〈52〉
これほど長時間に渡って、極限の集中状態を保ち続けたのはクロトにとって初めてだった。
徐々に視界は明滅し始め、倦怠感と共に血の塊が口内にせり上がっていた。脳内麻薬でも打ち消せない激しい頭痛を感じながら、クロトは東の空から現れた援軍に一瞬気を取られた光の翼を輝かせるインパルスに突撃を仕掛けた。
『おらぁ!!』
迫り来るレイダーのコクピットを狙い、斜め上方から弧を描くように射出された一対のビームブーメランの片方をクロトは左腕の
『!?』
コンマ数ミリ秒単位の狂いすら許されない神業に、インパルスのパイロットである旧アビスのパイロット──マーレ・ストロードは動揺を見せた。
右腕のシールドを喪った状態で距離を詰めながらビームブーメランを回避するにはそれ以外の方法はなかったのだが、とても正気な行動とは思えなかった。それでもビーム刃が右膝から下を切り裂いたが、クロトは構わず機体を加速させる。
『危ねぇーだろうが!!!』
殴り付ける様な斬撃を繰り出し、右腕の発生装置から展開されたビームシールドが紙一重で防ぐ。それを読んでいたクロトは視界が狭まった瞬間に右側の大型クローを真横に伸ばし、普段はビームクローとして用いている
完全に不意を突いて放たれた光弾はビームシールドの傍を擦り抜けてインパルスの左腕を掠め、レイダーを狙っていた背部ユニットに搭載された左ビーム砲塔を吹き飛ばした。
更に右ビーム砲塔から放たれた光弾を華麗な宙返りで避けて変形すると、両肩と機首に搭載された機関砲が一斉に火を噴いた。
絶大な推力と引き換えに激しい電力消費を伴う光の翼の展開に加えて、畳み掛けるように放たれた銃撃の嵐がインパルスのVPS装甲に次々着弾し、遂にバッテリー残量を警告するアラームが鳴った。
圧倒的な性能差を埋める卓越した技量と、決して折れない闘争心。
あの日“アビス”のパイロットだったがアーモリーワンで重傷を負って戦線離脱し、デュランダルに声を掛けられるまで不遇を味わった日々をマーレは思い出した。
この部隊──“コンクルーダーズ”は隊長の男を含め、世界的な遺伝子学者であるデュランダルが出自や境遇に拘らず戦士の遺伝子を見出して結成した、その名の通り戦いを終わらせる力を持った最強の部隊なのだ。
それなのに。
気圧されたマーレはビームシールドを解除し、右腕で
それまで防戦に徹しながら反撃の隙を窺っていたが、遂にバッテリーの節約を考えない攻勢をクロトは開始したのだ。
叩き付けるように振るった
『ちぃ──』
サンディエゴ防衛軍を囮に大気圏外から強襲を仕掛け、迅速に敵対勢力を殲滅すると共にオーブ連邦首長国の象徴であるカガリ・ユラ・アスハ及びストライクルージュ──今はカラーリングを変更しているようだが──を確保するという作戦は失敗に終わったらしいとマーレは悟った。
一方でクロトは対空ミサイルを対処するために足を緩めたインパルスを追って機体を加速させた。胸部に装備したバルカンの弾幕を潜り抜け、インパルスのコアスプレンダー目掛けて
しかし命中する瞬間、突如クロトは機体を真横に振った。
『くっ!?』
マーレを囮に上空から亜音速で投擲された
機体の制御を大きく崩し、重力に引かれた様に落下しながらも致命傷を避けたレイダーを視界で捉えたアルは溜息を吐いた。
いくら数を揃えようが、所詮は脆弱な連中に敗れることなどありえない。才能だけなら自分に匹敵しているあの出来損ないも、やはり相手にならなかった。
しかしバッテリーが尽きれば、周囲に友軍のいない自分達に勝ち目はないと考えたアルは包囲される前に撤退命令を下した。光の翼を展開したインパルス隊は大空を舞う大西洋連邦軍の一角を切り裂くと、追撃を振り切って大気圏外に離脱した。
