逆襲のクロト   作:皐月莢

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仮面は嗤う、インド洋の闇

 〈22〉

 

 赤道連合領──スマトラ島。

 ブレイク・ザ・ワールドの後に大西洋連邦からの呼び掛けを受け、世界安全保障条約機構に加盟したこの国では、カーペンタリア基地を睨む要所として地球連合軍の軍事基地を建設する動きが秘密裏に進められていた。

 基地建設を行うにあたり、大規模な工兵部隊の投入はザフトに察知される危険性が高かったことから、地球連合は現地住民を強制的に徴用することで労働力を賄っていた。

 基地内部には最新鋭の量産型モビルスーツ“ウィンダム”が30機配備されており、他にもリニアガン、戦車といった陸戦兵器、外周には対空砲が配置されており、各地で敗退を続けている地球連合軍の反攻に繋がる礎だと期待されていた。

 そんな建設中の基地外周部にて、昼食を取るために出歩いていた二人の男は一人で海を眺めている奇妙な格好をした少女の後ろ姿を発見し、気紛れに声を掛けた。

 

「こんなところで何してんの? ねぇ」

「……。気安く話し掛けるな」

 

 つっけんどんに返答した少女の無愛想さと、それとは裏腹に高級店でも見掛けたことのない美貌に口笛を吹き、その姿を見て硬直した相棒の男を背に男は口説き始めた。

 

「可愛い子だなぁ。お兄さんと一緒に来いよ」

 

 男の所属する部隊は強襲揚陸艦スペングラー級“J.P.ジョーンズ”。

 先日上層部から直々に、地球連合軍の非正規特殊部隊である第81独立機動群に所属する“ロアノーク隊”の専用母艦に任命された精鋭部隊であり、男はその一員である。

 たとえ何かがあったとしても、泣き寝入りをするのは無力な一般人に過ぎない目の前の少女の方だ。

 男は肩を竦めた少女に手を伸ばそうとするが、あと一歩で触れられそうな距離まで近付いた所で、別方向から二人の少年が声を掛けた。

 

「止めといた方がいいよ。俺等は第81独立機動群で、その人は副隊長」

「ナンパしようとして大怪我した奴、結構いるんだぜ? 隊長も意外と気さくな人だけど、副隊長が絡むと怖えーからな」

 

 少年達の言葉に、男は思わずその場で凍り付いた。

 顔合わせこそまだだが、指揮官であるネオ・ロアノーク大佐と一部の人員を除けば、派遣されたロアノーク隊の構成員は全員10代の少年少女だという噂を男は聞いていた。

 非正規特殊部隊の主力構成員と、所詮はいくらでも替えの利く一般軍人。もしも何かがあったとすれば、消されるのは自分達の方だ。

 恐怖に包まれた男は相棒の男と顔を見合わせると、平身低頭して足早に立ち去った。

 

「お呼びが掛かったぜ、隊長から」

「また、戦争か」

 

 うんざりした口調で溜息を吐くと、カナードは天を見上げた。

 世界各地で苦境に陥っている地球連合軍の中で、唯一気を吐くロアノーク隊の副隊長として活躍しているカナードだったが、先程報道されたとんでもないニュースを見て憂鬱な気分になっていたのだった。

 

「……ま、俺等はそれが仕事だし。オーブで遊んでる裏切り者とは違うんだよ」

 

 カガリ・ユラ・アスハ代表首長拉致事件。

 オーブ連合代表首長であるカガリ・ユラ・アスハが突如出現した“レイダー”に乗った正体不明のパイロットに拉致され、そのままオーブ軍の追跡を振り切って逃亡したという前代未聞の事件である。

 この事件を引き起こした人物として、オーブ国内に存在する反セイラン派の有力者や前ブルーコスモス盟主などが容疑者に挙げられたが、いずれも関与を否定。

 オーブ国防軍司令官だったロンド・ミナ・サハクは事件の責任を取って職を辞し、代わってカガリの婚約者であり現オーブ宰相を父に持つユウナ・ロマ・セイランがオーブ国防軍司令官に就任したという。

 

「裏切り者か。……どうして私は何も思い出せないんだろうな」

 

