逆襲のクロト   作:皐月莢

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襲撃と自由と

 〈15〉

 

 昨晩からの激動で、心身共に疲労困憊していたクロトは積み込みを終えた後に食堂で簡単な食事を取ると、艦長を任されたキサカに与えられた士官室で眠っているらしい。

 ザフト軍特殊部隊との戦闘、オーブ軍からの事情聴取に加えて出港準備──数日前まで一人で外を出歩くことすら出来なかった事を思えば、キラは奇跡的な回復だと思っていた。

 とはいえ、心身共に傷付いているクロトの身体が急に回復する訳などない。単にそんな身体で無理をしたというだけである。今の自分に出来るのは、そんなクロトのケアを行うことだ。今の自分はパイロットではなく、艦医なのだから。

 

「入るよ?」

「あー……」

 

 ドアをノックして部屋に入ったキラは、寝具から上半身を起こして自分を迎える少年と視線を交わした。

 クロトの身体を維持する為に必要な薬品は数ヶ月分の数量を積み込んでいるし、今の自分なら定期的な検査を行えば柔軟に対応することが出来る。研究所が喪われたのは痛い損失だったが、今はそれどころではない状況なのだから。

 キラは何故か妙に気まずそうなクロトの様子を不審に思いながら部屋を見渡すと、すぐその原因に気が付いた。

 

「……この部屋って」

「気付いた? ……似てるよねえ」

 

 この部屋はかつてアークエンジェルで、当時地球連合軍に所属していたクロトの部屋だった。

 もちろんこの船はアークエンジェルではないし、内装の類もいくつか相違点が存在する。要はアークエンジェルの設計母体となったこの船の士官室が、かつてクロトに与えられたアークエンジェルの士官室と酷似していたという話だ。

 衛生管理用のシャワールームなどを完備し、下級士官と比較して遥かに厚待遇な個室。本来であれば佐官以上の階級を持つ人間に与えられる快適な部屋であり、少尉とはいえその気になれば佐官以上の権限を有しているだろうクロトに、艦長のマリュー・ラミアスが与えた部屋だった。

 キラはこの部屋の事をよく知っていた。何故ならかつてアークエンジェルに居た時、キラは大半の時間を過ごしたからである。目の前のクロトと──半ば同棲する様な形で。

 

「ふふっ……」

「はは……」

 

 脳裏に刻まれた記憶は痛みとも喜びとも異なる、不思議なむず痒さを二人にもたらした。

 初めて“女”を捧げた場所。

 当時のキラは無謀にもアークエンジェルに残ろうとした友人達を守るために地球連合軍に志願したコーディネイターであり、クロトはブルーコスモスの盟主であるムルタ・アズラエル直属のエースパイロットだった。

 無論、既にクロトがブルーコスモス思想に傾倒している訳ではないことはキラも理解していたが、それでも公然とブルーコスモスを名乗る危険人物だという認識はあった。

 しかし低軌道会戦における民間人の虐殺を目の当たりにし、酷く傷付いていたクロトを慰める為──或いは慰めて貰う為──キラは一時の感情に流されて関係を結んだ。

 

「私は何をやってるんだろう、って思ったけどね。……ま、あの時はあれで良かったって思ってる」

「そうだね。あの時は、あれで良かった」

 

 それが果たして良かったことなのか、悪かったことなのか当時は分からなかった。友人達との関係は悪化したし、周囲からは冷ややかな視線を受けた。

 それも当然と言えば当然だった。

 同級生や普通の連合軍人相手ならともかく、ブルーコスモスの中でもトップクラスの危険人物だろう少年に入れ込むなど、馬鹿げているとしか思えないからだ。

 もっともそれは、当時の自分が置かれていた状況を周囲が理解していないからだとキラは考えていた。

 モビルアーマーで後方支援が精一杯な上官──大勢を引き連れて襲って来る幼馴染み──自分を腫れ物扱いするクルーや友人達。

 そんな中、唯一安心して背中を預けられる少年と関係を結ぶことが、それほど責められることだとは思えなかった。

 もちろん軍規を乱すという意味で褒められたものではないという自覚はあったが、そもそも自分は正規の訓練を受けた軍人ではないのだし、自分が自由時間に何をしようと勝手だろうという開き直り的な考えもキラにはあった。

 第一、当時艦長だったマリュー・ラミアスをパイロットだったムウ・ラ・フラガは口説いていたではないか。

 

「でも、変わったよね。最初はもっと怖かった」

「だろうね。君が変えたんだ」

 

 人の命を奪うことを何とも思っていなかった──殺さなければ殺されるだけだと思っていたクロトが徐々に変わり始めたのは、それがきっかけだった。

 そして人間性を取り戻してしまったクロトに残った物は、何もなかった。

 ザフトが極秘裏に製造している大量破壊兵器“ジェネシス”を利用して世界を滅ぼすという唯一の目的を喪い、迷走していたクロトが背水の陣で戦いに臨んだザラ隊に敗北したのは、偶然ではなく必然だった。