〈53〉
PS装甲の維持を解き、漆黒から灰色に変わったレイダーを取り囲むように白いモビルスーツ部隊が地上に降り立ち、遅れて地上戦艦から飛ばしたVTOL輸送機からアズラエルも降り立った。
型式番号GATー377──通称“ハーピー”。
ギリシャ神話に登場する女性の顔をした人面鳥の名を冠するこの機体は、ウィンダムと並んでユニウス条約の締結前後に開発がスタートした可変型モビルスーツである。
機体数の制限が設けられたことで基本性能と汎用性の向上に主眼の置かれた設計が行われ、それまで地球連合軍の空戦用モビルスーツだった制式仕様のレイダーを凌駕する機動性を獲得し、カタログスペック上は先の大戦で圧倒的な活躍を示した先行仕様のレイダーと同等の性能を持つに至った。
しかし元々一般的なナチュラル向けに開発が行われていたストライクと異なり、先行仕様のレイダーは生体CPUの搭乗を前提とした設計が行われていたため、その開発は難航した。またスラスターの技術革新に伴ってウィンダムが大気圏内の飛行能力を獲得するに至り、差別化を図る為に再開発が行われた。
最終的に空戦型ストライカーパックを採用したウィンダムと同等以上の機動性と、一回り高い火力支援能力を持った戦闘爆撃用モビルスーツとして完成したのである。アズラエルの計画ではパイロットの技量次第でザクウォーリアどころか、グフイグナイテッドと互角に渡り合うことすら可能な量産機という触れ込みで売り込む予定だったのだ。
「……全く、とんでもないことになってますねぇ」
すっかり焼け野原と化したサンディエゴの町をアズラエルはぐるりと見渡した。
郊外に建造されたザフト軍基地はデストロイの攻撃で徹底的に破壊されており、市街区に逃げ込んでいた残存部隊はあっさり抵抗を止めて投降した。忌々しいがこんなところでも“ムルタ”の名は有効らしいと感じたアズラエルは、先程まで町を蹂躙していたザフトの新型モビルスーツに思慮を巡らせた。
オプション装備無しで大気圏内外を自由に行き来する機動性に、同じセカンドシリーズや地球連合軍の最新鋭機であるデストロイを圧倒する戦闘能力──バッテリーを動力源として採用したモビルスーツでありながら、どうやら現代において今も一つの基準であるフリーダムを超越した性能を秘めているらしい。
それを友軍の援護射撃があったとはいえ、ネオとの連戦で消耗した状態で一機を撃墜寸前まで追い込むアイツはやはり化け物だ、と思いながらアズラエルはコクピットから出て来た所を拘束されたネオと対峙した。
「なかなか思い通りにはいかんな、アズラエル殿?」
目の前の男はザフトの白服でありながら情報漏洩を行うなど意図的に戦争を激化させた大罪人であり、今はジブリールの部下として第81独立機動群を統率する傍ら、アズラエルにデトロイト強襲作戦を暴露した謎の男だ。才能こそ疑う余地はないが、それこそクロト以上に忠誠心の欠片もない人間だった。
しかしこの男は今回暴挙に出たジブリールの弱みを握る上で重要というだけではなく、今後の対ザフト戦を見据えて大きな利用価値があるとアズラエルは考えた。
「貴方こそ意外と使えませんねぇ、ロアノーク大佐」
本来の計画ではクロトとネオを潰し合わせ、消耗した所を討ち取るのがアズラエルにとっては理想的な展開だった。
もちろんクロトが敗北すれば自分達が壊滅する可能性も十分考えられたため、デストロイの情報を握らせる形で両者の戦力を拮抗させたのだ。しかしそれは思わぬザフト軍の襲来で計画が狂ってしまっていた。それでもこのネオとその部下の確保という成果は、決して悪いものではなかった。
