逆襲のクロト   作:皐月莢

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呪われた力

 〈2〉

 

 ナチュラルである彼は先天性の難病を抱えていることが判明し、物心付いた頃には一人だった。彼は食事に不自由しないという理由で大西洋連邦軍に入隊し、難病と闘いながら特殊な空間認識能力を駆使して大西洋連邦軍のエースパイロットとして活躍した。

 第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦では重傷を負い、軽度の記憶障害を患いながらも生き抜き、その功績を称えられて第八一独立機動群──通称“ファントムペイン”の部隊長に任命された。

 第八一独立機動群とは、ブルーコスモス盟主を含む10人の幹部で構成された秘密結社“ロゴス”に所属し、その意思をより忠実に遂行するために地球連合軍内部に創設した非正規の特殊部隊である。

 その出自上、第八一独立機動群は非公式な部隊だがその一員に所属することは地球連合軍人にとって栄えある名誉であり、ネオ・ロアノーク大佐もまたその部隊長として日々精進している。

 

 ──()()退()()()()()()

 

 顔の上半分を不気味なマスクで覆った男は不愉快そうに顔を歪めた。

 一般的な士官とは異なり、漆黒の軍服に身を包んだ男のマスクの下から見えている僅かな生身の部分には、未だ20代とは思えない老人の様な深い皺が刻み込まれている。

 それこそが彼を蝕む先天性の難病であり、原因不明だが常人の数倍の速度で老化が進行するという。だから彼は処方された細胞分裂を抑制する薬を常時服用していたのだが、その副作用として薬効が切れれば激しい苦痛が男を襲った。

 その痛みが、男にとって幻の記憶を取り戻したきっかけだった。

 全身が激痛に蝕まれた瞬間、男は自分を自分たらしめていた全ての記憶が紛い物であることに気付いた。

 そして自分がアル・ダ・フラガの後継者“ラウ・ラ・フラガ”として造られた失敗作であり、人類に終末が訪れる筈だった第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦で“クロト・ブエル”に敗れた敗北者であることにも。

 

 ──これが私の“運命”なのか? 

 

 激しい死闘の末に機体を鋼爪(アフラマズダ)で貫かれ、核爆発に巻き込まれて塵一つ残さず燃え尽きた筈だった。

 だが鋼爪(アフラマズダ)を維持するバッテリーが限界だったのか、あるいは僅かに狙いが逸れたのか、その両方か。

 しかしこの世界に神が存在するのであれば、ただ生き延びただけで未来のない自分に、いったい何をしろと言うのだろうか。

 ネオを苦しめているのは先天性の難病ではない。それは実年齢と比較して遥かに老いた肉体である。

 そして一人の男の顔がネオの脳裏に浮かび上がった。それは自らの死を金で買えると思い上がった愚か者の顔であり、そのクローンであるネオ自身の顔だった。

 その瞬間、ネオ・ロアノークはラウ・ル・クルーゼの記憶を完全に取り戻したのだった。

 ネオに偽りの記憶を植え付けたロード・ジブリールは、彼が真の記憶を取り戻したことに気付いていない。

 何故ならネオはジブリールが植え付けたファントムペインの部隊長としての役割を忠実に演じているからだ。かつてナチュラルの身でありながら、ザフトのエースパイロットとして活躍する傍らでプラント国防委員長だったパトリック・ザラの腹心にまで上り詰めたネオからすれば、ジブリールの目を欺くことなど造作も無いことだった。

 ムルタ・アズラエルの後継者として、ブルーコスモスを束ねる盟主として持て囃されると共にロゴスの幹部の一人に加えられるようになったジブリールの中では、自身の編み出した精神操作は完璧であり、それから解放される手立てなど存在しないものだと思っているようだ。

 

 ──やはり神ならぬ人に、完璧など不可能なのだろう。彼女でさえそうだった。

 

 ネオのディスプレイに、かつて完璧と称された少女が設立した研究機関のホームページが表示されている。

 キラ・ヤマト。

 一個人としてどころか、母としても完璧なコーディネイター。

 あのフリーダムのパイロットとして、戦場において最強の名を轟かせていた少女は人の悪意の前に敗北し、命を捨てて世界を救うという決断を迫られた。

 自らの命すら守ることが出来ない者が、果たして完璧と言えるだろうか。否、完璧からは程遠い筈だ。

 

