〈50〉
目の前で繰り広げられている壮絶な戦いに、キラはコクピットの中で全身の毛が逆立つような強い恐怖感を抱いた。それは周囲に破壊を撒き散らす恐るべきモビルスーツと、それを手足の様に扱っているラウだけではなく、その男を始末する為に自身の身すら焦がす様な強い激情に身を任せているクロトからも感じていた。
表向きは地球連合軍の精鋭部隊によるサンディエゴ奪還作戦だったが、実際には一部の部隊に北米大陸縦断を敢行させてデトロイトを攻略し、大西洋連邦を壊滅させるというジブリールの前代未聞の作戦を掴んだアズラエルはターミナルにその情報を流し、ターミナルは未曾有の大虐殺を防ぐためにクロトとキラに迎撃を命じたのだ。
左右に展開したカナードとスティングはザフト残存部隊やキラからの攻撃を警戒し、十分に距離を取りながら徐々に激しさを増す二人の戦いを見守っていた。
数的不利と機体性能差という悪条件を抱えるキラ達にとって、わざわざ手を止めているカナード、スティングを刺激する理由などなかった。
『アウルは元気か?』
空中で舞い散る猛烈な火花と轟音に目線を奪われていたキラの下に、カナードから無線通信が届いた。それは何処となく聞き覚えのある少女の声だった。意外な言葉の内容にキラは戸惑ったが、間を空けながらも肯定した。
カナードは可笑しそうに嗤うと、世間話をするような口調で話し掛けてきた。その憎悪も憤怒も存在しない様な口振りは、彼女達が純粋な正規軍人ではないことの証明であるようにキラには思えた。
もちろんネオに対する絶対的な信頼が大前提ではあったが、戦う理由など存在しないにも関わらず、ただ命賭けで戦うことを強要されているカナード達にとってはキラと戦うことよりも、先日囚われた仲間の安否を確認する方が重要だったのだ。
『しかしアイツ……。私と戦った時は手を抜いていたのか?』
一際大きい爆撃の様な振動がコクピットを揺らし、カナードは嘆く様に呟いた。
圧倒的な火力と鉄壁の防御力を誇るデストロイを移動砲台として活用しながら、総合性能はセカンドステージに匹敵するストライクの強化発展機“ストライクE”を自由自在に操るネオに対して、クロトは互角の戦いを繰り広げていたからだ。
『どうしてお前が生きている!!』
『知らぬさ! 気付けば私はファントムペインの一員だったのだよ!』
『懲りずに世界を滅ぼそうって訳だ!』
周囲から放たれる光弾の網を掻い潜り、クロトは接近戦に持ち込んだ。コクピット目掛けて放たれた
『私の意思ではない!! しかしこれが人の望み! 人の業!!』
『まだそんなことを!!』
斜めに後退しながら攻撃を避け、廃墟を蹴って急上昇するクロトを上下から挟撃するように
一瞬遅れて
『今も愚か者共に利用されている君に言えたことかな!?』
『お前こそ!』
別方向から一直線に距離を詰めたネオは高笑いと共に二丁拳銃で光弾を連発し、クロトはレイダーを変形して加速するとデストロイを射線上に挟む形で旋回した。
デストロイはその鈍重さ故に対モビルスーツ戦闘能力は低く、それを補う分離形態でも不安が残る機体である。特にデコイとして利用されれば、陽電子リフレクターやストライカーパックの補助無しで空中機動を可能にする新型スラスターを搭載した関係で、継戦能力に欠けるストライクEの行動は制限されてしまうのだ。
初見とは思えない的確な対応に、どうやら
『私が本気ならデストロイの情報など流すものか!』
『何だと!?』
かつて自分が殺した筈のラウ・ル・クルーゼが生きており、ファントムペインを率いているという情報はアズラエルから入手していたが、その情報源そのものがラウだとは聞かされていなかったクロトは言葉を喪った。僅かに集中力を欠いたクロトに対し、一直線に突撃しながら放ったデストロイの大火力が襲い掛かった。
『どうやらアズラエルは我々の共倒れが望みらしいな!!』
『くっ……!』
