〈98〉
月軌道を離れて地球軌道に向かっていた機動要塞メサイアは遂に、目的地である地球の重力圏に侵入した。
それはメサイアが遂に、攻撃目標のオーブ首長連邦の本国をネオ・ジェネシスの有効射程距離に収められる地点まで接近したことを意味していた。
オーブがネオ・ジェネシスを受けて壊滅するまで、残された時間はあと少し。
人知れずミーア・キャンベルの整形手術を行い、ユニウスセブン落下テロ事件を計画していた旧ザラ派の支援から始まった、ギルバート・デュランダルの勝利は間近に迫っていた。
「…………」
特殊戦闘艦ガーティ・ルーを質量兵器として利用し、難攻不落の陽電子リフレクターを無傷で強行突破。
そしてフリーダムと戦闘を始めたストライクレイダーの映像が、デュランダルが指揮を執っているメサイア司令室の大型モニターに表示されていた。
先日行われたオペレーション・フューリーの戦闘データを解析した結果、歌姫の騎士団の保有している戦力で機動要塞メサイアを守る最終防壁を突破出来る可能性を秘めていたのはジャスティスとアカツキだけの筈だった。
その片割れのジャスティスが敗退し、後は実体兵器を苦手とするアカツキを集中攻撃すればそれで終了だ、と思っていた矢先に起こったのがこの緊急事態である。
「守備隊は何をやっている!?」
陽電子リフレクターを通り抜けたアカツキは、中破したジャスティスと合流すると、慌てて駆け付けた守備隊を次々討ち取りながらネオ・ジェネシスに向かっていた。
ストライクレイダーの強襲を受けて陣形が乱れたことで、別地点から突入したアカツキの対処が遅れたからだ。
「予備隊を戻しましょう!」
司令室全体に動揺が広がる中、メサイア守備隊の参謀を務めている男の1人が戦況を眺めていたデュランダルに対処方法を具申した。
それはアカツキを迎撃する目的で準備を進めていた予備隊を二手に分け、フリーダムの援護に回らせる内容だった。
もしもフリーダムがストライクレイダーに敗退すれば、フリーダムの殲滅力に依存しているネオ・ジェネシスの防衛が不可能になることは明らかだった。
実際にストライクレイダーはフリーダムと激戦を繰り広げながら、徐々にメサイアとの距離を詰めていた。眼前のフリーダムを撃破すること自体は、ネオ・ジェネシスの発射に何の影響も及ぼさないことをクロトは理解していたからだ。
「やめろ」
デュランダルは言った。
神の寵愛を受けた超越者と、悪魔に魂を売った狂戦士。
クロトが自分の潜在能力を引き出すSEEDの力に覚醒していようと、万が一にも勝機はない筈だった。
それほどまでに2人の能力、機体性能の差は隔絶していた。しかし2人の遺伝子を徹底的に分析したにも関わらず、自分がアルの勝利を確信していないことにデュランダルは気付いた。
それは遺伝子を絶対的なものだと考えていたデュランダルに、1つの矛盾を突き付けるものだった。
もしも絶対的な能力差を覆す何かが存在するのであれば、生まれもったヒトの遺伝子で全てを決定しようとする
「見せて貰おうじゃないか。ヒトの執念を」
ここで戦闘に介入すれば、アルの勝利は確実だろう。
しかしそれでは、絶対的な能力差を覆す何かが存在する可能性から永遠に逃れることが出来ない。
デュランダルは参謀の意見を却下すると、無数のドラグーンから放たれる光弾を回避しながら反撃を開始したストライクレイダーに視線を戻した。
クロトはストライクレイダーを斜め後ろに加速させると、待機命令を拒否して戦闘に介入しようとしていたグフイグナイテッドをフリーダムとの間に割り込ませた。
アルは委細構わずドラグーンを展開し、反応の鈍い友軍ごとストライクレイダーを狙う。
クロトは瞬く間に光弾に貫かれたグフイグナイテッドの影に身を潜めると、逆方向へと鋭く切り返した。同時にカオスから拝借したビームライフルを連射し、一瞬動きが静止したドラグーン端末を狙う。
一発、二発と光弾が命中する。
残りのドラグーンは素早く光弾を回避すると、上下左右からストライクレイダーに一斉射撃を実行した。
クロトは軌道を読み切って真横に回避した。
その移動先を狙ったアルはビームジャベリンを連結状態で構えると、一気にストライクレイダーとの間合いを詰めた。
『チッ!!』