 

「アークエンジェルの船員リストに名前がなかったから、死んだと思ってた。……まさかプラントに居たなんて」

「私も、何が何だか分からなかった」

 

 イージスが組み付いた瞬間にストライクを自爆させて撃破するという荒業を敢行したものの、脱出が遅れて意識不明の重体だったキラはマルキオ導師の計らいでプラントに運び込まれ、ラクスの下で治療を受けた。

 一方のクロトはアラスカ基地に向かうアークエンジェルを追い掛けていたオルガとシャニに偶然救助され、奇跡的に生き延びたのだった。

 

「フリーダムのパイロットが君じゃなかったら、僕はマスドライバーを破壊するつもりだった。……そうすれば、三隻同盟が結成されることはなかったから」

 

 もちろんクロトも全てを把握している訳ではなかったし、生体CPU“ステラ・ルーシェ”の誕生など、逆行前の世界から大きく変わったことも存在する。しかしそれが大規模なものであればあるほど、従来の歴史通りに起こるだろうとクロトは理解していた。

 オペレーション・スピットブレイク──パナマ攻防戦──オーブ解放作戦──そして三隻同盟の結成。

 断片的であっても、未来に起こる事を知っているということは、何も知らない他者に対して大きな優位点となる。

 マスドライバーの入手が事実上不可能だと知っているオーブ解放作戦において、クロトが律儀にマスドライバーを攻撃対象から外す理由などなかったのだ。

 マスドライバーを破壊してしまえばアークエンジェルとクサナギは脱出出来ず、圧倒的に数で勝る大西洋連邦軍で押し潰すことも出来た。そうなればザフト軍所属ではないフリーダムは完全に帰る場所を喪い、撃破出来る筈だった。

 そしてフリーダムさえいなければ、核攻撃の阻止は不可能になる。ジャスティスだけで核ミサイルの飽和攻撃を防ぐことは出来ないだろうし、プロヴィデンスはヤキン・ドゥーエ要塞の防衛に専念していたからだ。

 プラントさえ落とせば、地球目掛けてジェネシスは発射されるだろうし、地球連合軍が阻止しようとするなら、土壇場で寝返ってもいい。そうすればこの世界を滅ぼすというクロトの目的は、完全に達成される筈だったのだ。

 

「……急にどうしたの?」

 

 状況が状況とはいえ、滅多に過去を語らなかったクロトの言葉と表情に、思わずキラは疑問を投げ掛けた。クロトは暫し沈黙していたが、やがて意を決したのか重い口を開く。

 

「ギルバート・デュランダルは、元々DNA解析の専門家として知られる有名な遺伝子学者だ」

「遺伝子学者……」

 

 クロトが言い淀んでいた意外な言葉に、キラは不穏な空気を感じ取った。キラにとってその言葉は、あの日以来決して逃れることが出来ない呪いを示すものだったからだ。

 

「あぁ。もしもデュランダルがコロニー・メンデルの関係者なら、多分本当の狙いは君だ」

「……で、でも、さっきは」

 

 ラクスやバルトフェルドとの会話で、クロトは犯人をデュランダルだと暫定的に仮定し、その狙いを真のラクス・クラインをこの世から消し去ることだと断言した。

 その推測はあまりにも独善的だったが理路整然としており、今この瞬間までキラも事実だと認識していたのだが、それは事実ではないというのがクロトの真の推測だった。

 

「君の存在は、絶対に表沙汰になっちゃ駄目だ。だからこの事は、僕と君だけの秘密だ」

「……分かった」

 

 強大な力は、時として人を神にも悪魔にも変える。

 密かにコロニー・メンデルで研究されていた史上最高の“スーパーコーディネイター”──その唯一の完成体“キラ・ヒビキ”。その力と存在が明らかになれば、誰もが彼女を求めるだろう。

 例えばラクス・クライン個人はともかく、その支持者であるクライン派が求めることは十分に考えられる。だからその秘密を知っている者は、一人残らず闇に葬り去る必要がある。

 それが今や地球の救世主として持て囃されている現プラント議長ギルバート・デュランダルであろうと、例外ではないのだ。

 

「脅かしてごめん。考え過ぎかもしれないけど、君には話しておかないと駄目だと思ったから」

「……」

 

 やがて部屋に灯っていた照明の一部が落とされ、甘い扇情的な香りがクロトを包み込んだ。

 

 〈16〉

 

