〈1〉
「うぜぇ──……」
少年は呟きながら舌打ちした。
充電の切れたイヤホンのバッテリーを交換して音量を最大に設定すると、コクピットの中で激しい重低音が響き渡る。
無造作に伸びたエメラルドの髪に、右は紫、左は金に輝くオッドアイ。
外務省の予算を一部拝借して用意された鮮やかな“O・D・R”の刻印が刻まれた専用のパイロットスーツ。
やがてその内ポケットにイヤホンを放り込むと、脇に置かれていたヘルメットを被った。
第一種警戒待機中に音楽を聴いていたことで生真面目な上官に叱られる確率は100%超えだったが、今はどうでもよかった。
これからプラントの要人の身柄を預かり、オーブまで送り届けることも。
その要人がとあるテロリストに狙われていることも。
それでも機密保持の為に、単独で任務を遂行する必要があることも、今のシャニにとっては些細なことだった。
──そういえばニュートロン・スタンピーダーってどうなったんだ。
あんなのがあるのに危険な核動力モビルスーツを造る理由があるのだろうか。大音量で音楽を流しながら、シャニは呑気に鼻歌を歌っていた。
『本部より“鴉”へ。本部より“鴉”へ。歌姫が到着したわ』
そんなシャニは、護衛対象が大使館に到着したことが秘匿回線で告げられる。
先程から頻繁に起こっている電波障害でノイズ混じりの通信に、シャニはあからさまに不愉快そうな声を上げた。
『本当に来るのかよ、件のテロリストは?』
『さあね。でも旧デュランダル派が彼女を見逃すとは思えないわ。この電波障害も彼等の仕業でしょうし』
シャニは呆れたように溜息を吐いた。
『そこまで分かってるなら、テメーらでなんとかしろよ』
そんなシャニの言葉に、ミヤビは淡々とプラントの置かれた現状を告げる。
『しょうがないわ。誰だって同士討ちは避けたいものね』
『ハッ。軍人ごっこの連中に期待するだけ無駄ってか』
現在プラントに潜伏しているテロリストの大半は、前プラント最高評議会議長のギルバート・デュランダルを支持する者達だ。
前大戦時において、デュランダルは反連合を掲げるナチュラル陣営からも幅広い支持を集めたプラントの中心的存在だった。
しかしその実態は遺伝子至上主義を掲げて地球圏に甚大な被害をもたらした上に、ブレイク・ザ・ワールドにも関与した可能性が高いという事実が明るみになった。
そんなデュランダルの支持者として戦後大いに批判を受けた彼等はザフトを脱走し、今も運命計画の導入を企んで水面下で反政府活動を続けていると言われている。
その根絶は一向に進んでおらず、それどころか停戦条約の締結に反発した一部の国民や政治家をも巻き込み、むしろ勢力を拡大しているらしい。
ブレイク・ザ・ワールド、ロゴス告発で地球経済が壊滅する中、唯一難を逃れたプラントが戦後の主導的な立場を担うべきだ、と考える者は少なからずいたのだ。
今回現れた“抑止力”もそんなテロリストの1人だった。
プラントとオーブの停戦条約に尽力したラクスの存在がなければ、今頃プラントは国家存亡の危機に立たされていただろうに、とシャニは冷ややかに嗤った。
『そういう言い方しないの。その五月蠅いオモチャを取り上げてもいいのよ?』
『オモチャじゃねーよ。これでも安っすい給料の大半を……』
シャニが言い返そうとした瞬間、視界の先で爆音が響いた。コロニーの外壁に穴が空き、即座に緊急警報が流れる。スピーカーから流れるミヤビの声に緊張が走った。
『“
現場の状況と位置情報がモニターに表示され、搭載された武器のロックが解除される。
同時に機体を覆い隠していた
