逆襲のクロト   作:皐月莢

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天命

 〈85〉

 

 オーブ群島の一つ、カグヤ島はオーブ本土と宇宙を繋ぐ玄関口として位置付けられた島であり、先の大戦で喪われたマスドライバー施設も再建されている。

 月面都市コペルニクスに向かい、情報収集及びO.D.Rと共同でラクス・クライン救出の任務を与えられたクロトはイズモに乗り込む間際、少し離れた場所に護衛を残し、単身姿を現したカガリに呼び止められた。

 

「月の情勢もまだあまり詳しいことまでは分かっていないが、イズモにはクサナギと共にオーブ軍第2宇宙艦隊所属として、出来る限りのサポートを約束する。オーブが望むのは平和だが、それは自由あってのことだ。屈服や従属は選べない。お前もその守り手として力を尽くして欲しい」

 

 カガリはオペレーション・フューリーの傷跡が色濃いオーブ本土で、代表首長としての責務を果たすようだった。

 国防の観点で重要なのは、何も戦場だけではない。数百、数千、数万人の命を天秤に掛けて、時には非情な決断を迫られる政治の場こそが重要だと理解したのだろう。

 北アフリカのレジスタンスに参加し、バギーと携帯火器でバルトフェルド率いるモビルスーツ隊と戦おうとしていた無謀な少女の姿はなかった。

 

「あぁ、分かってる」

 

 クロトは頷いたが、カガリは意外そうな表情に変わった。

 それはラクスと並び、一連の“オペレーション・フューリー”における同盟軍の侵攻を退けた最大の功労者であるクロトが、どこか浮かない顔だったからだ。

 まだまだ平和な世界の到来にはほど遠いとはいえ、オーブ史上最大の危機と思われた苦境を乗り切ったばかりとは思えなかった。

 

「しかし、本当に良かったのか?」

「何が?」

「いや。私はお前が司令官でも良かったと思うぞ」

 

 イズモ級戦艦1番艦“イズモ”及び2番艦“クサナギ”からなる、先日新設されたオーブ軍第2宇宙艦隊の司令官はアスラン・ディノが准将に昇格する形で就任した。

 それは両戦艦の艦長が一佐である以上、司令官にはそれを上回る准将以上の階級が求められたことと、オーブ軍に協力するエターナルら“歌姫の騎士団”と密な連携を取る都合で必要に迫られた結果としての昇格だった。

 実際にオーブ艦隊の指揮はラクスら代理の者で行う以上、他の陣営に対する影響力を考慮した上で、カガリが司令官の座に相応しいと思っていたのはクロトだったのだ。

 

「司令官なんてガラじゃねーよ。この戦いが終わったら、軍も辞めるつもりだし」

「そうか。その方がいいかもな」

 

 一般的なオーブ軍人にとって、クロト・ブエルという存在は禁忌である。

 他に選択肢はなかった。裏切れば死が待っていた。

 そんなクロトの置かれていた事情は、オーブ解放作戦で実際に多くの戦友を亡くした者にとっては全く関係ないことである。

 オペレーション・フューリーの様な緊急事態はともかく、クロトがオーブ軍に在籍していること自体が無用な軋轢を生むことは、カガリも容易に想像出来たのだ。

 

「ところで何だその顔は。キラと喧嘩でもしたのか?」

「んなワケねーだろ」

 

 カガリは可笑しそうに笑った。

 ギルバート・デュランダル、ムルタ・アズラエルなど、この世界有数の権力者達の頭を悩ませている少年が、あの一見大人しそうな妹には全く頭が上がらないのだ。

 それなら良かったと呟き、カガリは不意に真面目な表情で言った。

 

「これだけは言っておくけどな。お前をどうこう言う奴は、私が許さないからな」

「……なんで君が?」

 

 クロトは首を傾げた。

 カガリが許すも何も、クロト・ブエルとカガリ・ユラ・アスハという存在は全く関わりがないと思ったからだ。ましてオーブ軍を抜けると宣言した直後に、あえて自分と繋がりを持とうとする言葉の意味が理解出来なかった。

 

「そんなの決まってるだろ。()()()()()()()だぞ?」

「あー……」

 

