〈26〉
スカンジナビア半島には、その名を国名に掲げたスカンジナビア王国が存在する。
先の大戦ではオーブ連合首長国、赤道連合と並んで中立を掲げていたが、大戦の最中に地球連合に加盟した国である。停戦後、地球連合から独立すると共に再び中立宣言を行い、ユニウス条約の締結に尽力したこの国は、ユニウスセブン落下テロ事件を受け、地球連合が提唱した“世界安全保障条約機構”に加盟し、再び地球連合の同盟国となった。
しかしクライン派の祖であるシーゲル・クラインを排出したスカンジナビア王国はクライン派の政治家と古くから交流があったため、クライン派の英雄であるラクス・クライン擁する“イズモ”を匿っていた。
本来であれば偽者のラクスを用意し、その影響力を利用するプラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルの背景を探る予定だったのだが、バルトフェルドは足踏みを余儀なくされていた。
状況が分からない中、下手に動けばスカンジナビア王国がユーラシア西部で大攻勢を続けているザフトの標的として狙われる可能性が高かったからだ。
そんな中、バルトフェルドから情報を得たクロトは周囲の反対を押し切り、とある地点に潜入する最終準備を行っていた。
「じゃ、偽者の面を拝みに行って来る」
ユーラシア西部の黒海沿岸に存在する町──ディオキア。
ジブラルタル基地から進軍した部隊が地球連合軍を撃破し、スエズ基地包囲網を敷くために軍事基地を建設したこの地では、近々ラクス・クラインの慰問ライブが行われると掴んだのである。加えてデュランダル自ら慰問会を行うという情報も流れており、手掛かりを掴む為にクロトとキラは現地に飛んだのである。
本来は制式仕様機のオプションである副翼を装備することで、バッテリー機でありながら単純な航続距離は核動力機に迫るレイダーであれば、無補給でスカンジナビア王国とディオキアを往復することが可能だったのだ。
「無茶はしないで」
「分かってる。君も気を付けて」
クロトは不安そうなキラの額に唇を落とすと、バックパックを背負ってレイダーのコクピットから身を翻し、ディオキアの町の程近くに存在するなだらかな山脈を降り始めた。
目的は数日後に慰問会及び慰問ライブが行われるディオキアの町に潜入し、デュランダル議長及び偽者のラクス・クラインについて調査することである。
〈27〉
中東地域──カスピ海に面した都市、ガルナハン。
この地には雄大な山岳内部を掘削して建設された地球連合軍の要塞が存在しており、中東地域における地球連合軍が保有する最大拠点のスエズ基地と共に、ザフトの対ヨーロッパ最大拠点であるジブラルタル基地を睨みつつ、ザフトが戦局を優位に進めている西ヨーロッパ戦線の補給路を兼ねた要所である。
ザフトは先の大戦でも最優先制圧目標だったスエズ基地を攻略する布石として、このガルナハン要塞の制圧作戦を発動していた。
しかし地熱を用いたエネルギー施設を有したこの要塞では、潤沢なエネルギーを生かして大型陽電子破城砲“ローエングリン砲台”が配備されており、同じく配備された拠点防衛用試作型モビルアーマー“ゲルズゲー”やウィンダムが登場するまで地球連合軍の主力量産機だった“ダガーL”や対空砲など、強固な防衛力を誇っている。
ガルナハン基地攻略を任された、ザフト軍マハムール基地の司令官ヨアヒム・ラドルはラドル隊旗艦のレセップス級戦艦“デズモンド”を駆り、地元レジスタンスと共同戦線を張ってこの要塞の攻略を行ったが、強力な防衛部隊の前に大敗を喫していた。
本来ザフトの戦闘教義であれば、軌道上から大規模な降下部隊を投入して電撃戦を展開するのが常套手段だったのだが、名目上あくまでザフトは地球連合軍の横暴に抵抗する現地レジスタンスの支援を行うというものだったため、ラドルの上申した降下作戦の実施は見送られていた。
とはいえ、今後更に激化するだろう地球連合軍の戦いを見据えた上で、ガルナハン要塞の攻略は必要不可欠だと判断したプラント最高評議会はデュランダルの提案で、先日行われたインド洋の戦闘でボズゴロフ級潜水空母を喪い、補給のためマハムール基地に立ち寄っていたグラディス隊に支援させることを決定したのだった。
