〈83〉
「あー、そうそう。結婚おめでとう」
クロトはプールサイドに置かれたサマーベッドに寝転がながら手元のジュースを口にすると、その内容自体にはさして興味がなさそうに言った。
「ありがとうございます」
そんなクロトの隣に位置するサマーベッドに、少女がゆったりと腰掛けていた。
ラクス・クライン改め、
ラクスは先の大戦以前より婚約者であるアスラン・ザラ──アレックス・ディノの偽名を経て、アスラン・ディノと名乗り始めた少年と正式に入籍したのだ。
傍目にも親愛関係には至っていない状況下で、プラントに楔を撃ち込むためとはいえこうした手段を用いるのはどうかと思っていた。しかし自分が介入しなければアスランはオーブ解放作戦時にザフトを裏切り、ラクスと行動を共にし始めたのだからむしろ遅かったのかもしれないとクロトは思い直した。
本来の世界線では、
「……」
眼前に広がっている賑やかな光景は、オーブに侵攻を行った同盟軍を退けたお祝いとしてカガリがアスハ家の所有物である高級ホテルで主催した慰安会である。
カガリ本人はミナらと共に連日諸外国との会談に追われている中、警備の関係上で招待された極少数の者だけが、この貴重な休暇を満喫していたのだ。
「……うわー……」
クロトは隣接しているサンドエリアで、アスランらとビーチバレーを楽しんでいる水着姿のキラが視界に入った。ゆさゆさと零れ落ちそうな少女の一点にクロトは視線が引き寄せられてしまうが、ラクスの咳払いを受けて神妙な表情で座り直すと、
「ごめんごめん。で、議長の狙いは掴めた?」
「おそらくは。……結論から申し上げますと議長の目的は、遺伝子でヒトの役割を決める世界を構築することだと思います」
ラクスはクレタ島沖での大敗を受けてオーブ派遣艦隊が撤退した後、数少ない戦力を分散してまで宇宙に上がっていた。それはファクトリーで密かに製造中だった“ストライクレイダー”らを輸送することが主目的ではなく、偽物のラクスを用意してまで戦争を煽るデュランダルの真意を探るためだったのだ。
「遺伝子でヒトの役割を決める?」
「はい。クロト様は“マーシャン”と呼ばれる方々をご存じですか?」
クロトは自身の記憶を辿り、地球連合の前身であるプラント理事国が“戦闘用コーディネイター”を開発するモチーフとなった者達を思い出した。
「ええと、火星開発用コーディネイターだっけ?」
「はい。火星圏の開発事業を行うため、必要な職種に最適化された遺伝子調整を施された者達。それが“マーシャン”です。同じコーディネイター社会であるプラントは彼等と昔から友好関係にあり、議長も彼等の社会に興味を示していたそうです」
ラクスは頷いた。
火星圏に存在するコロニー共同体の一つ“オーストレール”は火星の過酷な環境に対応するため、求められる職種に合わせて遺伝子調整が行われた“マーシャン”と呼ばれるコーディネイターのみで構成されている。
そんな彼等の使節団は年に一度行き来している定期便で地球を訪れており、ラクスもシーゲル・クラインの娘として彼等と交流した経験があったのだ。
「それはあくまで火星圏の話だろ?」
当初人類にとって未開の地だった火星圏を開発し、レアメタル採掘を行おうとした開発事業者はナチュラルたちだった。
しかし火星圏という過酷な環境と、限られた物的資源という状況は火星の開発事業を行う際の壁として立ち塞がった。その問題を解決するために優秀な能力を持ったコーディネイターを造り出し、開発を進めようとしたのがマーシャンの始まりである。
だがそうした遺伝子調整を行うことは“戦闘用コーディネイター”と同じく立派な生命倫理違反であり、火星圏という特異な環境でのみ許容される事だとクロトは思った。わざわざ遺伝子調整を行わなくても、地球圏で生活することは可能なのだから。
「おっしゃる通りです。ですから議長の目的はその反対……ヒトが生まれ持った遺伝子──いわば運命によって、そのヒトの役割を決める社会を構築することではないかとわたくしは予想しています」
「運命でヒトの役割を決める社会、ねぇ」
「はい。そんな社会が実現すれば戦いは起こらない、と議長は考えているようです。なぜならそうした社会は戦士として運命付けられた者と戦っても無駄だと、皆が理解している社会だからです」
それはまるで完全武装した者に、拳で逆らう者がいないように。
「なるほどねぇ。そしてその全てを決定する神が、デュランダルってことか」
クロトは吐き捨てるように言った。
遺伝子を調査し、その適性を最優先する社会。
そんな仮初めの平和と引き換えに自由意志を喪失した社会を成立させるための生贄として、デュランダルはどれだけ大勢の命を捧げたのかと憤った。
デュランダルがロゴスの詳細な情報を掴んでいた以上、今回の大戦を小規模に留めることが可能だったのは明白だったからだ。
