〈66〉
頭の中で、突如何かが弾けるような感覚と共に覚醒が訪れた。夢遊状態だった肉体に突然激痛と現実感が湧き上がり、クロトはぱちりと瞼を開いた。ぼんやりと滲んでいた視界は徐々にクリアになり、見慣れた金髪の少女が顔を覗き込んでいた。
「……ステラ?」
淡く灯っていた医務室の照明が煌々と灯った。完全に静止した船体と、オーブに残っていた少女が自分の目の前に存在しているという事実は、アカツキ島に存在する地下海底ドッグに無事帰港することが出来たのだとクロトに理解させた。
北極圏に抜ける直前、ザフトの大部隊に包囲されて起こった戦い。その戦いでインパルスに敗北したクロトはその直後からオーブに到着するまで意識を喪っていたのだ。
全身の軋むような痛みに悩まされながら、クロトはのろのろと上半身を起こしてコップを受け取り、生温い水を一口飲んだ。
「何が、どうなった?」
遥か遠くから断続的に鳴り響いている轟音とステラの何処か悲壮な表情は、クロトに言い様のない不吉を予感させたのだ。
「反ロゴス同盟軍がオーブを包囲しました。同盟軍の要求はオーブに逃げ込んだロード・ジブリールの身柄引き渡しです」
「……さっさと引き渡せばいいだろ?」
オーブ連合首長国の現宰相であるウナト・ロマ・セイランは世界安全保障条約を推進するなど地球連合寄りの人間だが、現ブルーコスモス盟主のロード・ジブリールとは接点がある訳ではなかった。
何故ならオーブはコーディネイターの受け入れを積極的に行っている数少ない国だからだ。事実、オーブ国民の大半はナチュラルであるがサハク家やキオウ家など、五大氏族の中にもコーディネイターが複数存在している国であり、もしもウナトが大々的にジブリールと手を組もうとすれば、彼らがクーデターが起こす可能性も有り得たからだ。
クロトが唸る様な声で言うと、ステラは肩を竦めた。どうやら現在オーブが置かれている状況は、そんな単純なものではないようだった。
「そうしたいのは山々なんですが、どうやら
ヘブンズベースの戦いで反ロゴス同盟軍に敗北し、他のロゴスメンバーを見捨てて逃亡したジブリールはデュランダルの声明ではオーブ国内にいることになっているが、オーブの情報機関の調査では地球連合軍が保有しているパナマ基地に逃げ込んだ可能性が高いとのことだった。
「そういうことか」
いわば悪魔の証明だ。
誰かが特定の場所にいることは容易に証明出来るが、反対にいないことを証明するのは極めて困難だ。
まして相手はデュランダル──ラクスの権威を利用するために偽者を擁立して本物を暗殺しようとし、今も言葉巧みに平和を謳いながらジブリールと同じくこの戦争を煽り続けている張本人だ。実際にジブリールの身柄を拘束するまで、その事実は認めないだろう。
「
一層大きくなった轟音と絶望的な状況に、クロトは顔を歪めた。
ジブリールを宇宙に逃がせば、その身柄を押さえることは極めて困難になる。今のジブリールは四面楚歌に陥った重罪人の様な存在だが、それでも地球連合軍に大きな影響力を持つ要人である。月に存在する地球連合宇宙軍に保護を求めれば応える勢力は一定数存在するだろうし、そこから奪い返す時間的余裕はない。
「当然、存在しない者は引き渡せないとオーブ政府は抗議しましたが、同盟軍はこれを挑発行為と断定し、先程戦闘が始まりました。……まさか本気で攻撃されるとは思ってなかったのでしょうね。各地で防衛線を突破されているようです」
「……だろうねぇ」
少なくともデュランダルに、最初から交渉するつもりなどなかったのは明白だ。所詮は小国家に過ぎないオーブの情報機関がジブリールの居場所をある程度把握しているなら、ロゴスの内情を掴んでいたデュランダルが把握していない訳がない。ジブリールを匿っているという大義名分を理由に、オーブを攻撃する好機だと考えたのだろう。
事実、派遣艦隊の中核だった大型航空母艦タケミカヅチを喪失したことで早々に戦線離脱した形となったオーブ軍は未だ相当の戦力を保持しており、世界各地に軍を広く展開しているザフト単独での攻略は困難だと見られていたのだ。
「カガリ達は?」
「このままオーブが焼かれるのを黙って見ている事は出来ないと、先程カガリさんは国防本部に向かわれました。……キラさんは先程、キサカさんと前代表が遺したモビルスーツを取りに行くと言って出て行かれました」
ステラは机の上に置いたリモコンを示した。
褥瘡や筋力の低下を予防するためにキラが取り付けていた電気刺激装置を利用し、ステラは人為的な手法でクロトを覚醒させたのだ。一歩間違えれば容体を悪化させる危険極まりない行為だったが、今のクロトには必要な行為だとステラは考えたのである。
「助かった」
