10.
クルーゼ隊の旗艦、ヴェサウリスにて。
アスランはヘリオポリスの一件に関する報告を行う為、隊長であるラウと共にプラントに向かう帰路に就いていた。
「難攻不落のアルテミスを陥としたというのに、随分浮かない顔じゃないか。アスラン」
「そういうつもりでは、ないのですが……」
先日行ったアルテミス攻略作戦は、成功したとは言い難いものだった。
電撃侵攻用モビルスーツである“ブリッツ”を用いた奇襲攻撃、そして複数のG兵器による共同攻撃によってアルテミスはあっけなく陥落した。偶然攻略作戦発動と同時刻に、アズラエルからの特務を受けたクロトが司令官を鉄拳制裁する事件が起こって指揮系統が混乱していた幸運も味方した。
しかしクルーゼ隊の最優先目標であるレイダー、ストライクの2機を取り逃がしてしまったのだ。
姿を眩ましたアークエンジェルを追撃する為、イージスを除く3機は僚艦ガモフで足取りを追っている。しかし3機はレイダーの襲撃を受けて大きく損傷しており、しばらくの間は戦力として数えられない状況だ。
「何にせよお手柄だ。君の父上にもいい報告が出来そうだ」
「ええ。ニコルのお陰です」
アスランはラウの名誉を挽回出来たとばかりに大きく頷いた。
「全く査問会などと無駄な時間を取らせる。イザークの件がなければ報告は君に任せようと思ったのだがね」
ラウは不敵に笑いながら言った。
ヒステリックな国防委員長に媚を売って気に入られるよりも、偶然邂逅した生体CPUとスーパーコーディネイターを追い掛ける方が余程愉しみだからだ。
「そういえば彼女は君の婚約者だったな。今回の追悼慰霊団の代表も務めているとか……」
ラウはモニターに流れ始めた映像に視線を向けた。
それはプラント全土で放送されている衛星通信を捉えたものだった。モニターの中で美しい少女が演説している映像を見ながら、一切興味を示さず物思いに耽っているアスランを試す様に言った。
「はい。自分には勿体ない、素晴らしい方です」
「ザラ委員長とクライン議長の血を継ぐ君らの結び付きは、まさにプラントにとって次世代の希望となるだろう。期待しているよ」
「……ありがとうございます」
クルーゼはアスランが運命的な繋がりを持っている筈の婚約者のことなど忘れ、
クロトはアークエンジェルの食堂の片隅で、人知れず死の間際を彷徨っていた。
「水……! 水……!」
喉に張り付いた固形物が呼吸を阻害し、酸素不足に陥った肉体が悲鳴を上げる。
軍事要塞アルテミスで補給を受けられなかったアークエンジェルは、水の使用制限が発令されていた。それはシャワー設備の使用制限はもちろん、飲料水の類も制限が設けられていた。
いくらなんでもこんな馬鹿な死があるか、と咳き込むクロトの前に水の入ったコップが置かれると、それを奪い取るように飲み干した。
「ありがたいことで……」
クロトは安堵の溜息と共に、救いの女神であるキラに視線を向けた。
アルテミスでの一件以来、ますますクロトを避けるようになったクルー達とは対称的にキラは気を許すようになっていた。
ガルシアの暴いたクロトの正体は、ブルーコスモス盟主の忠実な番犬にして、グリマルディ戦線で伝説的な戦果を残したモビルスーツの生体CPUだ。
常識的に考えて、中立国に住むコーディネイターが関わるような人間ではないのだ。
「ストライクの整備は終わったのかよ?」
「はい。クロトさん、パーツ洗浄機を使わなかったでしょう? またマードックさんに怒られますよ」
間近に差し迫るマードック軍曹の恐怖にクロトは顔をしかめ、悪戯が見つかった子供の様に舌を出した。
「貴重な水を節約してるんだよ。僕って偉いよね」
キラは苦笑した。
このいい加減なことしか言わない少年兵が、ブルーコスモスの一員どころかその盟主の直属兵なのだ。
そしてザフトはもちろん連合軍も恐れるエースパイロットだなんて信じられなかったし、それ以上に信じたくなかった。
とはいえ圧倒的多数の連合軍を破っていたザフトを一蹴する実力と、ユーラシア連邦軍の司令官に暴行をも厭わない破天荒さは、その肩書きが紛れもない真実だと示していた。
「本当は面倒臭いだけなんでしょう? 後で手伝いますから……。ちゃんとしてくださいよ」
そもそも助けてもらっておいて失礼な話だが、たかが民間人を……それもコーディネイターを庇ってユーラシア連邦軍を敵に回す口実を与えるなど正気の沙汰ではない。
