〈35〉
先日“ディオキア”の街で潜入調査を終えたクロトがキラと共に、ターミナルの伝手で身を隠していたスカンジナビア王国の軍事港に戻ると、衝撃的な情報を入手した“歌姫の騎士団”は騒然となっていた。
「オーブが……スエズに軍を派遣? ウナトは……ミナは……一体何を……」
それは“国家同士が相互に集団的自衛の義務を担う”為にオーブが締結した世界安全保障条約に基づき、黒海に展開しているザフト軍を討つため、オーブ軍最高司令官の“ユウナ・ロマ・セイラン”が最新鋭の大型航空母艦“タケミカズチ”を中心とした機動部隊を率いてオーブを発ったというものだった。
この派遣軍は大西洋連邦軍から軍の派遣を拒否された穴埋めに“ファントムペイン”の援軍として要請したものだったが、セイラン家は先日雲隠れをした国家元首“カガリ・ユラ・アスハ”も調印した同盟条約を理由に、国内の反発を押し切って軍の派遣を強行したのだった。
「同盟を結ぶってことは、そういうことだよ」
クロトは絶句しているカガリに呆れながら言った。
地球連合軍が各地で苦戦を続ける中、大西洋連邦のように地球連合の要請を無視出来る立場ではない小国の一方で、小国としては規格外の軍事力を有しているオーブ軍に派遣要請が行われることは自然な成り行きである。
先の大戦では“スピット・ブレイク”に乗じてザフト地上軍を壊滅させ、パナマ基地こそ喪失したものの“ストライクダガー”らナチュラル用の量産型モビルスーツの完成によって、世界各地で地球連合軍が反攻を始めていた当時とは状況が異なるのだ。
そして他ならぬカガリがその条約の締結に関与しており、現在のセイラン家が地球連合寄りである以上、オーブがその要請に応えるのは必然だったのである。
「お前達がカガリを連れて来るからだろう! カガリがオーブにいたら、こんなことにはならなかった筈だ!」
「ううん。同じ事だったと思う。あの時のカガリにこれが止められたとは思えない」
「ええ。今はきっと違いますでしょうが……」
周囲を責め立てるアスランの声を、キラとラクスは否定した。
カガリに地球連合寄りに傾いていた周囲を説得して中立を貫く程の力があれば、そもそもこのような状況になっていないからだ。むしろカガリの正式な承認を得たと称して、もっと大部隊の派遣が決行されたかもしれない。
一時の安寧を得るために理念を捨て、同盟を結んで他国に従う。結果として他国の争いに介入し、他国を侵略する国となった。
これが厳然たる結果であり、明確な事実である。
「だがどうする? オーブがその力をもって連合の陣営に付いたとなれば、またバランスが変わるだろう」
「面倒なことになりそうね、アンディ」
カーペンタリア基地から程近い位置に存在し、マスドライバーを再建したオーブが地球連合軍に全面協力するのであれば、この戦いの勢力図は大きく変わるかもしれない。最終的にオーブ本土を巡って、地球連合軍とザフトの戦いが発生する可能性も極めて高いだろう。
そうなれば地球連合軍とザフトの戦闘に巻き込まれて、今度こそ国が焼かれてしまう。オーブにとって何の益もない戦争のせいで。
カガリは周囲の話を聞きながらしばし唇を噛み締めていたが、様子を伺っていたキサカを見据えて叫んだ。
「今更手遅れかもしれないが、この戦闘、出来ることなら私は止めたい! オーブは、こんな戦いに参加してはいけない! 頼む! 発進してくれ!」
カガリの言葉にキサカが同調すると、ラクスとバルトフェルドも首肯した。個人的な感傷はもちろん政治結社“ターミナル”の一員としても、オーブ軍の派兵を見過ごすことは出来ないらしい。
──本当のところ、要求を飲まれちゃったらどうしようかなぁと思っていたのですよ。
一方クロトはかつてアズラエルがオーブに大西洋連邦軍を派遣し、当時のオーブ代表首長だったウズミが要求を拒否して徹底抗戦の意思を表明した直後、意外にも安堵していたことを思い出した。
遠く離れた地に派兵する為には莫大な対価が必要であり、何の成果も挙げずに撤退させるには相応の理由が必要なのである。
第一ここで撤退すれば、大西洋連邦が派兵要請を断ったこと以上に、地球連合に対する背信行為だと見なされるのは明白である。だから両軍の戦闘を止められるなど、たとえカガリがどれだけオーブ軍に支持されていようと有り得ない。
とはいえ、全く意味がない訳ではなかった。
