〈2〉
プラント宙域付近を漂っているオーブ製の輸送シャトル──その作戦室にて、オーブ国際救助隊の隊長格とゲストを交えてブリーフィングが行われていた。
「情報解析班の情報では、先日オーブ大使館を強襲した“Z”は元コンクルーダーズの民間人だそうよ。背後関係を洗うためにも、必ず生きたまま拘束すること。いいわね?」
シャニは作戦室の片隅でじっと腕を組んだまま、剣呑な感情に満ちたオッドアイを光らせている。
後先考えずに“Z”を攻撃し、プラント政府からの猛抗議を受けて出国を迫られた原因の馬鹿で間抜けなパイロットに声を掛ける者は誰もいなかった。
やがて作戦室にはシャニと隊長のミヤビ、そして今回のゲストである元ラクス・クラインの影武者──ミーア・キャンベルだけとなった。
「あんなバケモノみたいな奴を生きたまま拘束? ムチャ言うぜ」
「少し考える時間をあげる。嫌なら増援を呼ぶわ」
ミヤビは淡々と言った。そして肩を竦めて作戦室から退出すると、シャニはその場に残された書類の1枚を手に取った。
『“クロト・ブエル”』
クロトは前々大戦以来、キオウ家がO.D.R.の構成員として虎視眈々と狙っていた人間だ。
結果的にラクス・クライン暗殺未遂事件が起こったことで有耶無耶になってしまったが、あくまでシャニはクロトの予備に過ぎない存在だったのだ。
シャニは怒りのままにテーブルごと書類を破壊しようとして、ミーアからの憐れむような視線を感じて中断した。
「何か文句あんのかよ?」
「ううん。……アンタも色々大変だなーって」
シャニはミーアの黒い瞳を見た。その中に映る、無様で情けない顔をした自分の姿を。
静まり返った会議室で、シャニはぶっきらぼうに言った。
「あのヤローは俺の獲物だ」
たとえ絶対に破壊出来ないモビルスーツだろうが、この俺の前に立ち塞がる奴は俺の手で始末するだけだとシャニは呟いた。
「──そもそも、どうして奴はテメーを狙うんだ?」
シャニは個室に戻って情報解析班から入手したロードアストレイZの戦闘映像を見ながら言った。
テレビは付けっぱなしで、音楽プレイヤーやヘッドホンなどの私物があちこちに散乱している。そんなシャニの小汚い個室に顔を顰めていたミーアは取り繕うように言った。
「え? そ、それはあたしがラクスだったから」
「トボけんじゃねーよ。
シャニは冷ややかなオッドアイを向けた。
ターミナルの伝手で再び整形手術を受けて元の姿に戻ったミーアに、人並み外れて歌が上手い以外は平凡な少女以上の価値はない。
そもそも戦後のオーブ政治に日々携わっているラクスに、歌姫としてのラクスの真似事が関の山だったミーアが取って代わる余地はないのだ。
冷たく輝くオッドアイに見詰められたミーアは、ゆっくりと溜息を吐いた。
「……アイツはあたしの婚約者なの」
「どーいう意味だ?」
「デュランダルが前に言ってたわ。オーブに亡命したアスラン・ザラの代わりに、あたしの婚約者を用意したって」
ミーアは男の過去を語り始めた。
男は第1次大戦時、エイプリルフール・クライシスの被害を受けて天涯孤独の身となり、ナチュラルからの弾圧を逃れるためプラントに移住したコーディネイターだった。
男はニュートロンジャマーの投下を実行したシーゲル・クラインに対して強い反発心を抱くと共に、パトリック・ザラの掲げている右派的な思想に傾倒する。
しかし男は“不幸にも”士官アカデミーの入隊試験に落ち、アルバイトを繰り返しながら誰とも関わらない日々を送っていた。
そんな男の転機はその翌年に起こった、第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦だった。
男が信奉していたパトリック・ザラが側近に討たれ、アイリーン・カナーバらクライン派によるクーデターが起こった。
同時にパトリックの右腕でありザフトの英雄だったラウ・ル・クルーゼがレイダーに敗北し、愚かなナチュラルを殲滅する筈だった
その後ユニウス条約が成立してプラントの独立こそ認められたが、男の抱いていたちっぽけな自尊心──自らが偉大なコーディネイターであることは完全に砕かれた。
そんな男に二度目の転機が起こったのは、第2次大戦が起こる間際の事だった。
