逆襲のクロト   作:皐月莢

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届かぬ声

 〈11〉

 

 無惨な姿で転がっていたアッシュが自爆装置の起動で爆散し、一部の破片を残して消滅する光景を目の当たりにしながら、クロトは全身の緊張を解いた。

 かつて外科手術で脳内や分泌腺内に埋め込まれた身体能力、反射神経を向上させるマイクロ・インプラントを取り除かれ、その苦痛を取り去り肉体を維持すると共に、神経を活性化させる合成薬物“γーグリフェプタン”の服用を中止している現在のクロトは純然たるナチュラルである。

 しかし世界各地から無数の孤児を集めて蠱毒の様な選別が行われた末に、生体CPUの被検体として選ばれたクロトは身体能力、反射神経においてナチュラルの中でも最高峰の逸材だった。

 ヤキン・ドゥーエ攻防戦におけるラウ・ル・クルーゼとの死闘でクロトが覚醒したSEED因子の特性として挙げられるのは、発現時は自身の潜在能力を十全に発揮することである。

 つまりSEED因子を発現させた状態のクロトは、一時的に2年前の全盛期と大差ない戦闘能力を発揮出来たのだった。

 

「……」

 

 今まで手に取るように把握出来ていた視界が急速に狭まり、神経接続によってセンサーからダイレクトに伝えられる情報の洪水で、クロトの脳が悲鳴を上げ始めた。

 更に肉体の負担を軽減するパイロットスーツすら装着せず、縦横無尽に亜音速のモビルスーツを操縦した反動を受け、激しい嘔吐感が内臓から込み上げる。

 

「ちっ……」

 

 そんな心身ともに最悪の状況だというのに、レーダーに新たな反応を確認したクロトは舌打ちする。

 まるで今までミラージュコロイドで姿を眩ましていたかのように、索敵圏内部に突如出現した2つの反応は音速を超える速度で迫りながら、通信回線を開いてクロトに呼び掛けを行った。

 

『こちらオーブ国際救助隊。繰り返す、こちらオーブ国際救助隊。そこの不審者はウゼーから投降しろ』

『まーたミヤビのヤツが騒ぐだろうな。無断出撃は止めろってな』

『関係ねーんだよ、そんなこと!』

 

 深緑色と濃紺色。鮮やかな装甲を纏った2機のモビルアーマーが大空を切り裂いて上空に現れた。

 両機はそれぞれ空中で反転して“フリーダム”に酷似した形状のモビルスーツに変形すると、停止したレイダーを挟む様な形でゆっくりと着地する。

 

『久しぶりだな、クロト』

 

 紺色の機体から、聞き慣れた声が放たれる。

 型式番号“MVF-X08”──通称“日蝕(エクリプス)”。

 オーブ解放作戦直前にキラ・ヤマトがもたらした“フリーダム”をモルゲンレーテが無断で解析したデータを元に設計され、大西洋連邦の占領下に置かれるという国辱を味わったことで本格的な開発が行われた高速度・高高度飛行を可能とする可変モビルスーツ。

 名目上は救助隊の特殊機体として予算が設けられ、軍部ではなく外務省の管轄という秘匿された出自であり、その実態は主権を回復したオーブが中立国家としての立場を維持しながら、極秘裏に国外のオーブ国民の生命財産を守るために運用される機体である。

 ユニウス条約に違反する“ミラージュコロイド技術の軍事利用”や“敵国への先制攻撃”を是とする運用方針など、オーブの中立国としての理念を根底から揺るがす設計思想であるものの、二度と主権を喪失しない為に製造された機体である。

 そしてその運用機関であるオーブ国際救助隊──通称“ODR”を指揮するキオウ家は、元大西洋連邦軍人“オルガ・サブナック少尉”と“シャニ・アンドラス少尉”をエクリプスのパイロットとして勧誘し、シンガポールでテロ活動を起こっていた旧ザラ派テロリストの殲滅任務や南アメリカの武装蜂起に巻き込まれた要人の救助任務など、様々な特殊任務を極秘裏に遂行していたのだった。

 

『……遅いんだよ、お前等は』

 

 最新鋭の水陸両用モビルスーツ“アッシュ”で構成された特殊部隊の攻撃を受け、見るも無惨な廃墟と化した研究所を見て呆然と立ち尽くすキラの姿をモニター越しに見ながら、クロトは吐き出すような声で呟いた。

 

 〈12〉

 