現在オーブの政治を牛耳っているセイラン家と、オーブ代表首長であるカガリの意見が対立していることと、少なくとも今の自分達はカガリを拉致した正体不明のテロリストではなく、カガリの意に沿う形で動いていることを明確にする好機だからだ。
政治結社“ターミナル”の支援を受けているとはいえ、公式には“ラクス・クライン”の名を出せない以上、自分達の正当性を主張するために大戦の英雄“カガリ・ユラ・アスハ”という神輿は必要だったのだ。
テロリストを支援して“ブレイク・ザ・ワールド”を引き起こしたプラントを討つと主張する地球連合と、それを冤罪だと主張し、再び核を用いた地球連合を“平和の歌姫”と共に討つと主張するプラントに、第三勢力として対抗しなければならないのだから。
「馬鹿なことは止めろ! ミネルバは敵じゃない!!」
「……」
あくまでアスハを支持するターミナルの一員として動く都合上、オーブ軍は当然ながら、曲がりなりにもその同盟軍である地球連合軍を討つことは極力避けなければならない。
必然的にザフトの動きを牽制することになるし、場合によってはミネルバに攻撃を仕掛けることも有り得るだろうが、一時的に“アスラン・ザラ”として同じ釜の飯を食い、共にユニウスセブンの破砕に尽力したミネルバを撃つことなど出来ないらしい。
クロトは騒々しい婚約者をどうにかしろと視線を投げ掛けたが、ラクスは気まずそうに目を逸らした。
〈36〉
黒海の程近くに存在する、ダーダネルス海峡の一角にて。
この海峡名にあやかり、ユウナがダルダノスの暁と名付けた作戦──要するにミネルバの誇る二枚看板“インパルス”“セイバー”の両機を“ムラサメ”で落とし、その後ロアノーク隊が強襲するという単純至極な作戦が決行されようとしていた。
しかしザフトの叡智を結集させ、バッテリー機でありながら純粋な大気圏内の空戦能力は“フリーダム”に匹敵するとされる両機体に、単純な数の暴力は通用しない。
──ましてこう纏まっていては、一網打尽だろう。
まるで他人事のようにモニターで戦況を見ていたネオは、煌々たる輝きを放ちながら陽電子破砕砲の砲身を迫り出すミネルバの姿を捉えた。
ネオの指示で射線を外しながら絶えずミネルバの出方を窺っている“J.Pジョーンズ”とは異なり、無防備に距離を詰める“タケミカヅチ”目掛けて、陽電子リフレクター、あるいはそれに匹敵する類の手段がなければ、そもそも防御という概念が存在しない強烈無比な一撃が放たれる──はずだった。
『タンホイザー被弾! FCSダウンしましたッ!』
『一体何が起こったの!?』
その先端部分を、突如水中から飛び出した漆黒のモビルスーツが放った赤黒い閃光が貫いたのだった。浮遊していたミネルバは思わぬ損傷に船体のバランスを崩し、斜めに傾きながら重力に引かれ始める。
『FCS再起動! ダメージコントロール班待機! 着水する! 総員衝撃に備えて!』
衝撃とともにミネルバは大瀑布のような水飛沫を上げ、勢いよく海面に落水する。
その飛沫を切り裂くように漆黒の装甲を纏ったモビルスーツが姿を現すと、背部の大型ウイングスラスターが熱を排出する。そして頭部のツイン・アイが一際強い輝きを放った。
「……アレは!」
「カガリ様を拐った……」
「レイダー!!」
ザフトにとって、圧倒的に優位な状況を覆した“襲撃者”。
オーブにとって、祖国を滅ぼした地球連合軍の“襲撃者”。
そして地球連合軍にとって、自分達を裏切った“襲撃者”。
全ての陣営に死をもたらした最恐の
前方で小競り合いを始めていた両軍のパイロットはその意外な闖入者の正体に絶句し、後方の指揮官は得体の知れない恐怖に包まれた。
ただ一人、ユウナ率いるオーブ派遣軍との連携を行うために
──相変わらず面白い奴だ。
ネオはかつて自分を仕留め、フリーダムと並んで第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦で伝説と謳われた機体の登場に仮面の奥底で苦笑すると、後を追って現れた真紅の機体を見据えた。
『現在、訳あって国元を離れているが、このウズミ・ナラ・アスハの子、カガリ・ユラ・アスハがオーブ連合首長国の代表首長であることに変わりない! そしてその名において、オーブ軍はその理念にそぐわぬこの戦闘を直ちに停止し、軍を退くことを命令する!』