鬱屈した日々を過ごしていた男の下に、思わぬ人物からのメッセージが届いたのだ。
「君は戦士に選ばれたんだ」
それはプラント最高評議会議長であり、遺伝子学の権威として知られているギルバート・デュランダルの声だった。
デュランダルは男の遺伝子がいかに優れた戦士の適性を有しているかを朗々と語った。そしてそれを認めないザフトがいかに愚かな存在であるかと声高に主張した。
それはまるで戯言のような内容だったが、男はデュランダルの言葉に惹き付けられた。
「我々には君の力が必要だ」
デュランダルの声に、男の中で溜まっていた感情が溢れ出した。
激しい嗚咽と共に涙が流れ、男は自らが偉大な戦士の運命を宿している喜びに打ち震えて泣いた。
その日から男は来たる日に備えて身体を鍛えると共に、デュランダルの提唱する運命計画について学んだ。
そしてギルバート・デュランダルという男の偉大さと、デュランダルをその思想に至らせたプラント社会に満ちている全体主義と遺伝子至上主義の欺瞞を理解した。
やがてデュランダルの予言通りに戦争が勃発し、戦火が地球全域に拡大すると、男は再びデュランダルから新たなメッセージを受け取った。
それは前大戦で最強と謳われたフリーダムのパイロットを中心に、各地の戦線で活躍するザフト兵は勿論、民間人からも戦士の適性を有するパイロットを選抜し、敵対勢力を迅速に殲滅する為の特殊部隊“コンクルーダーズ”を結成するというものであった。
男はそんな誇り高き特殊部隊の一員として、更にオーブに亡命したアスラン・ザラの代わりにラクス・クラインの婚約者として、デュランダルに選ばれたのだった。
サンディエゴで行われた初陣で、男はアーモリーワンでセカンドシリーズを強奪したロアノーク隊を圧倒した。
忌々しい大西洋連邦軍の連中が援軍に現れなければ、フリーダムと同様に2年間の沈黙を経て登場したレイダー諸共全滅させることも決して夢ではなかった。
そしてヘブンズベースで行われたオペレーション・ラグナロクにおいて、男は反ロゴス同盟軍の勝利に大きく貢献した。
2度に渡る戦いで周囲からの信頼を勝ち取った男は、仲間達と喜びを共有し合った。
「おめでてーヤツ。……それで、クロトのヤローにやられておかしくなったってコトか?」
「あたしもそこからは、よく知らないんだけどね」
オーブ本土で戦端が開かれたオペレーション・フューリーで、男は苦い敗北を喫することになった。
北極海でグラディス隊に敗れたクロトがオーブ軍の救援に現れ、コンクルーダーズを次々撃破したのだ。そしてラクスとミーアの真実が暴かれたことで、反ロゴス同盟軍は撤退に追い込まれた。
その後レクイエム攻防戦で地球連合軍を破ったものの、直後にオーブ・連合軍との間で起こったメサイア攻防戦でデュランダル率いるザフト軍は敗北を喫した。
それまで最強を誇っていたフリーダムのパイロットもクロトに討ち取られ、コンクルーダーズも壊滅状態に追い込まれた。
その日以来表舞台から姿を消した男は、つい先日まで戦死したものだと思われていた。
しかし男は生きていて、コンクルーダーズ時代のコネクションを生かしてザフトが密かに抑止力として製造していたロードアストレイZを強奪したのだ。
そしてかつての婚約者であるミーアと共に、歌と力でこの世界を変えようとしているらしい。
シャニはベッドにどさりと倒れ込むと、天井を見上げた。
そして怒りの炎に呑み込まれてしまったらしい愚かな男のことを想った。
この悪意に満ちた火薬庫のような世界では、自らの炎に気付かないまま何かに縋り付こうとした奴から順に破滅するのだ。
「おっと。……そういやテメー、歌はもうやめたのか?」
ミヤビにロードアストレイZを確保する作戦の可否を回答するためのタイムリミットを告げるアラームが鳴り響き、ミーアは立ち上がったシャニにばつの悪い表情を浮かべた。
「……当たり前でしょ。あたしのせいでどれだけの人が──」
テレビで緊急報道が流れ始め、シャニは視線を上げた。
それは件のテロリストがプラント宙域で複数のモビルスーツと交戦する映像だった。
男に強奪されたモビルスーツを奪還するため、再びオーブ大使館を強襲しようとしていた男に対してザフトがモビルスーツ隊を差し向けたようだった。
