〈43〉
地球圏には有史以来存在する秘密結社“ロゴス”すらも上回り、太古の時代から連綿と続く“一族”と呼ばれる地下組織が存在する。
それは人類を存続させるという存在理念の為、時には紛争どころか戦争すらも画策する組織だった。その組織は人類の存続を妨げる絶滅戦争や際限のない幸福追求を抑制し、人類そのものを管理するために様々な介入を世界各地で秘密裏に行っていた。
しかし
一族の現当主“マティス”は表向き地球連合の情報機関に所属し、特殊部隊を率いる女性軍人だったが、マティスは一族がより徹底した人類の管理を行うため、自らに匹敵する優秀な部下を必要としていた。
そんなある日、マティスは自らの所属する情報機関を通じて、ブルーコスモス新盟主であるロード・ジブリールが自らが“
不慮の事故で死亡するまで、一族の活動資金を提供する出資者の1人であったその男の記憶情報は万が一の事態に備えてサーバーに保存されていたのだが、生前は名門フラガ家を世界的な資産家にまで成長させた投資家だが、その実態はナチュラルでありながら人類史上で一、二を争う才能を有していた男の再現は難航した。
だが偶然手に入れた“運命の子”と呼ばれる少年を素体とすることで、マティスは男の再現に成功した。再現された男はマティスの想像通りに、極めて優秀な男だった。これで再びこの世界は一族が管理することになるだろうと、マティスは信じて疑わなかった。
「……が……ッ!」
マティスは口内に込み上げてきた血を吐き、炎に包まれた屋敷の床を鮮血で染めた。
その男はマティスが制御出来る人間ではなかった。
肉体的には還暦近いナチュラルであるにも関わらず、誰1人として優秀なコーディネイターだと信じて疑わなかった“
「こんな小娘が本気で人類を管理するつもりだったとはな」
男は溜め息を吐いた。
男の目的はマティスが“
男の素体に用いられた少年はクローンであり、素養こそ男を再現する基準を満たしていたものの、その寿命はすぐ間近に迫っていたのである。
これほどの怪物が世に放たれれば、一族の手を離れて暴走し始めた人類の管理も夢ではないのかもしれないと、マティスは徐々に薄れる意識の中で他人事の様に思った。
この怪物に対抗出来る者がいるとすれば、やはり彼か。
マティスは旧約聖書に登場したソロモン王の使役する72柱の悪魔において10番目の序列に位置する
〈44〉
消毒液の香りが漂う白い部屋で、意識が覚醒したアウルは虚ろな目を虚空に彷徨わせていた。手足は厳重に拘束され、身に纏っていたパイロットスーツはいつの間にか脱がされたようだった。
腕には太い注射針が刺さっており、自らの身体に点滴が行われているようだった。かろうじて自由の利く首を捻り、棚の上に置かれた時計を確認すると、既にアウルが意識を喪ってから24時間以上経過していた。
どうやら自分は敵に捕まったらしいとアウルは直感した。自分を無視し、夢中になって裏切り者を追い立てていたインパルスに攻撃し、手痛い反撃を喰らったのだ。コクピットに対艦槍が直撃する間際、別方向から放たれたモビルスーツが迎撃に成功したが、それでも強烈な衝撃がアウルを襲い──失神したところを捕まったらしい。
「……ちっ」
歯軋りと共に舌打ちしたアウルは、声に反応して足音が近付いてくるのを感じた。
足音の主は二人で、片方は赤髪の少年だった。目には黒い眼帯を掛けており、先程までの戦闘の影響か酷く疲労しているようだった。
「このクソ野郎が──」
アウルはせめてもの憂さ晴らしに自分達を裏切った少年──クロトを罵ろうとした。
しかしその背後に隠れながら自分の様子を窺っている、自分達ロアノーク隊の副官の少女と瓜二つの姿形をした少女を見て、アウルは思わず唖然となった。
「……カナード?」
目の前の少女はアウルの知る荒野の花の様な少女とは異なり、温室育ちの花の様な少女だったが、それにしても偶然とは思えない位に似ていた。
まるで年の近い姉妹どころか、一卵性双生児の様に。