「私達にそんな道作りをさせようだなんて、いったいどこの狸が考えた作戦かしらね。……ま、こっちもそれが仕事と言えば仕事なんだけど」
「ではこちらも準備がありますので、作戦日時はまた後ほどご相談しましょう。我々もミネルバと共に今度こそ道を開きたいですよ」
作戦室から一旦退出したタリアは、作戦会議に同行していたハイネを従えながら軍港で補給を受けているミネルバに足を進めていた。かつてタリアとハイネはグラディス隊の上司と部下という上下関係だったが、今は同じ特務隊員に任命された相手である。
特務隊員は個人で行動の自由を持ち、その権限は通常の部隊指揮官より上位に位置付けられており、作戦の立案及び実行の命令権限まで有している。
要は1つの戦術部隊に複数名の特務隊員が存在すれば二重指揮問題が存在することになり、元々組織として運用するために必要最低限の軍規しか存在しないザフトにおいても、あまり好ましい状況ではない。とはいえ、ハイネ本人はモビルスーツ隊の現場指揮以上のことをするつもりはなかったため、実質的にタリアがグラディス隊全体の指揮を行っていたのだが。
「立場の違う人間には見えてるものも違うってね。現場はとにかく走るだけですよ」
「分かっているわ。……要するに議長はミネルバに、アークエンジェルの真似事をさせたいんでしょうね」
先の大戦で地球連合軍、オーブ軍、三隻同盟と様々な勢力を渡り歩いた末に復隊した奇跡の不沈艦──アークエンジェル。
特に対ザフトの観点で見たアークエンジェル最大の功績は、当時北アフリカで快進撃を続けていた“砂漠の虎”率いるバルトフェルド隊を現地レジスタンスと共同戦線を展開し、ザフトが優位に進めていた北アフリカ戦線を停滞させたことだった。
元々は低軌道会戦の大敗に伴い、アラスカ基地降下を失敗したため偶発的に起こった戦闘だったが、最終的にアラスカ基地攻略戦の最中に地球連合軍を脱走するまで、大いに地球連合軍の戦意を高揚させたのである。
強奪を逃れた最新兵器を運用──偶発的に起こった戦闘──現地レジスタンスとの共同戦線──偶然にしてはあまりにも多いミネルバとアークエンジェルとの共通点。
それは広報活動で国民の関心を引き、独自の政治基盤を持たないにも関わらず議長の座を射止めたデュランダルらしいやり方だとタリアは自嘲した。
実際、地球連合軍の核攻撃を抑止している戦略兵器ニュートロン・スタンピーターが一発限りの隠し球であり、実際には既に張り子の虎に過ぎないザフト軍はプラント防衛に多大な戦力を割く必要がある上に、本来圧倒的な戦力を誇る地球連合軍に対して持久戦を挑む余裕は全くなかったのである。
現在ザフトが地球連合軍との戦いを優位に進めているのは、ユニウスセブン落下テロ事件で一時的に地球連合の国力が大幅に低下しており、世界各地で厭戦気分と反地球連合の機運が高まっている偶然の結果に過ぎないのだから。
〈28〉
ガルナハン要塞攻略作戦の詳細説明を前に、レイと共に作戦室に向かっていたシンは廊下に佇んでいる奇妙な少女を発見した。
その茶色い髪の少女を、ガルナハンに住んでいる子供が何かの手違いで迷い込んだのだろうと考えたシンは砕けた口調で声を掛けた。
「こんなところで何をしてんの? 迷子?」
「迷子じゃない。私はコニール=アルメタ。あんた達ザフトの現地協力員だ」
「現地協力員って、つまりレジスタンスだろ? 君みたいな子供が?」
「私はもう子供じゃない」
ガルナハンは元々、数少ない親プラント国家で知られていた汎ムスリム会議が保有している領地である。
汎ムスリム会議は先の大戦時に地球連合の圧力に屈して連合に加入しており、現在も地球連合と同盟関係の国家であることを名目に、同盟締結直後からユーラシア連邦軍が駐屯していた。その為、反発した現地民の多くはレジスタンス活動を行っており、ユーラシア連邦軍もレジスタンスやレジスタンスに協力する民間人に対して、暴行事件を起こしていたのである。