 カガリ・ヒビキ。そしてキラ・ヒビキ。

 二人の少女はナチュラル、コーディネイターという相違点があり、姉妹といってもその才能については大きく差があるものの、紛れもなく血の分けた姉妹なのだ。

 果たして義理の兄なのか、あるいは弟なのかという問題はさておき、クロトはカガリの身内であるという表現は決していい加減な言葉ではなかったのだ。

 

「君が義姉か」

 

 それはうんざりだ、と言いたげなクロトにカガリは悪戯っぽく笑った。

 

「そうだ。そういえばお前、キラの両親には嫌われてるらしいな?」

「はは。そりゃ幼馴染みのオーブ軍准将と、訳の分からない半病人。娘にとってどっちがいいかなんて、考えるまでもねーだろ」

「ま、御父様も勝手に婚約者を決めてたからな。おかげでホムラが引退してから、随分とセイラン家には困らされた」

 

 オペレーション・フューリーの発動に際し、オーブ宰相ウナト・ロマ・セイランが国外逃亡を図ったことの責任を問われ、セイラン家は五大氏族から降格した。

 この降格人事に伴い、次期当主だったユウナ・ロマ・セイランの戦死によって一時的に凍結されていたアスハ家とセイラン家との婚姻関係は解消されたのだった。

 従って五大氏族に加え、カガリの補佐人としてアスハ家の権威をも手中に収めていたセイラン家が政治を主導する歪な構図が崩れ、五大氏族と一般選挙で選ばれた議員で構成された立法機関である議会が対峙することで成立する、オーブ本来の政治システムが機能し始めたのである。

 

「──あ、いたいた。何の話?」

 

 二人を見付けたキラが駆け寄りながら声を掛けて来たが、クロトは何でもないと言いたげにかぶりを振った。家族関係の話など、たとえ当事者の一人であったとしても決して愉快なものではないのだ。

 

「私は一緒にいけないから、ここでお前達の無事を祈ると。お前達2人は私の大切な家族だと、話をしてただけだ」

 

 同盟軍の内部崩壊とギルバート・デュランダルの権威失墜に伴い、世界各地の戦線は急速に縮小が始まっている。その中で唯一日和見を続けていた大西洋連邦はパナマで拘束したジブリールの引き渡しを拒否し、連日同盟軍と戦闘を続けている。

 自陣営の正当性を主張するため、ジブリール確保を至上命題に掲げる同盟軍の攻撃は大規模なものになっており、旧くから大西洋連邦と対立しているユーラシア連邦、東アジア共和国も秘密裏に同盟軍を支援しているらしい。

 一度燃え上がった戦火を消すのは、それを拡大する以上に困難だ。

 同盟軍の侵攻を防いだオーブも、今後の対応次第で第二の侵攻に巻き込まれるかもしれない状況下で、カガリが国を離れることなど出来なかった。

 しかし追い詰められたデュランダルと、プラントが何をするか分からない。

 かつて一撃で地球を死の星に変える大量破壊兵器を、当時のプラント議長であったパトリック・ザラが製造し、それを実際に使用したことは誰の記憶にも新しいのだ。

 いずれにせよオーブ軍も、ザフト軍全体を相手取ることは出来ない。

 ターミナルは様々なコネクションを通じ、プラント議会に働き掛けることで分断を図ろうとしているが、デュランダルは未だザフトの大半を掌握している。

 ラクスがプラントからの亡命を表明した“歌姫の鎮魂歌”が発動したことで、ザフト全体に亡国の恐怖が蔓延し、デュランダルはその恐怖を反対に煽る形でザフト内部に蔓延っていた動揺の押さえ込みに成功したからだ。

 ここで同盟軍を主導したデュランダルを喪えば、プラントはアズラエル率いる太平洋連邦軍の侵攻を受けて滅びるという殺し文句で。

 ブルーコスモスの盟主であるロード・ジブリールが斃れ、再び前任者のムルタ・アズラエルが新盟主として再任しており、実際に今も太平洋連邦の意思決定に大きな影響力を持っている状況下でその言葉を否定することは誰にも出来なかった。

