〈57〉
デュランダルが提案し、プラント最高評議会が承認する形で発動した極秘任務デビルズダウン作戦の目的は、ウィラード隊、グラディス隊の合同部隊で度々戦場に現れて武力介入を行うレイダー及びその搭載母艦の撃破を行うことだった。
北極圏手前の流氷地帯にて、その任務を受領したウィラード隊は別地点で索敵を行っていたグラディス隊に先駆けて正体不明の大型潜水母艦を捕捉し、バビ、バクゥらで構成された大規模なモビルスーツ部隊で包囲網を形成した。
所詮はモビルスーツ数機と水上では真価を発揮出来ない潜水母艦──ウィラードは友軍であるグラディス隊を出し抜き、この作戦を単独で成功させようとした。そんなウィラードが鎮座しているコンプトン級大型陸上戦艦ユーレンベックに、四方を取り囲む形で部隊を展開していたパイロット達から信じ難い通信が送られて来た。
「ニーロー隊より打電! バビ全機被弾! 帰投します!」
「バクゥ、既に半数が撃破されました!」
それは迎撃の為に潜水母艦から発艦した2機のモビルスーツに、ウィラード隊の誇るモビルスーツ部隊が次々返り討ちにされているというものであった。
これがナチュラルでありながら──あるいはナチュラルであるが故に、遺伝子至上主義のデュランダル直々に今回のような抹殺作戦を下されたレイダーと、その忠実な使い魔であるストライクの力かとウィラードは自身の性急な考えを改めた。
「流石はザフトを震撼させた“悪魔”という訳か。……モビルスーツ隊に熱くなるなと伝えろ。ミネルバが来るまで包囲網を保て。海には近付けさせるな」
流石は先の大戦でもレイダーとストライクはクルーゼ隊を退け、バルトフェルド隊を壊滅させるなど、フリーダムが登場するまで最強と謳われた二人組である。
たとえ全軍で掛かっても包囲網に綻びが生じるだけだと感じたウィラードは副官の主張を取り下げ、徹底した消耗戦に切り替えていた。二人のパイロットがどれだけ優秀であろうとその体力と精神力には限界があり、バッテリーや弾薬にも限界がある。無防備な潜水母艦を守りながらウィラード隊を追撃する余裕など、あるはずもなかった。
「今後のこともある。ケツはきっちりミネルバに持って貰え」
これほどの大部隊を投入しておいて、万が一にも失敗すればウィラード隊の威信が失墜しかねない大失態である。これ以上部隊に損害が出れば、この作戦の後に実行されるだろうロード・ジブリールら一部のロゴスメンバーが逃げ込んだヘブンズベース攻略作戦にも支障をきたしかねないのだ。
所詮はテロリスト紛いの連中と、地球連合を影から支配してきた秘密結社──どちらがよりザフトにとって脅威であるかなど、一々論ずるまでもない。これは今後の対ロゴス戦を踏まえて、直近の戦いでレイダーに敗れて戦果を挙げられなかったグラディス隊を箔付けするための作戦だろうとウィラードは考えた。
地球連合軍の武力を象徴し、今でも量産機相当の性能でありながらそれを感じさせない実力を見せ付けているレイダーがザフトの手で討たれたとなれば、それは反ロゴス同盟軍の盟主を謳っているザフトにとって大きな戦略的意味があるのだ。
「しかし……」
「討ってもらわねば困る。我が軍のエース達にな」
もちろんグラディス隊のパイロット達も実力は高いのだろうが、これだけお膳立てされなければ確実な勝利は望めないとデュランダルに判断されたのもまた事実である。
アラスカのフリーダム。
ヤキン・ドゥーエのレイダー。
それぞれたった1機で戦況を覆す、あるいは格上の相手を撃破するのが真のエースパイロットだというのが先の大戦にも参加し、今では白服を預かる身にまで出世したウィラードの所見である。
事前に相手を消耗させた上で、遥か高性能の機体を用いなければ返り討ちにされかねない程度の者を、エースパイロットとして持ち上げなければならないとはザフトも随分質が落ちたものだ。視線の遥か先でミネルバを発艦し、セイバーを置き去りにするような勢いで空を駆けるインパルスを見ながらウィラードは皮肉っぽく笑った。
〈58〉
射程圏内ギリギリからの砲撃に徹しているモビルスーツ相手に、そう簡単に攻撃が当たる筈もない。ましてほぼ無制限にビーム攻撃が可能な核動力機ではなく、乱発すればすぐにエネルギーが尽きてしまうバッテリー機なら尚更である。