 オーブ本島の南島に位置し、オーブ軍司令部とオーブ軍の兵器開発・製造等を行っている国営企業“モルゲンレーテ”の本社及び工廠が存在するオノゴロ島。

 こうした地勢上の観点から、先のオーブ解放作戦ではオーブ軍と地球連合軍との主戦場となり、多くの被害を受けた島である。そのオーブ軍司令部の中心部に存在する最高司令室にて、昨晩起こったカガリ・ユラ・アスハ暗殺未遂事件の重要参考人として、クロトはオーブ国防軍最高司令官であるロンド・ミナ・サハクの尋問を受けていた。

 

「貴様とは初対面だったか。二年前は随分世話になった」

「それはどうも」

 

 艶やかな黒髪を伸ばした大柄な女性が放つ威圧感を受け流しながら、クロトは指し示されたソファに腰を下ろした。

 かつてオーブ首長国を治める五大氏族の一つ“サハク家”の後継者として見込まれ、オーブ解放作戦における氏族当主の自爆、そして弟の死でサハク家を継いだミナは一時協力関係にあったムルタ・アズラエルにヘリオポリス崩壊事件、オーブ解放作戦を誘発した人物として名指しで弾劾され、表舞台に担ぎ出されることになった。

 結果的にユニウス条約で全て有耶無耶になったが、それでも以前のようにサハク家の管轄に置かれていた宇宙ステーション“アメノミハシラ”の統治に専念することなど出来ず、条約締結後に主権を取り戻したオーブ連合首長国の復興に尽力していた。

 第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦にて、クロトがドミニオンで起こしたクーデターはミナも把握していたとはいえ、クライン派と共謀してアズラエルを平和の使者として持て囃す形で戦後秩序を構築させたクロトとミナの関係性は微妙なものだったのである。

 

「随分と派手にやってくれたな。まさかコソコソ隠れてあの機体を修復していたとは」

「アレはジャンク屋から購入した私物ですよ。書類上はね」

 

 今や火星圏にまで人類の進出が始まったコズミック・イラにおいて、モビルスーツを民間人が所有することは合法である。そして武器の使用も専守防衛の範囲であれば認められている。

 もちろん一般人が軍事利用可能なモビルスーツを入手することは通常であれば困難なのだが、宇宙空間の廃品回収、及びそのリサイクル業者団体“ジャンク屋組合”の存在がそれを可能にしていた。

 ユニウス条約締結以降、保有台数制限で過剰となった兵器が多数発生するようになり、そのニーズに応える形で兵器解体事業にも参入するようになったジャンク屋組合はその技術を生かし、モビルスーツなど各種重機の販売業務も行っている。

 要はジャンク屋を間に挟んでしまえば、合法的に軍事兵器を入手することが事実上可能なのだ。

 だからこそプラントはユニウスセブン落下テロ事件において、テロリスト達がザフト軍のモビルスーツを多数用いていたにもかかわらず、自分達はテロリストとは全く無関係だと主張出来たのである。

 

「おかげで朝からミネルバの連中が大騒ぎだ。これがオーブのお家芸かとな。私から言わせれば、連中の手口の方が余程問題だと思うが」

「でしょうねえ。ザフトの新型機だとか?」

「私もデータでしか知らんがな。だが最近ロールアウトしたばかりで実戦にも未投入の機種を、そこらのテロリストがあれだけの数を所有している訳がない。……とはいえ、やはり解せんな」

 

 オーブ連合首長国の政治は現在、地球連合軍とザフトの戦争に対する不介入を主張する中立派と、地球連合軍に付くべきだと主張する親連合派の二つに別れて揺れている。

 その中でも中立派にとって最後の砦であるカガリの命をザフトが狙うことは、軍事戦略的に考えて有り得ない。実際に昨日まで中立派だった政治家達の何人かが事件を受けて親連合派に転向しており、情報統制が無ければ国内を揺るがす大事件になっただろう。

 つまりプラントの有力者だろうテロリスト達の雇い主は、ザフトの地上最大拠点であるカーペンタリア基地を睨む位置に存在するオーブ連合首長国を敵に回す危険性よりも、何故かアスハ邸の攻撃を優先したということである。

 開戦直後のプラント本国に対する核攻撃といい、地球連合軍上層部は今度こそプラントを完全に滅ぼそうとしている。加えてミネルバが駐留している状況下でプラントが敗戦する可能性を高めてまで、オーブを刺激する必要などないとミナは考えていた。

 

「一つ言えるのは、テロリストの親玉はオーブを敵に回しても十分な勝算があると判断したってことです」

「確かにな。地球連合宇宙軍による本土強襲作戦の失敗以来、地球連合軍は世界各地で劣勢だそうだ。プラントはユニウスセブン落下テロ事件で唯一被害を受けなかった国なのだから、当然と言えば当然だが」