「いい作戦を思い付いた。テメーも手伝え、ソバカス女」
ぱちんと指を鳴らすと、シャニは嘲笑うように唇を歪めた。
男は憎らしきオーブ軍に連れ去られたミーアを探すため、頼もしき相棒と共にプラント宙域を彷徨っていた。
男は突如現れたグフイグナイテッドにスレイヤーウィップで拘束されると、その派生機に破砕球で何度も胴体を殴られた。それでも男が抵抗を続けていると、やがて機体を制圧するため装甲に高圧電流を流された。
男は怪物的な膂力を発揮してロードアストレイZを拘束していたモビルスーツを引き寄せた。そしてコクピットを手刀で貫いて拘束の一部を解くと、ロングソードを滅茶苦茶に振り回した。
少し前まで第二の故郷のように思っていたプラントすら自分を裏切った事実に、男は半泣きになりながらその場から逃げ出した。
偉大な戦士である自分をなぜ拒むのか──。
男が頬を涙が濡らしていると、突然耳を貫くような大音量でスピーカーから少女の聞き慣れた歌が響き始めた。
『──きっとこの空は夢のカタチ──』
するとロードアストレイZに搭載されている広域レーダーが、ミーアの生演奏を周辺宙域に流しながら挑発するように飛び回っているフォビドゥンの姿を捉えた。そして音声が途絶え、罵倒する様な声がコクピットを襲った。
『かかってきやがれザコ野郎ォーッ!!』
あからさまなシャニの挑発に、男はオペレーション・ヒューリーで邂逅した、ナチュラルでありながらコーディネイターを圧倒する忌まわしき悪魔憑きの姿を幻視した。
目を真っ赤に血走らせた男は重力に引き寄せられて落下する隕石のように、機体を一直線に加速させながら蒼いロングソードを抜いた。
『ようやく出て来たな、ザコ野郎!!』
牽制で放った機関砲をものともせず、目にも止まらぬ速度で蒼い刃が迫った。
使い手次第でPS装甲すら紙屑の様に斬り裂く最強の剣が、ビームランチャーから放たれた極大のビームを斬り払いながら急速に距離を詰める。
シャニは
2人の間で激しい火花が舞い、男は標的を強引に両断しようとする。
だがグレイブヤードのテクノロジーで造られた強靱なレアメタル製の刃が、あらゆる物を自由自在に断ち切る刃と拮抗した。
密着状態でフォビドゥンが放った電磁砲がコクピット付近に直撃し、ロードアストレイZは後方に吹き飛ばされる。
この至る所に火種が燻るロクでもない世界で、シャニはただ目の前の敵を排除する使命だけを共有する男と正面から対峙した。
「呆れた。いったい何をするつもりかと思ったら。……遊びじゃないのよ?」
ミヤビはすっかり即席のコンサート会場と化したCICの中でぼそりと呟いた。ミーアは返答せず、モニターの中で激しい戦いを繰り広げているフォビドゥンをじっと見つめている。
「……アイツは何者なんですか?」
持って生まれた戦士としての才能と、モビルスーツの性能。全ての面においてシャニに勝ち目があるとは思えなかった。まして生け捕りなど不可能に思えた。
それでもコンサートで熱狂しているティーンエイジャーのように、モニターに映っているシャニ・アンドラスと名乗った奇妙な少年兵はこの絶体絶命の状況を愉しんでいる。
「火種を自らの手で摘み取る力を持つ者。オーブ国際救助隊の掲げる至上命題よ」
ミヤビは更に言葉を続けた。
「その点に関して、私は彼を評価しているわ」
ミーアは久しぶりに手に取ったマイクを脇に置くと、疑わしげにミヤビの顔を見た。
「でも、さっきはアイツの代わりに
「私の一存で呼べる訳ないでしょ。何か勘違いしてない?」
シールドとして掲げた金色の可動式装甲が両断されるが、シャニは即座にもう片方の装甲をパージして投擲し、追撃しようとしていたロードアストレイZを怯ませる。
「だいたい男の感傷に付き合ってる暇はないの。彼が救援要請を出せば、周辺に配置した部隊を出動させるわ」
「でもアイツは、殺されてもそんなコトしないと思うけど」
「それは困るわね。とうとう
デュランダルの死と、地球連合の崩壊。
そして再び対立が深まったナチュラルとコーディネイター陣営の狭間で暗躍する、巨大な秘密結社──男の暴走を後押しした存在の示唆。
そんな連中に対抗し、戦争の火種を未然に摘み取るためには、ナチュラルでありながらコーディネイターを凌駕する存在──この世界に蔓延している遺伝子至上主義に抗う者達の台頭が必要不可欠なのだ。
