逆襲のクロト   作:皐月莢

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サンディエゴ防衛戦

 〈48〉

 

 壮年の執事長は、長年に渡る経験から自身の主人であるムルタ・アズラエルが酷く機嫌を損ねていることをすぐに悟った。その男は昔から癇癪持ちだったが、普段は理性で激しい感情を制御していた。

 そうでなければ30代前半という若さで、父親から権利を譲り受けたアズラエル財団が経営している軍需産業会社で多大な業績を残し、地球連合軍で一大シェアを獲得するなど不可能だからだ。

 男はかつてナチュラルとして産まれた自身の出生を憎んでいたが、肉体面の才能は並だが頭脳面の才能はコーディネイターにも決して劣らなかった男は、感情と理性を巧みに使い分けた言動でブルーコスモス内でも頭角を現していた。

 そして先の戦争終結に際してアイリーン・カナーバなどプラントの政治家に一部妥協したことでロード・ジブリールを中心とした過激派に弾劾を受けるまで、その盟主と称されていた。

 執事長はどうも主人は盟主の座を奪われた以来の不機嫌らしい、と思いながら反対にご機嫌な幼女に敬意を込めた笑みを浮かべた。しかしムルタはそれが気に障ったのか眉間に青筋を立て、執事長を促してリリスを仕事部屋から追い出した。

 

「アイツを始末するか……いや……」

 

 扉の向こう側で呟くムルタの言葉を耳にした執事長が抱いたのは、この件に関して迂闊に首を突っ込めば、たとえ長年アズラエル家に仕えていた自分であろうと即刻退職届けを書く羽目になるだろうという確信だけだった。

 後でメイドや料理人、庭師を含めた屋敷の全従業員を集めて、先程の奇妙な来訪者に対して一切言及しないことを徹底的に理解させなければならないと執事長は考えた。

 

「また来てくれるかな?」

「それはどうでしょうね。あの御方も忙しいでしょうから」

 

 無邪気なリリスの問い掛けに、執事長は笑顔で応えた。

 ムルタがコーディネイターに対抗するために、才能ある孤児に人体改造を施した少年兵達を自らの手駒として運用しており、先程の少年はその内の一人なのだろうと執事長は朧気に理解した。

 大戦を終わらせた平和の使者にとって致命的なスキャンダルとなり得る事実──全ての詳細が明らかになれば、出資者の一人だろうムルタは当然ながらアズラエル家、それどころか大西洋連邦すら破滅させかねない災厄の火種であることを疑う余地はなかった。

 でなければプラント殲滅を公言して憚らず、大西洋連邦の国防産業理事としてのみならず、独自の情報網すら構築して大西洋連邦軍を支援していたムルタが、地球連合とプラントの和平条約に携わるなどあり得ないと執事長は以前から考えていたのだ。

 

「ふーん、つまんないの」

 

 その場で屈み込むと、膨れ面になったリリスを見た執事長は一瞬眉を顰めた。

 優秀なコーディネイターで構成されたザフト軍に、先の大戦でナチュラルでありながら互角に渡り合った少年兵の正体が、所詮は受精卵に遺伝子操作を施した存在に過ぎないコーディネイターどころか、最古のSF小説に登場するフランケンシュタインの怪物と同じ様な存在であると知った時、この幼女は何を思うだろうか。

 戦場における士官の死因の相当数が、上司に反感を抱いた部下に撃たれたことだという。

 自分が撃たれるかもしれないとは微塵も思っていなかったのか、正規の護衛も付けずにオブザーバーとして度々最前線に立っていたにも関わらず、戦場の混乱に紛れて撃たれなかっただけでも幸運だろうにと思いながら、執事長はリリスを宥め始めた。

 

 

 

 太陽が西に傾き始める中、再び赤いカーに乗り込んだカガリは両脇に屈強な護衛を連れた金髪の可愛らしい幼女の期待に応え、右手をぶんぶんと振った。

 滑るように発進したカーはゲートを通り抜けて車道に踊り出ると、規定速度を遥かに上回る速度まで一気に加速した。

 

「──っと!?」

 

 強烈な加速度でシートに押し付けられ、カガリは唇を尖らせながら慌ててシートベルトを締めた。先程まで行っていたアズラエルとの会談で神経を逆撫でさせられたとはいえ、いくらなんでもこの荒っぽい運転はないだろうと悪態を吐いた。

 

「……あー」

 

 窓の隙間から吹き込む風で頭が冷えたのか、クロトは規定速度をやや上回る速さまでカーの足取りを緩めた。背後に視線を遣り、アズラエルが自分達に対して追跡を行っていないことを確認したクロトはシートに深く座り直して溜息を吐いた。

