〈7〉
コズミック・イラ73年10月3日。
現在のクライン派中心に構成されたプラント評議会に不満を抱き、戦争の再開とナチュラルの殲滅を主張するザフトの旧ザラ派で構成されたテロリストによって、ユニウスセブンを地球に墜落させる前代未聞のテロが行われた。
プラントは地球各国に警告を発すると共にユニウスセブンを破砕するため、ジュール隊及び周辺の部隊を派遣した。
しかしユニウスセブンに潜伏していたテロリストの妨害を受け、ユニウスセブンの破砕に成功したものの世界各地に破片が落下することになった。
地球全土で甚大な被害が発生し、特に赤道付近では先の大戦で行われたエイプリルフール・クライシスを上回る被害者が発生した。
各地で破片落下によって都市部が壊滅、あるいは大津波によって国や大都市が水没する大被害が発生し、国際緊急事態管理機構は地球全体に非常事態を宣言。同時に地球連合軍及び各国の軍隊に災害出動命令が発令された。
後日、大西洋連邦によってユニウスセブンでの映像が公開され、ザフト製モビルスーツによる破砕作業の妨害が明らかになり、プラントも大筋で事実を認める形となった。
この結果、地球では反コーディネイター感情が再燃することになり、フォルタレザ、キルギス、オーストラリア南部ではザフト製モビルスーツを用いたコーディネイターによる無差別テロが多発し、前盟主ムルタ・アズラエルの引退以降、大幅な勢力衰退を余儀なくされていたブルーコスモスの復権でプラント攻撃の機運は高まった。
唯一この事件の被害から逃れたプラントの最高評議会議長であるギルバート・デュランダルはザフト軍による大規模な復興支援を各国に行ったが、現ブルーコスモス盟主ロード・ジブリールはテロリスト達が大掛かりな装備を保有していたことから、プラント内部に有力な協力者がいると指摘し、実行犯の引き渡しと査察団の派遣を要求した。
しかしデュランダルは実行犯はユニウスセブンで全員死亡したと報告すると共に、内政干渉だとして査察団の派遣を拒否。プラント内部による厳格な調査を行うとした。
翌月──地球連合はプラントの報告を一旦受け入れていたものの、事実上撤回。
テロリストの引き渡しやザフトの武装解除、賠償金の支払い、プラント最高評議会への監査員の派遣要求など、事実上の自治権剥奪を要求する共同声明を発表したが、プラントは全面的に拒否した。
後に“ブレイク・ザ・ワールド”と呼ばれるユニウスセブン落下事件以降、反プラント世論とコーディネイターによる無差別テロの多発、ブルーコスモスの復権に伴う各勢力の地下工作によって、地球世論は開戦に傾いていた。そしてこの声明の拒否をテロ支援宣言と見なした地球連合はプラントに宣戦布告し、同時にプラント制圧作戦を発動した。
L5宙域で行われた地球連合宇宙軍とザフト宇宙軍は一進一退の戦いを続けていたが、地球連合宇宙軍は第八艦隊らの主力部隊を囮に後期アガメムノン級宇宙母艦“ネタニヤフ”を旗艦とした奇襲攻撃艦隊“クルセイダーズ”が防衛網を突破した。
地球連合宇宙軍の作戦は同艦隊が保有している多数の核ミサイルを用い、プラントを一気に壊滅させるというものだったが、ザフトは中性子の運動を暴走させて強制的に核分裂を起こす新型戦略兵器“ニュートロンスタンビーター”を発動させ、プラントへの核攻撃は失敗すると共にクルセイダーズは壊滅した。
これ以降、核攻撃に対する抑止力の登場によって宇宙空間では地球連合艦隊とザフト艦隊の間で睨み合いが発生し、戦いの舞台はザフトが保有している唯一の大規模な地上拠点であったカーペンタリア基地を巡る攻防に移るかと思われた。
しかしプラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルはプラントの安全保障のため、積極的自衛権の行使を名分に世界各地にザフト軍を降下させる“オペレーション・スピア・オブ・トワイライト”を発動し、再び地球圏全土を巻き込んだ大戦が幕を開けた。
