〈68〉
オーブ本島の南に位置し、国防本部とモルゲンレーテが存在することから反同盟軍の攻略目標とされたオノゴロ島。
その厳重な防衛線は同盟軍の侵攻を受けて次々突破され、各地で激しい戦火が広がっていたが、未だオーブ国防本部は陥落を免れていた。
それはクレタ島での戦死を受け、再度就任した“オーブの軍神”の機動防御が、その性質上足並みの揃わない同盟軍に対して有効だったからである。
オーブ軍の主力量産機である“ムラサメ”は大気圏内の空戦能力において、同盟軍の主力を構成するザフト製モビルスーツに対して互角以上の能力を誇っている。
当時の“アストレイ”を主力とするオーブ軍では限界があったとはいえ、水際作戦を選択したことで大敗を喫した先の対戦時の反省点から、機動力を利用して部分的な数的優位を造り出すことで圧倒的多数の同盟軍を撃破していたのである。
『ジブリールは?』
『まだ見つからないそうよ。なかなか頑強に抵抗されているみたいね』
同盟軍の旗艦“セントへレズ”から再三に渡る援軍要請を受け、タリア・グラディスはCICの中で一人唇を噛み締めていた。
ヘブンズベースを巡る激戦に加えて、ジブラルタル基地で起こったグラディス隊のエース、レイ・ザ・バレルの起こしたギルバート・デュランダル暗殺未遂事件。
その顛末も含めて消耗の激しいミネルバクルーにはひとまず休息が必要だというのに、デュランダルの新たな命令を受け、落ち着く暇もなくオーブに飛んでいたのだった。
予備戦力が存在するならば、使いたくなるのは部隊を率いる者として当然であり、それが先の戦いで同盟軍の勝利に大きく貢献したグラディス隊なら尚更だった。
「私が出ます」
ルナマリア・ホークは強い口調で言った。
相次ぐ激戦で蓄積した肉体的疲労に加えて、デュランダルの命令とはいえ親友のレイを自らの手で討ったシンの精神的疲労は極めて深刻だと感じていたからだ。
そんな状況で、今も憎んでいるとはいえ療養中の妹──マユ・アスカを含めた知人が在住しているオーブを討たせることは酷だと考えたのだ。
もちろん攻撃目標はオノゴロ島などの軍事施設であり、無関係な民間人に対する攻撃は大々的に行われていない。しかし最優先目標であるロード・ジブリールを討つため、それ以外の施設に対する攻撃も事実上黙認されているのが現状だ。
口には出来ないが、シンの両親と同じく不幸な流れ弾で亡くなった民間人も多数存在するだろう。ハイネとレイがいない今、シンを止められるのは恋人の自分だけなのだ。
「あの機体は!?」
「……獅子の娘が戻ったか!」
そんなルナマリアの抵抗も、僅かな間だけだった。
順調に侵攻を続けていた同盟軍のモビルスーツ隊が、周囲のムラサメ小隊を率いて現れたストライクルージュの反撃に遭い、海岸線付近まで押し戻された報告が上ったのだ。
プラント国防委員会直属の部隊員であることを意味する特務隊は個々に自由行動の権限を持っており、その権限は通常の部隊指揮官より上位である。
そんな特務隊に抜擢されたシンの行動を制限することが出来るのは、任命者である国防委員会、あるいは議長だけだからだ。それはシンの所属しているグラディス隊の部隊指揮官であり、同じ特務隊員のタリアも例外ではなかった。
ここで自分が彼女を討てば、この戦争は終わる。
これ以上、オーブが焼かれる前に。
これ以上、悲劇を繰り返さない為に。
自分は一刻も早くカガリ・ユラ・アスハを殺さなければならない。
もう止まれない。
平和な世界を創る為とはいえ親友を手に掛けてしまった自分は、たとえどんな敵とでも戦わなければならないのだ。
大型ビームランチャーから放たれたたった一発の光弾によって、ビームを吸収拡散する特殊な加工が施された筈の装甲が融解した。カガリはその機体の凄まじいパワーに驚愕しながら、左手に構えていたシールドの残骸を放り投げた。