クロトはビームライフルを投げ付けると、即座にビームキャリーシールドから
『!!』
しかしストライクレイダーの最大火力である
続いてクロトは左右から迫り来る光弾を宙返りで躱すと、ストライクレイダーを追走するドラグーンを
ストライクレイダーの左膝にビームジャベリンが突き刺さり、膝から下を抉り取った。クロトは急上昇すると、ストライクレイダーの加速を上乗せして
それは正面に回り込んでいたドラグーンの一撃を掻き消しながら、同時に強烈な質量攻撃で破壊した。
高速で飛び回るドラグーンと、その砲門から放たれるビームの軌道を正確に見切って実行したクロトの神業をアルは賞賛した。
『なかなか楽しませてくれるなっ!!』
クロトは二丁拳銃で放たれる光弾を紙一重で躱しながら、再び
『まだまだッ……!!』
先程からドラグーンの撃墜こそ成功しているが、フリーダム本体には一度も有効打を与えられていない。
反対にこちらは二度に渡るドラグーンとの戦闘経験がなければ、とっくに致命傷を受けていただろうとクロトは確信した。
それほどまでにアルの力は圧倒的だった。
そして唯一アルが劣っていた操縦技術はアスランと繰り広げていた戦闘経験を経て、急速に洗練されつつあった。
このままでは敗北する。
脳裏に負の感情が混ざった瞬間、クロトの視界がいきなり明滅した。
『…………!?』
SEED因子の覚醒で極限まで研ぎ澄まされていた集中状態が途切れたのだ。
集中力を失い、神経接続で次々送り込まれる情報を処理出来なくなったクロトは、口内に焼け付くような血の味を感じながら反射的に機体を後方に飛ばした。
しかしアルが牽制で放ったビームに反応出来ず、ストライクレイダーの絶大な機動力を支えている大型ウィングの一部が抉り取られた。
『そろそろ限界のようだな。やはり凡夫は凡夫ということだ』
クロトの異変を察知したアルは一気に攻勢を仕掛けた。僅か十数秒の攻防で、操縦精度が大幅に低下したストライクレイダーは次々損傷を受ける。
そしてドラグーンから展開したビームスパイクが極破砕球に向かって伸び、唯一ビームコーティングが施されていない接合部分を正確に斬り裂いた。攻防の要である極破砕球を破壊されたクロトに、更なる光の嵐が襲い掛かった。
遂に最終シークエンスに突入したネオ・ジェネシスを破壊するため、キラはアスランを置き去りにするような速度で機体を加速させていた。
両肩部から伸びている光の鞭が行く手を阻むモビルスーツの四肢を切り裂き、正確無比なビームライフルの一撃と合わせて敵を無力化していく。
ネオ・ジェネシスはジェネシスと異なり、装置全体をPS装甲で覆っていないため外部からの攻撃で十分に破壊可能である。
このままのペースであれば、オーブ本土が撃たれる前に発射を阻止出来る。
そう考えていた矢先に起こったのが、最大の難敵であるフリーダムを引き付けていたストライクレイダーの異変だった。
アルの嘲笑う様な悪意が、クロトを呑み込もうとしていた。
成功すれば良し、失敗しても良し。
既に永遠の自由を手に入れたアルにとって、ネオ・ジェネシスが破壊されようとされまいとどうでもいいことだったのだ。
『ああっ……!!』
キラは瞬時にクロトに起こった事態を察知した。
ヒトの潜在能力を十全に引き出すSEEDの力を乱発すれば、使用者の脳に深刻な反動をもたらすことは元々分かっていたのだ。まして元々脳細胞に深刻な損傷を受けているクロトが、この数ヶ月で何度SEEDの力を使用したのだろうか。
先の大戦後にクロトの病状が一気に進行したのも、ラウとの死闘でクロトがSEEDの力に覚醒した代償だったことは重々分かっていたことではないか。
『時間がない! オーブが撃たれる!!』
『で、でも……!!』
思わず速度を緩めてしまったキラに、背中のメインスラスターと片腕を喪失した真紅のモビルスーツが追い付いた。
クロトを見捨てて、オーブを救うか。
オーブを見捨てて、クロトを救うか。
非情な決断を迫られたキラを叱咤するように、アスランは必死の形相で叫んだ。1人の人間と、大勢が生きるオーブ。そのどちらを救うべきなのか、答えは明白だった。
第一ここでキラに救われて生き延びたとしても、クロト・ブエルという少年がそれを受け入れるとは思えなかった。