アズラエルは他にもネオの部下が搭乗していたザフトの最新鋭機──ガイア、カオスの回収に成功していた。これで他社に先んじられていた陸戦型モビルスーツや宇宙戦型モビルスーツの開発が一気に進むとアズラエルは確信した。多少の誤算はあったとしても、やはり自分に敵う者などいないのだ。
「──────!!」
前方で沸き起こった囃し立てるような歓声は、そんなことを考えていたアズラエルの耳には届いていなかった。
「…………」
まるで鉛が入った様に重く感じるヘルメットを脱ぎ捨て、クロトはコクピットの中からゆっくりと姿を現した。意識は霞が掛かったように薄れ、心臓は極限の集中状態を解いてもなお、早鐘を打つかのように鼓動を響かせていた。気を抜けばその場で気絶してしまいそうだった。
クロトはその身体能力を先天的な遺伝子操作ではなく、後天的な人体改造の成果として唯一残っていた肉体のリミッター解除に依存していた。そんなクロトがSEED因子を長時間覚醒させることは、心身の負担が激しかったのである。
それも正攻法では太刀打ちできない強大な敵が相手であり、僅かな判断ミスが死に直結する状況が続いたのであれば尚更だった。
「こんな若い奴が……?」
足下に血の混じった唾を吐き捨て、幽鬼の様な雰囲気を纏いながら危うい足取りで歩き始めたクロトを見た大西洋連邦のパイロット達は言葉を喪う。
かつてその名を戦場に轟かせながらも、生体CPUであるクロトの素顔を知る者は殆どいなかった。クロトを見た数少ない者の大半は連合宇宙軍の所属であり、その大部分は最終決戦の最中にジェネシスに、あるいはその後の追撃で戦死していたからだ。
しかし先程まで装甲面を除けば量産機と大差ない性能のレイダーで、一騎当千のモビルスーツ達と激闘を繰り広げていたパイロットである事は紛れもない事実だった。
精強な大西洋連邦軍でさえ誰一人として話し掛けられないまま、クロトは目的地である少し離れた位置に着陸したモビルスーツの元に辿り着いた。
「……キラ」
機体の動作を完全停止させてから数分経ってもなお、ストライクは鮮やかなトリコロールカラーを輝かせていた。その姿はコクピットから降りることが怖い、というキラの本心を示しているようだった。
元地球連合軍のムウ・ラ・フラガを始め、フラガ家は固有の遺伝子配列を持っており、それは一族同士の存在を感知する特異な空間認識能力を発揮する他、才能に富んだ者であれば短期的な未来予測すら可能だという。
キラ・ヤマトはもちろんフラガ家の人間ではなく、一族の中では才能に乏しいとされるムウ相手にはその感知機能が発揮されないものの、出資者である男の意向で先天的にその遺伝子配列が付与されているらしい。
もちろんクロトにはその手の感覚など一切存在しないが、それでもネオと交わしていた男の言葉遣いからは如実に底知れない悪意が伝わってきた。そんな己の死すら金で買えると思い上がり、実際に乗り越えた狂気の男がキラの前に姿を現したのだ。
「……ふぅ」
沈黙するストライクに背中を預け、クロトは溜息を吐いた。命を削るような覚悟で戦ってすら、自分達を取り巻く状況は何一つとして好転していない。
宇宙に上がったラクス達はデュランダルの狙いを掴めておらず、一方で巧妙に大衆を味方に付けたザフトは各地で快進撃を続けており、その勢力圏は日々拡大している。
敵はあまりにも強大かつ老獪であり、たった数機の旧式モビルスーツしか保有していない自分達にいったい何が出来るのだろうか。
クロトには全てが徒労に思えた。いっそアズラエルに頭を下げてでも地球連合軍に電撃復帰し、その力でザフトと戦った方が状況が好転するのではないかとすら思った。
