に身柄を拘束され、今は軟禁状態に置かれているとのことだった。
「くっ……」
突如起こったプラント国内の緊急事態に対して、イザークはジュール隊に命じてクーデターを鎮圧するかどうかの決断を迫られていた。
これまでザフトの頂点をパトリック・ザラが兼任していた関係で見過ごされていたが、ザフトはあくまでプラントの為に戦う義勇軍である。プラント国内のザラ派がクーデターで一掃され、クライン派と地球連合との間で停戦交渉の準備が始まった今となっては、ザフトの立ち位置は非常に曖昧だった。
もちろんザフトにはザラ派の支持を表明する者も多数存在しており、ボアズ宙域では停戦勧告の後も激しい戦闘が続いていた。そんな中でイザークはカナーバの停戦勧告に従い、ジュール隊の矛を収めることを決断した。
一方でパトリックの信奉者で大半が構成されていたヤキン・ドゥーエの守備隊は三隻同盟との戦闘を再開すると共に、ジュール隊に対する攻撃を開始したのである。
まもなく準備が完了する第三射さえ放たれてしまえば、地球連合そのものが滅びてしまうのだから、パトリックの信奉者達にはカナーバの行った停戦の呼び掛けなど何の意味もなかったのだ。
次々に被弾するヴェサリウス──その光景を目の当たりにしたイザークは再びデュエルに乗り込み、自分達を撃とうとするザフト軍を鎮圧するため攻撃を開始した。戦いはいつの間にか地球連合とプラントという単純な構図ではなく、停戦を訴えるクライン派とそれを認めないザラ派の内部抗争という構図をも含み始めていたのだ。
『すまない! 助かった!』
『貴様等は下がってろ! これは俺達ザフトの問題だ!』
クサナギを直衛するカガリ達を攻撃していたゲイツ隊を、イザークはビームライフルで次々に撃ち抜いた。その背後から迫るジンの大軍をディアッカは対装甲散弾砲で撃破する。
『俺達はフリーダムみたいに器用な真似はできねーからよ。さっさと降参しろっての!』
『おうおう味方になったら頼もしいねえ! ──おっと!?』
遠方から放たれた無数のビームを、ムウは持ち前の高い空間認識能力を生かして巧みに回避した。
そして迫り来る紫の巨大モビルスーツにビームライフルを連射すると、その内の一発が背部ユニットから伸びた腕部に迫ると同時に根元から切り離され、まるでドラグーンの様に独立した動きを見せながらビームを放つ。
『くっ!』
切り離された腕部の放つビームをムウはイージスを横滑りさせて避けると、なおもビームを放ちながら迫り来る腕部をビームライフルで破壊する。
『まずはお前からだっ!』
アッシュの咆哮と共にリジェネレイトは超加速──両腕から戦艦の全長に迫る特大のビームソードを展開し、目の前のイージスに斬り掛かった。
フリーダムがミーティアの慣熟訓練を行う際、出力の調整ミスで廃棄コロニーを破壊した際のビームソードに迫る絶大な一撃──付近で戦っていた友軍すら巻き込む強烈な一撃を、ムウはイージスを変形させて急降下して回避した。
『なんだよコイツは!? 味方ごとやりやがった!』
『虫螻共め……! 全員切り刻んでやるぞ!』
核エンジンは事実上無尽蔵の電力供給を可能にするが、瞬間的に供給される電力量自体には構造上の限界が存在する。
特に最大出力のビームソードを展開して敵を殲滅する戦術は非常に強力な一方で、最悪の場合フェイズシフトダウンすら発生する危険性があったため、アッシュは戦いに乗じて他の核機動モビルスーツと合体しようと考えていたのである。
もちろん、テスタメントとの合体はザフト全体の戦力を維持するという意味では無意味な行動だったのだが、そもそも自分以外の人間に一切の価値を認めないアッシュにとって、合体相手が友軍であることは些細な問題だったのだ。
『ははははは!!!』
アッシュは付近に存在する全モビルスーツを目標にマルチロックオン機能を起動すると、全砲門を展開して一斉射撃を開始した。