 かつてピースメーカー隊を率い、フリーダムの介入で未遂に終わったものの、ボアズ要塞に大規模な核攻撃を実行した事実はプラント国民の心に刻み込まれていたのだ。

 

「か、家族って、そ、それは、どどどどどういうこと?」

「落ち着け」

 

 その核攻撃を阻止した少女と、反対に核攻撃を行った少年の無事を祈り、カガリは懐に入れていたハウメアの護り石を握り込んだ。

 

 〈86〉

 

 背部ユニットに新規搭載されたドラグーン・プラットフォームから射出された10基のドラグーンが宙を舞い、モニター画面を縦横無尽に掛ける堕天使の様なモビルスーツをオールレンジ攻撃で徐々に追い込んでいく。

 やがて背後から襲い掛かったビームスパイクがオーブ本土で行われた戦闘データを取り込み、量子コンピュータで擬似的に再現したストライクレイダーを掠めた。

 シンは重厚感溢れる形状に変貌したデスティニーから光の翼を展開すると、大型対艦刀(アロンダイト)で大きく体勢を崩したモビルスーツを一刀両断した。

 

「見事なモノだな。流石は運命に選ばれた戦士、ということかな?」

「はい。このモビルスーツなら……」

 

 所属を問わず、優れた戦士の適性を有しているパイロットを集め、最強のモビルスーツと組み合わせて敵対戦力を殲滅する。

 その構想を下に、アルを指揮官として結成されたギルバート・デュランダルの直属部隊“コンクルーダーズ”は、それぞれのパイロットに少数生産されたインパルス、あるいはそれ以上のモビルスーツが与えられている。

 とりわけシン、及び先の大戦でも活躍し、今回の大戦でもプラント本土の防衛に成功するなど多大な戦果を残したハイネの両名には“デスティニー”が与えられ、メサイア要塞でそれぞれのパイロットに合わせた調整が施されていた。

 特にシンの場合は地球連合軍の対大型モビルアーマーに合わせて調整した都合上、対モビルスーツ戦においては不安が残った問題を解決するための改修が行われた。

 

「あぁ。彼も草葉の陰で喜んでいるだろう」

 

 アルは仰々しい態度を取り、シミュレータから離れたシンを労った。

 型式番号“ZGMF-X42S-L”。通称──プロヴィデスティニー。

 不運な事故で死亡したレイの乗機であるレジェンドを乗りこなせる者として、当初はコンクルーダーズの一員であり、自らも様々なモビルスーツ開発に関わる青年、コートニー・ヒエロニムスが候補に挙がった。

 しかし亡き友の遺志を背負いたいと訴えたシンの意を汲み、デュランダルはレジェンドを解体し、一部の装備をデスティニーに追加搭載したのである。

 

「まさに天命だな」

「天命、ですか」

 

 シンがそれは運命とどう違うのかと質問すると、アルはにやりと笑った。

 

「運命とは、ヒトの意志とは無関係に起こることを現す言葉だ。一方で天命とは、天から授けられた運命を現す言葉だ。天、すなわち()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という訳だな」

「分かりました」

 

 アルの言葉に頷くと、シンはモニター画面に表示されている新たなデスティニーの全体図に視線を向けた。

 電力消費が激しい一方で、ストライクレイダーら仮想敵には有用性の低いミラージュコロイド発生装置・大型ビームランチャーを除去した。そして背部ユニットに搭載されたレジェンドのドラグーン・プラットフォームは露出したケーブルで接続されており、それをPS装甲で覆い隠している。

 重量が増加した関係で運動性は低下したものの、元々デスティニーはサードステージの中でも最速の機動力を誇っており、フリーダムと同等程度に落ち着いた。

 第一世代と比較するとやや柔軟性に欠けるものの、AIの補助で大幅に操作難易度が低下した第二世代ドラグーン──すなわちレジェンドの力で、今度こそクロト・ブエルに引導を渡すのだ。

 

「それは頼もしい限りだ」

 

 アルは嗤った。

 それはレジェンドというよりもむしろ、先の大戦でレイダーと死闘を繰り広げた末に敗れた“天帝(プロヴィデンス)”を窺わせる()()()()()()()姿()であることに、当時オーブからの避難民としてマユを連れてプラントに到着したばかりだったシンは気付いていなかった。