どさくさに紛れてアルテミスを脱出出来たからいいものの、銃殺刑でもおかしくなかった。
事実アークエンジェルのクルー達の大半はクロトから距離を置いており、少し前まで張り合っていた筈のサイ達もクロトを見なかったことにして食堂の反対側で談笑している。
わざわざ悪魔ならぬ虎の尾を踏もうとする奇特な者など、そうそういなかったのだ。
「……1つ、聞きたいことがありまして」
「んー?」
食事を終えたキラは、テーブルで突っ伏したまま目を閉じていたクロトに問い掛けた。
それは先程マリューから聞いた、今後のアークエンジェルの進路に関する内容に関する内容だった。
「……本当にユニウスセブンに行くんですか?」
ユニウスセブン。
それは遡ること約1年前のC.E.70年2月14日に核攻撃で破壊されたプラントの有力都市、ユニウス市に所属する農業用プラントだ。
開戦より3日後、ザフトはモビルスーツの優位性を活かして月面基地プトレマイオス基地から出撃した月艦隊を殲滅した。しかしブルーコスモス派の将校が密かに用意したとされる核ミサイルを搭載した1機のメビウスがザフトの警戒網を突破してユニウスセブンに発射し、住人24万3721名全員が死亡する大惨事を引き起こした“血のバレンタイン事件”の舞台であり、その報復措置として地球人口の1割が被害を受けた“エイプリル・フール・クライシス”と並んで両軍の対立を決定付けた事件だ。
「あぁ。あそこには物資と大量の氷がある筈だからね」
戦争の激化に伴って放棄されたユニウスセブンは今も当時の姿で残されており、そこにはコロニーの維持に欠かせない物資と氷が残されている筈だった。
そんなユニウスセブンは弾薬や資材の類はもちろん、生活用水すら不足している今のアークエンジェルにとってはまさに宝の山だったのだ。
「でも! ユニウスセブンは何十万人もの人が亡くなった場所じゃないんですか?」
しかしそれは紛れもない墓荒らしだ。
本来戦禍に巻き込まれた犠牲者を悼むべき場所で恥知らずな行為に及ぶのは、キラにとっては無念の死を遂げた犠牲者を冒涜しているようで到底受け入れられないことだった。
吐き気がするほど甘ったるい。
クロトは憤慨しているキラを小馬鹿にするように嗤った。
「そんなこと僕は知らないね。
人類にとって水の原点は、地球上の7割を占める海だ。
有史以来、海で亡くなった人類はどれだけ存在するだろうか。少なくともそれは24万3721名では済まない筈だ。
キラは言葉に詰まった。ほとんど屁理屈に近い言葉に見えて、暗に“血のバレンタイン事件”だけが唯一の悲劇なのかと言われているような気がしたからだ。
それこそザフトの攻撃に巻き込まれて死亡した無関係の一般人は、その報復措置である“エイプリル・フール・クライシス”の被害者だけで数百倍にも上るのだ。
「この水だってさ。元はヘリオポリスの水だろ? 気にし始めたら何も飲めねーよ」
現在アークエンジェルに積載されている水は、ザフトの攻撃で崩壊寸前のヘリオポリスから火事場泥棒の様に奪った水だ。
それがユニウスセブンの水と何が違うのかと問われると、キラに反論する余地はなかった。
アークエンジェルの把握している情報によれば、ヘリオポリスの避難はオーブ軍の迅速な救助活動もあって奇跡的な成功を収めたとのことだが、それでも決して少なくない命が喪われたのだ。
キラはクロトの冷淡な言葉に口を噤んだ。
「……そうですね」
キラはクロトの言葉に複雑な思いを抱く一方で、清々しさすら感じた。生きるためには仕方ないと主張する他のクルー達の言葉よりも余程納得出来るものだった。
クロトは可笑しそうに笑うと、立ち上がりながら薄汚れた袖口を顔に近付けた。
「だいたいさ。最近油臭くてしょうがないんだよね」
キラは顔を赤めると、自らも軍服の袖に鼻を寄せた。モビルスーツの整備で使うグリスの焦げ臭い廃油のような匂いに顔を顰めた。
「ま、待って下さい!」
キラは格納庫に向かい始めたクロトを慌てて追い掛けた。
昔から道を覚えるのが苦手なキラにとって、以前似たような艦に乗ったことがあるらしく歩き慣れているクロトを見失えば、迷子になってしまうかもしれないのだ。
「何よ……! コーディネイターのくせに……」
赤髪の少女だけが、そんなキラの背中を遠巻きに見ていた。
その救命ポッドの中には生存者の存在を示す反応があった。
それがプラント製の救命ポッドであることから、中に乗っているのはおそらくコーディネイターだ。ナタルは厄介なものを持ち帰って来たとばかりに溜息を吐いた。