オノゴロ島の港湾内に突入したミネルバから出撃したデスティニーが、カガリの率いていたムラサメ小隊に猛攻を開始したのだ。
『大した腕もないくせに!!』
セイバーを墜とした正体不明のパイロットならまだしも、所詮は多少の軍事訓練を積んだ程度のカガリに負けることなど、たとえ天地がひっくり返っても有り得ない。
シンはミラージュコロイドと光の翼を同時に展開し、隊列を組んで一斉射撃を行うムラサメ隊の攻撃を蜃気楼のように躱しながら突撃した。
1機を擦れ違いざまに
『くっ……!』
ここで自分が討たれることは、オーブ軍の敗北を意味する。
カガリは急降下してデスティニーから距離を取ろうとするが、追い掛けるように放たれたビームブーメランが弧を描きながら飛び、ストライクルージュの足を切り飛ばす。
シンは体勢を崩したカガリを挟み撃ちするように再度ビームブーメランを投擲し、逃げ惑うストライクルージュを挟み撃ちにするような形に追い込んだ。たとえどちらかを防いだとしても、もう片方が確実にコクピットを貫く軌道だ。
これで何もかも終わりだ。
そう確信した瞬間、突如レーダーの範囲外から現れたアカツキの放った光弾がストライクルージュを斬り裂こうとしていたビームブーメランを迎撃した。
『!』
突如付近で起こった爆風を受けて吹き飛ばされたが、鮮やかな真紅の輝きを放つオーブのフラグシップは未だ健在だった。それはコンマ1ミリの狂いも許されない神業だったが、シンの攻撃は失敗したのだ。
しかしシンはその失敗以上に有り得ない事が起こっている現実が受け止められず、コクピットの中で絶句した。
『なんで、そんな……!』
ビームブーメランを迎撃した純白の翼を展開しているアカツキと共に、蒼い大型翼を伸ばしたストライクレイダーが天空から舞い降りた。
クロトは一瞬茫然としたデスティニー目掛けて
その後ろに構えていた対ビームコーディング防盾が直撃を防ぐものの、ストライクレイダーの膂力によって莫大な運動エネルギーを得た質量兵器は、デストロイの最大火力すら受け切る程の堅牢さを誇っていたデスティニーを後退させた。
『レイダー……!』
シンは憎々しげに自らの手で葬り去った機体の名前を口にしたが、もちろん眼前の敵はレイダーの後継機であることは瞬時に理解していた。
レイダーに加えてフリーダムを連想させる機能美を漂わせた基本構造や、以前は露出していた頭部の
それ以外にも鉄壁を誇るビームシールドを無効化する
そんな新型レイダーの性能を十全に引き出すことが出来るパイロットは、シンの知る限り一人しか存在しない。かつて北極圏で行われた“デビルズダウン作戦”で死闘の末に討ち取った筈のレイダーのパイロットが、不死鳥の如く蘇ったのだ。
それは悪夢だった。それどころか悪夢の方がマシだと思った。
どうして自分がオーブを討っていて、反対にレイダーのパイロットがオーブを守っているのか理解出来なかった。全てが間違っている様な気がした。俺とお前は逆の立場だった筈だとシンは心の中で絶叫した。
『キラはカガリを連れて国防本部に。アイツは僕が引き受ける』
周囲の状況を確認したクロトは指示を飛ばした。
指揮系統の混乱は、そのまま部隊の混乱に直結する。それは通常の軍と異なり、カガリ個人に忠誠を誓う者も多数存在するオーブ軍であれば尚更だった。
公式上はその真偽が曖昧なカガリをカガリ・ユラ・アスハ本人だと認定させた上で、ミナと代わって国防本部で全体の指揮を執るか、あるいはミナに全軍の指揮を任せてカガリ本人は援護に回るのか判断する必要があったのだ。
それに加えて、大気圏外からまもなく降下する友軍の情報共有が必要だった。この状況下で貴重な戦力である彼らを、オーブ軍と同士討ちさせる訳にはいかないのだから。
『くっそー!!』
無線が拾った声に激高したシンは光の翼を最大出力で展開すると、背部ユニットから抜いた
