〈60〉
「意識は戻るのか?」
「……脳組織に異常は見られない。意識が戻らないのは、多分疲労が蓄積していたからだと思う」
ザフトの厳重な包囲網を突破し、地球連合の勢力圏である太平洋の海底を南下する形でオーブに向かっているイズモの医務室で、キラは物言わぬクロトの赤い髪と蒼白の頬を撫でながら自分に言い聞かせるような口振りでカガリに言った。
インパルスに胴体部分を対艦刀で貫かれ、最後は至近距離で誘爆を受ける形で敗北したクロトは奇跡的に救助されたのだが、数日経っても一向に意識を取り戻さなかった。複数の点滴に繋がれたまま昏々と眠り続けるクロトから離れようとしないキラの傍に、カガリは食堂から持ち出した昼食のトレーを置いた。
「そうか。……ほら、お前も食べろ」
「ありがとう」
胸部に位置するコクピットブロックから攻撃が僅かに逸れていたことや、長時間の戦闘でレイダーの弾薬・推進剤が消耗していたこと、パイロットスーツ越しに氷点下の海に晒されたことで一時的に代謝が低下していたため幸運にも軽傷であり、しばらく安静にしていればやがて意識を取り戻すらしい。
ただしそれは数日後のことか、数ヶ月後のことなのかは分からなかった。意識に関する研究はまだまだ未知数のことが多く、まして半病人でありながら限界を超えて肉体を酷使していたクロトに、前例など全く参考にならないのだ。
「これからどうなるんだろうな、世界は」
カガリは己の無力さに下を向きながら、誰に聞かせるわけでもなく呟いた。
地球連合軍の最高司令部が存在するヘブンスベース基地に立て籠もり、反ロゴス同盟軍との徹底抗戦を宣言したジブリールとの対決姿勢を明言しながらも、一方で自ら反ロゴス運動の弾圧を行うアズラエルの部下と目されているレイダーの撃破を、デュランダルは自身と繋がりのあるマスメディアを通じて大々的に報じていた。
つい先日自身が告発した、レイダーのパイロットは地球連合軍の造り出した生体CPUだという報道は完全に無かったことになっていた。ラクス・クラインの権威を利用し、その正当性を盤石なものとしたデュランダルの言葉は、自分自身の言葉すら自由自在に捻じ曲げられる程の絶対的な力を持つ段階に至っていたのだ。
「反ロゴス同盟軍が勝つ。多分な」
いつの間にかカガリの背後に立っていた黒い髪を伸ばした少女が言った。キラと瓜二つの外見だが、一回り立派な体格をした少女という印象だった。以前にキサカから渡されたヒビキ夫妻の写真にも写っていないことから、カガリはもちろんキサカもその正体に見当も付かない謎の少女──カナード・パルスである。
反ロゴス支持派の襲撃からムルタ・アズラエルの妻子の保護を行う交換条件として、クロトが一時的に身柄を預かることになったロアノーク隊の副隊長である。
ロドニア研究所出身の生体CPUだという記憶をロード・ジブリールに植え付けられていたカナードは、身体検査で99.9%の生体データがキラと一致した。その事実からキラの姉、つまりキラの双子であるカガリの姉の可能性が高いということで拘束を解かれていたのだった。
とはいえ先日まで戦っていた相手であるという事情もあり、カガリはカナードの部下であるアウル、スティングの2人と共に船内の大部屋に軟禁していた。しかしカナードは無断で部屋を抜け出し、鹵獲したアビスで出撃する暴挙を行ったのだ。
本来であれば客人の立場であろうと問答無用で拘束するべき行為なのだが、カナードの奮闘がいなければ包囲網は突破出来なかったことから、なし崩しにその成果が認められたことで我が物顔で船内を歩き回り始めるようになったのだ。
「お前! 向こうでトイレ掃除でもしてろって言っただろ!」
「いちいち五月蠅いな、やってるって」
カガリの説教にカナードが肩を竦めながら大きく溜息を吐くと、己の不幸を嘆いている少年達の声が背後から聞こえてきた。
「俺達がな」「ごめんねぇ、ワガママでさぁ」
その少年達はもちろん、スティングとアウルである。
先日の戦闘で負傷者が多数発生し、元々人員不足だったイズモは深刻な機能不全に陥っていた。だからこそカガリも手の回らない雑務を行うなら自由行動は黙認するつもりだったのだが、それにしてもこの少女はあまりに自由奔放過ぎると頭を抱えた。
「どうして?」
そんな破天荒なカナードの言動に、先程から苛立ちを隠し切れずにいたキラも思わず口元を緩めて尋ねた。これまで戦略的な視点をクロトに依存していたキラは、軍事に関して造詣が深い訳ではなかったからだ。
