〈46〉
大西洋連邦とユーラシア連邦の全面戦争に繋がる重大な情報を掴んだ。ひいては機密保持の為、直接情報の遣り取りを行いたい。
ターミナルから緊急命令を受け、潜伏先であるスカンジナビア王国の軍港を離れたクロトは情報提供者のムルタ・アズラエルが住居を構えるデトロイトに降り立っていた。
「うわぁ……」
北米大陸中西部に位置し、大西洋連邦の中でも有数の世界都市であるこの地はアズラエル財団が経営する軍需産業が盛んな都市であり、またその技術力を生かした自動車産業は大西洋連邦内どころか全世界でも有数の業績を上げている。
また内陸部に存在するこの都市はブレイク・ザ・ワールドの被害が比較的軽微だったこともあり、被害の大きかった沿岸部の都市から逃れたヒトとモノを取り込み、周辺地域の復興事業に取り組むことで早くも被災前と変わらない賑やかな姿を取り戻していた。
それはカガリの想像していた町ではなかった。
メイン・ストリートは清潔で活気に満ちており、裏通りも女が1人で歩くと絡むような下品な男達がいるようなこともなかった。カガリのよく知るオーブの首都オロファトも世界有数の大都市だったが、この輝かしいデトロイトの町並みとは比較にならなかった。
「少し歩けばレンタカー店がある」
観光客を装う為に帽子を被り、サングラスを掛けたクロトは言った。
敬愛する父親を自害に追い込んだ男の住む町──カガリは俯きながら歩き始めたが、しばらくすると顔を上げて町並みを観察し始めた。周囲の建物は全て高層ビルで、どれも有名なメーカーが巨大な店舗を構えていた。若者達で賑やかだった。
これが地球連合で最大勢力を誇る大西洋連邦の豊かさかとカガリは目眩いがした。
「アレだ」
交差点の角に電動カーのレンタル・サービス店の看板が煌々と掲げられており、クロトは落ち着きなく周囲を見渡しているカガリを伴って店の中に入った。
「赤の車、二人乗りを」
クロトは店の奥から現れた店主にキャッシュカードと身分証明書を提示した。
およそ2年前まで、書類上はモビルスーツの生体CPUとして軍用犬以下の扱いだったクロトはカガリの計らいでオーブ国民としての身分が与えられていたのだ。
キャッシュカードを機械に読み取らせ、クロトの身分証明書を確認した店主はこんな時勢にデートか、と呆れたように呟きながら車のキーを差し出した。
店主が用意した小型の電動カーにクロトがキーを差し込むと、ナビが起動してモニターに周辺地図が表示された。目的地であるアズラエル邸の住所を入力すると、モニターは最短経路を表示してナビゲーションを開始した。
カーステレオからはラジオ放送が流れ始めた。全世界で大ヒットしているラクスの賑やかな新曲が流れ始め、カガリは無言でチャンネルを切り替えた。
レトロなポップ・ミュージックと共にカーは交差点に躍り出た。普段は亜音速のモビルスーツを自由自在に操縦するクロトの運転はやや上品さに欠けており、大きく身体を揺すられたカガリは顔を顰めながらシートに深く腰掛けた。
爽やかな青空の下で風を切り裂きながら、クロトはモニターに表示された約束の時間よりかなり早めの到着予定時間を見て思い出した様に言った。
「ちょっと時間を潰そう。アイツは時間に五月蠅いんだ」
「お前が馬鹿みたいに飛ばすからだろ?」
「そうかもね」
カーは方向を変え、観光客向けの店舗が密集している地区に入った。そびえ立つビル群は更に高さを増しており、助手席に座るカガリが見上げても頂上は見えなかった。
中心部分に進むにつれて徐々に混雑し始めた車道をカーは軽快に走り、やがてショッピング・モールの一角に存在するレンタル・サービス専用の有料駐車場で停車した。
キラのプレゼントである高級菓子の詰め合わせを買うと、後は単なる付き添いだという態度を崩さないクロトに、カガリは自分も先日クレタ沖で戦死した婚約者とショッピングを楽しむ未来もあったのだろうかと溜息を吐いた。
大戦前にウズミが婚約者の有力候補として話を進めていたのを良いことに、ホムラ政権が退陣した後にカガリの後見者として勢力を伸ばしたセイラン家の次期後継者ユウナ・ロマ・セイラン。
父親も含めてあまり好ましい人間とは言えなかったが、彼も彼なりにオーブの未来を想っていただろうに、と考えながらカガリは再びカーに乗り込んだ。