クロトは左右にスライドして光弾の嵐を躱しながら、無数の大型ミサイルを右腕の機関砲で迎撃し、機首に取り付けた速射砲で背後を窺う
しかし大型ミサイルと
『それでもお前だけは!!』
かつてのプロヴィデンスと比較して、デストロイは攻撃のバリエーションこそ劣るものの圧倒的な火力と鉄壁の防御力を誇っており、本体のストライクEも高水準の近接格闘能力を誇る最新鋭の機体である。
たとえデストロイの弾幕を掻い潜って接近戦を挑んでも、レイダーの最大火力すら容易に受け止める陽電子リフレクターがある限り、攻撃を当てることすら困難なのだ。しかし砲撃戦では全く勝ち目がないためクロトは機体を立て直すと、陽電子リフレクターに何度も受け止められたことで損傷が目立ち始めた
『君に受けた傷跡が疼くぞ!』
地を這う様な低空飛行でデストロイの弾幕を躱し、真横から襲い来る
『だったらもう一回喰らわせてやる!!』
レイダーの猛烈な加速を乗せた一撃は鉄壁の陽電子リフレクターを押し返し、後方に吹き飛ばした。しかしネオは一瞬で機体を立て直すと、両腕でビームサーベルを抜いて追撃しようとするレイダーを狙って振り回した。
クロトは光の刃で装甲の一部を切り裂かれながらも機体を僅かに後退させ、頭部から
『それでこそ私の好敵手だ!』
僅かな動揺すら見せず、別方向から放たれたビームを紙一重で回避しながら斬り掛かってくるクロトの攻撃を、陽電子リフレクターで防ぎながらネオは賞賛した。
目の前の青年は
『ちいッ!』
クロトは機体を急上昇させ、ネオの放った光弾を間一髪で回避した。
未だ
興醒めな乱入者達に溜息を吐き、ネオは視界を頭上に向けた。
『ふっ。やはり作戦はザフトに漏れているようだな』
セカンドステージは3機だと聞かされていたことで意外な苦戦を強いられたアーモリーワン事変に始まり、ジブリールの掴んだザフトの内部情報は正確な一方で、常に欠落が生じていることをネオは度々感じていた。ジブリールの情報源はザフトに忠誠を誓う二重スパイであり、その情報を通じてジブリールは間接的に操られていると仮定すれば、以前から抱いていた違和感に説明が付く。
軌道上から迫り来る正体不明の反応をザフトの援軍と判断し、頭部センサーを真上に向けたネオはモビルスーツ群を捉えた。たとえ相手がセカンドステージ相当のモビルスーツ隊であろうと、今の自分に敗北はないと確信しながら。
しかしその確信はカナードの絶叫と、スピーカーから聞こえてきた何処か聞き覚えのある口調──自分を除いた全ての人類を見下す様な冷たい声を聞いた瞬間に霧散した。
『生きていたのか、出来損ない』
背部から伸びた真紅の能動性空力弾性翼から光の翼が発生し、白と紫炎のVPS装甲を輝かせる“運命”のシルエットを装備したインパルスがネオの前に舞い降りた。
〈51〉
蛇に睨まれた蛙とはこの事だろう。
そのモビルスーツ群が現れた瞬間、キラは心臓を握られた様な感覚に包まれた。合計3機のインパルスと思しき機体がキラの周囲に降り立った。
背部に搭載したシルエットの特性によって白と紫炎の鮮やかなVPS装甲に包まれ、光の翼を展開したインパルスはそれぞれが圧倒的な存在感を放っていた。キラはコクピットの中で無意識に膝が震えるのを感じた。
それは目の前のモビルスーツに殺されるかもしれないという恐怖ではなかった。それは殺されるくらいならマシな位の目に遭うだろうという恐怖だった。どれだけ抵抗しても無意味に思えるような深い絶望感があった。
それはキラの周囲に降り立ったモビルスーツ群から来るものではなかった。それはキラを取り囲む3機から少し離れ、腕を組んだ状態でネオと対峙している隊長機と思しきモビルスーツから放たれている威圧感から来るものだった。
『……なぜ貴様が生きている?』
ネオは動揺を隠すように大声を上げ、目の前の相手だけではなくクロトやキラに聞こえるように、敢えて公共回線を使って呼び掛けた。
『簡単な事だ。……お前は疑問に思わなかったのか?