「神というよりも、運命という名の神に仕える神官という表現が正確でしょうね。望む力を得るためにヒトの根幹、遺伝子にまで手を伸ばしてきた末に起こった、プラントの歪みが産んだ結果かもしれません」
「プラントの歪み?」
「はい。コーディネイター社会であるプラントは出生率を改善するために、遺伝子相性が悪い者同士の結婚を法律で禁じています。実際に議長ご自身も、かつて婚約を解消した女性がいらっしゃるとか」
ラクスの言葉に、クロトは呆れたように嗤った。
もちろんそれがデュランダルを突き動かした全ての原因だとは思わなかったが、平和な社会を作る為に目の前の平和を乱すという矛盾に、何らかの形でデュランダル自身の怨念染みたものが関与していることは薄々感じていたからだ。
どうやらアル・ダ・フラガ同様に、ギルバート・デュランダルという男も自己愛と自己保存本能の強い男らしい。運命論者だった自分に訪れた悲劇を、
「未来を決めるのは、運命なんかじゃないよ」
この世界に運命などと呼ばれるものが存在するなら、所詮はヤキン・ドゥーエで燃え尽きる筈だった自分がキラ・ヤマトという少女に釣り合う訳がない。
絶望的な運命に抗い続けた想い、それを成し遂げた奇跡の力は、決して運命などといった簡単な言葉で片付けられる代物ではないのだ。
ラクスは頷くと、いつのまにか正面に立っていた少女を見て苦笑した。
「それはさておき、クロト様の未来は決まったようですね」
「……あぁ……?」
ラクスの言葉に違和感を抱いたクロトは、恐る恐る瞼を開いた。
せっかくの休暇なのに、
〈84〉
「無様だな、デュランダル」
機動要塞“メサイア”。
第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦後、プラントが資源採掘後の小惑星に設備を組み込む形で建造された機動要塞であり、その製造費用は規模と比較して安価である。
また全方位を覆う形で展開可能な陽電子リフレクター発生装置が配置されている他、前大戦で猛威を振るったジェネシスを小型化し、破壊力の低下と引き換えに発射後の一次反射ミラー交換を不要にすることで、運用性を向上させたネオ・ジェネシスを装備した難攻不落の要塞である。
当初デュランダルが描いていた予定では、地球連合軍がダイダロス基地に設置した軌道間全方位戦略砲“レクイエム”でプラントを撃たせ、それを大義名分にダイダロス基地を攻略、レクイエムを接収して運用することで、ネオ・ジェネシスと並んで
「ジブリールがいなければ、地球連合軍はレクイエムを使用しないだろう。アレはクルセイダーズの大敗を受けて、ジブリールが強引に製造させたモノだからな」
アルは妙に愉しそうに言った。
それはデュランダルの完敗を嘲笑うようだった。プラント最高評議会からは、連日デュランダルに対して緊急招集を呼び掛ける通信が送られている。
評議会議員でありながらラクスの真贋すら付かないなど有り得ないというのに、デュランダルを切り捨てることで事態を収拾しようとしているのだ。
全ての戦争責任をパトリック・ザラとラウ・ル・クルーゼに背負わせることで、当時ザラ派のナンバーツーだったエザリア・ジュールですら公職追放程度まで減刑された前代未聞の手法を、プラントは再び使おうとしているのだろう。
所詮は厳格な婚姻統制を行ってすら少子化に歯止めが掛からず、ナチュラルに回帰しなければ数世代で断絶する“新人類”かとデュランダルは自嘲した。
「貴方はこうなると分かっていたと?」
「いや。私が誤算だったのは、貴様が戦士の運命を持っていると評価した連中の力だ」
シン・アスカ。
ハイネ・ヴェステンフルス。
その他マーレ・ストロードなど“コンクルーダーズ”に選ばれた、生まれながらに戦士としての運命を定められたコーディネイター達。
そんな彼等がキラや、戦士としてはそれに匹敵する才能のアスランはともかく、今はナチュラルに過ぎないクロトに劣っているような水準では、遺伝子適性を第一とする
「…………」
デュランダルは一切反論出来なかった。
ドラグーン搭載機であるフリーダムが真価を発揮出来ず、一方で現行の最新鋭モビルスーツの中では最も大気圏内を得意とするストライクレイダーに対して、アルはキラが加勢するまで優勢を保っていた。
もしもアルが当初の予定通りフリーダムでの参戦を見送っていれば、先日追加招集されたシンを含めたコンクルーダーズは全滅していたのかもしれないのだ。
「まぁ、そう慌てるな。私に2つアイデアがある」
「アイデア?」
「あぁ。1つはシン・アスカだ。ヤツの才能は、あんなモノではないだろう」
偶然SEED因子を保有していたことからデュランダルに才能を見出され、今まで何度も苦戦を強いられながらも結果を出し続けてきたシン・アスカ。