鮮やかな紅の装甲に、X-100系統の機能美を漂わせた形状。
イージスとの死闘で自爆して大破したストライクを基に、モルゲンレーテで修復された機体であり、ナチュラルのカガリでも搭乗出来るようにOSの改良を行うなどオーブのフラグシップ機として最適化された“ストライクルージュ”である。
初実戦は第一次連合・プラント大戦の最終決戦である第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦のみに留まるが、三隻同盟の一員であった“クサナギ”の直衛を無難に果たし、その後も式典に参加するなど名実ともにカガリの乗機として知られる機体だった。
そしてその後方には、オーブ軍の次世代量産機のデータ取りを兼ねたワンオフの高性能機として製造され、純粋な性能はザフトの誇る“フリーダム”や“セカンドシリーズ”に匹敵するとされる“黄昏”であり、そのパイロットは今やオーブ軍でも一、二を争うエースパイロットと噂されるアレックス・ディノだ。
この調子では、すぐ近くにキラ・ヤマトもいるだろう。
まさに役者は揃ったと感じたネオはクルーを促し、前方に展開している“タケミカヅチ”に向かって通信を飛ばした。
『ユウナ・ロマ・セイラン。あれは貴国の代表ですかね?』
『……』
カガリとの面識はなかったが、ネオはユウナの沈黙を肯定と受け取った。部下を連れて反ザフトのレジスタンスに参加していたお転婆娘という噂は、どうやら冗談ではなかったらしい。同じ親を持つ姉とは、幸か不幸か真逆の性格なのだろう。
『軍を引け、ですか。これは今すぐお答え頂かないと、貴国にとっても少々面倒なことになりそうですが?』
あの“オーブの軍神”が率いているならまだしも、時勢に恵まれて出世しただけの愚か者が率いているオーブ派遣軍にネオは何の期待もしていなかった。
だがこれほど愉快な催し物を見せてくれたのは、大いに評価出来る要素である。ネオが内心腹を抱えて嗤っていると、ユウナは大いに狼狽しながら叫んだ。
『あ、あんなもの、私は知らない!』
『しかしあの紋章、あの御声……! 間違いなくカガリ様のものでは!?』
『偽物だあんなのは! 僕には判る! 夫なんだぞ、僕は!』
悲鳴のような声が上がる“タケミカヅチ”のCICで、ユウナはJ.P.ジョーンズと通信回線を繋げたまま、更に大声で叫ぶ。
『本当の、ちゃんとした僕のカガリなら、こんな馬鹿げた、僕に恥をかかせるようなことをするわけがないだろ! 何をしている! 早く撃て、馬鹿者! あのオーブを滅ぼした疫病神を撃つんだよ! 合戦用意!』
『……は! ミサイル照準、アンノウンモビルスーツ! 我らを惑わす賊軍を討つ!』
『ふふ。婚約者がそう仰るのなら、その通りなのでしょう。では本艦も戦闘準備に移りますので、これにて失礼』
ネオは通信回線を切らせると、騒然としているCICの中で静かに嗤った。
ユウナの立場上、そう簡単にカガリの存在を認める訳にはいかないのだろうが、それにしても芸がなさ過ぎる。仮にユウナがカガリの存在を認めたとして、今の行動の責任を問われるのは代表首長として同盟を結んだにもかかわらず、その決定事項を身勝手に覆そうとしているカガリであり、ユウナという訳ではない。
そもそも各地で苦戦している地球連合軍にミネルバを攻撃する余裕などないから、ジブリールは専守防衛を掲げ、一定の戦力を保持していたオーブに派兵要請を行ったのだ。
だから先の大戦と異なり、地球連合軍が戦力を割いてまでオーブを攻撃することなど非現実的だということが分からないらしい。もっとも分からないが故に、ユウナはインド洋を越え、遠い黒海の地まで派兵を行ったのだろうが。
ネオは対空ミサイルを
『……オーブ軍! 私の声が聞こえないのか! 私の言葉が分からないのか! オーブ軍! 戦闘を止めろぉ! ──うわぁ!?』
迎撃された対空ミサイルが目の前で爆散し、至近距離で爆風を受けたカガリは空中で体勢を崩した。
『だからこんなことをしても無駄だと言っただろう!』
アスランはシールドを構え、カガリに向けて放たれたビームを防いだ。ミネルバと地球連合・オーブ同盟軍は激しい乱戦に突入しており、カガリの呼び掛けに応えて戦闘を中止する者は誰一人としていなかった。
『グダグダ言ってもしょうがねーだろ! 来るぞ!』
迫り来るウィンダムの両腕を横殴りに振るった
