〈70〉
太陽が水平線に沈み始める中、クロトは空中でホバリングさせていたストライクレイダーを降下させ、モルゲンレーテ本社工廠の敷地内に設置された拠点に着陸した。
ニュートロンジャマーがもたらす電波障害によって、レーダーの性能が旧時代相当に劣化している現代戦において夜間戦闘は好条件が揃わない限り行われていない。まして地の利は防衛側のオーブ軍にある状況で、その構成上の関係で連携に欠ける同盟側から攻撃を仕掛けることはまず有り得ない。
カーペンタリア基地の駐屯部隊、及び周辺に展開していた反連合軍とジブラルタル基地から駆け付けたグラディス隊等で構成された同盟軍が“オペレーション・フューリー”と宣言して始まった一日目の戦いが終了したのだ。
「…………」
複数のジャイロ・ヘリが赤い空を忙しなく舞っている。傷の浅い者は付近の医療テントで治療を受け、対応出来ない者は本島の医療機関に次々と移送されていた。
カーペンタリア駐屯軍と周辺に展開していた反連合軍に加えて、ジブラルタル基地から駆け付けたグラディス隊、コンクルーダーズで構成された同盟軍。それにに対して、亡命先から帰国したカガリ・ユラ・アスハを司令官としたオーブ軍に、非政府組織ターミナルから送り込まれた援軍を加えた国防軍。
決して少なくない者が命を落とし、それを遥かに上回る数の負傷者を出した。戦場になったオノゴロ島はあちこちが同盟軍の侵攻を受けて破壊され、逃げ遅れた民間人を含む多数の被害を出していた。一部それ以外の島にも少なからず被害が生じていた。
しかしかつて行われた“オーブ解放作戦”を上回る両軍の戦力差を考慮すれば、一日で陥落しなかったのは奇跡である。
もっともそれはヘブンズベース攻防戦でザフトの圧倒的な力を示したコンクルーダーズの一人を討ち取り、現状同盟軍の最大戦力と目されるデスティニーを単独で抑え込んでいたストライクレイダーの成果が大きかった。ハイパーデュートリオンエンジンを搭載し、世界最高の機動力を有しながら戦艦級の火力を誇るデスティニーを自由にさせれば、オーブ軍に対処する手段は存在しないからだ。
クロトは疲弊し切った身体を引き摺る様にコクピットから降りると、その場で蹲ったまま動けなくなった。オーブ領内での核爆発を避けるため、デスティニーを撃破する方法は物理的な衝撃で機械系統の異常を引き起こすか、そのパイロット自体を昏倒させる以外に有り得ない。
「大丈夫?」
疲労の濃い顔を心配そうに覗き込み、キラは右手を差し出して立ち上がらせた。純粋な身体能力はともかく、総合的な体力はキラの方がずっと上だったのだ。クロトは付近の衛生兵から水を受け取ると、一口で呑み込んで息を吐いた。
「この機体は……?」
クロトはキラが降りて来た奇妙なモビルスーツに目を移した。
眩い金色の装甲を纏い、純白の翼を背負う美しい天使が灰色に変わったストライクレイダーの隣で悠然と起立していた。
型式番号ORB-01-Re〈AMATERASU〉。
通称“アマテラスアカツキ”。
元オーブ代表首長ウズミ・ナラ・アスハが遺した機体に、ロンド・ミナ・サハクが自らの後継者に託す機体の開発データを基に製造させた新型ストライカーパックを搭載することで完成したモビルスーツである。
D.S.S.Dが開発した惑星間推進システム“ヴォワチュール・リュミエール”に近似した機構を採用しているこの機体は、そのウィングユニットで受けた太陽風やビームをエネルギー変換することで理論上無限の推進力とパワーを獲得する。そして自らもデュートリオンビーム送受信機能を持っており、
「セイラン家の屋敷は蛻の殻だ。やられたな」
気付けば2人の背後にアスランが立っていた。
ターミナルが旧ジャスティスに搭載していた核エンジンを基に、唯一開発に成功したハイパーデュートリオンエンジン搭載機を託され、キラと共にオーブ軍司令部に迫っていた多数の同盟軍を撃破したパイロットだ。
「このままでは勝ち目はない。お前も分かってるだろう?」
その戦果は国防軍随一だった少年は、重い口調で言った。
カガリ・ユラ・アスハ暗殺事件の真相に、プラントとセイラン家の癒着が絡んでいたことがターミナルの調査で判明したからだ。
ザフト軍のものと思われる特殊部隊が厳重なセキュリティで守られたアスハ邸の襲撃に成功したことから、オーブ国内の有力者がプラントに内通していることは予想されていた。しかしその正体がセイラン家だったとは予想していなかったのだ。その内通先からカーペンタリア基地を発った同盟軍の情報を掴んでいたのか、その当主であるウナトは混乱に紛れて国外逃亡に成功していた。
もちろんセイラン家はアスハ派の有力者を始末し、カガリの懐柔を行おうとしただけでプラントと手を組むつもりはなかったのだろう。
