〈8〉
日が昇る直前だった。
喉の渇きで目覚めたクロトは部屋を出たところで、何かが遠くで破裂するような音を耳にした。不思議に思ったクロトはコップの水を飲み干すと、壁のフォンを取って警備所にコールを鳴らした。しかし電話線が切られているのか、何の反応もなかった。
クロトが監視カメラを覗くと、研究所の入口に武装した男達の姿が映っていた。しかし直後にカメラが破壊されたのか、あるいはハッキングされたのか、一瞬のノイズの後にモニターに表示されていた外部の映像は途絶えてしまった。
「どうしたの?」
突然の焦燥感が押し寄せる中、異変を察したキラがジャージ姿で姿を現した。
「何かが来る。テロリストか、何かが……」
「テロリスト?」
クロトはキラの手を引き早足で部屋に引き返すと、棚の上に畳まれていたベストとズボンを着込むと、その下に収納していた自動式拳銃と高周波ナイフを手に取った。
冷たい鋼鉄と硬化プラスチックで造られた自動式拳銃のグリップを握り込み、指先の感触を確かめると安全装置を解除する。
「地下通路からシェルターに。僕は連中を迎え撃つ」
まだ寝惚けているらしく、間の抜けた表情のキラをアスハ邸のシェルターに繋がる隠し階段に手早く押し込むと、クロトは不安そうなキラの手を握り締めた。
「ク、クロトも逃げないと!」
「僕は、大丈夫だから」
これから自分は何をすればいいのか──自分は何が出来るのか──自由の対価として、捨てた筈の未来をどう生きるのかという今後の課題に対して、一つの明確な答えが導き出されるのを感じた。
ジョージ・グレンの告白以来、救い難い狂気と欲望が渦巻くこのコズミック・イラで、自分は目の前の呪われた宿業を背負う少女を守り抜かなければならないのだ。
──どんな手を使ってでも。
クロトは二重底に改造した棚の奥に隠していた一対の鍵を取り出すと、自らの懐に忍ばせた。
水平線から太陽が姿を現す中、武装した6人の侵入者達が一斉に行動を開始した。
侵入者達は三方に別れ、目標の研究所兼自宅である建物へと迅速に迫った。中央の2人が先行して片方が裏口の周辺を警戒すると、もう片方が裏口のドアに電子錠を解除するカードキーを差し込んだ。
〈最新式の三重ロックだ。コソ泥相手には厳重過ぎる位だな〉
男はドアを開けると、屋内に潜入した。遅れてもう一人の男が潜入し、音を立てないよう慎重にドアを閉めた。先に入った男が奥に進み、後の男は建物のセキュリティシステムをハッキングするためその場に留まった。
〈セキュリティの支配が完了次第、B班は南の窓から侵入、C班は玄関で待機だ〉
〈了解。建物内部に無数の熱源探知〉
〈稼働中の研究機材だな。誤射に注意しろ。我々の目的は目標βの確保だ〉
男は笑いながら銃を抜き、狭い通路を抜けて使用中らしきバスルームに向かった。頭部に付けたスコープが赤く光り、暗闇でも正確に建物内部の構造を把握した。
〈セキュリティ確保。B班は侵入開始。C班はそのまま待機だ〉
裏口に残った男が通信で告げると、男は脳裏に記憶していた建物の構造図と獲物である少女の姿を思い浮かべながらゆっくりと進んだ。いくつかの部屋を通り過ぎたが、男は一瞥もしなかった。
そこに標的が存在しないことは赤外線スコープで明らかだったし、頭上から赤髪の人影が現れたことも、人影が一閃した高周波ナイフが自分の首をバターの様に切り落としたことにも、男は全く気付かなかった。
セキュリティを解除した男は別の通路を抜け、熱源反応を示した研究室に向かっていた。半開きのドア脇の壁に身を隠した後、銃を構えて勢いよく踏み入ると、男は入口で呆然と立ち尽くす。
〈オルア!? いったい何が!! 〉
先程まで行動を共にしていた筈の男が、見るも無惨な姿に変わっていた。首から上だけの姿になった男は薄笑いのまま硬直し、サッカーボールのように床を転がっていたのである。
「よくもオルアを!!」
男は地声で叫びながら、スコープに映る複数の熱源に向かって銃を連射しながら研究室の奥まで突撃した。そしてその全てが熱源に命中したのを確認した直後、男の頭上に冷たい水が降り注いだ。
男は自身の銃撃で作動したスプリンクラーの水を浴びながら、別方向から侵入したB班と玄関で待機しているC班に増援を要求しようとしたが、その間際に反対側のドアから人影が不意に現れた。
不気味な赤黒い服を着た隻眼の少年が立っていた。少年の服は黒地だったが、オルアの返り血を浴びて赤く染まっていたのである。
そのイカれた姿の少年が、目標βを確保する際に唯一障害と成り得る少年兵であることに疑いはなかった。男は全身に走る灼けるような熱さに混乱しながらも、少年を狙って銃の引き金を引いた。