キラはアウルの脳波を示すモニターを一瞥すると、振り返ったクロトを見て安心した様に頷いた。キラはアウルが攻撃的な精神状態かどうか確認したのだ。その気になればクロトと同様、人為的に脳のリミッターを外されたことでコーディネイターに匹敵する身体能力を獲得しているアウルは、拘束具を破壊して暴れ出す可能性があったからだ。
「あー……この娘はキラだ」
クロトの声に反応し、深い憎悪がアウルに沸き起こった。
一歩引いて状況を考えれば、どうして自分達が地球連合軍やブルーコスモスに忠誠を誓わなければならないのか、どうして脱走に成功したクロトを親の仇のように憎まなければならないのか分からなかったが、ある種の鳥類が初めて見た動くモノを親だと認識するように、脳裏に擦り込まれた負の感情が瞬く間にアウルを支配した。
「裏切り者に話す事は何もねー。殺すなら殺せよ」
組織に忠誠を誓っても末路は死だという実感から、どれだけ入念な洗脳を施されようと一切影響を受けなかった自分とは異なり、アウルの心は今もファントムペインの支配下にあると理解したクロトはキラに視線を投げ、椅子に座った。
「……」
まるで氷の刃を心臓に突き刺される様な冷たい殺気に、アウルはごくりと息を呑んだ。
自分が反応出来なかったインパルスの猛攻を旧型機で凌ぎ切る技量──ロドニア研究所が造り出した最高傑作と謳われた実力は、今も錆び付いていないことを認識した。
「えーっと。頭痛はありますか? 倦怠感は?」
アウルは問診を始めたキラに目線を向けず、頭を左右に振った。
旧型の生体CPUと比較して活動限界時間こそ長めに設定されているが、アウルもロアノーク隊からの脱走を防止するため、依存性の高い特殊な薬物を定期的に摂取しなければ最終的に精神崩壊して死亡する、重度の薬物中毒患者として調整されていた。
だからアウルが専用の設備を有している組織の下を離れることなど、出来る筈がなかったのだ。
「そう心配しなくても、あの時の僕より酷いってことはないだろ?」
「……まぁね」
それは土壇場で覚醒した、SEED因子の代償か。
第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦でキラの危機に反応して発現し、今まで対応出来なかった全方向から放たれる光の雨を掻い潜り、その牙を“
地球連合、ザフトの両軍がボアズ宙域、及びヤキン・ドゥーエ宙域から撤退を終え、停戦交渉が始まった日からクロトは深い昏睡状態に陥った。
その後、すぐにラクスの伝手でクロトの脳細胞を破壊し尽くしていたマイクロ・インプラントの除去手術が行われたものの、意識を取り戻すまで実に一年以上の時間を要した。
数値上は今のクロトよりも健康体なアウルの治療など、生体CPUの治療に関して世界一の知識と経験を有しているキラにとって造作もないことだったのだ。
アウルはちらりとキラを見た。二人が何を言っているのか理解出来なかった。情報収集を行うために延命するだけならまだしも、わざわざ治療する理由などないように思えたからだ。アウルを救うことが、二人にとって何の得があるのか分からなかった。
〈45〉
ブルーコスモス前盟主にして、今もロゴスのオブザーバーに名を連ねるムルタ・アズラエルが遂に動き始めたらしいという噂は、関係各所でまことしやかに囁かれていた。
オーブ連合首長国に滞在していたクライン派の要人を窮地から救った。
地球連合に取り込まれたオーブ代表首長“カガリ・ユラ・アスハ”を拉致した。
地球連合軍とザフトの間で行われた戦闘に武力介入を行った。
現盟主ロード・ジブリールや“ファントムペイン”など、一部のブルーコスモス関係者を除けばクロトの離反は完全に秘匿されていた為、クロトが世界各地で行っていた戦闘行動にはアズラエルの意思が働いていると思われていたのだ。
もちろんクロトの行動は事実である一方で、その行動にアズラエルの関与を示す具体的な証拠など何処にも存在しなかったのだが、先日クレタ島沖で起こった大敗で苛立っていたジブリールは大声で叫んだ。