グフイグナイテッドに採用されたビームソードを参考に、刃身の一部に対ビーム耐性を持った特殊な装甲材“レアメタルΩ”を採用することで、本来対艦刀にとって鬼門のビームサーベル相手にも決して当たり負けしない様に製造された刃が、デスティニーの最大火力である
〈69〉
オーブの救援に現れたレイダーが、オノゴロ島港湾部の上空で反ロゴス同盟軍の切り込み隊長であるデスティニーと互角の戦いを繰り広げている。
その情報がオーブ軍に与えた心理的な影響は甚大だった。オーブはナチュラルとコーディネイターの共存を政策に掲げる国家だが、それでもコーディネイターに対する脅威は脳裏に刻み込まれていた。それが単独でロゴス軍の主力部隊を叩き潰し、今も短時間で無数のオーブ軍を撃破したデスティニーであれば尚更だった。
そんな最強のデスティニーを相手に、かつてオーブを滅ぼした忌まわしきモビルスーツが奮闘しているのだから自分達も諦める訳にはいかないのだ。
同じく反ロゴス同盟軍に与えた影響も大きかった。地球連合軍の象徴的存在だったレイダーを討ち取ったことで、同盟軍の主導的な立場を確立することに成功したデュランダルとその先鋒であるグラディス隊の権威が失墜したからだ。
「今日は出ないの?」
両者の混乱に乗じて海底基地から出撃し、前線に現れたミネルバと砲撃戦を開始したイズモのCICで、アウルは意外にも静かに戦況を眺めていたカナードに言った。
「出るワケないだろ。今ノコノコ出て行けば、奴等の思う壺だ」
「へぇ、そのくらいの頭はあるのか……いてっ!!」
カナードはスティングの頭に拳骨を落とした。
現在オーブ軍の置かれている状況は、眼前に展開している敵を撃破すれば解決するというものではない。現在オーブを包囲している同盟軍はカーペンタリア基地に駐留していたザフト軍を中心とする部隊であり、ジブラルタル基地に集結している同盟軍の主力部隊はミネルバを除いて未だ動いていなかった。
ロゴス軍が籠城していたヘブンズベース基地ならともかく、あくまでジブリールの逃走予想先に過ぎないオーブに対する攻撃は賛否両論の意見も多かったのだ。そんな中でジブリールの直属部隊“ファントムペイン”の健在を示すアビスの投入は、ザフト単体が相手の状況下ならまだしも、同盟軍相手にはジブリールが国内に存在することを示す証拠として認識される危険性が高かったのだ。
「でもさぁ。またアイツ負けるんじゃないの? 性能は相手の方が上っぽいよ?」
最大出力で光の翼を展開したデスティニーの突撃に押し込まれ、猛烈な勢いで地面に叩き付けられたストライクレイダーを見てアウルは呆れたように言った。
高機動強襲機として圧倒的な機動力を誇るストライクレイダーだが、それでも核動力の産み出す無尽蔵の電力で巨大な光の翼を形成することで、絶大な推進力を獲得しているデスティニーには一歩及ばない。
クロトは追撃の振り下ろしを後方に滑るような軌道で避け、機先を制するようにビームキャリーシールドを追撃に合わせて斬撃を受け止める。即座に大型クローを左右に展開するが、それを読んでいたデスティニーは機体を翻し、至近距離で放たれた光弾を急上昇で回避する。
「そうでもねーさ。要は戦い方だ」
クロトの放った
即座に体勢を立て直し、金属球を手元に引き戻した一瞬の隙を突いてシンは左腕一本で大型ビームランチャーを展開するが、その動きに鋭く反応したクロトはストライクレイダーのフェイスシャッターを開放する。
『!!』
デスティニーの放った高エネルギー光線がストライクレイダーの
別の戦線では、更なる戦況の変化が起こっていた。
大気圏外から現れた降下ポッドの中から出現した3機の奇妙なモビルスーツが、大きく戦線を押し込み最終防衛線に迫っていた同盟軍を瞬く間に撃破したのだ。