ブレイク・ザ・ワールドによって甚大な被害を受けたまま強硬派に押し切られて開戦してしまい、唯一その被害から免れたザフトの圧倒的な攻勢作戦の前に敗退を続けている地球連合軍だったが、やがて復興が進んで国力が回復すれば先の大戦と同様に反撃が始まるのではないかと考えていたのだ。
「決まってるだろ。量も質も、今や反ロゴス同盟軍が上だ。で、大西洋連邦もこのまま地球連合を離脱しそうな流れだ」
デュランダルのロゴス告発以降、世界は3つの勢力に分かれていた。
1つ目はブルーコスモス盟主ロード・ジブリールを中心としたロゴス幹部と、ユーラシア連邦軍を中心とした地球連合軍のロゴス・ブルーコスモス急進派の部隊がヘブンスベース基地に集結したロゴス軍。
2つ目はプラント及び東アジア共和国を中心とした、ザフトと一部の地球連合軍が同盟を結び、デュランダルの呼び掛けでジブラルタル基地に集合した反ロゴス同盟軍。
3つ目は大西洋連邦を中心とした、ロゴス軍・反ロゴス同盟軍のどちらにも協力せず、今も沈黙を保ち続けている第三勢力。
地球連合内で最大勢力を誇っていた大西洋連邦が離反した今、各地の戦線から戦力を呼び戻して掻き集めているロゴス軍が、反ロゴス同盟軍に対して勝ち目があると考えているのはジブリール達だけだとカナードは嘲る様に言った。
「デュランダルがアズラエルに主導権を握られたくなかったからだと考えると、この前の事も説明が付くな」
サンディエゴ基地を巡る攻防とその顛末から、ネオと同様にカナードはジブリールの行動はデュランダルに筒抜けなのだろうと推測していた。
ならば舞台裏でジブリールとアズラエルの全面戦争が始まった以上、早期にロゴス告発を行わなければ、反ロゴス同盟軍の盟主にムルタ・アズラエルが収まってしまう可能性は十分に考えられたのだ。
つまりデュランダルの狙いは反ロゴス同盟軍の主導権を自分が握ること自体にあるのだろうとカナードは予想した。反ロゴス同盟軍から大西洋連邦を切り離すことで生じる自軍の犠牲と引き換えに、デュランダルはプラント、反地球連合に留まらず人種の境を越えた絶大な名声を手に入れるのは間違いない。
その栄誉を得たデュランダルの狙いはユニウス条約の改正か、地球上では原則禁止されているコーディネイター製造の合法化か、あるいはそれ以上の何かか。
何にせよ今も昏々と眠り続けている少年のように、自分も妹達の為に一肌脱ぐ必要があるらしい。カナードは腕を組みながら大きく頷いた。
〈61〉
プラントからほど近くに存在する小惑星帯の岩塊を刳り抜いた中に、極秘で建設された兵器製造拠点が存在する。
その拠点は地球連合・プラント等の各勢力に存在する非戦派が結成した非政府組織“ターミナル”が造った秘密の工場であり、文字通り“ファクトリー”と呼ばれている。
ターミナルは地球連合・プラントの対立が再び絶滅戦争に陥った際に、再び“歌姫の騎士団”を結成してその状況を打開するための力として、様々な勢力の叡智を結集して開発した数機の高性能モビルスーツを製造していた。
「……本当ですか。クロト様が、討たれてしまったと」
「あぁ。僕達は間に合わなかったみたいだ」
その先鋒として、遂に最終調整を終えた“
「そうですか……」
元々、不安があった訳ではなかった。
長い昏睡状態から目を覚ましてリハビリを始めたクロトに、ファクトリーが解析を兼ねて修復したレイダーを、万が一の事態が起こった際に使う剣としてラクスはキラの目を盗んで託したのだから。
G兵器製造計画で製造された6番目のG兵器“
「やはりフリーダムでなければ駄目だった、ということかね」
「そうかも、しれません」
当初の計画であれば大破した“
生体CPUの力を喪ったクロトに、極めて優れた情報処理能力、高度な空間認識能力を要求されるフリーダムを操縦するのは困難なため、他に選択肢はなかった。しかしそんな状態のクロトに武力介入を行わせた結果としてデュランダルの不興を買い、ロゴス討伐の前哨戦として狙われたのかもしれないというのも事実なのだ。
「……やむを得んな。ストライクの報告はなかったから、お嬢ちゃんは無事だろう。再調整するか?」
完成した“
機体のOSとVPS装甲の設定を変更し、一部の武装を省電力化を考慮しない兵器に換装して“
ただし、先の大戦でジェネシスを破壊するため自爆したフリーダムが登場しても、それはあくまで伝説の機体に肖った新型フリーダム以上の意味合いは存在しない。
かつて地球連合軍の武力を象徴し、生体CPUであるが故にその詳細を伏せられながらも戦場に名を轟かせたクロトが再び新型のレイダーに乗り込むからこそ、巧妙に戦争を煽り続けるデュランダルに対抗出来る可能性があったのだ。