「この男は我々を裏切り、コーディネイターの連中と馴れ合っているのですよ!」
そんな自分に濡れ衣を着せようとするジブリールの声をモニター越しに受けたアズラエルは、苛立ちを押し隠しながら挑発的な薄ら笑いを浮かべた。
「だいたいそんなことをして、いったい僕に何のメリットがあると言うんです? 一向に成果の上がらない貴方こそ、そろそろ進退を考えるべきなのでは?」
終わりの見えない戦争が世界全土で繰り広げられる中、ブルーコスモスと連合の関係者、ロゴスの構成員がオンラインで参加する形で行われた会合はジブリールがアズラエルを断罪して求心力を取り戻すため、強引に開催したものだった。
しかし事前に入念な根回しを行い、半ば出来レースだった筈のこの会合はアズラエルの投げ遣りな言動によって混迷の様相を示し始めていた。
「この資料はなんだか分かります? これ以上、僕のビジネスの邪魔をしないでもらいたいものですがねぇ」
添付された資料には、ここ数年間にアズラエルが経営している巨大軍需産業会社の挙げた業績とその内訳の詳細が記されていた。
それはこの地球連合とプラントの冷戦構造が続いた2年間、莫大な利益を上げていたアズラエルの会社が11月の開戦と同時に、大幅な赤字に転向したことを示していた。
「だから我々を裏切ったということか! 金に目が眩んで誇りを喪ったのだな!」
「馬鹿なことをおっしゃいます。僕は奴らの存在など、認めたつもりはないですよ。ナチュラルの野蛮な核などと言いながら、地球そのものを滅ぼそうとしていた連中などね」
表に出ている情報だけでも、パトリック・ザラを信奉する過激派がユニウスセブン落下テロ事件に関与したのは明白であり、その事実に関しては自国民の罪を問うという概念が存在しないプラント最高評議会でさえ大筋で認めている。
したがってユニウスセブンの管理責任を盾に莫大な復興支援をプラントに要求して復興を終えた後、おそらく何処かに潜伏しているテロ支援者を確保して全ての事実を明らかにすれば、地球連合は大衆を味方に付けることが出来ただろう。
そうなればプラントは主権を喪失し、コーディネイターに私物化されている現状から旧プラント理事国の所有物に戻る可能性すらあったとアズラエルは主張する。
「ぬぅ……」
未曾有の絶滅戦争を終わらせた“平和の使者”。
先の大戦で地球連合軍を穏便に撤退させる為、その名誉と引き換えに屈辱を味わったアズラエルは世界各国の非戦派が結成した非政府組織“ターミナル”の出資者に名を連ねる一方で、密かにプラントを支配下に置く計画を練っていた。
そんな中、純粋な死傷者数だけならエイプリル・フール・クライシスをも上回る未曾有の事件“ブレイク・ザ・ワールド”の責任問題を有耶無耶にしてしまったジブリールの暴挙に対して、アズラエルは内心怒り狂っていたのだった。
「ご判断は賢明な皆様にお任せしますよ。言って分かるなら、この世から争いなんてなくなりますからねぇ?」
「──あの道化めが!」
オンライン会合を終えたジブリールは大声で叫びながら自室を荒らし、憎悪に満ちた声で喚き散らした。
地球連合を構成している国家群の中で、特に主導的な役割を担っている大西洋連邦とユーラシア連邦の深刻な対立が浮き彫りになったからだ。
アズラエル派の大西洋連邦。
ジブリール派のユーラシア連邦。
先の大戦で自ら部下を率いて和平に漕ぎ着けた男と、アーモリーワン事変こそ成功させたものの、その後は敗退を繰り返している男。
どちらの言葉により説得力があるのかは、ジブリールの支持者であるユーラシア連邦の関係者の間ですら明白だった。
アズラエルにとって最大の弱点だろう地球連合軍に対するレイダーの妨害行為を撮影した映像も、むしろザフトの最新鋭モビルスーツが一蹴されたことが注目を集め、レイダーを完全量産化したアズラエルの“新商品”の宣伝材料として利用される始末だった。
自分の手元を離れた裏切り者すら儲けに利用するアズラエルの遣り口に、先の大戦の内情を一部把握しているジブリールは激高した。