仮に男が一国を支配する王族であれば、優秀な後継者を用意する為に血肉を注ぐことはネオも理解出来ただろう。実際に優秀な者を後継者として迎え入れることは、太古の時代から幾度も行われてきた。自身の権勢を永遠に保つ為に。
しかしフラガ家はせいぜい代々続く資産家──自身と比較して能力の劣る後継者を嫌う程度ならともかく、後継者を用意するために巨額を投じるのは本末転倒だ。ましてそれがコーディネイターすら嫌悪する違法技術のクローンであれば尚更だろう。
もちろんネオも男の思想をそう認識した上で“己の死すら金で買えると思い上がった愚か者”と評していたのだが、実際に目の前の男は死を乗り越えて存在している。
かつては父と呼んだ男を撃ち殺し、屋敷ごと焼いた嫌な感触をネオは今も覚えていた。
『まさか』
男の言葉から真実に辿り着いたネオは絶句した。
つまり
『そうだ。もっともお前のせいで私の計画は完全に狂ってしまったがな。……さぁ、そろそろ収穫の刻だ』
本来は両腕でなければ保持すら難しい筈の長大な対艦刀を紫炎のインパルスは二刀流で構えると、真紅の能動性空力弾性翼から伸びる光の翼が絶大な輝きを放ち──ツイン・アイが黄金に輝いた。
『インパルスを倒した位で調子に乗るな、ナチュラル風情が!』
考えられる限り最悪の事態だと理解したクロトは光の翼を展開し、間合いを詰めようとするインパルスから距離を取りながら右腕の機関砲を連射した。
しかし惑星間航行用推進システムを元に開発された光パルス高推力スラスターが産み出す絶大な推進力は、未だ純粋な機動力では最上位である筈のレイダーを容易に捉えた。
『死ね!』
右腕から射出されたビームブーメランが上空から襲い掛かった。クロトは咄嗟にシールドで弾き返そうとしたが、そのまま右腕を切り飛ばされる。地球連合軍のモビルアーマーの重装甲を想定して造られた新型のビームブーメランは、レイダーが装備しているアンチビームシールドを容易に切断する威力を誇っていたのだ。
『このくらい!!』
クロトは尚も迫り来るビームブーメランを反射的に回避すると頭部から
『やはりナチュラルではその程度か!』
『くそっ……!』
見下したように嘲笑するインパルスのパイロットに、クロトは唇を噛むとレイダーを変形させて後方に加速しながら両肩の機関砲を連射する。
キラは突如現れた男に気圧されて戦意喪失しており、茫然としたまま動かない。ガイアとカオスはインパルスの機体性能に圧倒され、徐々に機体を切り刻まれていた。
『ふはは! やはり出来損ないは出来損ないか!!』
インパルスはデストロイの攻撃と陽電子リフレクターの盾を掻い潜り、対艦刀を胴体に深々と突き刺した。デストロイ内部に満載されていた推進剤と弾薬に引火し、大爆発に巻き込まれたストライクEはインパルスと死闘を繰り広げているレイダーの眼前に猛烈な勢いで叩き付けられた。
『……』
敵がインパルスの同型機である以上、核動力を用いているとは思えない。つまり継戦能力と引き換えに絶大な戦闘能力を獲得したのだろうとクロトは推測した。
またアズラエルは計算高い男である。
たとえ真の目的がネオとクロトの共倒れにあるとしても、ネオが勝てばジブリールの目論み通りにデトロイトは壊滅する。ならば戦いの結果を確認するためにもリスク管理のためにも、自ら大軍を率いて現れる筈だ。
そんなクロトの予想は見事に的中したのだった。
『──勝ち目のない戦いに死んでこいって部下を送る人達より、僕の方がよっぽど優しいでしょう?』
激しい砲火で赤く染まったサンディエゴの空を、アズラエル率いるハンニバル級陸上戦艦群から放たれた無数の白い人面鳥が埋め尽くした。
『見付けたぞ!』
深手を負いながらもインパルスと交戦を続けている漆黒のモビルスーツを視認したデトロイト防衛部隊のモビルスーツ隊員は、口々に歓喜の大声を上げた。
『レイダーだ!! 大西洋連邦軍の魂!』
『そうだ! コズミック・イラの正義は我々にあるぅ!!』
継戦能力に欠けるということは、つまり大軍を相手取るには不向きである。
ましてアズラエルがネオを討ち取るために用意したナチュラルでありながら先の大戦で活躍したエースパイロット達に、ストライクに対するウィンダムに相当するレイダーの性能を再現した新型量産機“ハーピー”を配備した精鋭部隊であれば尚更だった。
コンクルーダーズの残りの3人はガイア、アビス、カオスの本来のパイロットをイメージしています。
アズにゃん「アイツを殺すチャンスだ!!」
部下A「レイダーだ! 大西洋連邦軍の魂!」
アズにゃん「!?」
部下B「そうだ! コズミック・イラの正義は我々にあるぅ!」
部下C「うおおおお!!!」
アズにゃん「」