「やはり地球連合の主張通り、ザフトの自作自演だと?」

「自作自演と言うよりは、極秘裏に支援したという方が正しいだろうな。成否に関わらず地球連合に壊滅的な損害を与えられ、地球連合軍が仕掛けて来れば勢力拡大の大義名分を得られる。巧妙な手口だ」

 

 積極的自衛権を名目に、世界各地に存在する連合基地を狙った大規模な降下作戦“オペレーション・スピア・オブ・トワイライト”を実行したザフト軍は反連合感情の根強いユーラシア西部地域を占領し、現地の反連合レジスタンスと協力して中東地域に存在するガルナハン基地を包囲するなど、各地で快進撃を続けている。

 ユニウス条約でザフト軍はカーペンタリア基地を除く全ての地上拠点を無条件で放棄したが、今やかつて支配下に置いていたジブラルタル、サンディエゴ、ディオキア、マハムールなど各地に巨大な軍事基地を建設し、周辺地域を支配下に置いている。

 どうやらプラントの主張する積極的自衛権とは、ザフト軍が全世界を支配下に置くまで行使可能な権利らしいとミナは嘲る様に嗤った。

 

「民衆の支持も、ですね」

「貴様はなかなか鋭いな。元を正せば自分達の危機管理不足で地球にユニウスセブンを降らせたくせに、今やデュランダル議長は野蛮な地球連合軍と戦う英雄扱いだ」

 

 地球連合軍の苦戦は、地球連合軍の切り札である核兵器に対するカウンターである“ニュートロンスタンピーダー”の存在、ユニウスセブン落下テロ事件による地球連合の国力低下など様々な要因があったが、最大の要因はこうした反地球連合勢力の存在だった。

 先の大戦とは異なり、根深い反プラント感情はあれどもそれ以上に厭戦気分や地球連合に対する不信が世界中に蔓延していた。

 かつてプラント最高評議会が血のバレンタイン事件の報復として実行し、全世界に未曾有のエネルギー危機をもたらしたエイプリルフール・クライシスと、あくまでザラ派の残党軍が起こしたユニウスセブン落下テロ事件とでは、同じ世界中に多大な被害をもたらした無差別殺戮であっても、大衆の反応は異なったのである。

 

「なんにせよ、カガリ嬢とセイラン家のお坊ちゃんが結婚すれば、私も晴れて国防軍最高司令官の地位を剥奪だ。めでたいことだな」

「結婚?」

「何だ、聞いていないのか。貴様とカガリ嬢はそれなりに親しいと聞いていたが」

 

 ここ数日、カガリはアスハ邸に姿を見せなかった。それは世界安全保障条約機構の加盟を迫る大西洋連邦との連日の折衝で忙しかったのも理由の一つだが、最大の理由は花婿であるセイラン家の屋敷で結婚式の準備を行っていたからだとミナは告げた。

 

「それは拙い事態ですねえ」

「全くだ。セイラン家の狙いは、アスハ家の威光を借りてこの国を手中に納めることだろう。オーブも終わりだな」

 

 今の状況は先の大戦と酷似しているが、その背景である世界情勢はむしろ真逆の様相を呈している。

 かつてサイクロプスを用いた自爆攻撃やオーブ解放作戦、生体CPUの製造が非道と言われながらも地球連合軍で許容されたのは、地球に死と混沌をもたらす宇宙の化物を全滅させなければならないという大衆の意志があったからだ。

 しかし曲がりなりにも一時の和平が成されて国として正式に成立したプラントに対して、大西洋連邦でさえ内部対立が起こっている地球連合軍が一枚岩で戦うことなど不可能であり、おそらくザフトの勝利に終わるだろうとクロトは推測していた。

 事実、大西洋連邦がオーブに世界安全保障条約機構の加盟を迫っているのも、地球連合軍が深刻な戦力不足に悩まされているからである。

 先の大戦でオーブが侵攻された理由は、反攻作戦に必要なマスドライバー施設とモルゲンレーテの技術力の接収と新型モビルスーツの実戦テストであり、オーブ軍を戦力として自陣営に引き込むことではなかったことからも、今の地球連合軍の戦力が相対的に弱体化しているのは明白だった。

 

「貴女はオーブが滅んでも良いと?」

「カガリ嬢がセイラン家との結婚を本気で望み、国民がそれを支持するなら止める理由はない。結果的にこの国が滅びたとしても、私はアメノミハシラに戻ってオーブ再建の機会を伺うだけだ」