『それでも──守りたい人がいるんだ!』

 

 そんな少女を救ったのは、一人の少年兵だった。

 かつてネオを凌駕する程の狂気と憎悪に満ちていた少年兵は、死の淵を彷徨うまで追い詰められても発現しなかったSEED因子を発現させ、見事に少女の命を救ったのだ。

 迫り来る少年の刃に死を覚悟した瞬間、この世界もまだまだ捨てたものではないと率直に感じた記憶が蘇る。

 プログラミングを除けば怠惰だったとされる少女が今まで無関係だった医療分野に携わっているのは、おそらく力の代償として深刻な病に冒された少年を救うためだろう。

 スーパーコーディネイターと生体CPU。

 戦争さえなければ──あの時ネオがヘリオポリスに侵攻しなければ──決して交わることがなかった筈の二人が惹かれ合ったのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 背後の扉に少女の気配を感じ、ネオはディスプレイの電源を落とした。その直後に扉が開き、艶やかな黒髪を長く伸ばした少女が部屋に入って来る。少女は慌てて端末を片付けたネオを不審そうに見詰めると、ぶっきらぼうに言い放った。

 

「また何か隠し事?」

「ふっ、君には敵わんな」

 

 現在アーモリーワン宙域に侵入している特殊戦闘艦“ガーディ・ルー”の士官室で座していたネオは、まるで母親に怒られた子供の様に姿勢を正した。そんなネオをアメジスト色の瞳で見据えながら、少女は咎めるように言った。

 

「アウルとスティングが探してましたよ。隊長はどこだーって」

「ああ、すぐに行く」

 

 その若干棘のある態度とは裏腹に、ユニウス条約に違反した存在自体が許されていない特殊艦という異質な空間には似合わない、可憐な空気を少女は纏っている。

 改造された薄紅色の軍服からは、一歩加減を間違えれば下品と受け取られそうな程に肩が露出しており、すらっとした華奢な足とやや高めの位置でタイトに留められたベルトは、少女の女性的な曲線のラインを際立たせている。

 異性は勿論、同性すら目を奪われるような色香を放つ少女は外見とは裏腹に優秀な軍人であり、ネオ・ロアノークにとって忠実な右腕とも言える存在だった。

 

「私も緊張しているのかもな、カナード」

 

 ネオは不意に少女の名を呼んだ。

 少女は地球連合軍第八一独立機動群所属、ロアノーク隊副隊長のカナード・パルス中尉である。コーディネイターである彼女がロアノーク隊に所属しているのは複雑な理由があった。

 傭兵集団サーペントテールの襲撃によるロドニア研究所の崩壊に伴い、大西洋連邦軍は先の大戦で一騎当千の活躍を見せていた生体CPUの製造機関を喪失した。

 また先の大戦で“クロト・ブエル”を中心とする生体CPU達が第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦の混乱に乗じて造反したことが明らかになり、大西洋連邦軍は生体CPUの開発事業から撤退を余儀なくされた。

 そして大西洋連邦軍は優秀な人材に厳重なマインド・コントロールを施した上で運用する方が、生体CPUを製造するよりも効率的だという結論に至った。

 結果としてロアノーク隊には、壊滅したロドニア研究所の生き残りであり、次世代生体CPUの被検体だった“スティング・オークレー”や“アウル・ニーダ”、偶然鹵獲したユーラシア連邦軍特務部隊員“カナード・パルス”といった、人種や陣営を超えて優秀な人材が集められたのだった。

 

「緊張? そんなタマじゃないでしょ」

 

 呆れたように肩を竦めた少女に連れられ、ネオは士官室を後にする。

 ラウ・ル・クルーゼとしての記憶を取り戻した男がネオ・ロアノークとして甘んじている理由は彼女の存在だった。

 遂に手に入らなかった“キラ・ヤマト”──その失敗作である少女“カナード・パルス”が思わぬ形で生きていて、これほど呆気なく自分のものになるとはネオも思っていなかった。