無差別に放たれた雨嵐の様な一撃で最も近くにいたイージスは瞬く間に大破し、バスターは左肩から先を吹き飛ばされる。デュエルは間一髪シールドを構えて攻撃を凌いだが、ブリッツは右腕が根元から吹き飛ばされた。
『うわあああああ!!』
『カガリ様!!』
別の部隊と交戦していたストライクルージュに無数の光弾が襲い掛かり──割り込んだフォビドゥンの
『滅茶苦茶しやがるぜ!』
『お前の相手は俺達だろうが!!』
シャニの放った
『無駄なことを……!』
三隻同盟ならぬ四隻同盟、更にジュール隊を加えた残存部隊と、ザラ派に加えて味方殺しすら厭わない快楽殺人者──アッシュ・グレイとの戦いが始まったのだった。
〈120〉
ヤキン・ドゥーエ要塞に鳴り響く警報──ステラが放つ無数の光弾がキラを襲った。半重力の空間でシールドを構えつつ、舞いの様に回避するキラに対して、ステラは強引に接近戦に持ち込もうとする。
『!』
まるで見透かされている様に頭部──腕を僅かに動かし、ステラはキラの放ったビームを紙一重で回避した。逃がそうとした相手のコクピットを即座に狙う筈がないという、ステラの読みが的中した。
『はああああっ!!』
加速したステラは
『くっ……!』
吹き飛ばされながら体勢を立て直し、反撃の糸口を探ろうとするキラに対してステラは対艦刀を投擲した。咄嗟に壁を蹴って避けるが、両手で構えた二丁拳銃の砲火がフリーダムに襲い掛かる。元より戦闘時間は長くて数分──バッテリー残量の考慮を完全に捨てた猛攻はフリーダムの装甲を次々に削り取っていく。
それでも広大なジェネシス中枢部で逃げの一手を選べば、核分裂炉が暴走するまでの猶予時間は優に稼げるという確信はあったが、キラはその選択肢を即座に排除した。
この世界の悪意に晒され、力以外の全てを奪われた少女。
しかしただ悲嘆するだけではなく、強大な力に翻弄されかねない機体を十全に制御し、生体CPUとして戦い続けることを定められながらも自らの意思でこの場に現れた少女から逃げることは、キラの中の何かが許さなかったのだ。
『!!』
シールドを構えて二丁拳銃の集中砲火を突っ切り、キラはステラとの距離を急速に詰める。
咄嗟に対艦刀を抜く余裕すらなく、不完全な体勢で
パージしたことでキラの脳裏から抜け落ちていた兵器──
『まずい──!』
キラは対ビーム機能が喪われたシールドを捨てて真横にスライドし、更に
シールドを喪った状態で二丁拳銃を回避し続けるのは不可能──後方に飛びながらホルスターに納めた銃を抜こうとするストライクネロの左腕を狙い、間一髪で銃身を斬り裂いた。
それでもストライクネロは右腕で構えたビームライフルショーティでフリーダムの左足を撃ち抜き、左腕は背部から抜いた対艦刀で
──そして勝負は、意外な形で決着した。
大破して機能停止寸前のレイダーを視界に捉えたステラは一瞬機体の動きを止めてしまい、その隙を見逃さなかったキラはストライクネロの武装解除に成功したのだった。
──それと同時刻。
核エンジン2基が産み出す無尽蔵の電力に、前方のテスタメントも加えて通常のモビルスーツの10倍以上の火力。そしてジェネシスαの放つX線レーザー照射による超加速と、損傷を受けても即座に予備パーツに換装して元の戦闘能力を取り戻す再生力。
シャニ、オルガの二人も決め手がないままパワーダウン寸前まで押され、既に二人を除けば戦力として数えられるのはイザークのみとなっていた。
『マジでやべーな。どうしたモンか』
もちろんリジェネレイトのバックパックがコクピットを有するコアユニットだと見当が付いていたが、そのバックパックを直接狙うのが困難なのだ。
コアユニットを叩くためには、リジェネレイトの末端ユニットに加えてテスタメントという強力な盾を突破する必要がある。しかし遠距離からコアユニットを狙ったビーム攻撃は全てテスタメントのシールドに阻まれる上に、接近しようにもリジェネレイトの激しい弾幕を突破しなければならない。そして接近したとしても、ビームサーベルを持たないカラミティやフォビドゥンでコアユニットを確実に叩けるとは限らないのだ。