そのモビルスーツに電力を供給していたケーブルが抜かれると、機体を覆っている灰色の装甲板が鮮やかなカーキ色に変化する。
型式番号“MVF-X08-F”──通称“フォビドゥンエクリプス”。
オーブ国際救助隊が保有する可変モビルスーツに、偶然パイロットに選定されたシャニの搭乗機だった“
そして前方から現れた紺色の機体が放ったビームを、バックパック両側に取り付けた金色の可動式鏡面装甲で受け止めた。
目標のモビルスーツに向かって反射されたビームは、その機体のコクピット部分のど真ん中に命中する。
シャニは楽な仕事だ、と欠伸を噛み殺した。
すると──。
掠り傷1つ存在しない紺色のモビルスーツが距離を詰めながら、何事もなかったかのように引き金を引いた。
『危ないッ!』
ミヤビの悲鳴と同時に、シャニは地面を蹴って敵の放ったビームを回避した。
後方に停車していた大使館職員達の車両が流れ弾を受けて吹き飛び、メカニックが退避して無人になったドッグに着弾する。
『ウゼーんだよ!!』
手に持っているのは普通のビームライフル──ノーダメージの理由は手首にでも仕込まれているビームシールドの仕業だろう。
シャニは奇妙なモビルスーツを挟み込むようにビームランチャーを放つと、続けて電磁砲を放った。しかしPS装甲だろうと有効打となる強烈な実体攻撃を、紺色の装甲はあっさりと弾き返した。
まるで鉄の塊が石礫を防いだような感覚に、シャニは一瞬注意を奪われた。
その僅かな隙を察知した紺色のモビルスーツは一気に距離を詰め、背部にZ字でマウントしていた可変型のロングソードを抜いた。
そしてシャニが反射的に抜刀した
『!!』
激しい衝撃を受け、シャニの視界が一瞬暗転した。
入念なビームコーティングが施され、ビームサーベルはもちろん対艦刀の類にも対抗出来ることから“雷斬”と名付けられた大鎌が折られたからだ。
それは大層な仕掛けがある訳でもなんでもなく、シンプルに強度を極限まで高めたロングソードと、その威力を十全に引き出す絶大な膂力によるものだった。
舐めた真似を──。怒りで頭に血が上ったシャニは僅かに戸惑いを見せた紺色のモビルスーツにビームランチャーを闇雲に連発した。
しかしロングソードと同様に、強靱な耐久性を誇る紺色の装甲はモビルスーツを一撃で葬り去る筈のビームを水鉄砲の様に受け流し、周囲に無秩序な破壊を撒き散らした。
『やめなさい!』
ミヤビの叱り付ける声に、シャニはふと我に返った。紺色のモビルスーツは子供の癇癪に付き合ってられないとばかりに、その場からあっさり姿を消していた。
オーブ外務省外郭団体国際協力機構管轄組織国家救助隊──通称“オーブ国際救助隊”は、その名の通り外務省が中立国家としての立場を維持しながら、
なぜ表向きなのか。
それはオーブ国際救助隊が結成された本当の目的は、
どう非合法的なのか。
それは任務の内容だ。
たとえば今まで携わった任務の中には北アフリカのレジスタンス運動に参加していた“お姫様”に関する情報を探っていたブルーコスモス系テロリスト集団を殲滅するなど、表沙汰になればオーブの権威を揺るがすものも含まれていたのだ。
そんな任務を極秘裏に遂行するため、カガリ・ユラ・アスハの血縁上の妹であるキラ・ヤマトがもたらしたフリーダムを極秘裏に解析したデータを基に、救助隊の特殊機体としてキオウ家の管理下でエクリプス開発計画がスタートした。
結果的にフリーダムに匹敵する機体性能を有する他、ミラージュコロイドシステムによるステルス性能、ストライカーパックシステムを採用したことで対応力を獲得した画期的なモビルスーツとして誕生した。
そのパイロットには当初、その情報機密の観点からキラ・ヤマトとクロト・ブエルの2人が有力視されていた。