失敗作とはいえ、アルと同じ天才的な才能を有しているレイを凌ぐ戦果を残したことは、単なる偶然というだけでは説明が付かない。
その能力を十全に発揮することが出来れば、クロトと同様に自分に匹敵する爆発力を有している筈なのだ。
「では、もう1つは?」
アルは思わせぶりに嗤うと、モニター画面に表示されている月面都市を指先で示した。
「あの馬鹿女を使う」
「と、言いますと?」
アルは偽りの歌姫としての役割を終えたミーアを、設立時からオーブと友好関係を結んでいる中立都市コペルニクスに幽閉していた。その情報を意図的に流出させることで、敵の分断を図ろうとしていたのだ。
実際にラクスはデュランダルを牽制する為に“オペレーション・ヒューリー”で大きな成果を上げたことで昇格したアスラン・ディノ准将率いるオーブ艦隊に乗り込み、コペルニクスに移動する準備を進めていたのだった。
「しかし彼女も貴方を感じることが出来るのではないのですか? そう簡単に確保出来るとは思えませんが」
「心配するな。本命は別だ」
モニター画面が切り替わり、藍色の髪をした少年のデータが表示された。
「ハイネ・ヴェステンフルスの報告書によると、ヤツはプラントに未練があるそうだ。ヤツをこちらに引き込むことに成功すれば、オーブ軍は空中分解するだろう」
ミーア・キャンベルを囮に敵を分断し、アスラン・ディノ准将と接触して寝返らせる。あまりにも大胆不敵なアルの作戦に、デュランダルは思わず絶句した。
到底上手くいく作戦とは思えなかったが、実際にアーモリーワンやミネルバでアスランと対面した際の印象を思い返せば、カガリの護衛として同行しているオーブ軍人とは思えない言動だったことも否定出来ない事実だった。
どのみち、ラクス・クラインという魔法が解けたミーア・キャンベルという少女は存在するだけで自陣営に災いを引き起こす魔女である。
最期にその死と引き換えにオーブ軍に疑念を植え付けることが出来れば、歌以外に特筆する才能を有していない彼女は道化としての運命を果たしたと言えるだろう。
「──そういう訳で次の作戦は、コペルニクスに幽閉されているラクス・ディノの救出です。そろそろ任務を成功させないと、私のクビがヤバいのよ」
O.D.Rの指揮官であるミヤビ・オト・キオウはオーブ外務省の一角に存在する作戦室で、眼前でリラックスしている少年達に訴え掛けるように言った。
「別にクビでもよくね?」
「全然よくない!」
シャニの気怠げな声に、ミヤビは絶叫した。ナチュラルながら戦闘能力はコーディネイターを超越している2人だが、それ以外の点は年相応のクソガキなのだ。
特にこのシャニ・アンドラスという少年については、全くやる気が見られない。父親の推薦がなかったら、初日でクビにしていただろう。モビルスーツに乗れば一騎当千の力を持っていることを知っている今は、それなりに有用性を認めているが。
「つーか、意味が分かんねーよ。幽閉されてるのは偽物だろ?」
「ええ。でもプラントが公式声明を出していない以上、政治的な意味ではどちらが本物なのか確定してないわ」
オルガは机に足を乗せると、欠伸を噛み殺しながら言った。今頃屋上プールでクロトらと遊んでいるラクスが本物であり、コペルニクスにいるラクスは偽物だ。
その真偽が正式には確定していないことに、あくまで外務省直属の特殊部隊である自分達には何の関係もない筈だ。
「シュレディンガーの猫かよ。……あ、そういうことか」
「どーいうことだよ?」
ミヤビの口にした内容の意図に辿り着いたオルガに、まるで見当も付かないシャニは首を傾げた。
「要はラクス・ディノの救助って名目で介入するってことだろ? いつもの政治的な建前ってヤツだ」
今は事実上形骸化しているものの、エクリプスの運用にはオーブの立場を維持しながら、国外の国籍保有者の生命財産を守るといった明確な使用目的が定められている。
今回は
「正解です。2人にはラクスとタイミングを合わせて、宇宙に上がって貰うわ。詳しくは後で情報を送っておくから、隅々まで目を通しておくように」
りょーかい。気の抜けた声で返答した2人に、ミヤビは大きな溜息を吐いた。
原作の種運命だと主要キャラが全員コーディネイターなので詳しく触れてはいけない単語でしたが、本作ではあくまでナチュラルのクロトくんが主役なので運命計画、婚姻統制に言及しました。
遂にSEED FREEDOMが発表されましたが、PVを見た作者の予想はロゴス残党が復活させたジョージ・グレンのクローンがスパコ♀を連れて、プラントを粛清しようとする物語です。
なおボスが復活したアル・ダ・フラガなど余程の問題が発生しなければ、SEED FREEDOM編も書く予定です。