『俺が奴の懐に切り込む! 貴様等は援護しろ!』
『アレをやるぞ、シャニ!』
『分かったよ!!』
イザークが両手でビームサーベルを抜いて突撃を開始した瞬間、デュエルの姿を隠すようにフォビドゥンとカラミティが縦列に並んだ。
『無駄な足掻きを!!』
『でえええええい!!』
リジェネレイトは先頭のフォビドゥンに向かって全砲門を発射するが、フルパワーで展開した
頭部の近接防御機関砲を除けば実弾兵器を一切持たないという弱点を突き、一気にリジェネレイトとの距離を詰めた。
『おらああああ!!』
リジェネレイトの猛攻を凌ぐと同時にフォビドゥンが離脱した瞬間、オルガは最大出力で
『なんだと!?』
オルガはシールドで
『やれ!!』
『こんな奴にぃ!!』
体勢を崩したリジェネレイトの真横に潜り込み、イザークはテスタメントとリジェネレイトを合体させていたコネクターを左腕のビームサーベルで両断した。そして逃げ出そうとするコアユニットを追い掛け、右腕のビームサーベルを突き刺す。
『ぐああああぁぁぁ!!』
イザークが離脱した瞬間、アッシュの断末魔と共にリジェネレイトのコアユニットが核爆発を起こした。
〈121〉
タイムリミットまで残り300秒──我を忘れてコクピットから飛び出してレイダーに駆け寄るキラと、若干照れた表情で出迎えるクロトを見て、ステラは吹っ切れた様な表情を浮かべた。
『……はぁ』
敗因は明確だった。
ステラが真に冷酷無比な人間兵器であれば、クロトの介入という事態を利用して勝利を収めるのは容易い筈だったのだ。その選択肢を選ばなかったのは間違いなくステラに残されていた良心の現れであり、自分もまた力だけが自分の全てではないという確信を持てたのである。
「付いて来いよ。脱出するぞ」
「……もう何処にも帰る場所なんてないのに、脱出しても仕方ないんじゃないですか?」
ストライクネロのコクピットをこじ開け、自分に手を差し伸べる少年を見てステラは皮肉気に嗤う。どうせ死ぬなら、苦しみ抜いた末の死ではなく一瞬の死を。
目の前の少年なら、ステラの意思を尊重してくれる筈だった。誰よりもステラの置かれた状況を分かっていて、誰よりもステラの気持ちを分かっているのだから。
「もしもの時は、僕が一緒に死んでやるから」
「あー……、それはいいかもしれませんね」
想定外の回答に、ステラの双眸から生温かいものが溢れた。
この世界を滅ぼすことを誰よりも本気で考えていたのに、一人の少女の為に世界を救ってしまう彼なら、本当に命を投げ出してくれるだろう。
ならば、もう少しだけ生きてみようとステラは思った。
「貴女も、きっと治るから」
「そうですよね。私が治らないと、困るのは貴女ですから」
ステラが治らないのであれば、更に重度の人体改造を受けているクロトは絶対に治らない。それが厳然たる事実である以上、無理に死に急ぐ必要はない。
自分を平和な世界に連れ戻し、なおかつ健康体に戻さなければクロトを救うという少女の願いは決して叶わないのだから。
「……こういう人がタイプなんですね」
「いきなりなんなの!?」
PS装甲の展開すら出来ない満身創痍のレイダーのコクピットに乗り込みながら、ステラは初めて間近で捉えたキラの姿を見て興味深そうに呟き、困惑したキラは思わず叫ぶ。
そんな姦しい二人に対し、レイダーのモニターに表示されたメッセージを見たクロトは大きな溜息を吐いた。
「……最悪だ」
持てる全ての力を振り絞ってクルーゼの駆るプロヴィデンスを撃破したレイダーだが、その代償は決して小さいものではなかった。
警告音と共に、激しい損傷を受けていたメインスラスターが完全に停止する。残った片手片足で跳躍するのは可能だろうが、それでは広大なジェネシス内部から制限時間までに脱出するのは不可能だ。