 

「ふふ」

 

 自分と年齢はあまり変わらないが、ずっと大人な性格だと思っていたクロトの子供っぽい姿を見たカガリは、先程までの奇妙な光景を思い出しながら笑った。

 

「なんだよ?」

「いや。……アイツにも娘がいるんだなって」

「まーねぇ。僕のファンかぁ」

 

 ムルタ・アズラエルの一人娘であり、父親から受け継いだ金髪碧眼に母親似なのだろう可愛らしい幼女──リリス・アズラエルは、ナチュラルでありながらコーディネイターと互角以上に渡り合うクロトの大ファンだそうである。

 クロトとアズラエルが元部下と上司という間柄ではなく、非人道的な研究所で製造された生体CPUとその出資者であるという前提を無視すれば、敬愛する父親の下で働いていた優秀なエースパイロットに見えたのだろうとクロトは自分を納得させた。

 

「呑気な奴だよなー。自分の父親が何をしてたと思ってるんだか」

「あんな奴でも、ブルーコスモスの中じゃマシな方だ」

 

 クロトはハンドルを握り直し、すっかりアズラエルから興味が失せた様に言った。

 それは単なる比喩ではなかった。国策としてコーディネイターの受け入れが行われているオーブですら、自身がコーディネイターであることを隠している者が多数存在するこの世界で、有用性を示せばコーディネイターであろうと許容するアズラエルの思想は、反コーディネイターを掲げて無差別テロを行う者も少なくないブルーコスモスの中では、比較的穏健派である。

 かつて血のバレンタイン事件の報復措置としてニュートロンジャマーを大量投下し、中立・非中立を問わず全世界にエネルギー危機を起こしたクライン派が、地球連合の主要都市に対する核攻撃を主張したザラ派と比較して穏健派と呼ばれているように。

 結局のところ、この世界は何かが壊れているのだ。

 キラが核ミサイルをたった一人で迎撃し、命を賭けて大量破壊兵器を壊したにもかかわらず、僅か2年で戦争が起こったように。どちらかが滅びるまで、この果てなき争いの連鎖は永遠に続くのかもしれないとクロトは思った。

 

「……それよりも気になるのはあっちか、やっぱり?」

「あぁ」

 

 カガリの問い掛けにクロトは頷いた。クロトがいつになく動揺していたのは、アズラエルに地球連合軍の軍事機密を漏洩したとされる男が意外な人物だったからだ。

 

「まさかアイツが生きていたなんて。……急がないと」

 

 当時最年少で白服に上り詰めたザフトのエースパイロットでありながら、スピット・ブレイクやニュートロンジャマー・キャンセラーの情報漏洩に関与し、死後もパトリック・ザラと並んで凶悪な戦争犯罪者として裁かれた大罪人。

 かつてクロトが激しい死闘を繰り広げた末に、決着直後に電力切れが起こる程の薄氷の勝利を収め、後に核分裂炉に誘爆して跡形も無く砕け散った“神意(プロヴィデンス)”のパイロット。

 そして自らの後継者の母胎としてキラを製造させた男のクローンであり、本人も同様にキラを付け狙っていた男がネオ・ロアノークと名を変え、ファントムペインを率いている隊長だということが判明したのだ。

 もっともこの場で事情を知っているのはクロトだけであり、カガリの認識はあくまでザフトのエースパイロットでありながら、地球連合軍に情報漏洩を行い戦争を煽り続けた危険な男が今も生きており、何かを企んでいるというものだった。

 クロトは舌打ちをすると、アクセルを強く踏んだ。

 この狂気に満ちた世界で穏やかに生きるのはこうも難しいのかと嘆息しながら、再び人の往来や建設ラッシュで賑やかな市街区にカーを飛ばし進めた。

 

 〈49〉

 

 北米大陸西部に位置する大都市サンディエゴの郊外には、ユニウスセブン落下テロ事件の復興支援拠点という名目でザフト軍施設が設置されていた。

 大戦が始まると同時に、地球連合軍の主力部隊である大西洋連邦軍に対する前線基地として対ユーラシア連邦軍の前線基地として建設されたジブラルタル基地と同様、カーペンタリアに次ぐザフトの重要拠点として挙げられたサンディエゴには大規模な軍事基地が建設された。

 北米大陸西部の復興支援を行う傍ら、北米大陸南部で独立運動を行っている南アメリカ合衆国の支援を行い、大西洋連邦の国力を削ぐという重要な使命を課せられたサンディエゴ基地の駐留軍はジブラルタル基地を凌ぐ戦力を有しており、大陸東部から送り込まれる大西洋連邦軍の大部隊と一進一退の攻防を繰り返していた。