フォビドゥンが大きく跳躍した直後、足元を漂っていた宇宙塵がばっさりと両断された。
中に可燃物が入っていたらしく、宇宙塵が爆発を起こした。一瞬挙動が乱れた隙を突いてシャニはフォビドゥンを反転させると、加速を付けながら
『おらぁ!!』
再び発生した鍔迫り合いの後、鋭い手刀がフォビドゥンの左肩を貫いた。同時にフォビドゥンの放った頭突きがロードアストレイZの頭部に強烈な衝撃を与える。
僅かに互いの距離が開いた瞬間、男は鎌の下を掻い潜るように斬撃を放った。シャニはビームランチャーの砲身を投げ付けるように突き出して防御する。
そして無防備になった胴体に膝蹴りを叩き込むが、ロングソードの柄から伸びた鞭がフォビドゥンに絡み付いた。
即座に放った互いの斬撃が激しく衝突し、逃げ場のない衝撃でシャニの意識が宙に投げ出された。
『がっ……!?』
モビルスーツの生体CPU──シャニ・アンドラスという存在は短い耐用期限が過ぎれば廃棄されるだけの人生だった。
ただ上から命令されて目の前の敵を殺し尽くすだけの、退屈で虚無なだけの人生だった。
そんなシャニに第二の人生を与えたのはクロトだ。
シャニがヘラヘラしている間に血を吐き、苦しみ、傷付きながらもクロトが進み続けた末に今の自分が存在するのだ。
別にクロトが腹立たしい訳ではない。
クロトに期待を掛けているミヤビが腹立たしい訳ではない。
真に腹立たしいのは──、他の誰でもない自分自身の弱さだ。
『あたしの歌を聴きたいんでしょ!?』
脳裏に響いたミーアの声に、目を見開いたシャニは迫り上がって来た血反吐を呑み込みながら獰猛な笑みを浮かべた。そしてフォビドゥンの体勢を立て直すと、前方に全速力で加速させる。
そして男が放った鋭い斬撃が迫る間際、リーチを生かして袈裟切りを放った。
紙一重でその一撃を回避した男はフォビドゥンに追撃しようとして、明後日の方向に剣を投擲してしまう。
突然起こった異変に困惑する男に、腕部に取り付けられたセンサーが機体に起こった異常を告げた。それはロングソードを握り込んでいた右手に刻まれた損傷だった。
単純な理屈──どれほど装甲が強靱だろうと、指関節まで厳重に守られている筈がなかったのだ。
シャニは咆哮しながら、大きくバランスを崩した紺色のモビルスーツに向かって大鎌を振り抜いた。咄嗟に突き出された腕を縦に切り裂くと、更に半回転しながらフルスイングした。
『調子に乗ってんじゃねーぞ!! ザコ野郎!!』
上半身と下半身を接続する腰部の間接部位を漆黒の刃が貫き、フレームを両断された衝撃で男の意識は吹き飛んだ。
いかなる手段を用いても破壊不可能なモビルスーツなど、所詮は一部の技術者が抱いていた机上の空論に過ぎなかったのだ。
シャニが小さくガッツポーズを決めると、モニターの奥でミーアは歓声を上げた。
頑丈なコクピットブロックの中で失神していた男の身柄を拘束してプラントに引き渡し、改めてオーブ本土に向かい始めた輸送シャトルの格納庫で、シャニは傷付いたフォビドゥンの中から鼻歌交じりに姿を現した。
「ハッ! 終わってみりゃ楽勝だったな」
「よくやってくれたわね。O.D.R.は解散するけど、ターミナルが立ち上げる新組織のメンバーに推薦しておくわ。……ところで彼の書類が見当たらないのだけど、どこかで見なかった?」
「知らねーよ。うぜぇー……」
シャニは溜息を吐くと、伸びをしながらパイロットスーツのポケットからイヤホンを取り出した。その口調はいつもの調子に戻っていたが、どこか晴れやかさを滲ませたものだった。ミヤビが格納庫から去った後も無言で立ち尽くしていたミーアに、イヤホンを装着しようとしたシャニはニヤリと笑った。
「メンドーな奴も片付けたコトだし、これで引退撤回だな」
「引退も何も、あたしはこれからなんだからっ!」
というわけでシャニくんの短編でした。
この後の二人の行方も気になるところですが、それはまた別の話ということで……。
次回はアスランかラクス主役の短編予定です。
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