 所詮は一介の地球連合軍人どころか、手続き上の関係で尉官を与えられているだけのカナード達にとって、オーブ国内の政治事情などどうでも良かった。

 むしろ親連合派であるセイラン家が政治・軍事の両面で頂点に立ったため、対プラント戦を見据える上では都合が良かった。問題は実行犯である正体不明のパイロットが、二年前に組織を裏切った“クロト・ブエル”だということだった。

 クロトはかつてブルーコスモスと地球連合軍が全ての個人情報を消去した人間兵器であり、その正体を把握出来た者は非常に少なく、その過去を含めて正確に把握しているのは同じ地球連合軍の暗部に所属しているカナード達だけだったのだ。

 とはいえ同じロドニア研究所で物心付いた頃から鎬を削った間柄の筈なのに、カナードは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「僕も全然覚えてないけどね-。覚えてるのはすげー先輩が3人いて、その中でも1人、飛び抜けてすげー奴がいたってことと、あんまりそいつがすげーモンだから、僕達の妹分だった奴が相棒として引き抜かれたってことくらいかな?」

 

 前ブルーコスモス盟主がその才能に目を付け、自らの直属兵として徹底的な人体改造と洗脳教育を施して造り上げた三体の生体CPU──“ブーステッドマン”。

 元はナチュラルだがコーディネイターと同等以上の身体能力を持ち、当時は未完成だったナチュラル用OSの代わりにコーディネイター用OSに似た専用OSを十全に扱い、個の力でザフト軍を圧倒した最強の人間兵器である。

 その初号機である“クロト”がほぼ単独でザフトを退け続けたその圧倒的な性能から、当初予定されていたスリーマンセル運用からツーマンセル運用に変更されたことで、カナード達の同期である“ステラ・ルーシェ”は四体目の被検体に選ばれたのだった。

 しかし不思議なことに、その()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それも単に忘れてしまったというより、まるで最初から記憶が存在しないような違和感があった。

 

「……妹分?」

「ひどいなぁ、ステラのことも忘れたの? ……あれ、でもカナードとステラが話したことってあったっけ?」

 

 アウルもカナードと同じく、奇妙に抜け落ちている過去の記憶に首を捻った。

 自分とステラ、スティングとステラが話していた記憶はぼんやりと思い出せるというのに、カナードとステラが話していた記憶だけは何一つ思い出せなかったのだ。同じ女性同士であるカナードとステラの会話が、一番記憶に残っていても不思議ではない筈なのに。

 アウルは何かを振り払うかのように首を振ると、一転して無邪気な顔で笑った。

 

「ま、もしもアイツが僕達の前に現れたら、殺さないとね。どうやって生き延びたか知らないけど、僕から母さんを奪った罪を償わせないと」

 

 2年と少し前──地球連合軍がプラント本国攻撃を最終目標としたエルビス作戦を発動し、各方面から集めた大戦力を月面基地プトレマイオスから出撃させた頃、アウル達が居たロドニア研究所は傭兵部隊“サーペントテール”の襲撃を受けた。

 突如襲撃を受けたロドニア研究所は壊滅し、アウルら極少数の人間だけが何とか研究所からの脱出に成功した。そして生体CPUとしては未完成ながら第81独立機動群に加入──既に被検体“スウェン・カル・バヤン”らによって、ノウハウが確立していた手術を伴わない洗脳教育と薬物投薬、軍事訓練を受け、第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦で奇跡の生還を遂げたネオ・ロアノーク大佐を指揮官としたロアノーク隊に加えられたのである。

 しかしブルーコスモス系の研究者達が孤児に非道な人体改造を施し、地球連合軍にモビルスーツの生体CPUとして出荷していたロドニア研究所の正確な位置は地球連合軍の中でも禁忌中の禁忌であり、地球連合軍上層部でも知っている者は数名である。

 そんなロドニア研究所の情報漏洩を行ったのは第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦の最中にクーデターを起こした“ブーステッドマン”の中でも、とりわけ単独行動が目立っていた“クロト・ブエル”であることに疑いの余地はなかった。しかし所詮クロトは耐用期間が差し迫っていた消耗品であり、とっくの昔に死んだ筈だった。