その3機のモビルスーツ乗り達は、いずれも先の大戦でオーブ軍を援護するために自らの組織を離反した者だった。
『やっぱり懐かしいですね、地球の重力は』
『何を言ってんだ。さっさと行くぞ!』
『あぁ、俺達がオーブを守るんだ!!』
ザフトの次期量産機として開発されたものの、ミラージュコロイドの軍事利用を禁じるユニウス条約で一部の兵器が使用不能になったことや、新機軸のホバリング推進システムが不評だったことでコンペティションで落選し、その設計データを基に“ターミナル”が製造したモビルスーツ“ドムトルーパー”。
ミラージュコロイド搭載機での実戦経験を持つニコル・アマルフィ。
ホバリング推進システムと操縦感覚が近いVTOL機の実戦経験を持つムウ・ラ・フラガ、及びトール・ケーニヒ。
平時はピアニスト、軍教官、テストパイロットとそれぞれ別の道を歩んでいるが有事の際は“ターミナル”の一員として戦うことを誓った3人は、その性能を引き出すパイロットとして見出されたのである。
『サハク司令はいったい何をやっている! このままでは司令部が墜とされるぞ!?』
アスランは地中から飛び出した地中機動量産機“ジオグーン”を足先で蹴り飛ばし、膝部から爪先部に掛けて伸びたビームブレイドで頭部を斬り裂いた。
デュランダルがラクスに差し向ける無数の追手に対抗する為、アスランは継戦能力に不安の残る“黄昏”から、ターミナルの用意した新型機動兵器に乗り換えていた。
総合的な能力はストライクレイダーを上回るモビルスーツ──そんな
『くそっ!! なんでこんな!!』
各地の戦線から送られてくる苦戦の報告に、シンはコクピットの中で叫んだ。
一刻も早くカガリを討たなければ徒に両軍の被害が拡大するだけだというのに、目の前のストライクレイダーを倒せないからだ。そんな焦燥感に囚われて単調な攻撃を繰り返していたシンに生じた僅かな隙を、クロトは見逃さなかった。
『!』
集中状態に突入したクロトは
『なっ……!?』
デストロイの重装甲すら一刀両断で斬り捨てて来た
強烈な負荷が掛かったストライクレイダーの関節部位から紫電が零れ、無防備な姿を晒したデスティニーのコクピットに
『……!』
VPS装甲は大抵の実体攻撃を無効化するが、それでも衝撃自体は消失しない。
最大の武器である
『これがビームだったら、もう終わってるって──』
ストライクレイダーの頭部に搭載された
『そう言いたいのかよ、アンタは!!』
言葉に込めた憤怒の感情とは正反対に、思考がクリアになったシンは光の翼を展開するとビームライフルを構え、縦横無尽に飛び回りながら撃ち始めた。
シンが誘いを掛けた高速戦闘には付き合わず、ビームキャリーシールドで攻撃を防ぎながら
『はぁ? ここで核爆発されたら困るだろうが!』
再びオーブを滅ぼそうとする反ロゴス同盟のエースパイロットであるシンを相手に、クロトが挑発行為を行う理由などなかった。バッテリー残量を一切考慮せずに猛攻を仕掛けるシンの様子から、デスティニーは核原子炉を搭載していると仮定したクロトはコクピットに対する物理攻撃を繰り返すことで、パイロットの無力化を企んでいたのだ。
一か八かの相討ちを狙い、
『なっ、何をっ……!』
シンは言葉に詰まった。
眼前の敵を討ち取ることよりも、核爆発の阻止が大事だ。そんなクロトの返答は一切反論の余地がないように思えた。もしもこのオノゴロ島上空で核爆発が発生すれば、オーブに甚大な被害をもたらすことは明白だったからだ。
しかしそんな仇敵の口にした言葉を、シンは受け入れることが出来なかった。
『何を綺麗事を!! この死に損ないが!!』
その後も喚きながら猛攻を続けていたシンに、撤退命令が下された。
最大火力である
やがて同盟軍は攻略部隊を領海付近まで一時撤退させ、オーブ軍がその追撃を避けたことで初日の攻防は集結した。