〈24〉
斜め上から振り下ろす様に放たれた斬撃を交い潜る様に回避し、アレックスは逆手に構えた黒い硬質ゴム製のトレーニングナイフを無防備な腹部に突き込んだ。
鳩尾に強烈な一撃を受けて蹲るクロトを前に、アレックスは溜息を吐いた。
アレックスは昨日行ったシミュレータ訓練に続けて、実戦感覚を取り戻すための射撃術、更にナイフ格闘術の実戦訓練をクロトと共同で行っていた。
ナチュラルとは思えない身体能力など目を見張る点はあったものの、客観的に見てザフト士官アカデミーで総合成績10位以内の証である“赤服”を着られるかどうかというボーダーラインである。この程度の実力ならイザークやニコル、ディアッカなどアカデミーの同期達の方が余程優秀だったと率直に感じた。
病み上がりとはいえ、これがかつてキラと共に自分達の前に立ち塞がった地球連合軍のエースパイロットの姿かと思うと、アレックスは少なからず失望した。
とはいえ基本的に何も考えておらず、モビルスーツ戦しか役に立たないのにその優れた才能を腐らせているキラよりは多少マシか、と思いながらアレックスは腰元のホルスターにトレーニングナイフを収納した。
多少手加減しても勝敗は目に見えているというのに、アレックスが敢えて本気を出したのは、賭けの代償としてクロトから聞き出したいことがあるからだった。額の汗を拭うクロトに、アレックスはまるで捕虜に行う尋問の様に問い質した。
「一つ聞きたい。“ファントムペイン”とは何だ?」
「あぁ? ……喪われた筈の身体が痛むってヤツか? 僕の無くなった眼球みたいに」
クロトの巫山戯たような口振りと態度に、アレックスは不快感を露わにした。
「ふざけるな。ミネルバで議長が口にしていた、アーモリーワンを襲撃した地球連合軍の特殊部隊らしい。……知らなければ、答えなくていい」
ギルバート・デュランダルの主導で開発されたザフトの最新鋭機“セカンドシリーズ”の内の3機が、プラントの軍事工廠“アーモリーワン”で強奪された事件。
それはかつてアレックスの行ったヘリオポリス崩壊事件を擬えるかのように、地球連合軍の特殊部隊が引き起こした重大事件だった。この船において、地球連合軍の内情に詳しい者はクロトを除いて他にいない。それが暗部であれば尚更である。
何かヒントにでもなれば。そう思ったアレックスの予想は、意外な方向で外れた。
「……隠すものでもねーか。
まさに確信に迫るクロトの解答に対して、アレックスは却って困惑した。多少噂を知っているどころか、あまりにも知り過ぎていたからだ。
「……なぜそこまで知っている?」
「知ってるも何も、
まるで釈迦に説法をしてしまった修験者の様な気分になりながら、アレックスは脳裏に浮かんだ疑問を口にする。
「お前はアズラエルの部下ではなかったのか?」
「厳密には
人類の有史以来から存在する、利潤確保を目的とした秘密結社“ロゴス”。
地球の政治経済を支配してきるロゴスは地球連合軍の中枢を完全にコントロールしていたが、ロゴスの支配が行き届かないプラントで独立運動が始まったことがきっかけで、より意のままに任務を遂行する精鋭部隊として“ファントムペイン”を創設した。
精強なザフトに対抗するため“ファントムペイン”では兵士を人為的に強化する試みが複数行われており、クロトもその中の一つ“ブーステッドマン”計画の被検体だった。
当時は地球連合軍内部でも“生体CPU”の存在が許容されるほど、ブルーコスモスの影響力が頂点に達していたことと、ブルーコスモス盟主であるムルタ・アズラエルが自ら現場に出るタイプの人間だったことから、その中でも特にモビルスーツの操縦と戦闘能力に特化した“ブーステッドマン”が抜擢されたのである。
とはいえ本来の“ファントムペイン”は、アーモリーワン事変の様な特殊任務を遂行する為に造られた部隊だと、クロトは認識していたのだった。
「だったら連中も、お前と同じ存在だと?」