クロトは点滴を取り外して立ち上がると、拳を握り込んで指先の感触を確かめた。モビルスーツの操縦に支障はないと感じたクロトは格納庫に向かうため、ステラを置いて医務室を離れようとした。そんなクロトの背中を、ステラは撫でる様に触れた。
「私、マユちゃんの家族を撃ったみたいです」
キラの設立した研究所に患者として訪れ、ステラとは友人のような関係である盲目の少女──マユ・アスカはかつてオーブ解放作戦に巻き込まれ、白いモビルスーツと戦闘していた黒いモビルスーツに撃たれて両親を喪ったという。
突然の告白に、クロトは何を言っていいのか分からなかった。何か少しでも歯車が狂っていれば、クロトもステラと同じ立場だったことが理解出来たからだ。
それどころかパイロットがキラでなければ、自分はどんな手段を用いてでもフリーダムを討とうとしたかもしれない。それこそ、逃げ遅れた民間人を人質として利用してでも。
「それは違う」
しかしクロトは、ステラの懺悔を否定した。
精強なザフトに対抗するため、地球連合軍とブルーコスモスがロドニア研究所で共同開発した生体CPUの一人──ステラ・ルーシェ。
いくら暴走していようが、彼女は無関係な人間に対して暴力を振るうような人間ではないことをクロトは知っていた。
「君に撃たせたのは僕だ」
曲がりなりにも当時ステラを指導する立場であり、危うい精神状態にあった彼女を放置していたのは他ならぬクロトである。ならばその罪悪感を少しでも肩代わりするのは当然であって、責任逃れする行為は卑怯だと思ったのだ。
「それでも何かしたいと思うなら、君が守るんだ」
クロトが立ち去ると、弱々しく見送ったステラはその場で泣き崩れた。
オーブの危機に対応するため、ラクスはエターナルを狙っていた襲撃部隊の対処をアスランとバルトフェルドに任せ、単独でモビルスーツに乗って降下していた。ヘブンズベースの勝利で勢いに乗っている同盟軍を撃退するためには、そのモビルスーツとラクス・クラインがオーブ国内に存在することが肝要だったからである。
格納庫の一角で一人佇む少女の姿を確認したクロトは、そんな彼女の先に鎮座している灰色のモビルスーツに視線を向けた。それはファクトリーが開発し、遂に完成にまで漕ぎ着けた最新鋭のモビルスーツだった。
「君が乗って来たの?」
「クロト様!?」
キラから意識不明の重傷だと聞いていた少年が目の前に現れたことで、この絶望的な戦況をどう乗り切るか考えていたラクスは驚きの声を上げた。
そして慌てて駆け寄ろうとするが、クロトは右手を挙げて制止した。
「お身体の方は、大丈夫なのですか?」
「あぁ。……そんなことより、すぐ動かせる?」
素人目にも危うい状態でありながら、迷いなくそのモビルスーツに向かって進み始めたクロトの背を見ながらラクスはしばし茫然としていたが、やがて微笑みに変わった。
数奇な宿業を背負った末に一人の少女と出会い、どんな状況でも決して折れない信念を手に入れた少年が立ち上がったのだ。
ならば自分に出来るのは、この勇敢な少年を見送ることだけだ。ラクスは格納庫を去ると、慌ただしく出撃準備を行っていたCICの一席に腰掛けて口を開いた。
『X21A──ストライクレイダー、発進どうぞ』
透き通る様なラクスの声が響き渡った直後、カタパルトから射出された灰色のモビルスーツは背部の蒼い大型機動ウィングを展開しながらモビルアーマー形態に変形した。
単純なパワーはレイダーの倍以上なのに、まるで長い間乗り続けている相棒の様に感じるのはキラが作成した専用OS故か、あるいはファクトリーの保有している技術力の賜物か。
機体を覆うVPS装甲は黒を基調としながらも、バイタルエリアはトリコロールカラーの鮮やかな輝きを放つ鮮やかなモビルスーツが大空を駆け始めた。
〈67〉
カーペンタリア基地から出撃した精鋭部隊を中心に、周辺海域に展開していた同盟軍で開始されたオーブ侵攻作戦“オペレーション・フューリー”は同盟軍優勢のまま進んでいたが、初日の昼にして早くも正念場を迎えていた。
それは
もしもそれが事実であれば、アスハ家に忠誠を誓う者が多いオーブ軍は今まで以上に頑強な抵抗を行うだろう。そして早々にカガリを討ち取ることが出来れば、オーブ軍は戦意喪失して降伏するだろう。
現在オーブ軍の指揮を取っているのは“オーブの軍神”と謳われる女傑だが、劣勢に陥れば自身の本拠地であるオーブの宇宙ステーション“アメノミハシラ”に逃げ出すのが関の山だろう。そんな風に考えていたマーレ・ストロードはインパルスを操り、秘密の海底軍港が存在するらしいアカツキ島に向かっていた。
ヘブンズベースの戦いではシン・アスカに手柄を取られてしまったが、あんな余所者にエリートの自分が二度も三度も後塵を拝する訳にはいかない。
幸い目標の海底軍港発見には成功したが、レーダーで確認出来るだけでもたった2機の迎撃機に対して25機のグフとバビが群がっている状況だ。所詮は脆弱なナチュラルだろうが、願わくば自分に討たれるまで生き残って欲しいものだ。
