〈90〉
「ギルバート・デュランダルが偽造したアンタの市民データは、一時的にO.D.Rが押さえた。アンタには供述拒否権と黙秘権があるが、証人保護プログラムの適用に支障を来すかもしれねぇ」
オルガが告げると、ミーアはくすくすと笑った。
表向き国外の国籍保有者の生命財産を守る目的で結成・運用される組織でありながら、実際には決して表沙汰に出来ない任務を遂行する特殊部隊だったからだ。
ミーアをラクスと仮定し、その救助活動を名目に武力介入を行うなど、おおよそまともな組織の発想ではない。もっとも戦争を一種の災害と捉え、その被害を食い止めるという意味ではこれほど有効な手段はないのかもしれないとミーアは思った。
現在ギルバート・デュランダル及びプラント最高評議会は責任を回避するため、ラクスに関する全ての問題を確認中としている。
そんな状況下でオーブに保護されたミーアが真実を告発すれば、今も世界各地で続いている大戦は完全終結に向かうだろう。
「これからデータ照合を行うが、それでいいか?」
ミーアは深呼吸して心の準備を整えると、首を縦に振った。
オルガの示したそれは目を背けたくなるような内容だった。タブレットの中に記されていたミーアの人生は、その名前を除き、その全てが出鱈目に改竄されていたのだ。
出身地。誕生年月日。両親の名。家族構成。経歴。住所。
容姿。目の色。肌の色。血液型。遺伝子情報。
自分を全くの別人に書き換えたデュランダルの手口に、ミーアは得体の知れないものを感じた。こんな男に言われるまま、ラクスを演じていた自分の間抜けさが怖くなった。
データに記されたミーア・キャンベルは幸福だった。
遺伝子操作の失敗が原因で両親に捨てられることはなかった。教育設備の整った幼年学校に通っており、引き取られた孤児院で性的な悪戯を受けることはなかった。
顔を隠して歌を歌い、名前も知らない誰かに僅かな賞賛を受けることだけが救いではなかった。
ミーア・キャンベルの名を捨ててまで、ラクス・クラインの影武者として心を磨り減らす必要などない人生だった。
それは夢のような人生だった。まるで一本の道を歩くような、退屈ながらも平穏な日々を送る少女の人生が記載されていた。
「俺達が把握しているアンタのデータを表示する。確認しろ」
新たに表示されたデータはあちこち欠落した不完全なものだったが、先程まで表示されていた情報と異なり、空白はあっても間違いは存在しなかった。ミーアはオルガに促されるままタブレットの空白を埋めた。
だがそれはミーアを陰鬱な気分にさせるものだった。なぜならそれは美しい意匠の仮面を脱ぎ捨て、醜い素顔を晒すような行為だったからだ。
「なるほど……。デュランダルの手口が分かったぞ。ミーア・キャンベルは
「行方不明?」
「データ上の話だがな。あれだけコロニーでデカい事件が起こったんだ。行方不明者リストにアンタの名を載せておけば、最終的に
オルガは愉しそうに嗤った。
それは以前からオルガの抱いていた疑問が、意外な形で判明したからだった。
なぜデュランダルはロゴスの構成メンバーを正確に把握していたにも関わらず、ロアノーク隊が実行したアーモリーワン事変を防げなかったのか? それはアーモリーワン事変に乗じてミーア・キャンベルの個人データを改竄した上で死亡させることで、後にラクスを騙る容疑者としてミーアが調査されないようにしたのだ。
ミーアにはオルガの語った内容を完全には理解することが出来なかったが、それでも自分が壮大な陰謀に巻き込まれたことは理解した。
アーモリーワン事変に因るセカンドシリーズの喪失と、その結果として戦力不足で失敗したユニウスセブン落下テロ事件の阻止。あるいはこの事件にも、何らかの形でデュランダルは関与していたのかもしれない。
なんにせよ最初から今回の戦争は、ギルバート・デュランダルがこの世界を支配するために始まったものだったのだ。
「後はコイツを持ち帰れば、俺達の任務も無事終了ってワケだ」
タブレットに記された一連の内容は、ミーアの目の前に置かれた一枚のディスクに保存されたようだった。このディスクがオーブ本土に戻れば、全世界にラクス・クラインとミーア・キャンベルに関する真実が公表される。それが戦争の火種を摘み取り、オーブが戦火に包まれることを回避するO.D.R本来の存在意義なのだから。
「あたしはどうなるの?」
ミーアの疑問に、オルガは興味なさげに言った。
「どうにもなんねーだろ。デュランダルに脅されてたからしょうがない、で済むと思ってんのかよ?」
ブレイク・ザ・ワールドやロゴス崩壊に伴う地球経済の壊滅も含めて、先の大戦を遥かに上回る犠牲者が発生している。
その一方でプラント本国は結果的に1国だけ被害から免れている状況下でこの事実が明るみになれば、政治的な事情を考慮した上でミーア自身も少なからず標的にされるだろう。