しかしそれは“ワン・アース”を掲げてオーブを孤立化させる一方で、サハク家を誘導して戦力を削いだアズラエルの手法と酷似していた。アスランはそれを間近で見ていたクロトは、今後オーブに訪れる悲劇を誰よりも理解しているだろうと示したのだ。
「そんなこと、僕は知らないよ」
しかし状況は当時と全く違う。
ブレイク・ザ・ワールドに始まり、ロゴス崩壊で世界経済を崩壊させることに成功した同盟軍は国内で高まりつつある民衆の不満を抑えるため、次の生贄を求めている。
そして軍事基地を除けば地球上の領土を持たないプラントが要求する対価は、2年前に大西洋連邦が提示したものとは比較にならないことが予想される。
植民地化か、あるいは併合か。
プラントは始祖である
「勝ち目がなくても、僕は逃げないから」
そうした理屈はさておき、最期の瞬間まで戦うことが自分の贖罪だ。そんな決意を内に秘めた声にカガリは大きく頷いた。
「その通りだ。二度も逃げ出すくらいなら、国と一緒に焼かれた方がマシだ!」
ターミナルが開発したストライクレイダー、インフィニットジャスティス、それに3機のドムトルーパーはいずれもデータ照合出来ないモビルスーツだ。
そのパイロット達に対する軍関係者の警戒心を解くため、カガリは司令部を離れて現場に足を運んでいたのだ。
「なかなか言うじゃないか。私も嬉しいぞ」
カガリの肩に腕を回し、黒髪の少女が芝居がかった口調で言った。カガリはその馴れ馴れしい態度に、明後日の方に向いたクロトに叫んだ。
「そんなことよりコイツは誰なのか説明しろ!! お前、何か知ってるだろ!!」
遺伝子上は99%以上の高い一致率を示し、双卵性双生児の片割れである筈のカガリよりもキラ・ヤマトに近い存在であるということ以外、その全てが謎に包まれた記憶喪失の少女──カナード・パルスである。
「実は三つ子だったんだろ?」
「あはは……」
クロトの濁す様な言葉に、キラは曖昧に相槌を打った。2人はおおよそ少女の存在理由に見当は付いていたが、知らない方が幸せなこともあるのだ。自分達よりも真相に迫っている
一方でカガリの背後から現れたカナードの姿に、アスランは唖然となった。見慣れない少女の容貌があまりにもキラに酷似していたからだ。
「キラが、2人……?」
「アスラン? どうしたんですかアスラン!?」
ドムトルーパーを降りたニコルが肩を揺さぶるが、全く反応を示さない。そんなアスランの姿を認めたカナードは眉を潜めると、呆れたように鼻を鳴らした。
「ん? お前が横恋慕くんか」
「横恋慕だと!? 誰がそんなことを!」
「ネオが言ってた。婚約者がいるクセに、ふざけた奴だってな」
「そうそう、クルーゼの奴が生きてたんだって? アイツもしつこいねぇ」
ムウも加わり、何処か間の抜けた空気が周囲に漂い始める中、クロトはキラとカガリに連れられてその場を立ち去った。ステラから聞いた簡単な内容以外、オーブの置かれた状況を掴んでいないクロトは全てを把握する必要があったのだ。
〈71〉
ジブラルタル基地を発ち、カーペンタリア基地に到着したデュランダルは同盟軍に合流したタリアから“オペレーション・フューリー”に関する報告を受けていた。
それは突如現れた新型レイダー、ジャスティス擁するオーブ軍からの反撃を受け、同盟軍が一旦領海付近にまで撤退したというものであった。
引き続き二日目も攻撃を行う予定だが、事実上レジェンドを喪った状況での早期攻略は難しいかもしれない。タリアの報告にはそんな嫌味が添えられていた。
第二世代ドラグーンを採用したレジェンドは、第一世代のものと比較して要求される空間認識能力の水準は低いとされているが、それでも相当の能力が必要だった。
かつてのアークエンジェル伝説を再現するため、デュランダルはグラディス隊の人員補充を最小限に留めていた。結果として常に最前線に立ち続けたグラディス隊にはデスティニーを受領したシンを除けば、パイロットはルナマリアしか残っていなかった。赤服の中では射撃が不得手だったことなど、空間認識能力があまり高い訳ではなかったルナマリアではレジェンドを乗りこなす基準に達していなかったのだ。
これでは文字通り、宝の持ち腐れである。
「失態だな、デュランダル」
「…………」
最大の難敵と予想したラウに対処するため、アルは未完成のフリーダムを持ち込むことを優先して一時的にプラントに戻っていた。
その最中にデュランダルが推し進めた“デビルズダウン作戦”は、完全な失敗に終わったことが明らかになったのだ。所詮レイダーはパイロットの技量で性能差をカバーしているモビルスーツであり、その始末に失敗したのであれば何の意味もない。
むしろイージスに敗れ、フリーダムに敗れて尚も復活した“不死身の悪魔”の新たな伝説に加担した形である。
未確認ながら他にも強力な新型機が登場し、新型レイダーの登場で混乱した同盟軍に多くの被害をもたらしたという。もちろん圧倒的に数で勝る同盟軍の勝利は微塵の疑いもない状況だが、このままではタリアの報告通り消耗戦は避けられない。
