〈32〉
ディオキアの街が闇に包まれていく中、仮面の代わりにサングラスを掛けたネオと共に、レイは繁華街の片隅にある寂れたバーの最奥のテーブル席に腰掛けていた。
店内には二年ぶりに発売された“平和の歌姫”の新曲が全てを覆い隠すかのように鳴り響き、設置された古い型のテレビからは、慰安ライブの後にデュランダルが行った演説の映像が流れている。
「……生きていたんですね、ラウ」
「今の私はネオ・ロアノークだ」
レイはロックで提供された安酒を嗜みながら、その報道を見て微笑むネオを見た。その何処か皮肉交じりな言葉と、優雅な佇まいはレイの記憶の中に存在するラウと寸分違わぬものだった。
『──何故我々は戦い続けるのか。何故戦争はなくならないのか。私はラクス・クラインと共に、戦争は嫌だと、もう御免だと叫び続けるだろう!』
「馬鹿だからさ」
画面の中でラクスと共に訴え掛けるデュランダルを見ながらグラスを片手に呟くネオに、レイはその真意を問い質した。
「どういう意味ですか?」
「言葉通りだ。ジブリールが馬鹿だから戦争はなくならない」
決して一枚岩ではない地球連合軍にとって、唯一無二の切り札である“核兵器”。
ザフトがその対策を取らないまま、“地球にユニウスセブンを落としたテロリストは全員死亡した”などという挑発的な言動を行う訳がないのは、ネオの中では自明だった。
切り札には切るべき時期がある。
地球連合が“ブレイク・ザ・ワールド”の被害から完全に復興した上で、プラントの要人だろうテロリストの支援者を特定してから戦いを始めれば、今度こそ世界の敵としてプラントを完全に滅ぼすことも出来ただろうに。
激情家で劣等感の塊の様な男だが、曲がりなりにも地球連合を纏め上げてプラントに対抗した“前任者”とは指導者としての器が違うとネオは自らの上司を嗤った。
「……だったら、どうして連合に?」
「さぁな。気付けばロード・ジブリールの手駒だった。デュランダルなら“それが君の運命だ”と笑うだろう」
記憶を取り戻したネオはジブリールの目を盗んで自身に関する調査を行ったが、実際に“ネオ・ロアノーク”という男が何処かに存在する訳ではなかった。
おそらくジブリールは第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦で回収した優秀な人間に“ネオ・ロアノーク”という人間の記憶を植え付け、自らの手駒にしようとしたのだろうとネオは推測した。
アズラエルが自分の飼い犬に噛まれたのは、彼らの反逆の牙を見落としたからであり、予め自分に忠実な人間だという記憶を植え付けておけば何の問題もないということだろう。
それがたとえ“ラウ・ル・クルーゼ”だろうが。
「プラントに戻りましょう。俺からギルに話します」
「ふふ。デュランダルは私を歓迎しないだろうな」
「……それは……」
プラントと地球連合で締結されたユニウス条約に伴い、国際法廷は開かれず戦争犯罪人は国家毎に裁判に掛けられることになった。
しかし地球連合軍と異なり、義勇軍であるザフトは戦争犯罪という概念がそもそも存在しなかったため、その裁判は所在国の裁量で行われるという茶番に近い代物だった。
民間人虐殺に問われたイザーク・ジュール、脱走罪に問われたニコル・アマルフィを中心に、ザフト側の戦争犯罪人は極刑すら言い渡されながらも、議長の特権で恩赦を与えられるという法治国家としては有り得ない措置が取られた。
そしてその理由が“まだ子供だから”という、15才以上を成人と定めるプラントの理念と矛盾するものだったことは、ザフトに大きな影響力を持つ旧ザラ派からも支持を集める一方で、クライン派からは大きな批判を受けた。
一方で被疑者死亡の戦争犯罪人──特にパトリック・ザラとラウ・ル・クルーゼはザフトの犯した戦争犯罪の大半を命令、あるいは実行した重大な戦争犯罪人として扱われ、その名誉を徹底的に貶められた。