「そうですね。……今は、そうするしか」
クロトが適性を持たないスーパードラグーン搭載型の可変式機動兵装ウィングを除外したことで省電力化を実現し、本来核動力機として設計された“
そのクロトが戦死し、代わりにキラがパイロットになるのであれば、バルトフェルドの言葉通り“
「その必要はない」
物資の積込み作業を中断し、パイロットスーツを着たままラクスとバルトフェルドの交わしていた会話を聞いていたアスランがおもむろに口を開いた。
「どうしてそう思うのですか? アスラン」
ラクスは不審そうな表情で、意外な言葉を口にしたアスランを見た。
決して悪い人間ではないのだが口下手で、今もクロトに対抗心を燃やしている婚約者である。自分がいればそれで十分だ、そんなことよりも早くキラを助けにいこう、などと言い出すのではないかとラクスは思った。
「ストライクの報告がないからだ」
「……おっしゃっている意味が、よく分かりませんが」
言葉足らずにも程がある。ラクスがアスランの真意を計りかねていると、流石にその様子を見かねたバルトフェルドが助け船を出した。
「彼を倒した君には、分かるってことかな?」
バルトフェルドの問い掛けに、アスランは自分の言葉はどうやら二人に全く通じていないらしいと悟り、以前自分がクロトを仕留めた時の事を思い出しながら言った。
「……ええ。俺が、アイツを倒した時……」
ニコルを殺されたと思った激情にアスランは身を任せ、後にも先にも経験のない集中力でキラと死闘を繰り広げた。そして一瞬の隙を突き、ストライクに組み付いて大口径ビーム砲を放とうとした瞬間、キラは脱出しながらストライクを自爆させたのだ。
ストライクに搭載された自爆装置がイージスと同じであれば、自爆するまでに脱出猶予時間として10秒間のタイムラグが存在する。
つまりキラは自爆コードを入力してからもそれを気取らせないため、ギリギリまでストライクの操縦を続けていたのだ。クロトの死を間近で見て発現した己の命すら省みない殺意は、今もキラの中に存在するだろう。
「本当にアイツが死んだなら、キラは絶対に討ちに行こうとする。だからストライクの報告がないなら、生きている筈だ」
「……分かりました。アスランの言葉を信じましょう」
アスランの言葉にラクスは頷くと、一旦中断させていたエターナルの積込み作業を再開させた。結局のところ、分からないことを考えていても仕方ないのだ。
まず決める。そしてやり通す。
デュランダルの告発によって更なる混迷を迎えている大戦を終わらせ、地球に再び平和を取り戻す為にはそれしかないのだから。
〈62〉
反ロゴス同盟軍の陣頭指揮を執るため、その集結地であるジブラルタル基地に降り立ったデュランダルから、レイはシンと共にザフトが開発した新たなモビルスーツを受領するための招集を受けていた。
それは“
「デスティニーは火力、防御力、機動力、信頼性、その全てにおいてインパルスを凌ぐ最強のモビルスーツであり、先日君が使用したデスティニーシルエットの戦闘データを参考に、君を想定した調整を加えた機体だ。今までは機体の限界に苛つくことも多かったと思うが、これならそんなことはない。私が保証するよ」
「はい! ありがとうございます!」
核動力、ミラージュコロイド。
ユニウス条約で禁止された各種技術を使用し、最新型の動力機関であるハイパーデュートリオンエンジンの搭載によって獲得した莫大な電力を、デスティニーシルエットの実戦データを踏まえて採用を決定した強力な武装に用いることで、あらゆる局面において半永久的に敵機を圧倒する攻撃力と機動力を発揮する機体だった。
「一方のレジェンドは量子インターフェイスの改良により、誰でも操作出来るようになった新世代のドラグーンシステムを搭載した実に野心的な機体でね。君の機体はこのレジェンドということになるが、どうかなレイ。君なら十分に使いこなせると思うが」
レジェンドはデスティニーと同時開発されたザフトの最新鋭モビルスーツであり、先の大戦では最終局面で登場した“プロヴィデンス”の発展機とされる機体である。
パイロットであるラウ・ル・クルーゼの適性に着目してドラグーン・システムを後付けした関係でやや完成度に欠けていたプロヴィデンスと異なり、構想段階からドラグーン・システムの搭載を想定して設計されたこの機体は宇宙空間のみならず、戦闘機動でのドラグーンの無線遠隔操作が不可能な大気圏内においても移動砲台としてセカンドステージを凌駕する絶大な火力を誇る高性能機である。
「え、えぇ……」