再びカーは東に向かい始め、賑やかな都市部を離れた。美しい五大湖を一望出来るデトロイト東部は、資産家達が邸宅を構える自然豊かなベッド・タウンとして有名だったのだ。
カガリは勢いよくカーを走らせるクロトを横目に、不意に口を開いた。
「本当に、私達の行動は正しかったのか?」
曲がりなりにも国が決定したオーブ軍の派兵に異議を唱えて武力介入を行い、両軍に少なからず犠牲と混乱をもたらした。
最終的にオーブ軍が大敗北を喫したことで派兵は中止されたが、そんな中で行われようとしている大西洋連邦とユーラシア連邦の全面戦争の引き金が、自分達の武力介入だった可能性をカガリは否定出来なかったのだ。
「それは難しい質問だね」
先の大戦のきっかけは“コペルニクスの悲劇”と言われている。C.E.70年2月5日、プラントとプラント理事国の間で行われる予定だった会議の場で爆弾テロが起こり、会議に参加予定だった地球側理事国の代表者及び国際連合事務総長を含む国際連合首脳陣が多数死亡した事件だ。
幸か不幸か、当時のプラント代表シーゲル・クラインが難を逃れたことで未曾有の反プラント・反コーディネイター思想がプラント理事国で沸き起こり、同月11日に世論に押される形で開戦の火蓋が切られたのが歴史的事実である。
だがこの爆弾テロはあくまできっかけに過ぎない。
先の大戦はヒトとしての能力差が浮き彫りになったことでコーディネイターはナチュラルを蔑み、ナチュラルもまたコーディネイターを憎んだのが原因であり、爆弾テロが起ころうと起こるまいと、何らかの形でいずれ戦争は起こっただろう。
今回の一件も大西洋連邦とユーラシア連邦の対立構造が原因であり、たとえ自分達が武力介入を行わなかったとしても、やがて両国の争いは起こっただろうとクロトは言った。
「だいたい誰にとっても正しい行動なんてない。あの
一週目の自分が──生きる為に戦う以外の選択肢がなかった自分が、三隻同盟から悪と断じられたように。クロトにとって正義とは相対的なものだというのが持論だったのだ。
〈47〉
やがてカーはナビが示す屋敷の手前で車を停めた。ガードマンの誘導に従い、来客用の駐車場にカーを停めたクロトとカガリは身体検査を受けた後、建物の中に入った。
上品な物腰の執事が二人をゆっくりと先導し、屋敷の中心部に位置する部屋の手前に設置されたインターフォンに触れた。
《入らせろ》
嘲笑う様な青年の声が流れて来た。返答を受けた執事がインターフォンの真下に填め込まれたタッチパネルを手早く操作すると、部屋の扉が横滑りでゆっくりと動き始めた。
それは豪勢な調度品と、色鮮やかな電子機器で囲まれた部屋だった。重厚な木製デスクの反対側で革製の椅子に腰掛けた男は座ったままでクロトとカガリを迎えた。
「遠路はるばるよく来てくれましたねぇ」
金髪の男は白い犬歯を見せ付けながら尊大な態度で言った。
甘いマスクに芝居がかった所作、そしてそれを掻き消す程の薄暗い感情を放ちながら、男は冷たい笑みを浮かべた。
「優れた番犬の特徴は、飼い主を噛まないことです。
ブルーコスモスの前盟主にして国防産業理事の座に就任し、地球連合軍のオブザーバーとして大きな影響力を発揮した男。
地球連合軍がロドニア研究所と共同研究を行っていた生体CPUの製造計画、現地球連合宇宙軍総司令官デュエイン・ハルバートン中将がモルゲンレーテと共同開発を行っていたG兵器製造計画など複数の軍事計画に出資者として名を連ね、当時のウズミ・ナラ・アスハ政権に対して“オーブ解放作戦”を実行し、ユニウス条約が締結されるまでオーブ連合首長国を大西洋連邦の保護下に置いた男。
そして“平和の使者”に仕立て上げられたことでブルーコスモス盟主の座をロード・ジブリールに譲ることになり、地球連合軍に対する発言力を大きく喪ったものの、今もターミナルの出資者とロゴスのオブザーバーを兼任する傍ら、裏ではプラント解体を虎視眈々と狙っていると噂される男だ。
アズラエルは右手を掲げ、カガリをソファに座るよう促すと指を鳴らした。
ポッドを持った給仕が現れ、カップに熱いストレートティーが並々と注がれる。アズラエルは喉が渇いていたのかすぐに口を付けると、向かい合って座ったカガリをじっくりと舐め回す様に見た。
「なるほど。
「何だと!!」