そしてそれは、オルガの関知することではない。
「で、でも、あたし……!」
「知らねーよ。もう一回顔を変えればいいんじゃねーの?」
抗議するミーアに、オルガは肩を竦めた。
たとえ証人保護プログラムが適用されたとしても、ミーアが表舞台を歩けないことは容易に想像出来る。曲がりなりにも三隻同盟に協力し、地球全土を壊滅させる寸前だった大量破壊兵器の破壊に貢献したオルガとは状況が異なる。そもそも“生体CPU”と呼ばれていたように、オルガは地球連合軍のパイロットどころか、単にモビルスーツを動かすための消耗品扱いだったのだ。むしろ最低限の筋は通した方だ、とオルガは考えていた。
「はー、ウザっ」
シャニはそんなミーアに破滅を告げる禁忌のディスクを摘まみ取ると、不意に力を入れて握り締めた。突如強烈な圧力を掛けられたディスクは粉々に砕けると、黒い磁気を帯びたプラスチックの欠片に変わった。やがて掌から血を流しながら、シャニは赤黒い砂状に変わった欠片をテーブルに落とした。
「ひぃっ!?」
「テメェ、シャニ!?」
もちろん予備のディスクはあるし、ミーアに全く興味のないオルガにとってもあまり愉快ではない内容とはいえ、こんなことで破壊されては堪らない。
突然の暴挙にオルガは困惑しながら怒鳴り付けるが、シャニは掴み所のない表情のままゆらりと立ち上がった。
「どーせしばらく戻れねーんだろ。そんなメンドーなことをしなくても、そのデュランダルって奴を捕まえればいいんじゃねぇの?」
「そういう問題じゃねーだろ。お前は何を──」
「疲れたから休憩するぜー。なんか結構刺さっちまったし」
シャニは掌から零れ落ちそうな血を舐めると、2人を残して部屋を去った。何故か自分が無性に苛立っていることに、シャニ自身も戸惑いながら。
〈91〉
メサイア最深部に設置された“
それは復活したアルの姿が、かつてデュランダルがジブラルタルで斬り捨てたレイの姿と寸分違わぬ姿だったからだ。
「奴もまた人間の領域を超えている、ということか」
アルはとん、とんと自らの額を指先で触れた。それは先程の銃撃戦でアスランに撃ち抜かれた箇所だった。コペルニクスで行われたラクス・クライン襲撃作戦に、アルも別働隊を率いて参加していたのだ。
ラウと同様に異常なまでの空間認識能力で補完しているものの、細胞年齢の都合で身体能力は赤服上位程度に過ぎないアルは白兵戦が不得手である。
第二世代コーディネイターとして両親の能力を受け継ぎ、シンをも上回る戦士としての才能を有するアスランに討たれることは想定の範囲内だったのだ。
もっともアスランにキラの正体という“楔”を撃ち込むことには成功した上に、全盛期からは劣るものの本来の肉体で復活することが出来たのだから、向こうにトロイの木馬を抱え込ませたようなものだ。
今更ミーア・キャンベルを奪われようと、唯一プラントに対抗出来る組織力を有している地球連合が崩壊した状況は変わっていない。デュランダルの運命計画を掌握し、自身が支配者として君臨する真の運命計画を発動すれば情勢は一変する。
既に計画の中核を成すメサイア要塞は完成しているし、戦火を拡大させた共犯者として今もザフトの大半を掌握している。
あとは自分と同等の才能を有している“出来損ない”と、戦闘能力に関しては自分に匹敵する2人の“超越者”にさえ注意しておけばそれで十分だ。
不敵な笑みを崩さないアルに、目の前に立っている男はナチュラル、コーディネイター以前に同じ人間なのか。デュランダルは気圧されながらも、おもむろに口を開いた。
「……以前から不思議に思っていました」
「
デュランダルは自身の内面を完璧に見透かされたことを驚きながら、やや遅れて頷いた。
クローン体のラウはオリジナルのアルと同等の寿命であり、その結果能力的には問題なかったにもかかわらず、失敗作の烙印を押された存在である。
ならばその課題が解決されていない状況下で、どうして同じクローン体であるレイが造られたのか。それは万が一の事態に備えて、アルと同等の才能を有する存在を“
従来の素体として使用されていた“プレア・レヴェリー”ですら、アルの性能を十全に引き出す領域には到達していなかったのだ。
「……まるで“
デュランダルは空になった“ロイ”と名付けられた少年が先程まで収容されていた水槽に視線を向けた。もしもラウが偶然レイを拾っていなければ、廃人にされて水槽の中で浮かんでいたのはレイだったかもしれないのだ。
一介の遺伝子学者に過ぎないデュランダルにはどうすることも出来なかったが、それでも自分はレイに人間らしい死を与えられたのではないか、とすら思った。
たとえ一卵性双生児だとしても、それぞれの人格に合わせて表情などには微妙な差異が生じる。それこそ、親しい者であれば見分けられる程度に。
「自己の連続性という意味では、その通りかもしれんな」
とはいえ、同じ遺伝子でこれほどまでに違うものなのか?