そのパトリック・ザラに対する不当な扱いが旧ザラ派の反発を招き、後の“ブレイク・ザ・ワールド”に繋がったのだろうとプラントの一部では囁かれていたが、もう1人の戦犯であるラウ・ル・クルーゼに対する擁護は一切行われなかった。
パナマ基地攻略と見せ掛け、アラスカに存在していた地球連合軍最高司令部を強襲する“スピット・ブレイク”の情報漏洩や、“ニュートロンジャマー・キャンセラー”の技術流出はいずれもラウが主導したものだと公表されたからである。
もっとも前者はまだしも、後者は“ニュートロンジャマー・キャンセラー”を核兵器に転用した地球連合や、先に核の力を軍事利用した上で、核兵器を遥かに超える大量破壊兵器を密かに製造していたプラントに批判される筋合いなどないとネオは考えていた。
この世界が優しければ、自分は“ニュートロンジャマー”の大量投下が引き起こした“四月一日危機”を終わらせた平和の使者と呼ばれる可能性もあったのだ。
「残念ながら私には退けない理由がある。たとえ君と戦うことになろうともね」
第81独立機動群──通称“ファントムペイン”。
アーモリーワンを強襲した特殊部隊であり、世界各地で苦戦している地球連合軍において唯一気を吐いているこの部隊は、今後もグラディス隊の前に立ち塞がるだろう。
そうなれば自分はグラディス隊の一員として、再びネオと戦わなければならない。余裕の態度を崩さないネオに対して、レイは何かを確認する様に言った。
「……やっぱり、あの娘は」
「あぁ。……カナード・パルスだ」
当時ザフトの前身である“自由条約黄道同盟”に所属し、プラント理事国の内情を探っていたネオはユーラシア連邦の某研究所に行方不明になった“キラ・ヒビキ”が囚われているという情報を入手し、密かにその調査を行っていた。
しかし研究所で非人道的な実験を受け、脱走しては捕らえられていた黒髪の少女が“スーパーコーディネイター”の失敗作である“カナード・パルス”だと気付いたネオは少女に“キラ・ヒビキ”の存在を語り、キラを見付けるための手掛かりにしようとした。
だが、少女はその言葉を聞いた直後にユーラシア連邦軍の追手と応戦していたネオの前から姿を消した。
そしてユーラシア連邦軍の特殊部隊に所属していた少女が、ジブリールによってロドニア研究所で造られた生体CPUであり、ロアノーク隊の副官であるという偽りの記憶を植え付けられ、再びネオの前に姿を現したのである。
「彼女を連れて脱走は?」
「無理だな。少なくとも、今は」
ネオが記憶を取り戻した様に、ジブリールがネオやカナード達に施した洗脳は完璧ではなかった。
それでも記憶を取り戻すまではジブリールに対して絶対的な忠誠心を抱いていたのは事実だったし、たとえ上官のネオであってもジブリールに対する反抗の意思を示せば、カナード達が自分を始末するのは確実だとネオは感じていた。
だから今のネオに出来ることはロアノーク隊の指揮を取る傍ら、洗脳から解放する術を探すしかなかったのである。ネオが記憶を取り戻したのはあくまで偶然に偶然が重なったものであって、決して再現性があるものではなかったのだ。
「……俺は……」
あえてネオが厳戒態勢が敷かれたディオキアの街に潜入してまで、わざわざレイに接触を図った理由は事情を説明する為だった。
先日行われたインド洋の戦いでも、3機のセカンドシリーズを有しているとはいえ“ニーラゴンゴ”をあっさり沈めた手腕は凄まじいの一言である。細胞的には老年のナチュラルでありながらザフトでも屈指のエースパイロットであり、ザフトの内情にも詳しいラウの手に掛かれば、今度こそグラディス隊は全滅してしまう可能性があったのだ。
「……俺にも、退けない理由があります。たとえ貴方を討つことになったとしても」
「そうか。……残念だ」
しかしセイバーのパイロットである自分がザフトを抜ければ、貴重な戦力を失ったグラディス隊は高確率で全滅するだろう。
躊躇いながらも提案を拒絶したレイに対して、ネオは溜息を吐きながら酒を口に含むと、何処か嬉しそうに笑った。
〈33〉
デトロイトの中心部に存在する高層ビルの最上階で、金髪の男がヒステリックな形相で受話器に叫んでいた。