 

『撃て! 撃てッ! 怯むな! ここで食い止めるんだ!!』

『うわっ! うわああああぁ!!』

『ば、化け物め……!』

 

 そんなサンディエゴ基地は突如沿岸部から現れた地球連合軍の強襲を受け、主力防衛部隊の壊滅を含む致命的な被害を受けていた。

 かろうじて迎撃用の陣形を組み、標的を取り囲むように放たれたモビルスーツ隊からの攻撃を陽電子リフレクターで防ぎ切った漆黒の大型機動兵器は背部フライトユニットに装備した長射程の大出力ビーム砲(アウフプラール・ドライツェーン)を展開し、目に映る全ての敵を凪ぎ払う。

 型式番号“GFAS-X1(デストロイ)”。

 まさに破壊の化身という言葉が相応しい戦闘能力を誇る大型可変モビルアーマーは周囲に大型ミサイルを連射した。完全に破壊されたサンディエゴ基地本部を目撃した駐留軍の大半は統制を喪い、散り散りになって敗走を始めた。

 しかし一部の部隊はザフト軍としての誇りからか、その巨体故に鈍重なデストロイに接近を挑もうとする。しかし脇を固めているカオスにその侵攻を阻まれると、距離を詰める前にコクピットを次々に撃ち抜かれて爆散していく。

 

『これがデストロイの力か……』

 

 基地内部に備蓄されていた弾薬に引火したのか、轟音と共に激しい火柱が立ち上った。ネオはすっかり瓦礫の山と化したサンディエゴ基地を見下ろしながら大きく息を吐いた。

 ただでさえ形態ごとに操作感が全く異なる機体制御や、火器管制システムが極端に複雑化している関係で、デストロイはスティングどころかカナードすら“揺り籠”で専用の調整を施さなければまともに動かすことすら困難な代物だった。

 しかしネオの極めて高度な空間認識能力と、ナチュラルでありながらコーディネイターに最適化されたOSに適応することで磨き抜かれた操縦技術は、生身でデストロイの性能を十全に引き出すという不可能を可能にしたのだ。

 

『ふふ、逃げられると思ったかね?』

『か、囲まれた!?』

『うわあああああああ!!』

 

 無数の市民が取り残された市街区に逃げ込もうとするモビルスーツ隊を、ネオは量子通信で操作したアームユニット(シュトゥルムファウスト)で執拗に追い回す。4本足の立体的な機動性を生かして倒壊した建造物の隙間を縫う様に駆け抜けたガイアが撤退するモビルスーツ隊の側部から強襲を仕掛け、背部ウイングから展開したビームブレイドが胴体を斬り裂いた。

 深刻な混乱状態に陥ったモビルスーツ隊は完全に統制を喪い、分断されて各個撃破されていく。

 義勇軍であるザフトは個人技による打開に傾倒しており、突破・包囲といった基本戦術すら理解していない軍隊だということをネオは把握していたのだ。

 もちろん数の力や機体性能に頼った地球連合軍を相手取るならそれで十分だったのだが、ロアノーク隊は全員が一般的なザフト兵を凌駕する能力に加えて、最新鋭の機動兵器を擁する精鋭部隊である。

 戦略目標であるサンディエゴ基地駐留軍の壊滅を達成したネオに、北米大陸西部までデストロイを運搬した大型専用母艦に乗り込んでいたジブリ-ルから通信が届いた。

 

『どうだ? 圧倒的だろうデストロイは?』

『全くですな。いったいどこまで焼き払うおつもりですか?』

『そこにザフトがいる限りどこまでも、だよ。コーディネイター共と馴れ合う連中にもう一度はっきり教えてやれ! それを裏切るような真似をすれば地獄に墜ちるのだということをな!』

 

『ふっ、了解しました』

 

 大西洋連邦軍にデトロイトを攻略目標とした侵攻作戦を悟られず、その後の展開を優位に進める為には、この戦いがあくまで地球連合軍によるサンディエゴ奪還作戦だと思わせることが肝要だ。

 しかし現時点ではザフト軍の支配地域であり、自分の政敵であるムルタ・アズラエルに致命的なダメージを与える為とはいえ、元々は同じ地球連合に属する同胞の虐殺命令を平然と下す男がロード・ジブリールという男なのだ。この男は完全にイカれている──ネオは圧倒的な破壊力を発揮するデストロイのコクピットで嗤った。