二度とオーブが焼かれないように、二度とキラの居場所が無くならないように、クロトは命懸けで戦ってきたからだ。
そんなクロトに必要なものはたった一つの言葉だけだと、アスランは確信した。
『キラを泣かせるなっ! この馬鹿野郎!!』
アスランの声に応えるかのように、全方向から襲い来るドラグーンに対応出来ず後退を続けていたクロトはストライクレイダーに急制動を掛けた。
そしてビームスパイクを伸ばした大型ドラグーンを極限まで引き付けると、フェイスシャッターを解放した。
〈99〉
クロトは最大出力で放った
突如精度を取り戻した精密射撃は周囲を旋回していたドラグーンの大半を迎撃し、更にストライクレイダーは光の雨を擦り抜けてフリーダムとの距離を詰める。
『何っ!?』
クロトの振り下ろした
背後に回り込んでいたドラグーンの一撃に、ストライクレイダーはシールドごと右腕を破壊される。しかし直後にクロトはフェイスシャッターを再解放し、一瞬回避が遅れた機動兵装ウィングの片側を吹き飛ばす。
『……忘れてたぜ! 変態野郎にキラは渡せねぇってことをなぁ!』
クロトはコクピットを狙って正確に放たれたアルの刺突を神懸かり的な反射で回避すると、即座に左肩部の
フリーダムは右手首に
土壇場で息を吹き返し、どれだけ先読みしようが回避出来ない攻撃を繰り出し始めたクロトと、そんな攻撃すら正確に対応する才能にアルは高揚した。
『その先にあるのは破滅だぞ!』
アルは残存する全てのドラグーンを展開し、ストライクレイダーを包囲した。そして自らの身も顧みない鮮やかな閃光の嵐がクロトに迫った。
それは戦いの終焉を告げる一撃だった。
しかしクロトはその場でストライクレイダーを旋転させると、全ての光弾を躱しながらビームクローで斬り払う。
『それでも!』
アルの言う通り、コズミック・イラには絶対的な支配者が必要なのかもしれない。
たった2年で世界大戦が再開し、数えきれない命が犠牲になった。それは決してデュランダルやアル、ジブリールだけの責任ではない。
ナチュラルとコーディネイターの相互不信。人種差別。能力格差。
そうしたヒトの“業”と表現すべき感情が、争いの根源だ。
そんな世界をより良くするためには、永遠の命を手に入れた絶対的な支配者による独裁が最適解なのかもしれない。
たとえこのままオーブが撃たれたとしても、長期的な観点で見れば犠牲者の数は少なかったのかもしれない。
だが、しかし、それでも。
たとえ
『僕は……僕達はっ!』
クロトはストライクレイダーを変形させると、前方に突き出した大型クローをフリーダムの両腕に伸ばした。
一瞬早くビームシールドが展開されるが、クロトはそれにビームクローを押し込む形でフリーダムを捕らえると、猛烈な勢いでメサイア要塞の外壁に叩き付けた。
『くっ──』
クロトは次々斬撃を放ち、フリーダムを壁の一角に追い込んだ。
本来は光学兵器を搭載したサブアームに過ぎない大型クローで強引にフリーダムを押し込んだことで、クローに搭載していた光学兵器が機能停止したからだ。同時に
ここでアルを逃がせば勝ち目がないと、クロトは直感的に理解した。
そして
『がっ……!?』
その衝撃で、遂に耐久限界を迎えた
同時に砕けた
『自由が欲しいんだ!』
左右から挟み込むような形で
クロトは上方向に展開させたビームシールドを掻い潜り、
『──滅殺ッ!!』
ストライクレイダーの握り込んだ
その一撃はフリーダムを覆う純白の装甲を貫くと、腰部に搭載されていた核原子炉を破壊する。
そして
破壊されたフリーダムの核原子炉は暴走し、キラとアスランの攻撃で沈黙したネオ・ジェネシスを巻き込む形で核爆発を起こした。
こうして地球圏全域に運命計画を実行しようとした狂気の遺伝子学者、ギルバート・デュランダルの野望は潰えた。
しかしネオ・ジェネシスの喪失でプログラムの発動条件を満たしたメサイアは、要塞の各所に設置されていたフレアモーターを一斉に起動させ、地球に向かう速度を更に増した。
それはブレイク・ザ・ワールドが失敗に終わった際の善後策として、デュランダルがメサイアのセキュリティシステムに仕込んでいた隠しプログラムだった。
タイトルが逆襲のクロトなので、予想されてた方も多いでしょうが最後はメサイア墜としです。
アズにゃん、ラウは次回登場です。