しかし最終的に“カラミティ”“フォビドゥン”の元生体CPU──すなわちナチュラルでありながらコーディネイターに匹敵する潜在能力を誇る2人の少年兵がパイロットに選定され、この日陰者の部隊が結成されたのだ。
「光あるところには影がある。逆もまたしかりよ」
大使館ビルの作戦室で苛立った表情の若き女性指揮官の声に、その片割れである突撃手のシャニ・アンドラスは心底興味なさそうな表情を向けた。
女性の言葉は酷く婉曲的で、シャニには何を言いたいのか微塵も分からなかった。
オーブは──その中でも特に五大氏族は──血縁よりも能力を重視している。
たとえばアスハ家の後継者であるカガリ・ユラ・アスハは養子縁組、サハク家の後継者であるロンド・ミナ・サハクは高度な遺伝子操作を受けたコーディネイターであり、目の前のミヤビは後者の人間だ。
この世界は頭のネジが外れた連中だらけだし、実際に大気圏落下時の際に受けた全身火傷で今も入院しているクロトは、コーディネイターの女に熱を上げている。
だからどうと言いたいわけではなかったが、幼少期からイカれた研究所の被検体だったシャニはオルガのように読書家な訳でも、ステラ達のようにスクールに通っている学生でもないのだ。
「何ワケのわかんねーコトを言ってんだ、お前」
この2年間、セイラン家の台頭などで迷走していた政治体制を刷新するために、アスハ家とサハク家を除いた五大氏族で代替わりが行われた。
ミヤビはその中の1つであるキオウ家の当主に就任し、メサイア・ショックで表沙汰になったエクリプスの封印に併せてオーブ国際救助隊は解体される予定らしい。
政治が機能しているなら裏から戦争の火種を摘み取るよりも、表で政治的な駆け引きを行う方が余程ローリスク・ハイリターンだということだ。
自分に戦闘やモビルスーツの操縦以外のことが出来るとは思えないし、オーブ軍に入ろうと考えるほど愛国心に溢れている訳でもない。いっそ何処か遠い所に行って、世界各地で需要があるらしい作業用機械乗りにでもなろうか。
誰も知らない場所でチープな嗜好品を嗜み、音楽に耳を傾けながら刹那的に生きる毎日は最高にクールだろう。
「……貴方、私の話を聞いてるのかしら?」
「あぁ。だいたいわかった」
一生懸命何かを説明していたミヤビに、シャニは平然と頷いた。
生体CPUの時からそうだった。面倒な任務は回って来ないのだ。苛立つようなことがあったら、自分は今回みたいに後先考えず滅茶苦茶にしてしまうのだ。
せいぜい退屈なお説教か何かだろう。そんな風に思っていたシャニに、ミヤビはご愁傷様と言いたげな顔を向けた。
「じゃあ、あの娘のことは頼んだわよ」
「娘……?」
そういえばそうだった。プラントの要人をオーブまで護送する任務があったのだ。もう一度最初から説明してくれと言おうとしたシャニの声は、不意に鳴ったノックの音で掻き消された。
シャニが背後を振り返ると、ドアがゆっくりと開いた。するとリズミカルな足音を立てながら仮面の少女が部屋に入ってきた。
「よろしくお願いします」
そのあまりにも胡散臭い姿と似合わない少女の透き通った声に、シャニは怪訝な表情を浮かべた。
素顔は仮面で隠されているが、自分と同じ二十歳くらいだろう。最近真っ黒に染めたらしい髪をゆったりと伸ばし、星のような髪留めを付けている。
オールシーズンのシャツにベスト、ジーンズに身を包み、肩から大ぶりのバッグを提げている姿は、いわゆる中流階級のティーンエイジャーという雰囲気だった。
少女の肢体に思わず視線が誘導されるが、ミヤビの咳払いを受けてシャニは視線を真っ直ぐに戻した。