地球降下後、シンとアレックスの回収を終えたミネルバは偶然乗り合わせたカガリを送り届けるためと、傷付いた船体の修理を兼ねてオーブ連合首長国に入国していた。
大気圏突入能力を有しているとはいえ、大気圏突入寸前までユニウスセブンの破砕を行っていたミネルバは激しく損傷していたのである。先の大戦で活躍したクサナギを製造していたモルゲンレーテには大型宇宙母艦を修理する為のノウハウはあったが、それでも本来の性能を取り戻すには長い修理期間を要する状況だった。
ようやく修理の目処が付いたミネルバのクルーには、カガリの口利きで短期間の上陸許可が降りることになり、シンは妹であるマユの安否を確認するため申請を行った。
シンがマユを預けていたマルキオ導師の経営する孤児院は津波の被害で崩壊してしまったが、幸いにも迅速な避難で命は無事だった。
しかし住処を喪ったマユ達は避難場所として解放されたアスハ邸の別荘に住み込むことになったらしく、物資や家財道具等の買い出しなどで慌ただしい状況だった。
亡くなった両親に自分とマユの無事を報告するため、シンはオーブがユニウス条約で主権を回復した後に建立されたという、先の大戦やオーブ解放作戦で亡くなった者達の魂を弔う慰霊碑に足を進めていた。
遠くの水平線に太陽が沈み始め、周囲が紅に染まり始める中、シンは切り立った崖の際に造られた巨大な石細工に足を進めたが、その前で静かに祈りを捧げている二人の人間を発見した。
「──キラ、さん?」
「シンくん」
片方はマユの主治医であるキラ・ヤマトという二つ年上の少女だったが、少女の隣に立っていた赤髪の少年は初めて見た顔だった。
赤髪の少年は少女と変わらない年齢に見合わず、まるで大病を患っている病人のように憔悴している様子だったが、少女は全く気にしていない様だった。
シンの姿に気付いた少年と少女は二人で何かを話すと、その場で頭を下げた。それに合わせてシンも頭を下げ、そのまま二人の元に向かっていく。
「これが、慰霊碑ですか」
この慰霊碑も先月起こったユニウスセブン落下事件の被害を受けたらしく、遠くから見れば綺麗だったが、間近で見れば彼方此方が汚れて傷付いていた。
その姿はまるで
「私もよく知らないんだ。私も此処に来るのは初めてだから」
少女は慰霊碑の傍らで萎れている花の一つに目線を遣り、僅かに顔を顰めた。
周囲に植えられていた花々の殆どは流されており、残っていたものも土に混じった塩の影響ですっかり萎れている。数日経てば、完全に枯れ果ててしまうだろう。
「せっかく花が咲いたのに、また枯れちゃうね」
「……誤魔化せないって、事でしょうね」
シンの呟くような声に、少女は不思議そうな表情で首を傾げた。
「いくら綺麗に花が咲いても、人はまた吹き飛ばす……」
コペルニクスの悲劇、血のバレンタイン、エイプリルフール・クライシス。
最後は互いに大量破壊兵器を撃ち合い、あわや地球そのものが死の星に変わっていたかもしれないという先の大戦。
そして先日起こったアーモリーワン事変と、ユニウスセブン落下テロ事件。
──我が娘のこの墓標、落として焼かねば世界は変わらぬ!
──何故気付かぬかッ! 我らコーディネイターにとってパトリック・ザラの執った道こそが唯一正しき者と!
数え切れない犠牲の果てに訪れた平和を、こうして望まない者達も存在する。そして彼等の思惑通り、再び地球全土を巻き込んだ戦争が始まってしまった。
ミネルバの修理が終われば、自分達グラディス隊も“オペレーション・スピア・オブ・トワイライト”を実行するため、地球連合軍との戦いに赴くだろう。
そして再び平和が──命が喪われるのだ。まるでこの萎れてしまった花の様に。
結局のところ誰かを傷付けることが、人の本質なのだろうか。
あの日フリーダムと戦っていた地球連合軍の黒いモビルスーツの流れ弾を受け、吹き飛ばされた両親の姿と顔面に酷い火傷を負い、光を喪ったマユの姿をシンは思い出した。
「君は……」
そんな悲痛な表情のシンを、赤髪の少年の隻眼が捉えた。