ホバリングしながら機関砲を連射し、四方から放たれるミサイルを迎撃していたクロトは不意に機体を前方へ急加速させた。一定の距離を保ちながらビームを放とうとしていたバビの不意を突いて接近を成功させ、装甲の薄い胴体目掛けて
『そろそろ突破出来そうか!?』
『うん! この調子なら!』
周囲の部隊を一旦退けたクロトは氷山に降り立ち、船の周囲で警戒を続けているキラと通信を行いながら息を吐いた。
まるで難攻不落の絶壁のようだったウィラード隊の厳重な包囲網も、徐々に綻びが生じ始めているのを感じ取っていた。その理由はウィラード隊の目的が殲滅から時間稼ぎに変わったことが原因だったが、クロトにそれを知る手段はなかった。
エネルギーと弾薬を節約しながら長時間に渡って防衛戦を続けていたことで心身共に疲労が蓄積し、戦況の微細な変化を察知する嗅覚が鈍くなっていたクロトのレーダーに、奇妙な反応が表示される。
『……あぁ?』
それはまるで迫り来るモビルスーツが分身しているような反応だった。ザフトが世界各地に散布したニュートロンジャマーによって、既存のレーダーは付近に存在する敵の数を知らせる程度の代物だったが、それにしても異様な反応だった。
『これは……』
『セイバーのパイロットか。……面倒だねぇ』
正面から何かが迫り来る気配を察知したキラは息を呑み、クロトは警戒を深めた。
クロトはアズラエルに拘束されたネオ・ロアノーク──もといラウ・ル・クルーゼからいくつか有用な情報を得ていた。その中の一つに、現セイバーのパイロットであるレイ・ザ・バレルはラウと同じクローンだという情報も存在していた。
造られたタイミングから想像するに、かつてコロニー・メンデルでブルーコスモスが起こしたテロによってキラを喪失したことで、再びクローンの寿命問題を克服する必要性が発生したため、その被検体として造られただろうとのことである。
大方、デュランダルに騙されて利用されているらしいが──それでもキラの存在を察知する特異な空間認識能力と、ラウと同様にナチュラルでありながらそれを悟らせず、赤服にまで上り詰める才能は脅威である。
もっとも、ここで問題なのはそれを置き去りにする程の速度で接近する、鮮やかな白と紫の装甲を輝かせているモビルスーツである。
モビルスーツは間合いの一歩外で立ち止まった。背部ユニットから伸びる光の翼から同時に放出されているミラージュコロイドが機体を包み、レーダーを狂わせると同時に陽炎の様な光学残像を形成している。その莫大な消費電力の都合上、先日の戦いで出現したインパルス群から除外されていた装備の一つであり、このデスティニーシルエットの本領を発揮するための切り札である。
まだ十分な距離があるというのに、地獄の業火の様な殺気がクロトを包んだ。
レイを差し置いてまでデュランダルに目を掛けられたらしい、クロトと同じくSEED因子を保有していると予想されるインパルスのパイロットがクロトを仕留めるため、遂にこの戦場に姿を現したのだ。
『──お前──俺の────殺し──』
パイロットが広域通信を通じて喧しく何かを叫んでいる声を余所に、クロトは今までにない深い極限の集中状態に入った。
戦いの才能。
モビルスーツの性能。
体力、気力。
全てにおいて劣っている自分が勝機を見出す為には、全てを擲つしかないのだ。数奇な運命を経てもなお、忠実な相棒として戦い続けたレイダーを含めた、全てを。
この包囲網を突破してオーブに到着することが出来れば、ターミナルが用意した新型機に乗り換えることが決まっている。最新鋭機と比較して性能不足を感じているし、そもそも今世でも二度乗り換えたレイダーではあるが、新型機に乗り換える事に一切の感傷が存在しないほど、クロトもまだ割り切れている訳ではなかった。
『掛かって来い、潰してやる!!』
パイロットの咆哮と共に輝きを増した光の翼を見たクロトは操縦桿を握り直し、自らの駆る漆黒のモビルスーツに語り掛けた。
──見せてみろよ、お前の力を。
敵はデュランダルに見出された最強の戦士が駆る、当代最強のモビルスーツ。まさにレイダーの最後を飾る戦いの相手として、相応しい強敵である。