自分は触れてはいけない禁忌に触れてしまったと感じつつ、アレックスは非道な行いを続ける地球連合軍とブルーコスモスを断罪するかの様に言い放った。
「どうだろうね。だって多くの犠牲を払って造った完成品が、
「……」
自嘲するクロトに対して、アレックスはそれ以上言葉を続けられなかった。何かを話せば話すほど、密かに対抗心を燃やしていた自分が惨めになりそうだったからだ。
「あー、疲れた。そろそろ飯にしよーぜ。今日のメニューはきつね丼だってよ。……きつね丼って何なんだ?」
「……きつねうどんだ」
どこかキラを思わせるクロトの天然な発言に、思わずアレックスは脱力した。
〈25〉
強襲揚陸艦J.P.ジョーンズを出撃し、有視界範囲にミネルバと随伴艦のボズゴロフ級潜水空母ニーラゴンゴを捉えたネオは、迎撃の為にミネルバから発艦した3機のモビルスーツを確認した。
真紅の“セイバー”、白と青の“インパルス”に加えて、橙色に彩られた重厚感のある形状のモビルスーツに、ネオを追うスティングは首を傾げた。
『なんだあの機体は?』
『アレはグフだな。量産機だが、基本性能はザクウォーリアを上回る機体だぞ!』
型式番号“ZGMF-X2000”──グフイグナイテッド。
ユニウス条約締結後に制式量産機候補として造られた試作機であり、最終的に量産性と整備性の悪さからザクウォーリアに制式量産機の座を譲った機体である。
しかし大気圏内の空戦能力を有するなど、ザクウォーリアを凌駕する性能を秘めた機体の凍結を惜しんだザフト上層部はこの機体を少数生産し、一部のエースパイロットに配備し始めていた。
そしてアーモリワン事変で負傷して戦線離脱したものの、先日行われたプラント本国の防衛戦で多大な功績を挙げたことで特務隊に昇進し、カーペンタリア基地で再合流を果たしたグラディス隊所属のハイネ・ヴェステンフルスもその一人だった。
『ふん、あんなヤツ!』
『カナード、スティングを援護しろ。私は馴染みの連中をやる!』
『了解!』
グフに向かうカオス、それにグゥルに搭乗する形で追従するガイアと別れ、ネオはジェットストライカーを装備したウィンダムを加速させる。
『レイ、お前は俺に付いて来い! シンは正面から突っ込んで来たヤツを排除しろ!』
『油断するなよシン! そいつは普通じゃない!』
『分かってる! こんな奴等に負けるかよ!』
インパルスから少し離れた距離で、カオス、ガイアの両機と中距離戦に移行したハイネとレイを横目に、シンは前方から迫り来る灰色のウィンダムにビームを連射した。
『では君の力を見せて貰おうか! ザフトのエース君!』
『なんだコイツ!? 速い!』
まるで放たれる前から回避を始めているかのような挙動のウィンダムに、シンは全てのビームを躱された。反撃で放たれたビームを咄嗟に機動防盾で防ぐが、対空ミサイルが着弾して体勢を崩される。
しかしシンは瞬時に体勢を立て直すと、対空ミサイルを放った隙を突いて再びビームを発射しようとし──舌打ちと共に急上昇してビームを回避した。
『くっ……!』
所詮は量産機と採算度外視で製造された試作機──最高速度、加速力、旋回能力のいずれにおいてもフォースインパルスが上回っている。だがネオはシンの攻撃を誘導・予測して事前に対応することで、その機体性能の差を埋めていた。
ナチュラルであることを隠すため、コーディネイター用に神経接続が最適化されたザフト製OSを用いるハンデを抱えながらザフトのエースパイロットに上り詰めたネオにとって、ナチュラル用に最適化されたウィンダムの操縦は手足の如く容易だったのである。
『ふっ、こんなものか!?』
互いに攻撃を防ぎながら、ネオはシンと接近戦に移行した。出力の差を生かし、強引に押し切ろうとするシンを嘲笑うかのようにネオは急降下すると、追撃しようとするシンの進行方向に無誘導ロケットを連発する。