 だが“クロト・ブエル”は生きていた。

 所詮は籠の中の鳥であるアウル達とは異なり、人並みの自由を得て。

 

「夢みたいな話はその辺にしとけよ。あいつは俺が殺る」

 

 スティングはアウルに同調すると、獰猛に嗤った。

 唯一“クロト”の事を思い出せないカナードはアウルとスティングに笑い掛けると、それぞれの背中を軽く叩いた。

 

「第81独立機動群の敵はあくまでザフトだ。それを履き違えるなよ?」

 

 目的が分からない以上、余計な深入りは無用である。カナードはロアノーク隊の副隊長として、暴走するアウルとスティングに釘を刺した。

 露骨にふて腐れるアウルとスティングだったが、そんな二人を尻目にカナードは小首を傾げて呟いた。

 

「……クロト、か」

 

 カナードは“クロト”の事を何一つとして思い出せなかったが、かつて自分が誰かを倒そうとしていたことだけは覚えていた。

 裏切り者の生体CPUと蔑まれ、純粋な能力はカナードも上回っている自信はあったが、グリマルディ戦線で鮮烈な初実戦を飾り、第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦まで最前線で戦い抜く傍らで復讐を果たした“クロト”は紛れもなく“本物”である。

 上からの命令を聞くだけの“偽物”に過ぎない自分は、おそらくこの“本物”を倒そうとしていたのだろう。そしてその機会が、幸運にも再び舞い込んで来たのだ。

 生きている内は、まだ負けじゃない。

 カナードは不敵に嗤うと、ネオが待っているインド洋前線基地に向かって歩き始めた。

 

 〈23〉

 

 地球連合軍の物資流通ルートとして、ザフトが最優先攻撃目標と定めたスエズ基地を攻撃しているジブラルタル基地の駐留軍との合流を果たすため、補給と修理を終えたミネルバはカーペンタリア基地を出発していた。

 一方、上層部から地球連合軍を撃破したミネルバの攻撃命令を受けたネオ・ロアノークは地球上のJ.P.ポナパルトを受領すると共に、合流地点であるミネルバの航路付近で極秘裏に建設中だったインド洋前線基地に降り立つと、現地の司令官と接触を行っていた。

 そして先刻、インド洋前線基地の偵察部隊は領海近くで西に進むミネルバを発見したのだった。

 

「相手はボズゴロフ級とミネルバですよ? 当部隊の援護は不要だと? この前のオーブ沖海戦のデータを見ていないのですか?」

「君達は対カーペンタリア前線基地を造るために派遣された部隊だ。その任務も完了しないまま、無闇に戦力を減らす訳にはいかんだろう。それに、この基地の存在をザフトに悟られる訳にもいかんしな」

「は、はぁ……」

 

 第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦で顔面に受けた怪我を隠すためだという、奇妙な仮面を付けたネオの淡々とした言葉に、司令官の男は困惑した。

 てっきりロアノーク隊を援護するため、この前線基地の防衛戦力として配備されているウィンダムの貸与を命令されるのだと思っていたからである。

 地球連合軍上層部直属の特殊部隊の隊長と、前線基地の司令官。

 同じ大佐といってもどちらが権限を有していると問われれば答えは明白であり、ネオがその気になれば司令官の男が逆らうことは不可能だった。

 しかし目の前のネオ・ロアノーク大佐という男は自らの手柄を挙げることよりも、このインド洋前線基地の完成が優先だと判断したらしい。先の大戦で多大な功績を残し、第81独立機動群に抜擢されたという話は伊達ではないようだ。

 司令官の男が感心していると、ネオはこちらが本題だと言わんばかりに口を開いた。

 

「そんなことよりも、貴官に依頼した“ガイア”の改修はどうなっている? 改修が完了次第、こちらからミネルバに仕掛けるつもりだが」

「急ピッチで進めていますが、元々陸戦型の機体を空に飛ばすなんてバランスが無茶苦茶になりますよ?」

「このままでは連携が取れんからな。2年前なら有用だろうが、今は量産機まで空を飛ぶ時代だ。……ああ見えてパルス中尉は優秀だ。飛ぶ為に必要な推力さえ確保出来れば、後は自力で解決するだろう」