 先程のモビルスーツ隊と同様、駐留軍の一部が逃げ込んだ市街部に対してネオは背部フライトユニットから再び長射程の大出力ビーム砲を展開した。

 パトリック・ザラと並んで人類史にその悪名を轟かせた自分が、今度は地球連合軍の特殊部隊を率いて大虐殺を起こした男として再び悪名を刻むのも一興だろう。

 

『む!?』

 

 ネオはザフト駐留軍を一撃で半壊させた強大な一斉射撃を放とうとした瞬間、カナードに酷似した気配が迫り来る感覚に襲われた。そして直後に背筋が凍る程の鋭い殺気を感じ、ネオは攻撃を中止した。

 

『ネオ!!』

『あぁ、アズラエルの仕業だな』

 

 まんまと一杯食わされた気分──ネオは機体を上昇させながら反転すると、迫り来る機動兵器に向かって全身の砲門から極大のビームを放った。

 突如現れた漆黒の人面鳥は眩い暴風雨を潜り抜けて人型に変形すると、猛烈な速度で破砕球(ミョルニル)を投擲した。ネオは稲妻の如き質量兵器に陽電子リフレクターを展開した右腕のアームユニット(シュトゥルムファウスト)を咄嗟に射出して迎撃した。激しい火花が空中で舞い散り、鈍い衝突音で大気が鳴動する。衝撃で周囲の建物は窓を割り、一部は轟音と共に倒壊を始めた。

 どうやら彼は自分の前に立ち塞がる運命にあるらしい、と苦笑したネオはカナードとスティングに左右からの挟撃を命じると同時にデストロイの形態を切り替えた。

 

『!!』

 

 正面に対峙しているレイダーを遥かに上回る圧倒的な巨体を誇っていたデストロイの中心部分が内側から割れ、モビルスーツに似た形状のコアユニットが露出する。

 先の大戦で活躍した大型ストライカーパックの名を冠する大型可変機デストロイには陽電子砲すら凌ぎ切る鉄壁の防御力と、最新鋭の戦艦に匹敵する大火力を活かした空中要塞であるモビルアーマー形態と、大気圏内の飛行能力は喪失する代わりに運動性能と拠点制圧能力を高めたモビルスーツ形態の2形態が存在した。

 しかし先の大戦で同じコンセプトの機体(ストライクB)がフリーダムに敗北したことで、対モビルスーツ戦の能力が疑問視されたデストロイには第3の形態が追加されていた。

 

『勇敢なのは結構だが、そんな情けないモビルスーツで私に勝てるつもりかね?』

 

 正面から放たれた強烈な高出力エネルギー砲(ツォーン)を手甲部から発生した陽電子リフレクターで真正面から受け止めると、分離した背部ユニットからネオが放った絶大な光弾がレイダーの装甲を掠めた。

 

『これが……!』

 

 ストライクの強化発展機である“ストライクE”の高い機動力に加えて、コアを喪ったデストロイを量子通信で操作することで、極めて高い空間認識能力と劣悪な操作性の代わりに対モビルスーツ性能と殲滅能力を両立させた分離形態がネオの切り札だった。

 ウィング外側にマウントされたビームサーベルを抜き、斜めにスライドしながら接近する灰色のストライクと、それに追従しながら光弾を放つデストロイを捉えたクロトの頭はクリアになり、全開でスラスターを吹かせながら加速した。

 

 天使の様な光の翼を纏い、大気圏外から迫り来る紫炎のモビルスーツ群には誰も気付いていなかった。




 妙に難産でした。原作でもサンディエゴ基地はザフト領らしいですが、北米大陸まで侵攻する積極的防衛とは……?

【機体設定】

・基本的には原作のデストロイと同じですが、本作は種編でフリーダムに敗北したことで、対モビルスーツ戦に特化した分離形態が存在します。
 ストライクEに加えて、ファトゥムみたいな感じでデストロイを量子通信で操作するイメージです。
 初期プロットではブラックサレナみたいにデストロイの中からレイダーが登場する予定だったので、そのアイデアを流用しています。

【装備】

・M2M5 12.5mm自動近接防御火器×2
・M8F-SB1 ビームライフルショーティー×2
・ES04B ビームサーベル×2
・SX1021 陽電子リフレクター発生器 ×2(手甲部)

【解説】

・通常時はデストロイのコアを兼任する都合上、原作のストライクEよりも更に取り回しの良い武装を採用しています。
・登場予定はありませんが、スウェンくんもこれにアンカー等のオプション装備を追加した機体を使用しています。デストロイ輸送任務の後、組織を裏切ったブーステッドマン抹殺任務に臨むかもしれません。
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