誘導機能を持たない代わりに、対空ミサイルとは比較にならない威力を秘めたロケット弾はインパルスに強烈な衝撃を与え、バッテリーを大きく消耗させた。
『シン!』
『お前は目の前の敵に集中しろよ! ──そらぁ!』
カオスとガイアが放つビームの嵐を潜り抜け、ハイネはガイアの搭乗しているグゥルにスレイヤーウィップを振るった。先の大戦では大気圏内の飛行能力を持つ機体は極少数だったことから活躍したグゥルだが、現代においては既に型落ちである。
4機の中では明らかに鈍重なグゥルをスレイヤーウィップの先端で捕らえ、高周波パルスを発生させて真っ二つに両断する。
後はホバリングすら出来ない無力なガイアを海中に叩き落とし、カオスと空中戦を行っているレイを援護しようとしたところで、ハイネは驚愕の光景を目の当たりにした。
『くそっ、冗談じゃないぜ!』
スラスターを増設され、一回り大型化した姿勢制御ウィングが生み出す絶大な推力が本来大気圏内では飛行出来ないガイアの体勢を立て直し──大空を舞わせた。
それはギリシア神話における地母神であり、大地の象徴と呼ばれるガイアが、本来は文字通りの大地ではなく〈天を含めた世界そのもの〉を象徴していることと、天空神ウラノスの母であることを具象化したような光景だった。
グゥルで飛行する傍ら、ガイアのOSを書き換えて空中戦にも対応させていたカナードは、反応が一瞬遅れたグフの右腕をビームライフルで撃ち抜いた。
続けて
千載一遇のチャンスを逃し、カナードは通信回線を開いてセイバーと対峙している筈のスティングに叫んだ。
『何をやっている、スティング!』
『悪いっ、こんなはずは……!』
カナードが上空に視線を向けると、機体の一部を喪ったカオスがセイバーの攻撃から逃げ惑っていた。
ドラグーンの発展兵器である機動兵装ポッドを搭載し、そのオールレンジ攻撃能力で宇宙戦において真価を発揮するカオスと、大気圏内外問わず空中戦を得意とするセイバーでは高い空戦能力を持つ機体同士といっても、明確な差があったのである。
『だったら私が代わってやる!』
圧迫される様な気配を感じながら、カナードはガイアを急上昇させてセイバーに斬り掛かるが、レイは空力防盾で攻撃を防ぎつつ近接防御機関砲を連射する。カナードはガイアを反転させて攻撃を回避してビーム突撃砲を放つがスライドで回避され、再び距離を開けられてしまう。
『ネオ! スティングの機体が負傷した!』
『──ふむ、そろそろ潮時か』
純粋な技量では、インパルスのパイロットはレイを下回っている。
しかし
ネオは再び行われたシンの突撃を受け流すと、ハードポイントに搭載した各種ミサイルを全弾発射した。爆風と共に激しい水飛沫が上がり、シンの視界が遮られる。
『くそっ、逃げる気か!』
『ふふ、これは戦略的撤退だ!』
ネオが本来陸戦機であるガイアを改修してまで空戦機を3機揃えたのは、ミネルバの主戦力を自分達に引き付けるためだった。
地球侵攻の意図はないと証明するため、ザフトの水中戦量産機は開発が進んでおらず、未だ先の大戦で地球連合軍の水中戦量産機ディープフォビドゥンに惨敗したグーン、ゾノが現役であり、その系譜の最新型であるアッシュもあくまで水陸両用機である。
つまり水中戦においてアビスに匹敵するザフトの機体は、換装によって全環境に対応可能なインパルスを除いて存在しなかったのだ。
『調子に乗ってくれちゃって! ……そんな、ニーラゴンゴが!?』
『あっはっはー!! 僕を舐めんなよ!』
ビームランス片手にグーンやゾノを蹴散らし、唯一水中戦でも使用可能な無反動砲を抱えて水中に飛び込んできた赤いザクウォーリアを一蹴したアウルは、無防備なニーラゴンゴの船底に高速誘導魚雷を叩き込んだのだった。
実際クロト達はファントムペインなんだろうか……?
クロトとネオが内情に詳しいので、ファントムペインもシンがインパルスに乗ってる理由も解説してくれます。