 自分と同じ男の犠牲者にして、自分と同じ失敗作。

 この世界にもう一人存在する自身の半身を除けば、誰よりも自らの境遇に近い少女に上官として慕われているという事実は、ネオにとって妙に心地良いものだった。

 これこそが、あの少年兵の心を救った暖かさなのだろう。

 この少女を我が物にしたいという下卑た欲望はあったが、それ以上にこの悪意に満ちた暗闇の世界から、彼女を解放してやりたいという崇高な想いがネオを満たしていた。

 

 ──やってみせるさ。彼に出来て、私に出来ない筈がない。

 

 かつて生体CPUという業を背負いながら、一人の少女を救う為に戦い抜いた少年兵に想いを馳せつつ、ネオはカナードと共にスティングとアウルが待つ作戦室へと向かうのだった。

 

 〈3〉

 

 コズミック・イラ73年10月2日。

 新造艦ミネルバの進水式を翌日に控えたプラントの軍事工廠“アーモリーワン”では、進水式で行う式典の最終準備が行われていた。

 軍楽隊や、式典用装飾を施したジンによる軍事演習の最終リハーサル。

 進水式が終われば、ミネルバとその所属であるグラディス隊はそのままカーペンタリア基地に配属され、プラントには暫く戻って来られない。だから何処か緊張感が緩んでいたのだろう。

 それに加えて先程から不穏な気配を感じ、その正体について考え事をしていた少年は上の空で、アーモリーワンの一角を歩いていたのだった。

 

「──胸掴んだな、レイ! このラッキースケベ!」

「え……?」

 

 隣の少年が放った、囃し立てる様な声。

 赤服を纏った金髪の少年──レイ・ザ・バレルは掌に突如伝わってきた柔らかい感触を前に、周囲から抱かれていた冷静沈着という印象とは掛け離れた間抜けな声を上げた。

 

「お前……! いきなり何すんだ!」

 

 いきなりレイに胸を掴まれた長い黒髪の少女──カナードは怒りに震えながら右手を振り被ると、呆然としたまま動かないレイの頬を平手打ちした。

 細身の身体には似合わない鋭い一撃を受け、レイはその場で尻餅を付く。カナードは更に追撃を喰らわせようとするが、黄緑色の髪の大人びた少年に羽交い締めされ、間一髪で追撃の蹴りが阻止される。

 

「離せ、スティング! もう一発食らわせてやる!!」

「その辺にしとけ、カナード! 騒ぎを起こすなって言われただろ!」

 

 自分より一回り大きな身体の少年に羽交い締めされながらも、激高して拳を振り翳すカナードを前に、慌てて立ち上がったレイは謝罪の意思を示す為に頭を下げた。

 

「……本当にすまない。少し考え事をしていた」

「ふふっ。故郷の母さんが恋しいのかい?」

「それはお前だろ、アウル」

「カナードを母さんとか言ってたもんな?」

 

 水色の髪をした無邪気な少年──アウル・ニーダの下品な冗談に、カナードとスティングは出来の悪い弟を見るような生温かい視線を向けた。そして頬を腫らして憮然とした表情のレイを見て鼻を鳴らすと、カナードは少年達を引き連れて喧騒の中に消えていった。

 少女達の消えて行った方向を見たまま立ち尽くすレイに、先程囃し立てた少年──シンはにやりと笑いながら声を掛けた。

 

「カナードだっけ。ちょっと怖いけど、綺麗な人だったな」

「あ、あぁ……」

 

 その少女の名前に、レイは言葉を詰まらせた。

 レイにとって育ての親であり、兄の様な存在だったラウ・ル・クルーゼ。そんな彼が探し続けていた二人の少女の片割れと、あまりにも意外な形で出会ってしまったからだ。

 今も少女の居場所が、感覚的に掴めてしまう。今までは曖昧だった感覚が、少女と接触したことで明確な形を成してしまったからだ。

 フラガ家の人間が保有している、ある特定の遺伝子配列を持つ者の居場所を感じる特殊な空間認識能力。

 その遺伝子配列の一部を刻み込まれたことで、完璧なコーディネイターであると共にフラガ家の後継者を産み出す母体としての宿命を定められた二人の少女達。

 その成功作である“キラ・ヤマト”はオーブに在住しており、レイにとってもう一人の親である()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そして失敗作である“カナード・パルス”は何故、こんな所にいるのだろうか。