水槽から姿を現した直後はレイと瓜二つの容姿だったにも関わらず、見間違えることはないと確信出来る容貌に変わったアルに、デュランダルは言葉が出なかった。
〈92〉
大小様々な火山列島で構成された島嶼国のオーブは、その特性を生かして地熱発電が盛んである。また各地に火山性温泉が発生しており、建国時から温泉文化が存在する。
そんなオーブ宇宙軍の主力艦であるイズモ級宇宙戦艦には、冷却水を利用した温泉機能が設けられている。
大気圏内、あるいは月面都市のように安定した一定の重力が存在する環境下でのみ使用出来る共同浴場だったが、閉鎖空間に長時間滞在する可能性も有り得る宇宙戦艦にとっては貴重な娯楽施設だった。
「…………」
気が遠くなるような熱気を感じながら、遂にミーティア改の慣熟訓練を終えてコペルニクスの本隊に合流したクロトはアスランに視線を向けた。
浴室に併設されたサウナ室で時間無制限の耐久勝負が始まってから既に15分が経過しているにも関わらず、アスランは腕を組んだまま平然としている。
「母さん……僕の……ピアノ……」
「ごめん……ミリー……」
同じ勝負の参加者であるニコル、トールの2人は10分が過ぎた頃、立会人のムウに連れられて退出した。そして水風呂に入った後、外で外気浴を行っている。
静けさに包まれた室内でアスランは、おもむろに口を開いた。
「……そろそろ限界なんじゃないか?」
「お前こそ」
耐久勝負の報酬はシンプルに“勝利者の要求を呑む”ことである。
フリーダムのパイロットを騙り、コペルニクスでも別働隊を率いていたアルから奇妙な話を聞いたアスランは、クロトにその真偽の回答を要求したのだ。
もちろん回答自体を拒否したいクロトは汗で垂れてきた前髪を掻き上げると、気合いを入れて座り直した。しかし猛烈な熱気がクロトを包み込み、玉のような汗が次々と浮かんでは足下に滴り落ちる。
「俺は真実を知りたいだけだ」
「…………」
たとえ気絶する寸前まで入り続けたとしても、自分と比較してまだまだ余裕を残しているアスランに分がある。そう直感したクロトは室内を確認すると、部屋の片隅に置かれていたとある道具に視線を向けた。
「おい、まさか……」
クロトは柄杓を掴むと、足下のバケツに入っているアロマ水を汲み上げた。そして勢いを付けると、正面で強烈な熱気を放つサウナストーンに投入した。
「バーカ」
クロトが嗤った瞬間、サウナストーンで急速に熱せられた水が蒸発を始めた。
室内に大量の蒸気が発生し、湿度が上がったことで体感温度が一気に上昇したクロトは全身から滝の様な汗を流し始めた。
「ぐっ……!?」
アスランは咄嗟に両手を掲げて襲い来る熱気を防ごうとするが、それでも体感温度の上昇は避けられない。自分と同様に大粒の汗を纏い始めたアスランを見たクロトは、囃し立てるような声を上げた。
「どうだ!」
単純な暑さ我慢の耐久勝負では敗北すると悟ったクロトは、セルフロウリュで体感温度を上昇させることで、熱さ我慢の超短期決戦に勝負を変えたのだ。
生体CPUとして身体中を弄り回された過去を持つクロトにとって、全身を蝕む苦痛を耐え忍ぶことは得意分野だったのだ。
「……お前を討つ!!!」
クロトに対抗心を煽られたアスランは柄杓を奪い取ると、自らもサウナストーンにアロマ水を投入した。更に大量の水が熱せられて蒸発し、視界を遮るような蒸気と呼吸もままならないような熱気が室内に充満する。
「……ッ!!」
だが、こんな所で負けるわけにはいかない。この戦いはどちらかが倒れるまで、お互いの正義を賭けて無限に続く勝負なのだから。
このまましばらく続くかと思われたクロトとアスランの過酷な耐久勝負は、浴室から不意に放たれた声で強制的に中断させられた。
「──ん? はえーな。もう誰か入ってるぞ」
なぜならその声は、明らかに女性のものだったからだ。しかも突如現れた女性の利用者は1人ではなく、なんと複数人だった。