しかし任期満了が迫るデュランダルの悲願である“運命計画”を世界全土で実行するためには、ザフトは戦力を保持したままオーブを制圧する必要があるのだ。実行に反対する国を平和に対する敵と認定し、武力介入する必要があるのだから。
「これ以上余計なことをするな。私が出る」
デュランダルは驚いた顔で不敵に嗤うアルの顔を見た。
オペレーション・スピットブレイクの介入を皮切りに圧倒的な戦果を残し、その不敗神話を世界中に刻み付けた伝説のモビルスーツ。
そして当初半日も保たないと予想されていたオーブ解放作戦でも大西洋連邦軍の猛攻を食い止めることに成功し、現代表首長であるカガリの国外逃亡にも大きく貢献したモビルスーツである。そんなオーブにとっても希望の象徴的な存在であるフリーダムの後継機が、オーブの敵として現れることの意味合いは大きいだろう。
純粋な戦力としても、デスティニーの機動性にレジェンドの殲滅力を併せ持つフリーダムの力はあまりにも大きい。信じ難い報告だが、新型レイダーはザフトの誇る最新技術の結晶であるデスティニーを圧倒しており、撃破時の核爆発を警戒する余裕すらあるらしい。
遺伝子的な才能を見込んで取り立てたシンが今はナチュラルに過ぎないパイロットに討ち取られることになれば、この“運命計画”は根本から瓦解してしまうのだ。
それは
「……は」
思わぬ状況を愉しむような表情で退出したアルとは正反対に、デュランダルはいつにない苦悶の表情を浮かべた。最初は一方的に利用するつもりだった男に頼ることしか出来なくなった自分と、それを何処かで嘲笑うラウの姿が脳裏に浮かんだ。
もしも
〈71〉
シャニはパナマ基地のマスドライバーを守っている2機のモビルスーツを捉え、軽妙な口笛を吹いた。熱源反応を確認し、警戒を強めたそれらの機体は見覚えのあるモビルスーツだった。
そんなモビルスーツの存在は、パイロット達の上司であるジブリールがこの基地に存在している何よりの証拠だった。
かつて
『テメーらがいるってことは、当たりだってことだな?』
ブレイク・ザ・ワールドの混乱で世界中で揺れる中、ザフト正規軍の協力を得たゲリラ部隊が、ユーラシア連邦東部のキルギス市に存在する地球軍の研究施設が開発中だった新型駆動コンピュータを奪取するため研究施設を襲撃しようとしていた。
その情報を掴んだODRは現地オーブ国民の救助という名目で武力介入を行い、サンプルを回収する予定だった。現地に潜入したシャニはゲリラ部隊を殲滅したファントムペインに所属する“ホアキン隊”と戦闘になったのだ。
そんな彼らの愛機である3機の前期GATシリーズ改修機の内、“ブルデュエル”と称される近接白兵戦用モビルスーツの姿はなかった。オルガは好都合だと思いながらも死角からの奇襲を警戒し、かつての同僚に軽口混じりの探りを入れた。
『ミューディの奴はどこに行った? 犬にでも食われて死んだか?』
『お前!! ……許さねぇッ! 許さねぇからなッ!!』
再生産されたバスターの改修機“ヴェルデバスター”。
その機体で火力支援型ストライカー“カラミティストライカー”を展開したエクリプス2号機と対峙していた青年──シャムス・コーザは、無造作に傷口を抉ったオルガに激高した。
オルガには知る由もなかったが、ブルデュエルのパイロットであるミューディ・ホルクロフトは先日の戦いでバクゥハウンドに敗北し、壮烈な戦死を遂げていたのだ。
『コーザ。戦闘には感情は不要だ』
『相変わらずつまんねー奴だな。クロトの奴とは正反対だ』
かつてファントムペインに叛逆した大罪人の名に反応し、スウェン・カル・バヤンに施された洗脳教育が憎悪を引き起こした。
ストライクの強化改修機に専用ストライカーを搭載し、その名からストライクノワールと名付けられたモビルスーツは腰部からビームガンを抜いた。
『消えろ。裏切り者ども』
その無機質な声に、シャニは溜め息を吐いた。宇宙に脱出しようとしているジブリールの身柄を確保し、同盟軍の侵攻を受けているオーブの無実を証明することが今回の作戦だ。そんな自分達の邪魔をするなら、たとえ昔の仲間だろうと手加減無用だ。
エクリプス1号機に搭載された強襲突撃型ストライカー“フォビドゥンストライカー”を展開し、その中心部分に収納されていた獲物を抜いた。
ギリシャ神話において、天地を割ったとされる伝説の武器の名を授けられ、使い手の技量次第でPS装甲すら斬り裂くレアメタルΩを刃に用いた
オーブ解放作戦は初日で終了しましたが、オペレーション・フューリーは初日以降も続きます。
ひたすらシリアスな展開ですが、就寝時は×××××で×××××なのでリフレッシュ出来ている……?
ラクス様が考案した起死回生の作戦を成功させる為にはクロトくんの生存が必須条件なので、頑張りましょう。