「つくづく君達は落とし物を拾うのが好きなようだな?」
クロトとキラは破棄されたユニウスセブンに降り立ち、アークエンジェルに必要な物資の回収を行っていた。その最中、キラが大破した民間船の付近を漂っていた救命ポッドを発見したのだ。
「強行偵察型のジンも発見しました。これはひょっとして思わぬ拾いものってヤツかもしれませんよ?」
型式番号〈ZGMF-LRR704B〉。一般的に“長距離強行偵察型”と呼ばれている機体だ。ジンを素体に索敵能力を向上させると共に航続距離を延長し、その能力を発揮するため複座型コクピットを導入した宇宙用偵察モビルスーツだった。
クロトは付近にザフトが、と色めき立つナタルに軽口混じりで言った。
「ああ、ご心配なく。救難信号を発信される前に撃墜しました。向こうが異変に気付くまでまだ時間はあると思います」
「全く……少尉は……」
ナタルはとんでもない事後報告をしたクロトに呆れた。
とはいえ、付近に展開しているザフト艦隊が民間人の捜索に貴重なモビルスーツを投入しているのだ。この救命ポッドにはプラントの民間人どころか、ザフトの要人が乗っているのかもしれない。周囲のクルー達にも一斉に緊張が走った。
「じゃ、開けますぜ?」
マードックがハッチの側部に近付くと、クロトは拳銃に手を伸ばした。もしも中にザフト兵が乗っていれば即座に銃撃戦になるかもしれないからだ。
すると内部の人間が操作したようで、不意にハッチが開いた。クロトは反射的に拳銃を取り出して構えようとして、桃色の小型自律ロボットとぶつかった。
〈ハロ、ハロー。ハロ、ラクス、ハロ〉
「ありがとう。ご苦労様です」
それは美しい桃色の髪と、透明感のある水色の瞳が印象的な少女だった。
少女は唖然としているクロトに会釈しながらポッドを降りると、すぐ近くをふらふらと彷徨っていたロボットを掌に乗せた。
「お、お前は……!」
クロトは少女の顔を見た瞬間、その場で凍り付いた。まさか彼女とこんな所で出会うとは夢にも思っていなかったからだ。
「ポッドを拾って頂いてありがとうございました。私はラクス・クライン。これは友達のハロです」
「クラインねぇ。……何か知ってるのか、少尉?」
ムウは呟くように言いながら、固まったまま動かないクロトに声を掛けた。
これでは誤魔化しようがない。
周囲から視線を向けられたクロトは大きく溜息を吐くと、首を傾げたまま微笑している少女の正体を告げた。
「彼女はプラントの現議長シーゲル・クラインの1人娘で、ブルーコスモスが最も警戒しているコーディネイターの1人です」
そして後に“カガリ・ユラ・アスハ”と並んで三隻同盟の代表的な存在となり、ザフトと共にクロトら地球連合軍を殲滅した少女だ。
クロトは無言で鼻を鳴らすと、慇懃無礼に言い放った。
「これは失礼。僕はブルーコスモスに所属する大西洋連邦軍第一機動艦隊所属、クロト・ブエル少尉です」
するとラクスは言葉の意味が分かっていないのか、クロトの顔を覗き込みながら楽しそうな表情を浮かべた。
「あらあら。ブルーコスモスの方とお会いするのは初めてですわ。わたくしはラクス・クラインと申します」
ラクスはやはり何も分かっていないようだった。それなのに全てを分かっているような雰囲気を纏いながら、戸惑いを隠せないクロトに微笑んだ。
混ぜるな危険。
プラントの歌姫と生体CPUを接触させてどうするの……?
クロトくんが乗り換えるなら
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レイダーのまま(鋼の意思)
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核搭載レイダー(あっ……)
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フリーダム(自由が欲しかった!?)
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ジャスティス(大穴)
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ブロヴィデンス(!?!????)
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その他