自らの呪われた運命を切り裂き、自由を手に入れた襲撃者のツイン・アイが真紅の輝きを放ち、その名に運命を冠するモビルスーツに襲い掛かった。
〈59〉
突如唸り声の様な音を発し、猛烈な速度で接近を図るクロトに対してシンは右手で構えたビームライフルを連発しながら、背部の延伸式ビーム砲塔を上部に展開した。
左手で構えていた
『援護する! お前は──』
『要らない。……レイは向こうの奴を!』
一瞬の攻防でシミュレータ上のレイダーとは遥かに格が違うと判断したレイは即座に援護に入ろうとしたが、素気なくシンに拒絶された。その直後にストライクが放った光弾がセイバーのすぐ近くを通り過ぎ、思わずレイは困惑の声を溢した。
『くっ……』
バッテリー版のフリーダムと評されるセイバーに対して、新型ストライカーで性能が向上しているとはいえストライクで勝算などある訳がない。どうして彼らは万が一にも勝ち目のない戦いに、こうも躊躇無く飛び込めるのかレイには理解出来なかった。
しかし手加減する余裕などなかった。最高の才能を付与された少女であるキラならば、機体性能の差を覆してセイバーを撃破することも十分有り得るのだから。
『おらぁ!!』
クロトは光弾を立て続けに連発するインパルスと擦れ違うように駆け抜け、
ミラージュコロイドが発生させる光学残像が引き起こすセンサー異常も、クロトが得意とする接近戦ではそれほど有効ではなかったのだ。
鮮やかな一撃離脱を成功させたレイダーにビームブーメランが左右から襲い掛かるが、クロトは機体を反転させながら後方へ滑るように回避した。量子通信を受け、更なる追撃を行おうとするビームブーメランの片方をフレイルの様に振るった
正確な居場所は掴めていないが周辺海域にミネルバが存在する以上、飛行機に変形可能なコクピットが無事な限り復活するインパルスを仕留める為には、半端な攻撃を成功させて損傷を与えても却って危険である。機動力で大差を付けられている都合上、クロトにインパルスの撤退を阻止する方法は存在しないのだ。
光の翼を左右に展開し、新たな光学残像を発生させながら
『……アンタなんかに!!!』
レイダーの大型クローから伸びたビーム刃が
その場で動きを停止し、崩れ落ちたレイダー目掛けて頭がクリアになったシンは即座に背部から展開した砲塔から追撃の高出力ビームを放つ。
赤黒い閃光が無防備な姿をインパルスに晒していたレイダーを呑み込み、その直後に頭上から降り注いだ無数の氷塊がレイダーを押し潰す。
『…………』
想像以上の力だったが、想定以上ではなかった。
一瞬訪れた静寂に気を緩めたシンのスピーカーに、レイダーのパイロットと思われる少年兵の声が木霊する。
『……殺らなきゃ、殺られる』
その戦場に似合わない静かな声に、シンが戦慄した瞬間だった。レイダーを閉じ込めていた氷塊が轟音と共に崩れ落ち、ツイン・アイの片側を喪って主人と同じ隻眼に変貌した漆黒の人面鳥がより強い真紅の輝きを放つ。
『何ッ!?』
シールドを装着した右腕そのものを捨てて盾にすることで、本来防げない攻撃から身を守っていたレイダーは頭部から強烈な高出力ビームを放つと同時に、一時的に機能停止していた全身のスラスターを再起動させる。
『!!』
氷塊を蹴って空中を滑るように飛翔し、反射的にインパルスが向けたビーム砲塔の先端に先読みして投擲していた
残っていた砲塔が放つ光弾を紙一重の見切りで躱し、更に迫り来るビームブーメランを変形しながら避け、左手で翳したビームシールドを掻い潜りながらもう片方の砲塔に機首に装備した速射砲を命中させて破損させる。一瞬にして持ち手に依存しない高威力の攻撃手段を喪ったシンは、警告音の鳴り止まないコクピットの中で顔を歪ませる。
『動きが……見えない……!』
それはレイダーが機体を隠すミラージュコロイドを散布している訳でも、インパルスを超える圧倒的な速度を発揮しているからでもなかった。クロトの精密なスラスター制御が生み出す有機的な挙動と、一部のパーツを喪失したことに伴う質量の変化が相俟ってシンが事前に想定していたレイダーの動作を完全に超えていたのだ。
まるで踊りの様な緩急を付けて宙を舞うレイダーの動作に反応出来ないまま、シンは更にもう片方のビームブーメランを射出しながら
『シン! 聞こえる!? ミネルバが──』