 

 ミナはオーブ国防軍最高司令官である一方で、アメノミハシラの為政者としての側面を持っている。今やアメノミハシラが保有している戦力はオーブ軍を凌ぐとすら言われており、事実ザフトや地球連合軍の武力介入を何度も退けている。

 そんなミナにとってカガリは同じ国を守る同胞ではあったが、今や国内最大勢力であるセイラン派に弓を引いてまで、自ら政治的介入を行うつもりはなかったのである。

 

「そうそう。正式な締結日はまだだが、午前の会議で世界安全保障条約機構の加盟も決まった。決定打は昨晩の事件だ。プラントの脅威から国民を守る為には、連合との同盟は仕方ないとな」

 

 沈黙するクロトを見て、ミナは意地が悪そうに嗤った。

 

「これもウズミの撒いた種だ。当時下級氏族だったセイラン家との婚約も、カガリ嬢の後ろ楯になりそうな連中を巻き込んで自爆したのも奴の意思だ。戦後主権を回復したオーブがカガリ嬢の人気を利用した傀儡政治になると思わなかったとは言わせんぞ?」

 

 対ザフトの前線基地として利用するため、モルゲンレーテとマスドライバーを喪い、コーディネイターの流出で国内産業が壊滅していたオーブには地球連合から多額の投資が行われた。

 そんな情勢を巧妙に立ち回り、五大首長に昇格したセイラン家が連合寄りの姿勢を見せているのは当然だった。

 そもそも今は中立派であるミナが現当主のサハク家も、元を辿ればヘリオポリスのモルゲンレーテ支社にて、当時の地球連合軍准将ハルバートンと協力してG兵器を製造していた連合派である。

 アスハ家の後継者であり、前大戦の英雄というブランドによる圧倒的な国民的人気はさておき、為政者としてのカガリは完全に孤立していたのだった。

 

「正式に婚姻関係が成立すれば、カガリ嬢は体調不良という名目でセイラン家の屋敷に幽閉されるだろう。後はカガリ嬢の代理人として、セイラン家の専横政治が始まるだけだ」

 

 表向きは国民に支持されている者をトップに据え、実際にはその親戚が政治を執り行うことは古来から度々行われている。勿論それが一概に悪いという訳ではないが、少なくともセイラン家は能力的に不適格だとミナは判断していた。

 ザフトの最大拠点カーペンタリア基地の近くに存在するオーブが地球連合とプラントのどちらかに肩入れするのは、世界情勢の正確な見極めが重要である。セイラン家は自らの支持基盤に拘って亡国を招くという点で、建国の理念に拘ったウズミよりも罪が重いとミナは言い捨てた。

 

「……何故、それを僕に?」

「貴様が良からぬ事を企んでいるなら、私も一枚噛ませろと言っているんだよ」

 

 復讐対象だった筈のアズラエルすら利用し、クライン派と共に未曾有の絶滅戦争を停戦に導いた立役者の1人にして、自らも地球連合軍最強のパイロットと謳われる傑物。

 昨夜の襲撃で二年に渡る長き眠りから遂に目覚めた“悪魔”が、再び混迷を極めるこの世界に何をもたらすのか、ミナは純粋に興味を引かれたのである。

 ミナは手元に置いていたコンピュータを起動させると、とある映像をクロトに示した。

 

「この船は……?」

「イズモ級宇宙戦艦一番艦“イズモ”。表向きはユニウスセブン落下テロ事件で消失した船だ」

 

 黒を基調とし、黄色い意匠を施された巨大な宇宙戦艦の姿が、そこに表示されていたのだった。




 キラちゃん主役の乙女ゲーを考えてました。

 選択肢次第でアスランルートからクルーゼルートまで自由に選べる一方で、クロトにはルートが存在しない。
 クロトは終盤敵として登場するので経験値を与えると損する地雷キャラで、最終的にどのルートでもイベントバトルでイザークに敗れて死亡するけど、クルーゼルートをクリアすれば解禁。

 アスランルートとかニコルルートの方が最終決戦は楽だし、どうせオーブ解放作戦のタイミングで地球連合軍を裏切るシナリオでしょと思わせておいて、真相が明らかになる隠しルート。

 大破したドミニオンからナタルを救助出来るナタルルートでさえイベントバトルが発生して死亡したり、ナチュラルなのに序盤からモビルスーツを操縦出来たりするのが単なるバグや設定ミスじゃなかったなんて……。
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