 

 〈87〉

 

 今まで地球圏を裏から支配していたロゴスが壊滅し、デュランダルの求心力も喪われたことで世界が混迷の一途を辿る今、ブルーコスモス盟主に返り咲いたアズラエルには自由に動かせる強力な手駒が必要だった。

 ホアキン隊は今もジブリールに忠誠を誓っているものの、ネオはザフトの一員だった時からアズラエルと接触し、スピットブレイクの情報漏洩やニュートロンジャマー・キャンセラーの技術流出にも関与した過去を持っている。

 一時はジブリールの部下として拘束されたものの、ネオがアズラエルの信用を勝ち取るのにそれほど時間は掛からなかった。

 

「ライブ、ラリアン……」

『あぁ。マティスから一族の遺産を引き継いだ彼が最高司書官を務めている。そして彼を復活させたのは特定の人物の記憶や遺伝子を培養した素体に植え付けることで、その人物を再現する技術だ。その中でも彼は異例中の異例でね。一族が彼のパーソナルデータを保有していることは知ってたけど、君がジブリールの下にいると知らなければマティスも彼を再現しようとしなかっただろうね』

 

 レイはパナマ基地に匿名で送り付けられた映像データに吹き込まれたアル・ダ・フラガ復活の真相を、怪訝な表情を浮かべているネオと共に耳を傾けていた。

 それはサー・マティアスと名乗る男の記録映像だった。

 そのデータ自体に異常はなかったが、その内容は悪趣味なSF小説の様に異様極まる内容だった。

 しかしそれ以上に異様だったのは、その映像は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことだった。どこか苛立ち混じりなネオの問い掛けに対し、映像データに映っている過去のマティアスはリアルタイムで解答を続けた。

 

『まるで彼みたいだろう? そろそろ気付いたと思うけど、フラガ家は以前一族から追放された傍流だ。フラガ家に代々伝わる先読みも、一族が数千年掛けてヒトを品種改良してきた情報処理能力の亜種だ。ま、彼は偶然僕やマティス以上の天才として生まれてきた訳だけど』

「では私はどうすればいい?」

 

 呆れたような口調でネオは呟いた。

 迫り来る未来を予知し、遂に死すら超越した怪物をどうすれば始末することが出来るのか。

 たとえメサイア要塞に籠城しているアル本体を葬り去ったとしても、そのスペアとして用意した新たな肉体に意識を移すことで、再びアルは復活する。

 明らかに無謀としか思えない行動や、失敗する可能性を一切考慮しない破滅的な作戦はたとえクロトやネオに討ち取られたとしても残機を一つ喪うだけだったからなのだ。

 

『彼のバックアップが置かれている施設を同時に破壊し、彼本体を始末すれば二度と復活出来ない筈だ。片方はライブラリアンの本拠地、もう片方はメサイア要塞内部だろう。──それでは、君達と人類の幸運を祈る』

 

 記録映像が途絶えると、メモリ内部に仕込まれていたコンピューターウィルスが起動し、サー・マティアスがネオに送った一連の映像データは再現不可能な程に破壊された。

 同日同時刻、とある地点でマティアスと一族を乗せた戦艦は突如大爆発を起こし、ロゴス以前から人類を存続させる目的で暗躍してきた組織は完全な終焉を迎えた。




公の場でレイダーのパイロットを名乗った都合上、いつ謀殺されても不思議ではないので精神的に疲れているクロトくんに姉貴力を炸裂させるカガリちゃんでした。

シナリオ上見せ場はあまりないのですが、カガリちゃんは唯一クロトくんの居場所を担保出来るキャラなので、立ち位置的にはラクス様よりも重要です。

またデスティニーの梃入れに、レイが遺したレジェンドを生贄に捧げました。(死んでないけど
亡き友の遺志を背負い、後付けしたことでプロヴィデンスと同様の歪な形状に変わったドラグーン・プラットホームを搭載した“天命”です。

設定上は第二世代だから、多分シンも使えるでしょう。
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