 常識的に考えれば、プラントに住んでいたのだろう。しかし以前からプラントにいたのであれば、あのラウが見逃す筈がない。ならばシンやマユのように、オーブからプラントに渡って来たのだろうか。

 堂々巡りに陥りながら、やがて休憩を終えたレイはシンと共に式典の最終準備に戻っていた。

 グラディス隊に所属する赤服のパイロットとして、レイとシンは式典で行われる軍事演習で重大な役割を与えられていたからだ。

 ──しかし。

 

『6番ハンガーの新型だ! 何者かに強奪された!!』

『モビルスーツを出せ! 取り押さえるんだ!』

 

 先程まで賑やかだったアーモリーワンは、地獄と化していた。周囲からは轟音と悲鳴が響き渡り、あちこちから火の手が上がっている。

 その中心で暴れ回っていたのは、ミネルバと並んで式典の目玉とされていた〈カオス〉〈アビス〉〈ガイア〉と名付けられた三機の新型モビルスーツだった。

 

『さぁ、パーティの始まりだ!!』

 

 深緑色のモビルスーツ──カオスは空中を舞う様に飛びながらディンをビームライフルで蹴散らし、止めとばかりに背部の複相ビーム砲で複数を撃ち抜いた。

 

『ごめんねぇ、強くってさぁ!!』

 

 青色のモビルスーツ──アビスは両肩のシールドから無数の武装を展開すると、地面を這うように向かって来るジンを次々に撃破する。

 

『無駄口を叩いてる暇があるなら敵を倒せ!!』

 

 漆黒のモビルスーツ──ガイアはそこら中に転がっている瓦礫やモビルスーツの残骸で足場の悪い地上を4足歩行で縦横無尽に駆け回り、最新鋭量産機であるザクウォーリアすら瞬く間に葬り去っていく。

 これら三機は先の大戦で活躍したフリーダムらに匹敵する性能をバッテリー機で再現するというコンセプトで開発された“セカンドステージ”と称されるモビルスーツであり、ザフトの旧型量産機で対抗するのは非常に困難だった。

 スペック上はザクウォーリアなら技量次第で対抗可能な筈だったが、先の大戦に参加した者が数えられる程しかいないこのアーモリーワンでは、そんな技量を持つ者は殆どいなかったのだ。

 そして唯一三機と互角に渡り合っていたのは、カガリの護衛としてアーモリーワンを訪れていたアスランが急遽乗り込んだザクウォーリアだけだった。

 

『くそっ……! なんなんだお前達は!』

 

 アスランはガイアの姿勢制御ウイングから伸びたビームブレイドを受け流し、ビーム突撃銃を連射する。ガイアは瓦礫を足場に跳躍して無数の光弾を回避すると、背部に装備したビーム突撃砲を放った。その攻撃をアスランはシールドで受け止めると、再びビーム突撃銃を連射する。

 しかし負傷したカガリが同乗しているというハンデに加え、カナード・パルスという鬼才が操縦するガイアは徐々にアスランのザクウォーリアを追い込んでいた。

 このままでは、アーモリーワンそのものが完全に崩壊してしまう。

 レイとシンは偶然ミネルバに収納されていたため、奪取されずに残っていた“セカンドステージ”の二機に乗り込んだ。一足先に出撃したシンを追うように、レイは真紅のモビルスーツ──セイバーを起動させる。

 そしてレイがミネルバから出撃した直後、空中でパーツを合体させて白と赤のモビルスーツに形態変化したインパルスの中で、シンは前方で暴れ回る三機に向かって叫んだ。

 

『また戦争がしたいのか! あんた達は!!』




という訳で、原作とはやや異なるメンバーで結成されたロアノーク隊です。
アウルとスティングは改造の最終段階直前にロドニア研究所が崩壊したため、スウェンと同等程度の身体調整。
元々能力の高いラウとカナードはムウと同じで、ほぼマインド・コントロールのみという状況です。

マインド・コントロールから逃れたのに、カナードちゃんがいるからってネオのフリをしてるラウ……
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