そう鼻歌交じりに考えていたマーレは、驚愕の光景を目にすることになった。
『!』
クロトは前方から迫る無数の光弾を紙一重で避けながら反転すると、背後の海底軍港に向かうミサイルを右腕の複合防盾兵器に搭載された機関砲で撃ち落とした。
再度弧を描くように反転し、加速したクロトはビームガンを連射するグフイグナイテッドの間を錐揉み回転しながら潜り抜け、擦れ違いざまに腰部に搭載した大型クローから伸ばした
『何だあの機体は!?』
突如現れたモビルスーツが、ザフトの最新鋭量産機であるグフイグナイテッドを圧倒する機動力に、通常装甲ながら理論上は大気圏内への単独突入すら可能な装甲を貫く火力を示したからだ。
『新型か!? 早いぞ!』
まさかオーブ軍の新型機か。そう考えて警戒を深めたザフトのパイロット達だったが、その中の数人がその機体の奇妙な造形に気付いた。
『フリーダム!』
『いや、レイダー!?』
そのモビルスーツはシンプルでありながら洗練された構造で、フリーダムの様な神々しい雰囲気を漂わせながら、レイダーの様に禍々しい気配を湛えていた。
それはまるで神に叛逆し、天界を追放された堕天使のようだった。
左右から襲い掛かろうとしたバビ隊は、機体の両肩に搭載された
『…………!』
意識不明の重体だったクロトが、再び戦場に現れた。
上空で複数のグフイグナイテッドを相手に戦っていたキラがその事に意識を取られた瞬間、黄金に輝くモビルスーツの手足を狙ってスレイヤーウィップが鋭く伸びた。
しかしキラはウィングユニットから射出した光輪で上下左右から迫る超弾性鋼製の鞭を斬り払うと、突如敵の密集地帯に向かって全速力で急降下した。
わざわざ自分から危険地帯に潜り込んでくるとは──。
パイロット達が勝利を確信しながら一斉射撃した直後、
『なっ!?』
元代表首長ウズミがカガリの危機に備えて遺したフラグシップ機“アカツキ”に、その姉妹であるキラの適性を元に造られた高機動ストライカー“アマテラス”。
その2つを統合し“アマテラスアカツキ”と名付けられたモビルスーツに搭載されたナノスケールのビーム回折格子層と超微細プラズマ臨界制御層で構成された鏡面装甲が、周囲から放たれた無数のビームをそっくりそのまま反射したのだ。
最大10機の標的を同時捕捉可能なマルチロックオンシステムと、キラの正確無比な操作によってコクピットを避ける形で。
『馬鹿な……!』
たった2分で25機のグフ、バビで構成されたザフトの精鋭部隊が全滅した現実を受け止められず、唯一取り残されたマーレはコクピットの中で絶句した。
咄嗟に最大出力で光の翼を展開し、恐るべき敵から逃走しようとしたマーレの前に蒼い大型機動ウィングを展開した堕天使が立ち塞がった。
『──!!』
マーレは背部から伸ばした2門のビーム砲塔から無数の光弾を放ちながら距離を取ろうとしたが、クロトは変幻自在のスラスター制御で接近に成功すると、インパルスの進行方向を狙って左腕に構えていた極破砕球を全力投擲した。
陽電子リフレクターやビームシールドに対抗するため、加工の難しい金属球部分までビームコーティングを施された
『滅殺ッ!!』
ファーストシリーズ特有のXー100系の影響が色濃く残るストライクレイダーの顔面を覆っていた防弾性シャッターが開いた。その直後、内部から姿を覗かせた砲口から放たれた極大の閃光がインパルスを呑み込み、粉微塵に爆散させた。
『オーブは、もう二度と焼かせちゃいけない』
周囲の全敵性反応の無力化に成功したことを確認したクロトは、静かな声で言った。
敵はあまりにも強大で、自分には何も出来ないかもしれない。多くの命を奪った自分には、幸せになる権利なんてないのかもしれない。
だけど第二のマユやステラを生み出さない為には。自分なりの罪滅ぼしをするためには。
この国を守り抜き、戦争を終わらせなければならない。
それがきっと、僕に出来る唯一のことだ。
『行こう。カガリが待っている』
『うん』
クロトの決意を感じたキラは大きく頷き、モビルアーマー形態に変形したストライクレイダーと隊列を組み、オノゴロ島に向けてアマテラスアカツキを飛翔させた。
ようやく手に入れた自由を守る為に。戦う為に。
最初は開戦時のゴタゴタを書いていましたが、最終的にカットしました。
強制覚醒→お悩み相談→即出撃とハードですが、一週目と比較すると余裕なのでノーダメです。
堕天使は自由意思によって堕落した天使説があるので、ストライクレイダーの比喩に採用しました。
一方のキラちゃんですが、オリジナルのストライカーを装備してマルチロックオンシステムを追加したアカツキです。
名称からも分かるように、ゴールドフレームアマテラスの本体がアカツキに変わったイメージです。