「いきなりサウナに入るのは良くないらしいけど……」
「そーなのか?」
「うふふ、キラは物知りですわね。次はミーア様ともご一緒したいですわ」
共同浴場の都合上、その利用時間は性別で分けられている。サウナの耐久勝負に熱中し過ぎたことで、クロトとアスランはそれを超えてしまっていたのだ。
本来ならば清掃等が行われるため空白の時間が設けられているし、更衣室にクロト達の着替えが残されている筈なのだが、不運にも偶然に偶然が重なったことで、本来不可能なものを可能にしてしまったのだ。
「マズいぞ……!」
「あぁ……」
クロトは今も大量に流れ続ける汗の中に、冷汗が混じり始めたのを感じた。同様にアスランも上手い対処方法が思い付かず、深く腰掛けたまま両手で頭を抱えた。
「もう限界だ……」
「しかし外にはラクス達が……」
このままキラ、ラクス、カナードの3人が温泉から完全に立ち去るまで、サウナ室に籠もり続けるのは現実的に不可能である。こんなところにこれ以上いたら、どれだけ根性があろうと衰弱死してしまう。
「サウナって初めてなんだよなー」
「あら、カナード様もですか。キラは?」
「私も初めてで……」
それどころか会話の内容から推測すると、準備が終わり次第3人でサウナ室を利用しようとしているではないか。絶望するアスランの隣で、クロトは突然嗤い始めた。
「うふ、うふふ……」
「……どうした!? 何か思い付いたのか!?」
アスランは期待の眼差しを向けた。クロトはそれほど頭の良い人物ではなかったが、これまで柔軟な発想で様々な窮地を乗り越えてきたからだ。今回も起死回生の策を思い付いたに違いない。
「──僕は」
アスランから期待を一身に背負ったクロトは猛烈な勢いで扉を開けた。そして外に向かって叫ぶと、足を縺れさせながら一直線に走り出した。
「……僕はねぇ!!」
もちろんこれは、この絶体絶命の状況を切り抜ける為の手段ではなかった。
このままサウナ室に潜伏した状態で発見されるよりも、浴室で堂々と見付かった方が余程許されるだろう。そう考えてサウナ室から出現したクロトに向けられた悲鳴が、広大な浴室の中で盛大に木霊する。
「この馬鹿野郎!!」
慌ててアスランも飛び出すと、既に近くにいた女性陣からの集中砲火を受けて仰向けに倒れているクロトの姿が視界に入った。
「もう1人いたぞ!! この変態共め!!」
アスランはビームブーメランのように弧を描いて飛来する手桶を受け止めると、プラズマ収束ビーム砲のような勢いで放たれた冷水を防いだ。
「ち、違うんだ、止めてくれ……!」
殆ど土下座のような姿になりながら、自分達がこんな状況になってしまった理由を説明しようとアスランは顔を上げた。
「キラ……!?」
「アスラン……!?」
目の前に広がっている光景は、ヘリオポリスでイージスを奪取する際に女性の格好をしたキラと遭遇した時の衝撃に匹敵する光景だった。
アスランの思考が一瞬停止した瞬間、カナードは手桶でフルバーストの様な冷水の嵐を浴びせ掛けた。それは熱気で朦朧としていたアスランの意識を刈り取った。
ミーアちゃんは実質強化人間なので、生体CPU組が活躍する本作ではヒロインです。(大真面目
オーブ軍准将に就任してラスボスの残機を減らした男はロウリュバトルでハプニングに巻き込まれ、袋叩きにされた末に正義を見付けたようです。(?
次回からはメサイア要塞攻防編が始まるので、最後の日常シーンを挟みました。
イラストは存在しないので、各々の想像力で問題のシーンは脳内補完してください。
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ついったー。
最近は専らロム専ですが、リプライには反応します。
次話から種運命編の最終章なので、質問等あればお気軽にリプライください。