 ただ一隻危険を伴う大気圏突入を敢行し、純粋な死傷者においては“エイプリルフール・クライシス”を上回る前代未聞の被害をもたらした“ユニウスセブン落下テロ事件”の対処に尽力したミネルバ出航の見送りを終えたカガリは、オーブ軍司令部で先日正式に婚約を発表したセイラン家の次期後継者であり、現オーブ国防軍副司令官のユウナ・ロマ・セイランに詰め寄っていた。

 

「これはどういうことだ! ミネルバが戦っているのか? 地球軍と!」

「そうだよ。オーブの領海の外でね」

 

 偉丈夫な紫色の髪をした甘い顔立ちの男──ユウナは自らに食って掛かるカガリを宥め、肩を竦めた。

 

「心配は要らないよ、カガリ。既に僕の指示で、領海線に護衛艦を出している。領海の外と言ってもだいぶ近いからねぇ。困ったもんだよ」

「ミネルバを領海に入れさせない気か? あれでは逃げ場も何も……。ミナ! 今すぐオーブ軍を引かせろ!」

 

 カガリは最高司令室の椅子に腰を下ろし、神妙な顔で二人の様子を伺っていたミナに叫んだ。

 本来であればオーブ国防軍総司令官であるミナは、副司令官であるユウナにとって立場上は上である。

 しかし五大首長の中でも実質的に最大勢力を誇っているセイラン家に、先の大戦で“ムルタ・アズラエルと一時手を結んでいた”というスキャンダルを抱えるミナが反発することなど出来ず、むしろロマの言葉に同調するかのように言い放った。

 

「可笑しな事をおっしゃりますね。“オーブは他国の争いに介入しない”──貴女の御父様が掲げたオーブの理念です」

「だが、前の大戦でオーブ軍はアークエンジェルを!」

 

 先の大戦で、アスラン・ザラ率いるザラ隊に撃沈寸前まで追い詰められていたアークエンジェルをオーブ軍が救ったという事実を持ち出し、カガリはミナに反論した。

 

「ええ。ウズミ様は二年前、ヘリオポリスでザフトの強奪から逃れたストライクとレイダーのデータを解析し、当時地球連合軍の志願兵だったカガリ様の妹君にモビルスーツのナチュラル用OSを作成させる為、アークエンジェルを救助されました。それが今回の件と何か関係が?」

「くっ……」

 

 ミナの事実を列挙した指摘に、カガリは口を噤んだ。

 当時カガリがキサカを連れて北アフリカで反ザフト系のレジスタンスに所属しており、低軌道会戦でクルーゼ隊の妨害を受けた結果、目的のアラスカから遠く離れた北アフリカに降下したアークエンジェルに乗艦していたことを、ミナは把握していた。

 そして公共回線で“カガリ・ユラ・アスハ”を名乗ったことで、ウズミが領海付近に展開していたオーブ軍を動かして、アークエンジェルを救援させたことも。

 そんなオーブにとって致命的と成り得る火種を抹消するため、数ヶ月前にキオウ家が“ODR”を動かして情報操作を行ったことは、ミナの記憶にも新しかった。

 勿論、表向きは地球の被害を抑えた武勲艦であるミネルバが領海から出た直後、地球連合軍とオーブ軍で挟撃するというユウナの手口は悪辣極まるものだが、少なくとも領海を侵入しようとする敵性勢力を排除するという思考は至極当然のものである。

 少なくともアスハ家の象徴である中立思想を捨てて親連合派に転向した人間が、それを安易な感情論で否定するものではないと考えたのだった。

 

「それに、正式に調印はまだとはいえ、我々は既に大西洋連邦との同盟条約締結を決めたんだ。なら今ここで我々がどんな姿勢を取るべきか、そのくらいのことは君にだって分かるだろ?」

「しかしあの艦は!」

「ザフトの艦です。カガリ様が昨日同盟を承認した大西洋連邦と敵対している、ね」

 

 どういう訳か2年前まで放任して育てられ、今も傀儡政治が肯定される程に実務力を疑問視されているカガリ・ユラ・アスハが国民の支持を得ているのは、ひとえにカガリが“ウズミの遺志を継ぐ者”にして“大戦を終わらせた英雄”だからである。

 裏を返せば、今のオーブ連合首長国はたとえ大国に逆らってでも中立の道を貫きたい者達によって構成されているのだ。

 国とは民であり、場所ではない。

 親連合を掲げて国民の支持を切り捨てたカガリも、そんなカガリを神輿に掲げたセイラン家も、そんなセイラン家に支配されたオーブ連合首長国も、今度こそ完全に滅びるだろう。

 何故なら今の世界情勢を操っているプラントの人間は、前代未聞の天才だからだ。

 もしも地球連合軍がアーモリーワン事変を起こさなければ、ザフトの早期介入でユニウスセブンの落下は阻止された可能性は高い。

 そうなれば万が一開戦に踏み切ったとしても、唯一ユニウスセブン落下の被害から免れたザフトが大きく国力を低下させた地球連合軍を撃破し、反地球連合の名を掲げて実質的に世界各地を支配下に置くという展開にならなかった。