父や兄の様な存在だと慕っていた男の後継機を受領したというのに、今一つ煮え切らない態度のレイに、違和感を抱いたデュランダルは別室で個々に詳細説明を行うという名目でシンを退出させると、何かに気付いたように口を開いた。
「あぁ、ラウのことを聞いたんだね。彼は実に不幸だったと思う。気の毒に思っているよ」
「不幸?」
どうやら戦死した筈のラウがファントムペインの隊長として生きていたことをレイが小耳に挟んだらしい、と考えたデュランダルは嘲るように言った。
「あれだけの資質、力だ。彼は君と同じ戦士なのだ。モビルスーツで戦わせたら、当代彼に敵う者はないと言う程の腕の」
「しかし、ラウはシンと違って……」
「SEED因子を持っていない、だろう? だが彼のデータで分かったんだよ。確かに君やラウはSEED因子を持っていないが、その必要もなかったということが」
未だその詳しいメカニズムは不明だが、確かなことはSEED因子は発現時に極めて高い集中力を獲得し、運動神経と反射神経を向上させることで戦闘能力を向上させる“火事場の馬鹿力”のようなものである。だが、どれだけ才能があろうと人が車に足の速さで勝てないように、発揮出来る力には限界がある。
かつてラウがレイダーに敗れ、今もレイがシンに一段劣る結果しか残せないのはひとえに二人が細胞年齢的には全盛期を過ぎているからなのだ。
「あれほどの力、正しく使えばどれだけのことが出来たか分からないというのにね。突然何を思ったのか知らないが、ファントムペインの隊長として我々を討とうとする。そんなことのどこに意味があるというのかね? 本当に不幸だった、彼は。彼がもっと早く君の様にその力と役割を知り、それを活かせる場所で生きられたら、彼自身も悩み苦しむこともなく、その力は称えられて幸福に生きられただろうに」
「……幸福……」
少なくとも、ディオキアで再会したラウは不幸に見えなかった。むしろプラントに居た時の方が、自分の遣り場のない感情にラウは翻弄されていたような気がした。
片やザフトの白服、ラウ・ル・クルーゼ。
片やファントムペインの隊長、ネオ・ロアノーク。
その栄誉と名声は比較するまでもなかったが、それでもラウは今の方がずっと充実しているようにレイの瞳には映ったのだ。
「ところで、あの機体は……?」
デュランダルの言葉に、目を逸らしたレイは視線の先に奇妙なモビルスーツを捉えた。
その機体はザフトの最新鋭機である筈のデスティニーやレジェンドと同等、あるいはそれ以上に厳重な警備体制が取られていたからだ。
レイは今もプラントで療養中のハイネが受領する予定だったとされる、シンと同様ハイネ専用の調整が施されたデスティニーを咄嗟に連想したが、そのモビルスーツの姿はデスティニーとは異なるものだった。
その機体は非常にシンプルかつ洗練された形状に、デスティニーに似た可変型ウィングユニットを背部に備え、胴体部分にはレジェンドにも採用されている可変型のドラグーン・プラットフォームを搭載していた。
ラウとレイが有する高度な空間認識能力を前提に製造されたその装備を除けば、まるでその機体は士官アカデミーで習った最強のモビルスーツだった。
「“ZGMF-X999S”──エンデュリングフリーダム。決して朽ちることのない自由を意味する機体だよ」
アラスカ及びパナマ基地における武力介入。
ボアズ要塞に対する地球連合軍の核攻撃を単独阻止。
ゲルプレイダー及び、ジャスティスの単独撃破。
大量破壊兵器“ジェネシス”の破壊。
レイダーと比較するとその活動期間こそ短いものの、それ以上の圧倒的な成果を残してこの世界から消滅した“フリーダム”を、デュランダルは復活させたのだ。
思わず言葉を喪ったレイを見て、デュランダルは静かに笑った。
という訳で意識不明の重体です。どうやらレイダーが守ってくれたみたいですね。
当然ですがクロトくんはザフトにとって不倶戴天の敵なので、各方面から喜びの声が上がってそう。
ここでエターナルにキラちゃんの自爆を食らったアスランくんがいないと、ストライクレイダーはストフリになってました。まぁストフリの方が基本性能は上だし……
(※ハイパーデュートリオンエンジンは一基です)
それはさておき、第三のサードステージは“不朽の自由”ことエンデュリングフリーダムです。インジャの元ネタでもあるアメリカの軍事作戦名から取りました。
己の死すら克服し、永遠を生きようとする傲慢な男に相応しい機体名でしょう。劇場版の新型フリーダムと名前が被ったら笑います。
オフィシャルブック買わなきゃ……