「どうして地球連合軍を? それもオーブ軍なんかに」
遠巻きに見ていた軍人達がクロトに近付き、不思議そうな口調で言った。
「あぁ──」
意表を突かれたクロトは軽く咳き込み、僅かに皮肉っぽい笑みを浮かべた。
普通に産まれ、普通に育ち、士官学校という通常の過程を経て一定の成果を残して最新鋭機を受領した彼らには、一見地位も名誉も放棄して自らの手で滅ぼした国の軍服を着ているクロトの行動が理解出来ないのだ。
もっともクロトが身に纏っているオーブ軍服は、自分達は単なるテロリストではなくオーブ連合首長国の非戦派──カガリ・ユラ・アスハの意思で動いていることを内外に示す以上の意味合いはないのだけれど、とクロトは他人事の様に思った。
だから今後どれだけザフトが自分達に刺客を差し向けて来ようと正当防衛の範疇が関の山で、武力介入も何らかの形でオーブ軍が絡んでいる状況か、今回の様に重大な戦争犯罪を防ぐという形でしか戦闘行為を許されていないのだ。
それをどう説明しようかクロトが考えていると、いつまで経ってもストライクからパイロットが降りて来ない事に気付いた男が不意に尋ねた。
「後ろの機体は? 何かメカトラブルが?」
「そういう訳じゃないんだけど……」
不審そうな男達の視線がクロトに突き刺さった。
しかしこの状況を説明出来る方法があるとは思えなかった。今もコクピットの中で啜り泣いている少女は、先程まで戦っていたザフト軍の連中に怯えているのだと正直に話す訳にはいかないのだ。
「じゃあ何なんだよ? 随分シャイな奴だな」
「…………」
クロトは自分の感情が急速に昂り始めるのを感じた。今すぐこの取り留めのない話を打ち切り、コクピットから出て来ないキラを連れてこの場を立ち去りたいと考え始めていた。
「あ──!!!」
極度の疲労と焦燥が心身を苛み、遂にクロトの感情が臨界点に達した。いよいよ野次馬めいた雰囲気を漂わせた男達に向かって、クロトは滅茶苦茶に怒鳴り散らした。
コクピットの中にはコーディネイターの少女がいること。自分は彼女と一緒になる為にオーブに亡命したこと。とにかく彼女はこの状況に酷く怯えていること。
これ以上余計な口を叩く奴には地獄を見せてやること。ただ感情のままに叫んだ。
「はぁっ、はぁっ……」
無理に大声を張り上げたことでクロトは喉を枯らし、肩で息をし始めた。男達は唖然とした表情をクロトに向け、まるで潮が引いたような静寂が周囲を包み込んだ。
痛いほどの視線がクロトに突き刺さる中、不意に何かを開閉する様な機械音が背後から聞こえてきた。振り向くと眩く輝いていたストライクのPS装甲はいつの間にか色褪せ、鈍い灰色に変貌していた。
そんなストライクとは対照的に顔を紅潮させたキラが、歓声を上げる男達の前に姿を現した。
アズにゃん「やりやがった!! マジかよあの野郎ッ! やりやがったッ!!」
まさかあのレイダーのパイロットがコーディネイターと結婚する為にオーブに移住していたなんて……。
この流れは脱走兵と見なされている原作組では不可能なので、クロトくん特有の展開ですね。
また最近見掛けた某動画のサムネがキラちゃんで笑いました。本作の言及もあって面映ゆい気持ちです。
武装諸元 ハーピー
型式番号 GAT-377
装甲材質 バイタルエリアのみVPS装甲
動力源 バッテリー
武装
M703k ビームカービン×2
M417 80mm機関砲
Mk438 3連装ヴュルガー空対空ミサイルポッド×2
空対地ミサイル ドラッヘASM
短距離プラズマ砲×2 アフラマズダ
100mmエネルギー砲 ツォーン改