〈122〉
こうしてコズミック・イラ71年9月24日、地球圏全土を巻き込んだ世界大戦は旧クライン派のクーデターによって成立したプラント暫定政権から申し入れられた停戦勧告と、それを受け入れた地球連合によって停戦を迎えることになった。
地球連合は宇宙軍の最大拠点であるプトレマイオス基地、及び戦力の大半をジェネシスで喪失すると共に、今回発動した“エルビス作戦”の実質的な指導者である一方、
一方のプラントも徹底抗戦を主張していたパトリック・ザラとその切り札である大量破壊兵器ジェネシスを喪失し、クーデターで穏健派が実権を握ったことで終戦に向けて講和会議が開催されることになった。
会議は南アフリカ統一機構の首都ナイロビで行われ、後に“ナイロビ講和会議”と呼ばれるようになった。地球連合はプラントの独立と引き替えに軍事力の放棄を迫るがプラントは断固として拒否し、会議は数ヶ月に及ぶことになる。
会議が進展するきっかけとなったのは、スカンジナビア王国外相リンデマンが提案した「国力に応じた軍事制限」を両陣営に課すリンデマン・プランだった。
人口、国民総生産、失業率といった両陣営の国力を基準に軍事制限を課すことで、地球連合側が有利な軍事制限である一方、プラント側も技術力で十分対抗可能な範疇の軍事制限に収まると共に、それ以外の部分で地球連合側の譲歩を引き出したことで条約の受け入れに傾くことになった。
最終的に軍事制限だけでなく、大戦で猛威を振るったニュートロンジャマーキャンセラー、ミラージュコロイドの軍事的利用を禁止、カーペンタリア基地を除く全ての地上拠点を放棄するなど多岐に渡る内容が組み込まれた。
そしてコズミック・イラ72年3月10日、停戦条約の締結は両陣営の争いを前代未聞の世界大戦に導いた悲劇の地──ユニウスセブンで正式に行われることになり、その名にちなんでユニウス条約と名付けられた。
「これでは道化ですねぇ……」
戦争を終わらせた立役者であり、ユニウス条約の締結にもオブザーバーの一人として招待されたムルタ・アズラエルは大西洋連邦に向かうシャトルの個室にて、複雑な表情を浮かべていた。
突如喉元に突き付けられた大量破壊兵器と地球連合軍の敗退を前に、癇癪を起こした子供の様に喚き散らしてドミニオンを乗っ取ろうとしたら部下の造反を受け、気付けばクライン派と共に地球の危機を救い、地球連合とプラントの停戦に尽力した救世主だと祭り上げられてしまったのだから、アズラエルにとって悪夢どころの話ではなかった。
いっそ世間に真実を暴露しようとも考えたが、
「民があって国が成り立つように、大勢の意思が立場を作るということだ」
その黒髪の女──ロンド・ミナ・サハクは自らにも言い聞かせる様に呟いた。
オーブ五大氏族の一つ、サハク家の後継者としてオーブの軍事部門を影で担ってきたミナは、半年前に命を落とした弟のロンド・ギナ・サハクと共に地球連合軍を事実上支配下に置いていたムルタ・アズラエルと協力関係を築いていた。
アズラエルがハルバートンが極秘裏に行っていたG兵器製造計画の詳細を早々に掴んでいたのも、モルゲンレーテに大きな影響力を持つミナから情報を得たからだった。
G兵器製造計画の後もアズラエルとミナの協力関係は続いており、ミナは協力の見返りとしてオーブへの不介入の約束、及び新型モビルスーツや戦闘用コーディネイター“ソキウスシリーズ”の数名を受領していた。
しかしミナがオーブの高い技術力を示したことと、マスドライバーを保有するという立地的条件が重なったことで、オーブは地球連合軍の攻撃で崩壊することになった。
いわばウズミ・ナラ・アスハと並んで国を崩壊させた責任者の一人である一方、その責任をウズミに押し付けることで批判から逃れた彼女なのだが、戦争を終わらせた英雄アズラエルが引き起こした“オーブ解放作戦”の真相を知る者として、表舞台に引き摺り出されたという訳である。
そしてミナはブルーコスモス盟主を辞任したアズラエルを監視すると共に、自らが保有している宇宙ステーション“アメノミハシラ”を統治する傍ら、カガリの側近としてオーブの復興に尽力しているのだった。
「ちっ……」