 

 ネオがロアノーク隊を率い、アーモリーワンでザフトから強奪した3機の最新鋭モビルスーツである“ガイア”“アビス”“カオス”。

 それぞれザフトの最新技術に加えて、オーブ系の技術者から持ち込まれた技術をふんだんに盛り込まれた高性能な機体である。しかしそれぞれ陸戦、海戦、宇宙戦において前大戦で活躍した“フリーダム”を凌駕する性能を誇っている一方で、汎用性という意味では重大な欠点を抱えていた。

 とりわけ3機の中で最軽量でありながら、大気圏内の飛行能力どころかホバー能力すら持たない“ガイア”を同部隊で運用し続けることは現実的に困難であり、ネオはこのインド洋前線基地の設備を用いて追加スラスターの増設を行わせていたのである。

 かつてネオがクルーゼ隊を率いていた時、GATシリーズの中では最も軽装のデュエルに追加装甲としてアサルトシュラウドを装備させ、火力と推進力を向上させたように。

 空戦能力を量産機にまで獲得させた地球連合軍の最新技術と、ガイアに内蔵されているパワーエクステンダーを搭載した大容量のバッテリー。

 本来陸戦を主眼に置いた機体であり、機体の重心バランスが完全に崩れてしまうことを除けば、スラスターを増設して飛行能力を獲得させることは十分可能だったのである。

 

「で、また私に無茶をしろって?」

「そんなところだ。君が留守番をしたいと言うなら、別に構わんがね?」

 

 無断で進められているネオの無茶振りに呆れながら、カナードは肩を竦めた。陸戦に最適化されているOSの改良に加えて、製造者であるザフトすら想定していないだろう空戦能力を後天的に付与されたガイア。

 ただでさえ二足歩行と四足歩行を使い分けるモビルスーツだというのに、更に操縦難易度が上がるという不測の事態をむしろ楽しむかのように、カナードは微笑んだ。

 

「ううん。レイダーって奴が飛ぶなら、私も飛ばないとね」

「ほう? 偉大な先輩を見習うという訳かね?」

 

 同じ漆黒の機体にして、汎用性の高いモビルスーツ形態と機動性の高いモビルアーマー形態を変幻自在に操り、空中戦を得意とする可変型モビルスーツ“レイダー”。

 その機体の名前を出したカナードに対してネオが冗談めかして笑うと、カナードは一転して冷ややかな口調に変わった。

 

「偉大な先輩? ただの裏切り者ですよ。……あいつを倒して、私は本物にならないと」

「……ふっ。君に狙われるとは、彼もよくよく運のない男だな」

 

 人工子宮研究の一環として──そしてアル・ダ・フラガの後継者を産み出す母体として造られたキラ・ヒビキの失敗作であり、遺伝子上は姉のカナード・パルス。

 ネオと同じくロード・ジブリールに回収され、アウルやスティングと同じくロドニア研究所で生まれ育った生体CPUとしての記憶を植え付けられた哀れな少女である。

 喪った記憶を取り戻すためには、相応のきっかけが必要だ。

 ネオにとってそれは細胞分裂を抑制する薬の副作用である激しい痛みに加え、自らを造り出した男と瓜二つな自分の素顔だった。

 カナードにとってそのきっかけが何であるのかネオには分からなかったが、キラ・ヒビキに対する執着心がきっかけの一つだろうということはカナードの反応から推測することが出来た。そしてその執着心が、記憶の改竄で別人に向けられていることも。

 相変わらず、私を楽しませる男だ。

 ネオは濡れ衣を着せられた少年の不幸に、思わず苦笑した。




というわけで種運命編から新たに登場する、ほぼ全てのエースから命を狙われているクロトでした。
名前だけの登場ですが、勿論スウェン組からも命を狙われている極悪非道の裏切り者です。

俺が知り合う女がさあ!!全員オレん事殺そうとしてんだけど!!ってヤツですね。

ネオもウィンダムを借りずにガイアを改修させる辺り、微妙にやる気の無さを感じますね。

【オマケ】
「君はラウだ」
「(俺はアル……!?)」
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