まだ弱冠14才であるコニールも、そんなユーラシア連邦軍を排除するために反連合のレジスタンス活動を行っており、今回ラドル隊とグラディス隊がガルナハン要塞陥落作戦を実行するための現地アドバイザーとして招聘された少女だったのだ。
「これがガルナハン・ローエングリンゲートと呼ばれる渓谷の状況だ。この断崖の向こうに町があり、その更に奥に火力プラントが存在する。こちら側からこの街にアプローチが可能なラインはここだけだ」
ガルナハン要塞陥落作戦において、攻略部隊の現場指揮を担当するハイネが作戦室で状況説明を行い始めた。
「が、敵の陽電子砲台はこの高台に設置されており、隠れられる場所はない。長距離射撃で敵の砲台、もしくはその壁面を狙おうとしても、この要塞にはモビルスーツの他にも陽電子リフレクターを装備したモビルアーマーが配備されており、有効打は望めない。そこで今回の作戦は──」
「要はそのモビルアーマーをぶっ飛ばして、砲台をぶっ壊し、ガルナハンに入ればいいんでしょ?」
前置きを終えて本題に入ろうとしたハイネの言葉を、シンは面倒臭そうに頭を掻きながら遮った。それを見たレイは呆れた様に肩を竦め、ハイネは可笑しそうに笑う。
「そう上手くいかないから、こうやって作戦会議をしているんだ」
「俺達ならやれますよ。やる気になれば」
「いいねぇ。そーいう奴は俺も好きだぜ。……とまぁ、冗談は程々にしておいて。じゃあコニールちゃん、続きを頼むぜ?」
ハイネに促されたコニールは一歩前に進み出て、モニターに表示されているローエングリンゲートが設置されている渓谷の一点を示した。
「え、ええ。……ここには地元の人もあまり知らない坑道があるんだ。中はそんなに広くないから、もちろんモビルスーツなんか通れない。でも、これはちょうど砲台の下、すぐ傍に抜けてて。今、出口は塞がっちゃってるけどちょっと爆破すれば抜けられる」
「モビルスーツが通れないってのに、いったいどうやって? モビルスーツ隊で敵を引き付けたとしても歩兵じゃ蜂の巣ですよ? ……まさか」
モビルスーツのサイズは用兵の都合上、基本的に大きさは変わらない。特にモビルスーツに偏重しているザフトでは尚更だ。
あえて例外を挙げるとするなら、コアスプレンダー、チェストフライヤー、レッグフライヤー、シルエットフライヤーの4機が個々に飛行能力を有するインパルスくらいか。正解に辿り着いたレイに対して、ハイネは口笛を吹いた。
「そのまさかだ、レイ。モビルスーツなら無理でも、インパルスなら抜けられる。俺達は正面で敵砲台を引き付け、敵を引き離す。突破が遅ければ俺達は追い込まれるし、速過ぎれば引き離し切れない。タイミングが重要だぜ?」
あえて同じ陽電子砲を持つミネルバを中心としたグラディス隊、ラドル隊の合同部隊で正面攻撃を仕掛け、ゲルズゲーを含む敵の防衛部隊を出撃させる。
一方インパルスは分離した状態で坑道内を抜け、防衛部隊が引き返してくる前にガルナハン要塞防衛の要である陽電子砲台を迅速に破壊する。後は適宜防衛網を突破して包囲殲滅するという作戦だった。
「この作戦が成功するかどうかはそのパイロットに懸かっているんだろう? 大丈夫なのか? こんな奴で」
圧倒的な破壊力を誇る陽電子砲の脅威に晒されながら、敵の防衛部隊を引き付けなければならないグラディス隊やラドル隊の働きも重要だが、それ以上にインパルスの働きは重大なものである。失敗すれば二度と同じ手段は使えない上に、グラディス隊やラドル隊はもちろん、作戦に協力したレジスタンスに対する弾圧は更に激しさを増すだろう。
「隊長はあんたなんだろ? じゃああんたがやった方がいいんじゃないのか? 失敗したら街のみんなだって今度こそマジで終わりなんだから!」
緋蝶のハイネと謳われる異名を持ち、先の大戦でも第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦に参加した歴戦のパイロットであり、プラント本土防衛戦で多大な戦果を挙げて特務隊に選出されたザフトでも屈指のエースパイロットである。