しかし、男は何かがおかしいことに気付いた。男の銃弾など全く脅威ではないと見切っているかのように、少年は男に銃口を向けながら頬に付いた血を拭っていたのだ。
男は戸惑いながら少年に向けて立て続けに引き金を引こうとしたが、足下に何かがごとりと落ちる音を聞き、ようやく自らの置かれた状況を理解した。
少年の放った銃弾は既に男の右手首を撃ち抜いており、仲間の死に怒っていた男はそれに気付かず反撃しようとしていたのだ。
「あ」
パニックになりながら左手で拳銃を拾おうとした男の額を弾丸が撃ち抜き、周囲に脳髄を撒き散らしながら男は崩れ落ちた。
〈9〉
突如現れた正体不明の武装集団を撃退し、自らもアスハ邸の避難用シェルターに逃げ込んだクロトは先に逃がしていたキラ、そして同様に武装集団の襲撃を受けたラクス達と合流していた。
その中には先日のユニウスセブン落下テロ事件で孤児院から避難していたマルキオ導師やステラ、マユ達もいた。
しかし数日前からオーブ本庁に泊まり込み、条約を結んだ国家同士が相互に集団的自衛の義務を担う“世界安全保障条約”の締結を迫る大西洋連邦との折衝を行っていたカガリとアレックスは不在だった。
クロトは返り血で真っ赤に染まった服に慌てふためくキラを落ち着かせると、同じく駆け寄って来たステラに声を掛けた。
「連中をどう見る?」
「ザフトの特殊部隊ってトコでしょうね。反アスハ派やブルーコスモスのテロリストにしては、装備が充実し過ぎています」
「僕も同意見だ」
シェルターに逃げ込む前に銃撃戦になったらしく、ホルスターに収納していた自動式拳銃の予備弾倉に銃弾を装填しながら、ステラは溜息混じりに言った。
ザフト軍の歩兵に酷似した装備に、先程からこのシェルターに攻撃を続けているザフトの最新鋭水陸両用モビルスーツ“アッシュ”。
停戦状態ならともかく、今や地球圏全域を巻き込んだ第二次連合・プラント大戦が起こっている状況で、一介のテロリストがそう簡単に用意出来る代物ではないのは明白である。
「狙われたのは、キラとラクスだ」
「狙われたというか、今も狙われてますけどね」
暗殺を行う際に最も重要なのは、現場に目標が存在していることである。現場に目標が不在であれば徒に自らの戦力を消耗するだけであり、目標の人物をより警戒させるからだ。
本来は最重要人物である筈のカガリがいないと分かり切っているタイミングで襲撃者達が暗殺を仕掛けて来た以上、襲撃者達の狙いはオーブ連合首長国代表のカガリではないのは明白である。
そして貴重な戦力を割いてまで研究所を襲ったことから、襲撃者の狙いはキラとラクスの両方だとクロトは推測したのである。
「どうして私とキラを?」
「さぁねえ。ザラ派の残党か、それとも……」
そもそも、このオーブ連合首長国にラクスが亡命していると把握している者など、前プラント議長であるアイリーン・カナーバを含めてクライン派の中でも限られた者しか居ない。だからザラ派の残党が、ラクスの居場所を突き止めて実行したとは考え難い。
ましてやユニウスセブン落下テロ事件以降、ラクスがアスハ家の別荘に身を寄せていると把握している者など数人しかいないのだから、犯人はその中の誰かとしか考えられない。
常識的に考えて、クライン派にラクスの命を狙う理由など無い筈なのだが、現実にラクスはその中の誰かにとって邪魔らしい。
「もう保ちませんよ!!」
ステラが大声で叫びながら、外部から吹き込んで来た爆風を防ぐために防火シャッターを下ろした。
そしてシェルターに伝わる震動が徐々に大きく変わり始めた。このままではまもなく壁面が破壊され、シェルター内部にアッシュが流れ込んでくるだろう。たかが手持ちの拳銃一つで、最新鋭のモビルスーツに抵抗する手段などない。
クロトは懐から一対の鍵を取り出すと、虚ろな表情のまま沈黙していたラクスに視線を向けた。
「……鍵を使う。ここで大人しく殺される訳にはいかない」
「分かりました」
キラはクロトとラクスの顔を交互に見ると、怪訝そうに首を傾げた。
「鍵?」
「もしもの時に、君を守るための剣だ」
クロトは何一つ知らない──出来れば知らないままでいて欲しかった少女に微笑み掛けると、シェルターの最奥に存在する巨大な扉の前に立った。そしてキラに片方の鍵を託すと、もう一つを手に取った。
「3、2、1!」
左右に立ったクロトとキラが鍵穴に差し込んだ鍵を同時に回転させると、電子音と直後の重々しい音と共に扉が左右に動き始め、開けた空間に鎮座する灰色のモビルスーツが姿を顕現した。
〈10〉
『よーし、行くぞ! 目標を探せ!』
とある人物からラクス・クラインの暗殺及び、キラ・ヤマトの確保を命じられたザフト軍特殊部隊ヨップ・フォン・アラファスは遂に厚い装甲で守られていたシェルターの外壁を破壊することに成功した。