カガリの呼び掛けが失敗に終わった以上、後は極力両軍に対して人的被害を出さないよう武力介入し、撤退に追い込むというラクスの命令を遂行するだけである。
しかし憔悴していて自分の身を守ることすらままならないカガリを連れていては、あまりにも危険だった。ここで万が一カガリが落ちることがあれば、全てが台無しになってしまうのだ。
『お前はミネルバの連中を抑えろ! 僕は連合軍を!』
『しかし俺はあいつらを……!』
『そんなこと言ってる場合かよ!?』
『くっ……!』
アレックスをインパルスの対処に向かわせ、カガリを下がらせたクロトの脇を極大の閃光が掠めた。
上空からはカオスのオールレンジ攻撃が降り注ぎ、海面からはアビスのフリーダムに匹敵する大火力が襲い掛かる。
クロトは海面を這うように加速──手元で
『遂に見付けたぞ! この裏切り者め!!』
背部の姿勢制御ウィングに増設されたスラスターによって、飛行能力を付与された
『お前よりも私が優れていることを証明してやる!!』
カナードは咆哮と同時にスラスターを全開で吹かすと、空中で体勢を立て直したクロトに突撃した。恐るべき光刃の刺突を急上昇で回避したクロトに対し、更に背部のビーム突撃砲を連発する。
『勝手にしとけよ!!』
後方に滑るように光弾の嵐を避けながら、クロトは強引に機体を切り返した。そして確かに聞き覚えのある声の敵に接近すると、全力で
カナードは機体をMS形態に変形すると、迫り来る
『お前のせいで私は……私はぁああっ!!』
思わぬ強敵の到来に警戒を強めるクロトに、カナードは狂乱の叫びを上げる。頭部に搭載された20mmCIWSが火を吹き、損傷こそ軽微だが猛烈な衝撃がクロトを襲った。
クロトが反撃で放った
『やるじゃないか!! だがそうでなくては困るなっ!』
『くっ……! お前は誰なんだ……!?』
クロトはロドニア研究所の記憶を思い返したが、聞き覚えのある声だが思い当たる者は浮かばなかった。
まずは真っ先に“ブーステッドマン”のような外科的な処置を行わず、洗脳教育と特殊訓練で“兵士”としての完成度を高めた旧型の生体CPU“ミューディー・ホルクロフト”を連想したが、彼女がこれほど腕が立つとは思えなかった。
目の前の少女は旧型の中でも最高傑作と謳われた“スウェン・カルバヤン”と同等以上の実力を持っていたからである。
『思い出せないか! ……いや、お前は……?』
一方のカナードも、眼前でクロトに対して違和感を抱き始めていた。
確かに今までカナードが戦って来たパイロットの中でも三指に入る腕前で、旧型機でありながらザフトの最新鋭機に乗った自分と互角に渡り合う実力者だ。自分と比較して技量の劣るスティングやアウルなら、返り討ちにされる可能性も高いだろう。
しかし
何かがおかしいと感じたカナードの元に、ネオから意外な通信が届いた。
『──パルス中尉。残念だがひとまず撤退だ』
『ネオ! 私はまだまだやれる!』
『だが二対一では、流石の君も厳しいだろう』
『二対一?』
ネオの言葉に不審を抱いたカナードが周囲を見渡すと、いつの間にか武装を破壊され、無力化されたカオスとアビスが撤退を始めていた。
その恐るべき結果をもたらした真紅の機体は、迫り来るインパルスの両腕を双刀型のビームサーベルで斬り飛ばすと、咄嗟にインパルスが放った蹴りに同じく蹴りを合わせ、唯一PS装甲で守られていない間接部位を蹴り砕いた。
バランスを崩して海面に叩き付けられたインパルスの前で悠々納刀すると、猛烈な速度で僚機であるレイダーの元に引き返し始めた。
『……分かった、撤退する』
裏切り者を遙かに凌ぐ脅威を感じたカナードは機体を翻し、一瞬反応の遅れたレイダーを置き去りにして撤退したのだった。
初対面なのに、因縁のライバル対決みたいな雰囲気で戦う二人でした。ステラちゃんという前例があるので、昔捨てた女の子にしか見えないな!(画面外で無双するアレックスさん
因みにあくまで予定ですが、新型ジャスティスは登場予定の一方で怪しいのがストフリです。
何故なら例の御方の搭乗機がデスティニーやレジェンドを踏まえて設計した、スーパードラグーン搭載型の高機動万能機、いわゆるストフリになりそうだからです。
まぁキラちゃんはアカツキでもいいので……。
【追伸】某動画で本作に言及されているコメントを見掛けて非常に恐縮しております。皆様の暖かい声援が励みです。