『僕はもうブルーコスモスとは関係ないと言っただろう! 忌々しい宇宙の化け物に好き放題されてるのは、あんた達ロゴスの怠慢だよ!』
『しかしねぇ、ムルタ君。私達としては戦争は望まない立場にいるのだから、暴走する彼を君に抑えて貰いたいんだよ』
『よくしゃべるっ!』
受話器を叩き付け、強引に通信を切電した金髪の男は大きく溜息を吐いた。
男の名前はムルタ・アズラエル。アズラエル財団の御曹司であり、このデトロイトの地に本拠を置く大手軍需産業の経営者である。
また反コーディネイター・反プラントを掲げる政治団体“ブルーコスモス”の前盟主であり、盟主時代は“ロゴス”の一員として活動していた男である。
特に大西洋連邦に大きな影響力を持っていたアズラエルは自身の諜報網を通じて“スピット・ブレイク”の実態を掴むことで、一部のユーラシア連邦軍を生贄にザフトの地上部隊を壊滅に追い込み、その後無断で大西洋連邦の技術盗用を行っていたウズミ政権を打倒すると、ビクトリア基地を奪還して地球連合軍の宇宙進出を成功させた。
その後、ニュートロンジャマー・キャンセラーを入手し、同じく
しかし最終的に三隻同盟と協力して“ジェネシス”を破壊し、更にユニウス条約の締結にも貢献した“平和の使者”として知られる男である。
「くそっ……! 馬鹿共が……!」
もっとも、これは
当然ながらアズラエルは“ジェネシス”の存在など一切掴んでおらず、ボアズ要塞やヤキン・ドゥーエ要塞の攻略を断念して防衛網が手薄なプラント攻撃を主張し、部下に命じて“ドミニオン”を制圧しようとしたところでクーデターを決行され、その後はCIC内部に拘束されたまま停戦を迎えたというのが実情である。
しかし未だ健在なザフト宇宙軍に対して、二度に渡る“ジェネシス”の砲火で壊滅した地球連合軍。それに加えて三隻同盟と合流した部下の活躍で“ジェネシス”の破壊が成功したことで、その馬鹿げたシナリオを呑まざるを得なかったのだ。
もしも更なる戦火を起こそうとすれば、コペルニクスの悲劇から始まる未曾有の絶滅戦争を終結させた“平和の使者”の実態を公表するという脅迫を受けたアズラエルには、他に選択肢などなかった。
もちろん反コーディネイター・反プラントを掲げるブルーコスモスにおいて、プラントとの停戦交渉に携わったアズラエルは大きく批判を受けることになり、ロード・ジブリールとの勢力争いに敗れて盟主の座を譲り渡すことになった。
最終的にブルーコスモスから完全に追放され、ロゴスとの繋がりこそ続いているものの一経営者に戻ることを余儀なくされたアズラエルだったが、本業である軍需産業の業績はつい最近まで好調が続いていた。
「──アズラエル様。まもなくコープマン大統領との面会時間が迫っております」
「分かっている!!」
少なくとも近代の軍需産業にとって、戦争は儲かるというのは単なる幻想である。
戦争が引き起こす景気の悪化、国力の低下はもちろんだが、そもそも戦争中という非常事態に民間企業が国家に対して暴利を貪ることなど許されないため、その利益率は意外にも極僅かである。
一方で、ユニウス条約によってモビルスーツの保有数を制限された地球連合軍は、同じ保有数で少しでも戦力を向上させる為に装備更新を余儀なくされたため、アズラエルは主力量産機“ウィンダム”の製造・販売に携わることで大きな利益を得ることに成功したのである。
しかし開戦以降は値下げを余儀なくされた上に、先の大戦で大きく評価を下げていたモビルアーマーの意外な健闘もあって、主に量産型モビルスーツの開発に注力していたアズラエルの経営企業は急速な業績悪化が起こったのだった。
このまま世界が冷戦状態であれば、来月配備予定のGAT-370の完全量産型であり、少数生産された制式仕様のGAT-333と同等の空戦能力と、ザフトの新型量産機〈バビ〉を凌駕する爆撃能力を併せ持つGAT-376〈ハーピー〉の導入によって莫大な利益を得る筈だったのにとアズラエルは内心苛立っていた。
──オマケに、まだアイツが生きているなんて。