『それどころじゃないんだよ!!』
メイリンから突如発信された緊急通信に対し、シンは叫びながら
バッテリー消費が激しい新型シルエットとはいえ、まだレイダーとしか戦っていないインパルスのエネルギー量には十分猶予があったが、既に複数の武器を喪失している。本来はミネルバにパーツとシルエットを射出させて換装するべきだが、これほど追い込まれた状態でパーツ交換を実行する余裕などある筈もなかった。
あくまでコクピットに飛行機の役割を付与されたに過ぎないコアスプレンダーは、実弾でも容易に墜とされてしまう。容赦なくコクピットを狙って来る上に、複数の機関砲を装備しているレイダー相手にコアスプレンダーを晒す訳にはいかない。
下手な小細工はむしろ危険だと判断したシンは光の翼を展開し、もう片方のビームブーメランを
遂に訪れた絶好の機会──シンは両手で握り込んだ
『…………!』
勝てる。殺せる。
そう思った瞬間、ぞわりとするような感覚にシンは襲われた。
インパルスの攻撃を避けられない──つまり確実な接触の機会を得たレイダーは瞬時に体勢を立て直して
リーチの違いはあれど、両手で
一方的な蹂躙だった筈の戦いで、殺されるという恐怖がシンを包んだ。このまま相討ちなら上等だと、眼前の悪魔が脳裏で囁いたような気がした。
家族の仇が討てるなら、たとえ相討ちでも上等なのかもしれない。度々ザフトの前に立ち塞がり、これだけ圧倒的不利な状況に追い込まれても闘争心を喪わない不屈のエースパイロットと、所詮は新人の自分が相討ちなら大戦果だろうと思った。
しかし。
しかしまだ自分には、オーブで自分の帰りを待つ妹がいる。
漆黒のPS装甲を
間一髪で標的を取り逃がしたレイダーはコアスプレンダーを喪ったインパルスの残骸と共にゆっくりと海底に沈み、やがて弾薬や推進剤に引火したのか大爆発を起こした。
『勝った! 勝ったんだ俺は!!』
シンが広域通信で放った勝利の雄叫びを聞き、激高したキラは目の前に立ち塞がるセイバーに向かってシールドを投げ捨てると同時に全速力で突進した。
右手のビームサーベルで空力防盾を殴り付ける様に斬り付け、あえてストライクを大きく上回る膂力で押し返させると、左手でビームサーベルを逆手抜刀して刹那の瞬間隙が生じたセイバーの脇腹に叩き込む。
突如動きが変わり、危険を承知で猛攻を仕掛けたストライクに強烈な一撃を受けたレイは瞬く間に機体を解体されると、そのまま海に落水した。
一方イズモを追い詰めていたミネルバは突如戦場に姿を現したアビスが放った誘導魚雷が直撃し、大きな水柱を上げながら炎上する。
元々水中戦はザフトにとって最大の課題である上に、合同部隊を構成しているグラディス隊、ウィラード隊のいずれもが、水中戦を得意としながらフリーダムに匹敵する火力を有するアビスの参戦は想定していなかったのだ。アビスの一斉射撃に晒された真紅のザクウォーリアは咄嗟に掲げたシールドで庇い切れなかった手足を吹き飛ばされ、その場で完全に動きを停止した。
厳重な包囲網を遂に突破したイズモは再び海中深くに姿を消し、それを追うかのようにストライクとアビスも海に沈み、その機体反応を消失させたのだった。
こうしてデュランダルが発案したデビルダウン作戦は、セイバーの喪失やミネルバの大破など、同作戦に参加した部隊に甚大な被害をもたらしたものの、最優先目標であるレイダーの撃破という大きな戦果を上げた。
デュランダルはレイダーを討ち取ったシン・アスカにその武勲を称えるネビュラ勲章を授与すると共に、その戦績・人格面を考慮して至上最年少の特務隊に抜擢されるなど、ザフト史に残る輝かしい成果を残したのだった。
遂にレイダーが敗北してしまいました。(二年ぶり三度目
対艦刀で刺されて爆発に巻き込まれながら氷点下の北極海に沈んだので、残念ながら即死でしょう。
ところで本作では二番目の機体だったゲルプレイダーはレイダーBより総合性能は上なのですが、クロトくんが迷走している時期なのであっさりフリーダムに敗北しました。
ラスボスを務める予定だった名残ですね。
個人的にレイダーはストライクと対照的なカラーリングといい、遠近どちらも最低限こなせる装備といい、主人公機としての適性は割と高いと思ってます。
デザインが悪役なだけで……