アズラエルはギャング流の挑発に目を血走らせたカガリをせせら嗤い、更に言葉を続けようとした。隻眼に氷の冷酷さを宿し、クロトは2人が無駄な雑談でもしているかのように平然と遮った。
「そんなところです。件の情報は?」
これ以上戯言を続けるなら
クロトは怒りで身体を震わせているカガリを余所に携帯端末を取り出すと、そのデータチップを読み込ませて中身を確認し始めた。
「全く正気とは思えないでしょう? アイツらしいと言えばそうですがねぇ」
その中にはヘブンスベースを出撃した地球連合軍が北回りの航路でサンディエゴに建設されたザフト基地を攻略し、それ自体を布石として大西洋連邦の心臓部であるデトロイトを攻撃する計画書のデータが残されていた。
「貴重な情報提供、感謝します」
あまりにも荒唐無稽な作戦内容と、紛れもなく地球連合軍が作成した本物の計画書であることを確認したクロトは頷いた。
獅子身中の虫とはよく言われるが、本命のザフトを打倒する前に大西洋連邦を攻撃する本末転倒な遣り口はまさにジブリールらしいと言えた。同じ友軍殺しでもザフトの大部隊を撃破するなど犠牲に見合う戦果を残した“グリマルディ戦線”や“アラスカ防衛戦”とは異なり、地球連合軍にとって完全に無意味な戦いだからだ。
「せいぜい頑張ってくださいよ。せっかく復興も進んできたというのに、ジブリールの癇癪に付き合ってられませんからねえ」
アズラエルは巨額を投じて復興させたデトロイトを放棄するつもりはなく、自らの息が掛かった大西洋連邦軍の駐留部隊長に迎撃準備を行わせていた。
ジブリールが投入する新型機動兵器さえ抑えられれば十分勝機はある一方で、クロトらが敗北すれば数百万、あるいはそれ以上の命が犠牲になる。そして戦火は地球連合を二分する形で世界全土に拡大し、ザフトも好機と見て各地の攻勢を強めるだろう。
もしも
複雑な表情を浮かべたカガリに対して、同じくデータチップの中に記載された新型機動兵器の詳細データにクロトが目を通していると、背後の扉が勢いよく開いた。
「
その瞬間、今まで余裕の表情を崩さなかったアズラエルの顔が歪んだ。慌てて椅子から立ち上がり、出迎えようとするアズラエルを押し退けた来訪者はデータを確認しているクロトの姿を認めると、困惑するカガリを余所に満面の笑みを浮かべた。
「初めまして、リリスです。リリーと呼んでくださいね」
「リリー! 大事な仕事の話があるから入ってくるなと言っただろ!?」
意外な話だが、ムルタ・アズラエルには妻と娘がいる。
どちらもアズラエルとは雇用者と被用者の関係ですらなかったクロトは面識など一切なかったのだが、どうやら目の前の美しい金髪を伸ばした可憐な幼女がその娘らしい。
「こちらこそ初めまして。これはお近づきの印に」
この幼女は自分の正体など、何も知らないだろう。
そう考えたクロトは血相を変えて引き離そうとするアズラエルを横目に、バッグから先程購入した菓子の詰め合わせをリリスに差し出した。思わぬプレゼントを見たリリスは無邪気に受け取ると、何かを納得したかのように大きく頷いた。
「流石はパパの部下、気が利くわね。私が成人したら雇ってあげるわ」
その予想外な言葉にアズラエルは顔を引き攣らせ、カガリとクロトも思わず表情を凍らせた。アズラエルは動揺を隠しながら、言い聞かせるように言った。
「リリー……それは駄目だ」
「どうして?
頭を抱えるアズラエルに、リリスはきょとんとした顔を向けた。
今までアズラエルが都合の良いように話を伝えていた結果、リリスの中で
クロトくんがアズにゃんにボロクソ言われるシーンを書いてる最中、何も知らないアズにゃんの子供はむしろクロトくんのファンだろうなと思って登場させました。
映画で登場するかもしれないので、性別・名前まで記述するのは躊躇いましたがご容赦下さい。
元ネタはユダヤの伝承に登場する女性の悪霊“リリス”です。
後にクロトくんの正体が父親の出資していたロドニア研究所で製造された生体CPUだと知ったらリリスちゃんは何を思うのか、目が離せませんね!
原作では一切描写されなかった悪の帝国、大西洋連邦の大都市を社会見学するカガリです。
基本的に軍需産業単体では儲からないので、その技術を転用した自動車産業が主要産業という設定にしました。デトロイトですし。
超伝導電磁推進で動き、VPS装甲で自由にカラーリングを設定出来る高級エアカーは大ヒットですね。(適当