「アズラエルめ……地獄に墜としてやる……」
ジブリールは次の一手として考案していた作戦を、大幅に変更することを決意した。
それは根強い反連合感情を持ち、ザフトの勢力圏であるユーラシア西部地域を大型可変モビルアーマー“デストロイ”を中核とした大部隊で攻撃し、世界各地で沸き起こっている反連合の機運を文字通り焼き払う殲滅作戦を、アズラエルが経営する軍需産業の本拠地であるデトロイトで決行することに決めたのだ。
実際にはジブリールに対抗出来る戦力など持たない張子の虎のアズラエルを始末し、地球連合軍が一丸となってザフトと戦えば、プラントなど簡単に滅ぼせる筈なのだから。
『──という訳だ』
先の大戦において、アズラエルはザフトの上層部に存在すると思われる匿名の人物と様々な情報交換を行っており、その情報を自身の影響力が特に強い大西洋連邦軍に提供することで、単なるオブザーバーに留まらない絶大な権力を得ていた。
後にその人物の正体は、ザフトの白服でありながらニュートロンジャマー・キャンセラーの情報流出に関与した件の男だとアズラエルは認識していたのだが、第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦でクロトに敗北し、戦死したとされたのだった。
『なるほど。……しかし今更ブルーコスモスを追われた僕に接近するなんて、どういう風の吹き回しですかねぇ。ラウ・ル・クルーゼ』
当時アズラエルがその男と情報交換を行っていた専用の秘匿回線が数年ぶりに反応を示したのは、ジブリールが主催したオンライン会合を終えた次の日だった。
秘匿回線の向こう側で、アズラエルにジブリールの計画を暴露している男は、今はなんとジブリールの部下として地球連合軍の特殊部隊を率いているらしい。
『今の私はネオ・ロアノーク大佐だ。それ以上でもそれ以下でもない』
バッテリー機でありながら戦略兵器に匹敵する圧倒的な戦闘力を誇り、単独での要塞攻略すら実行可能な“デストロイ”を中核とした大部隊を投入し、デトロイトの地で大虐殺を実行しようとするジブリールの作戦を聞いたアズラエルは不敵に笑った。
『ふふふ。それは楽しみですねぇ』
『何だと?』
アズラエルの意外な反応に、ネオは困惑の色を示した。
この圧倒的にザフト優位な状況下で、まがりなりにも友軍を殲滅しようとするジブリールの馬鹿げた計画を阻止出来る可能性があるとすればこの男だと思ったにもかかわらず、アズラエルの言葉はジブリールとの全面戦争を望むものだったからだ。
かつてアズラエルの親衛隊を務めた生体CPU達は全員離反しており、デトロイトに駐留している大西洋連邦軍ではジブリールに対抗出来るとネオには思えなかったのだ。
『君って、確実に勝てる戦しかしないタイプ?』
この状況を利用すれば、今度こそあの少年兵を始末することも夢ではないだろう。
あくまで出資者の1人でしかないアズラエルにはターミナルの詳細な活動内容など流れて来なかったが、どうやらクロトがターミナルの指示を受けて戦争終結の為に動いているらしいということは容易に想像出来たからである。
両者を潰し合わせ、漁夫の利を手にするのは自分だ。所詮は大局の見えないジブリールなど、最初から問題ではない。
あの日飼い主である自分を裏切り、屈辱と恐怖を味わわせた少年兵の確実な死を見届けなければ、二度と自分に安眠は訪れないのだ。
思わぬ好機が訪れたアズラエルはほくそ笑んだ。
というわけでベルリン大虐殺は思わぬ形で消滅しました。
また悪魔の序列からイレギュラー10になったクロトですが、裏返すとキラちゃんを表す1になるのは偶然です。
【地球連合の内情】
ジブリール:許さん、許さんぞアズラエル! デトロイトを火の海にしてやる!!
ネオ:だってさ
アズラエル:ターミナルを利用すれば共倒れを狙えるな!
ロゴス:!!!!!?????
一族:(ひっそりと壊滅)
阿井 上夫様から支援絵を頂きました。
お臍が眩しい改造連合服のカナードちゃんです。
【挿絵表示】