偶々セカンドシリーズのパイロットには選ばれなかったが、純粋なパイロットとしての技量はまだまだ新米に過ぎないシンやレイを凌ぐ実力者なのだ。
「俺にインパルスの適性があればそうするんだけどねぇ。……せっかくデータを用意してくれたコニールちゃんには悪いけど、俺達3人で上空から攻略するって手もある。どうするかはお前が決めろよ、シン」
AIの補助があるとはいえ、最大4機を同時に操作しなければならないインパルスを操縦するためには一定以上の空間認識能力が必要であり、特に今回の様な軽度の操作ミスすら許されない状況下では、極めて高い適性が必要である。
もちろんハイネも高い空間認識能力を有していたのだが、純粋な技量だけではなく適性を見込まれてインパルスのパイロットに抜擢されたシンには及ばなかったのだ。
とはいえ代替案である、少数精鋭のモビルスーツ部隊で強襲する作戦もシンには上手くいくとは思えなかった。そんな単純な力押しの作戦が成功するなら、先程レイも言っていたように作戦会議など行う必要などないのだから。
「わかりましたよ! やればいいんでしょう!」
「よーし、その意気だ。コニールちゃん、データをシンに渡してやってくれ。あのキモいモビルアーマーは俺が抑えるから、他は頼むぜ?」
インド洋の戦いで真っ先に危なくなったのは誰なんだと思いながらも、自分も隊長機とはいえウィンダム1機に抑えられていたことを思い出したシンは言葉を呑み込んだ。
『ゲルズゲーを戻せ。ダガー隊は何をしているか!?』
昆虫の様な外観の下半身に、人型の上半身。
この機体はオーブ沖海戦でシンを苦しめた“ザムザザー”と同じ、アドゥカーフ・メカノインダストリー社が開発した拠点防衛用モビルアーマー“ゲルズゲー”である。
この機体はユニウス条約で解体が決まったストライクダガーの上半身を自衛兵装ユニットとして流用している他、六脚の安定性を生かした高い踏破性や底部スラスターによる空戦能力を有しており、両肩部及び下半身中央の発振機からミネルバのタンホイザーすら防ぎ切る陽電子リフレクターを装備したモビルアーマーから放たれた光弾が、ラドル隊の繰り出したモビルスーツ部隊を次々に破壊する。
本来であれば従来のモビルアーマー同様に接近戦には不向きな機体なのだが、両脇を固めるダガーLで構成された直衛部隊がグラディス隊の接近を許さない。単純な戦力的にはむしろザフトが勝っている位だったのだが、強烈な威力を誇るローエングリン砲の援護射撃がその戦力差を埋めていた。
しかしそのローエングリン砲は突如足下から現れたインパルスの光弾を受け、大混乱に陥った要塞司令部とは裏腹に沈黙する。
『アイツが下がる! 隊長っ!』
『ザクとは違うんだよ! ザクとは!!』
ハイネは司令部の援護に戻ろうとしたゲルズゲーの僅かな隙を突き、左肩部を陽電子リフレクターの効果範囲外から滑り込ませたビームソードで斬り飛ばすと、その直後にセイバーの放ったプラズマ収束ビーム砲がコクピットを貫いた。
防衛の要であるローエングリン砲とゲルズゲーを喪失した地球連合軍は統制を喪い、後方で待機していたラドル隊が司令部を制圧すると共に、ガルナハンの町を解放した。
『二人ともよくやってくれた! 後はラドル隊に任せて帰投するぞ!』
『ええ、隊長もお見事でした。……シン?』
レイは何故かコクピットの中で沈黙しているシンに視線を向けると、インパルスが向いた方向の先で行われている惨劇を見た。
「連合は皆殺しだ! 一人も逃がすな!!」
撤退が遅れて取り残された地球連合軍人を拘束し、まるで新しい玩具を見付けた子供の様に嬉々として処刑するレジスタンス達の姿がそこにあった。その者達の中には、先程自分達に連合軍の悪逆非道を訴えていたコニールと名乗る少女の姿もあった。
こんな連中の為に、自分達は命を賭けたのか。
目の前で行われる惨劇に、レイとシンはただ沈黙するしかなかった。
原作ではいい感じだけど、実は派手にヤバいガルナハン編です。
種編で例えるなら、明けの砂漠がアークエンジェルに敗北したバルトフェルド隊を処刑してる中、キラくんがドヤ顔してるみたいな展開ですので。これが主人公の姿か……?