アズラエルがスポンサーを務めていたロドニア研究所が戦闘特化型の生体CPU“ブーステッドマン”として造り上げ、その才能を見出した“クロト・ブエル”。
三隻同盟がアズラエルの犯した所業の証拠として、ドミニオンに乗り込んでいた研究員に提出させたデータと共にクロトを連れ去ったのだった。
──他の三人はまだしも、アイツはもう手遅れだった筈だ。今はコーディネイターよりも誰よりも、アイツが恐ろしい。
あの“カガリ・ユラ・アスハ代表首長拉致事件”が起こった日以来、アズラエルは赤い髪の人間を見ると名状し難い恐怖が沸き上がるようになった。
一方で世間は“カガリ・ユラ・アスハ代表首長拉致事件”の黒幕を、他ならぬアズラエルの深謀遠慮が引き起こしたものだと見ており、今やアズラエルの何気ない一挙一動までもが世間の注目だった。
今すぐに家族を連れて核シェルターにでも引き籠もりたい気分だというのに、今まで築き上げて来たアズラエルの立場と名声がそれを許さない。
おそらくこの世界の誰にも理解出来ないだろう絶対的な恐怖だけが、アズラエルを支配していた。
〈34〉
表向きは“オーブ国民が海外にて生命・財産の危機に瀕した時、その保護を行う”という目的だが、実態としてはミラージュコロイドを有するバッテリー版の“可変型フリーダム”である最新鋭モビルスーツ“エクリプス”等を用いて紛争の火種を鎮圧する特殊部隊である“オーブ国際救助隊”だったが、実際に第二次プラント・連合大戦が始まった現在においてはその存在意義を失い、事実上の活動停止を余儀なくされていた。
それに加えて先日無断出撃を行ったオルガとシャニは指揮官である“ミヤビ・オト・キオウ”から本日に至るまで一ヶ月間の謹慎処分が言い渡されていたのだった。
「……あ-。マジでだりぃ」
謹慎期間中に膨れ上がった通常業務の処理に加えて、緊急時に備えてスクランブル待機を課せられているオルガは待機室のソファに腰を下ろしたが、同じくスクランブル待機中のシャニがタブレット型パソコンで騒々しい動画を鑑賞しているのを発見した。
「なんだその動画は?」
「本物はもう引退したみてーだから、その代わりだ」
「引退っつーか……。本物?」
先日まで本物のラクスがオーブで隠遁していたことは、オルガも重々認識していた。プラントの政治的事情、国を追われた婚約者等、複数の理由が重なったことで最終的にオーブに身を隠すことになり、歌姫としてのラクスは事実上引退したのである。
ところがシャニのタブレットに表示されている動画の中では、首から上を隠したラクスが振り付けと共に自らの歌を披露していた。
「んな訳ねーだろ。これは“歌ってみた”ってヤツだ」
アマチュア歌手が自分の歌声を録音し、動画サイト等を通じてインターネット上に配信する行為は無数に存在する動画ジャンルの中でも一定の人気を誇っており、中にはプロと同等以上の技量を持ったシンガーもいるらしい。
シャニと異なり、音楽の造詣に深くないオルガには本物と区別など付かなかったが、画面の端にチラチラと映る黒い髪は少女が偽物であることを明確に示していた。更に少女の肉体を見て、囃し立てる様に口笛を吹く。
「へぇ。確かに乳と尻は本物よりデケェな」
「だろ? でも最近、投稿が途絶えちまったんだよな……」
お前みたいな奴が馬鹿みたいなコメントを送るからだと思ったオルガは、画面の中で胸を揺らしながらラクスの歌真似を披露する少女“M・K”に内心同情した。
プラントに戻ったら全ての罪を着せられた大戦犯、部下はジブリールの洗脳下なラウでした。(自棄酒
この世界線で原作を踏襲したネオ=ムウ、最終的にレイに看取られるカナードちゃん、なんだかんだで記憶を取り戻してマリューと結ばれるムウなんてプロットは採用出来ないので、ラウはムウの代わりに頑張りましょう。
この状況下でこそ、ラウが本当に望んでいた世界を手に入れられるかもしれないので……。
ところでシャニが推してる、最近投稿してないけどエッッッな覆面系歌真似動画投稿者“M・K”って誰なんですか?