「えーっと。……俺は何をすればいいんだ?」
「だいたいわかったって言わなかった?」
ミヤビは呆れたような口調で言い、仮面の少女はくすくすと笑った。まるで知人の様な少女の態度に違和感を抱きつつも、シャニは肩を竦めた。
「どうでもいいけど、オルガの奴で良かっただろ」
同僚のオルガ・サブナックはいわゆるモテる人間だ。
遺伝子調整や美容整形の類など一切していないにも関わらず、そこらの連中と比較にならないくらい整った容貌だし、頭脳も極めて優秀だ。
プライベートを見掛ける度に違う女と遊んでいるオルガなら、この奇妙な少女の護送任務くらい無難にこなすだろう。暗に不本意な仕事だと匂わせたシャニに、少女は仮面の奥からちらっと視線を向けた。
「だから言ったでしょ、ラクスが貴方をご指名だって」
「なんだソレ。とうとう一度も歌わねーで引退しやがったクセに」
シャニは呆れた口調で呟いた。停戦条約を締結した後も、ラクス・ディノは様々なコネクションを生かして世界各地で平和維持活動を行っている。
それは歌で世界を救うなどといった抽象的な慰安活動ではなく、戦火に巻き込まれた者達に対する具体的な人道支援活動だ。
かつて平和の歌姫と呼ばれた少女は、偽者の暗躍を許した責任を取るため、政治家として生きる以外の道を喪ってしまったのだ。
「だいたい、何なんだよあの変なモビルスーツは?」
「ロードZ。……噂には聞いてたんだけどね」
特殊な技術で精製した希少金属のレアメタルΩを用いて製造され、既存の兵器では破壊出来ないと言われる“ロード・アストレイΖ”。
そんなザフトが抑止力として開発し、デュランダルの死を受けて封印されていた最強のモビルスーツがとあるテロリストの手に堕ちていたのだ。
幸いバッテリー動力のため活動時間こそ限界はあるが、特定個人の暗殺・施設の破壊は極めて容易であるという点において、今もなお明確な抑止力として存在していた。
今後国家間の交流を円滑に行うためにも、速やかに排除する必要がある。要人の護送はあくまで名目で、真の目的は戦後秩序を乱しかねないロードZの撃破だったのだ。
「ターミナルからヤツに通用する武器を融通してもらったけど、貴方にはちょっと荷が重いかしらね」
「ハッ! ケンカ売ってんのか?」
ミヤビの挑発的な声にシャニは軽口で応えた。
たとえ最強の矛と最強の盾を有するモビルスーツだろうが関係ないと言わんばかりに、オッドアイの瞳を仮面の少女に向けた。
「つーか、そもそもコイツは誰なんだよ?」
前後編予定です。
なおフォビドゥンエクリプスの設定公開を忘れていたので記載します。
【フォビドゥンエクリプス】
・型式番号:MVF-X08-F
・装甲材質:PS装甲
・動力源 :バッテリー
・搭乗者 :シャニ・アンドラス
・武 装
①PS-02 ビームシールド×2
②EW252HW フォビドゥンストライカー
・重刎首鎌“ライキリ”
・レールガン×2
・ビームランチャー×2
・可動式鏡面装甲“ヤタノカガミ”
③ミラージュコロイド・ステルス
④M2M5D12.5mm自動近接防御火器×2
・総括
エクリプスのパイロットに偶然シャニ・アンドラスが選定されたことで、その搭乗機だったフォビドゥンに着想を得た専用ストライカーを搭載したモビルスーツ。
エネルギー管理が非常に難しいため、電力消費の激しいビームライフル、ビームサーベルはオミットされている。
・作者解説
お蔵入りになったストライクフォビドゥンの設定を再利用したモビルスーツです。オオトリの装備にゲシュマイディッヒ・パンツァーを再現するヤタノカガミ、和風の名前を付けた鎌ですね。