アズラエルにとって最大の誤算だった少年はあの日以来、一度もアズラエルの下に姿を現していない。いっそ少年を造ったスポンサーである自分を殺しに来るなら理解も出来るが、まるで相手にされないとは屈辱極まれりである。
やがてアズラエルを乗せたシャトルが大西洋連邦の空港に降下し、平和な時代の到来をもたらした若き英雄を祝福する民衆を前に、偽りの笑顔を浮かべた。
〈123〉
停戦を迎えた日、人知れず地球を救った少年は仲間達と共に、ラクス・クラインの伝手を頼ってフェブラリウス市の医療機関に運び込まれていた。
ラクスの依頼を受けた傭兵部隊“サーペントテール”が壊滅させたロドニアの研究所から得た生体CPUの詳細な製造方法、ドミニオンに乗艦していた同研究所の職員達から司法取引と引き替えに提出させた詳細データを基に、彼等の治療が行われたのである。
皮肉にも──あるいは幸運にも、ナチュラルでありながら医学者として同分野のコーディネイターをも凌駕する才能を有していたヒビキ夫妻の遺伝子を基に、全ての才能を人類最高峰の水準に引き上げられた“キラ・ヒビキ”の医学者としての適性は、キラが昔から得意としていたプログラマーや、戦争で開花したモビルスーツのパイロットの適性以上に他の追随を許さないものだった。
しかしキラがそんな“キラ・ヒビキ”としての自分と向き合う決意をしたのは、キラが術式を考案し、脳内や分泌腺に埋め込まれた無数の人工回路を外科的手法で取り出すという前代未聞の大手術を受けている少年を救うためだった。
度重なる人体改造と重度の薬物依存で脳が萎縮し、まもなく取り返しの付かない深刻な脳障害が起こる段階まで病状が進行していた少年の命が奇跡的に救われたのは、
想いだけでも、力だけでも、奇跡は起こらない。
それでも少年はまるで燃え尽きたかのように、一日の大半を眠り続けている。起きた時も何処か夢を見ているように虚ろで、言葉も話せずすぐ眠りに落ちてしまう。
常時強制的に覚醒させられていた少年の脳神経は休息を求め、萎縮した脳細胞はその誘惑に抗うことが出来なかったからである。未だ地球でも全く研究が進んでいない再生医療による脳細胞の回復を行わなければ、この病状の根本的解決は望めない。
だが少女は諦めていなかった。
オーブ本島に存在するアスハ邸の程近くに、再生医療を研究する小さな研究機関が、少女がかつて手掛けたモビルスーツ用OSの特許料の一部を投じる形で設立された。
多岐に渡る試行錯誤の末に少しずつ少年の病状は回復し始め、意識を取り戻す時間も徐々に長くなっている。
「……」
アークエンジェルのクルーの多くは地球連合宇宙軍総司令官に就任したハルバートンの呼び掛けで地球連合軍に復隊し、故郷の大西洋連邦に戻ることになった。
トールはオーブ軍に入隊することを決意し、ミリアリアは戦場カメラマンとして世界各地を回るようになった。フレイはカガリの側近であるミナの秘書として、オーブの未来を担う次世代の人間としての経験を積んでいる。
オルガ・サブナック、シャニ・アンドラスと名乗る二人の少年はオーブの五大氏族“キオウ家”からオーブ国際災害救助隊の勧誘を受け、先日から訓練を受けているらしい。
最後までザラ派に所属したザフト兵としてプラントを追放されたアスランは、オーブ軍人アレックス・ディノとしてカガリの護衛を任されており、その婚約者であるラクスはマルキオ導師の経営する孤児院の手伝いをしている。
そして因縁の少女ステラ・ルーシェはオーブ本島の教育機関に通う傍ら、時々雑用を手伝っている。
全てが始まったヘリオポリスの崩壊以来、あまりにも多くのことがあったが、ひとまず平和な時代が来たのだと素直に信じたい。
「……ラ」
掠れる様な声が耳に届いた。
フェブラリウス市から定期的に送られてくる研究データを確認するため、席を離れていたキラは慌てて駆け出す。
「……キラ」
赤髪の少年は大粒の涙を流して駆け寄る少女を見詰めると、静かに微笑むのだった。
というわけで、これにて種編は完結です。
折角なので次話はあとがきとして制作秘話、書き切れなかったあのキャラのその後などを書こうと思います。
それから種運命編の予告も書く予定です。また戦争がしたいのか!! あんたたちは!!