絶望と焦燥──この事態を解決するためには、クロトがフリーダムを操縦して二人を乗せたレイダーを外部に脱出させ、再度ジェネシス内部に引き返して自爆するしか考えられなかった。
「ごめん、二人とも」
その言葉に悲壮な決意を察した二人はクロトを止めようと必死に縋り付くが、クロトは力尽くで二人を振り払うと、再度開いたコクピットに足を掛けた。
「!!」
そんなクロトの目の前に、両腕を喪った真紅の機体が舞い降りた。
そのパイロット──プロヴィデンスの破片が装甲を叩いたことで意識を取り戻したアスランは、ジェネシス中枢部に放置されたフリーダムとその近くで立ち往生するレイダーを見て、自らが操縦するジャスティスの動きを止めた。
「こんな時に……!!」
アスランの目的は父親の遺志に従い、地球に向けて放たれるジェネシス第三射を阻止しようとする自分達の排除だろう。両腕とファトゥム-00を喪ったジャスティスとはいえ、今やまともに動けないレイダーに乗り込んでいる今のキラ達に抗う術はない。
「あ」
怒りに震えるキラの言葉を聞き、すっかり忘れていた重大な事を思い出したクロトはジャスティスに向けて通信回線を開いた。
『……とうとうスラスターが完全に壊れちゃってさ。悪いけど外まで連れてってくれよ』
そもそもアスラン・ザラはラクス・クラインの婚約者として三隻同盟に加入し、平和な世界をもたらす為に戦っていた少年である。
自分が介入したことで奇跡的に生き延び、ラクスにフリーダムを託されたキラに攻撃されたことで最後までザフトに所属する形になってしまったが、本当はラクスと同じく平和を愛する少年なのではないだろうか。
前世では生体CPUとして戦うことしか出来なかった自分がこうして世界を救えたように、きっかけ一つで人間はいくらでも変わるのだから。
『……なんだと?』
憎悪、あるいは嫌悪。
自分に抱いている筈の感情から遠く掛け離れたクロトの言葉を受け、スピーカーから怪訝そうな声が返ってきた。
『早く外に連れてけって言ってるんだよ』
『……俺は』
先程クルーゼに言われた通り、母の死以来、憎しみで狂気に染まっていく父の姿から目を逸らし続け、闇雲に戦い続けていたのが自分だ。もっと早くに自分が父を止めていれば、こんなことにはならなかったのだ。
正義と叫んでこんな恐ろしい兵器を造り、指先一つでどれだけ多くの命を瞬く間に奪ったのか。愛する妻を奪われたから、というだけで許される行動ではない筈だ。
これほどの憎悪を世界中に撒き散らし、戦火を拡大した者の息子として。そんな父の言葉に盲目的に従い、多くの人々を殺してきた者として。その罪を贖うために自らの命と共にジェネシスを破壊しなければならないのに、それでも自分に生きろというのか──。
沈黙するアスランに、クロトは平然と言い放った。
『ここで死ねば君は楽かもしれないけどさぁ。関係ない僕達を巻き込むなよ』
『……!』
ここで意地を張って死を選び、自分の代わりに地球を救った彼等を自分の贖罪に巻き込むことは出来ない。それは単なるエゴだ。
それに罪を贖うのは、後からでも遅くない。自分は彼らと何一つまともに話をしていないのだから。
そう考えたアスランはレイダーの左腕にジャスティスの足を掴ませると、背部のスラスターを点火した。
そして四人が脱出した直後──フリーダムの核分裂炉が暴走し、最終準備を行っていたジェネシスは内部からの強烈な熱攻撃を受けて完全に破壊され、第三射は阻止されたのだった。
これにて『逆襲のクロト』種編の大枠は終了です。
せっかくなので続編が決まったことでお蔵入りしたらしい、幻のサブタイトルを採用しました。
オルガくんとシャニくんのラストバトルは、イザークくんと共同でジェットストリームアタックでした。普段は推力の都合で先頭がレイダーになるため使えない禁断の必殺技です。
フォビドゥンとレイダーを落としてない代わりに、核機体を落とす神業を見せ付けたイザークくんすげぇ!