 おそらくアーモリーワン事変──ユニウスセブン落下の部分的阻止──それに伴う開戦──地球連合の苦戦は全て連動している。

 純粋な国力では地球連合の圧勝であり、先の大戦でも全世界に戦略兵器“ニュートロンジャマー”を投下して優位に立ったものの、情報戦の敗北によるアラスカでの大敗とストライクダガーの完成以降は次第に追い込まれ、核兵器を超越した大量破壊兵器“ジェネシス”を持ち出すしかなかったのがザフトの実情である。

 今回ザフトが行ったのは、そんな戦略兵器や大量破壊兵器を一切使わずに地球連合軍を打ち破る為に考案されたのだろう、まさに常識外の戦略だ。

 正確な情報収集能力に加えて、まさに神懸かり的な洞察力と、それに身を委ねる程の自らに対する絶対的な自信がなければ、この戦略を実行するのは不可能だっただろう。

 ミナがこのプラントの大胆不敵な戦略に思い至ったのは、ここ数日の話である。アーモリーワン事変以来、各地で起こる全ての重大事件がその成否にかかわらず“ザフトの勝利”という一点で、都合が良いことにミナは気付いたのだ。

 そんな稀代の戦略家に、下手な策は通用しない。

 だからミナは唯一の失着だろう“ラクス・クライン暗殺事件”を未遂で終わらせた“クロト・ブエル”という未知数の存在に、ミナはオール・インすることに決めたのだった。

 完全に詰んでいる盤面──その状況を好転させるためには、盤上に混沌をもたらして失策を誘うしかないのだから。

 

 

「なんだ!? どうした!?」

 

 突如鳴り響いた警報に狼狽しているユウナと、同じく動揺しているカガリを横目にしながら、ただ一人事情を知っているミナは平然と通信回線を開いた。

 

『アンノウン接近中! アンノウン接近中! 目標は軍司令部と思われます!!』

『第一護衛艦群を出動、領海付近に展開している第二護衛艦群を呼び戻せ!』

『駄目です! 防衛網、突破されました!!』

『ディノ三佐に迎撃命令を出せ! 他の部隊も順次迎撃を!』

『了解! ……しかし、この反応は……』

 

 オーブ軍の厳重な防衛網に開いていた穴から接近する正体不明機の迎撃命令を終えたミナは、手元の受話器をゆっくりと降ろした。

 

「全く度胸のない男だ。これでは国など任せられんな」

「ミナ! お前の仕業か!」

 

 いつの間にか一人で逃げ出していたユウナを嘲笑いながら、かろうじて為政者としての及第点を示したカガリにミナは視線を向ける。

 亜音速で接近していた正体不明機はミナの背後で停止すると、強烈な風圧で強化ガラスが粉々に砕いた。正体不明機──レイダーをホバリング状態で維持させながら、コクピットからオーブ軍服を身に纏った赤髪の少年が姿を現した。

 

「そんなところだ。……もっとも、こんな強引な手口だとは思わなかったがな」

「こっちにも事情がありまして」

「何をする!? 放せ! この馬鹿!」

 

 万力の様な力で腕を掴まれたカガリは、まるで御伽話のお姫様の様に抱き抱えられ、レイダーのコクピットに放り込まれた。突如暴挙を行った少年に抗議するが、少年は有無を言わせない迫力で自らも乗り込んだ。

 そんな様子を呆れたように見ていたミナは喚き散らしているカガリを見据えると、わざとらしく大きな溜息を吐いた。

 

「──カガリ・ユラ・アスハ。貴様が戻ってくるまで、私が保たせてやる。それでも貴様が不甲斐ないようなら、私がこの国を頂く」

「何だと!?」

「少し外の世界を学んでこい。たかが北アフリカのレジスタンスに参加した位で、何かを知った気になるな」

「……くっ」

 

 ミナの言葉で大人しくなったカガリを横目に、クロトは空中でホバリング状態を維持していたレイダーを再び操縦し始めた。そして猛烈な速度で迫り来る真紅の機体を視界に捉えながら、スラスターを全開で吹かせた。




ヘリオポリス襲撃からメンデル編までダイジェストで振り返る、種運命特有の総集編的なアレです。

回想も含めて完全に保護者激怒な流れなのは気のせいです。

連合入りを表明した代表首長を拉致するレイダーという構図、原作以上に滅茶苦茶過ぎて世界に衝撃を与えそう。

次回はアレックスさんがオーブ軍の指揮官機として試作されたVPS装甲のオリジナル機体で襲って来ます。
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