目標αと目標βはシェルターの奥深くに逃げ込み、次々にシャッターを下ろしてヨップ達の侵入を防ごうとしているが、最大の障壁だった外壁が破られた以上、アッシュの進軍を止める術などない。
ヨップはシェルターに開いた大穴の前にアッシュを集合させ、順に突撃させてシェルター内部を制圧しようとした。
──その時。
『なんだアレは?』
突然、正体不明のモビルアーマーが轟音と共に崖の一角を切り崩しながら現れた。そのモビルアーマーは空中で華麗に宙返りすると、モビルスーツに変形してヨップ達の前に降臨する。
『あれはまさか……!?』
重厚な漆黒の装甲に、見た者に恐怖を抱かせる凶悪なフォルム。
地球連合軍初のモビルスーツ“G兵器”にその名を連ね、初実戦となるヘリオポリス崩壊事件以降、圧倒的多数のザフト軍を幾度となく打ち破ったモビルスーツ。
たとえ敗北しても不死鳥の如く蘇り、第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦ではザフトの英雄ラウ・ル・クルーゼが駆る最新鋭の核機動モビルスーツ“プロヴィデンス”を一騎討ちで撃ち破ったモビルスーツ。
地球連合軍の核攻撃を単独で阻止し、ザフトの大量破壊兵器ジェネシスを核爆発で破壊した
先の大戦でレイダーを密かに回収していたラクスは、クライン派が密かに保有する軍事工場“ファクトリー”で大破したレイダーを修理すると共に、万が一自分やキラが何者かに命を狙われた事態に備え、アスハ邸のシェルター最奥にレイダーを封印していたのである。
この事を知っている者は、実際に主導したバルトフェルドやパイロット候補であるクロトを含めた数名だけだった。
『──!』
頭の中がクリアになり、五感が極限まで研ぎ澄まされる。
クロトはスラスターを全開で吹かせて両腕の
続けて後方から放たれた無数のビーム攻撃を急上昇して回避すると、頭部から放った正確無比な
『撃て! 撃ちまくれ!!』
ヨップは残存していたアッシュに一斉射撃を命じ、自らもレイダーに向かって両肩の砲門からビームを連射するが、その全てがクロトの緩急を付けたスラスターの制御で回避され、反撃で放たれた
『そんな馬鹿な!!』
まさに悪夢のような事態にヨップは絶叫しながら、背部のランチャーに搭載していた対艦ミサイルを全弾発射するが、クロトはレイダーを後方に滑らせるように操作しながら体勢を立て直すと、引き寄せた
『おおおっ!!』
ヨップはビームクローを展開し、クロトが突撃しながら放った
しかしクロトはビームクローを右腕のシールドで捌くと、体勢を崩したアッシュの両腕を
『こ、これが……』
得意分野の水中戦は勿論、陸上戦でもザクウォーリアに匹敵する運動性能を誇る最新鋭機のアッシュを、基本性能はセカンドステージに匹敵するとはいえ、旧式の機体でここまで圧倒するのは操縦者の圧倒的な技量に他ならない。
これがグリマルディ戦線以来ザフトを震撼させ、ブルーコスモスに所属するナチュラルでありながら地球連合軍最強のパイロットと謳われた“悪魔”の力かとヨップは戦慄した。
そして自分達はプラントに──あの御方に災厄をもたらす悪魔の封印を解いてしまったのだとヨップは理解した。
『誰の指図だ?』
既に部下は撤退した者を除けば全滅し、自らも四肢を喪い機能停止したアッシュのコクピットに取り残されていたヨップの下に、スピーカーから底知れない憤怒を秘めた声が届いた。
もしも目の前の少年に捕まってしまえば、自分は全ての情報を吐かされるだろうという確信に近い恐怖がヨップを襲った。
厳格な婚姻統制を敷いてなお、そう遠くない未来に消滅の危機に立たされているコーディネイターの未来の為──
プラントとオーブの間に決定的な対立を引き起こすと共に、その気になれば再びプラントの政治に介入し、プラントと地球連合の戦争を終わらせてしまうかもしれない女傑ラクス・クラインに、プラント本国に対する不信感を抱かせるという最低限の役目は果たした。
──ならば。
『……!』
クロトは目の前で機能停止していたアッシュがラクスとキラを襲った自分達の素性を隠す為だけに、最後まで戦うことを放棄してその場で自爆するという狂気の光景を目の当たりにした。
没になりましたが、キラちゃんが拉致されてクロトが行方不明になるプロットもありました。
闇堕ちしてサングラスを掛けたクロトがネオに託されたデストロイで登場してザフト軍相手に大暴れ。
一度はインパルスに敗北するが、再び新型デストロイに乗ってデスティニー×2、レジェンドを相手に激闘を繰り広げ、最後に傷付いた装甲をパージすると中にはレイダーが……って展開です。(大嘘)