逆襲のクロト   作:皐月莢

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Strike & Raider

 少年が求めていた自由はどこにも存在しなかった。

 そこにあるのは静寂と、狂気に満ちた暗闇だけだった。

 脳と分泌腺内に埋め込まれたマイクロ・インプラントと人工麻薬が全身の神経を活性化させ、身体能力・情報処理能力の関係で()()()()()()()()()()()()()()とされているモビルスーツの操作を例外的に実現させる。

 悍ましく。呪わしく。嗤うように。

 コーディネイターを凌駕する強靱な身体を呑み込むような勢いで襲い掛かる圧迫感を振り払い、少年は漆黒に塗られたモビルスーツを一直線に加速させる。

 

「……蒼き清浄なる世界の為にーってか」

 

 脳内に何度も何度も叩き込まれた鮮烈な合言葉が浮かんできて、唇から不意に漏れ出した。

 少年はいつだったか同僚(オルガ)が海と空が青く見えるのは、青い光は波長が短いからだと言っていたのを思い出した。

 なぜ波長が短いとそう見えるのかは聞かなかったが、どうやら()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだけは気に入った。

 たとえこの世界は滅んだとしても、永遠に蒼いのだ。

 この広い宇宙が、永久の暗闇で包まれているように。

 C.E.70年5月3日。

 エイプリルフール・クライシスに伴う地球全土の混乱に伴い、快進撃を続けているザフトは地球連合軍の月面基地プトレマイオスに対して攻略作戦を発動した。

 その橋頭堡として、ローレンツ・クレーターに基地建設を開始したザフトとそれを阻止しようとする地球連合軍の戦いとの間で、無数の小競り合いが勃発した。

 C.E.70年6月2日。

 地球連合軍の鉱山基地が存在するエンデュミオン・クレーターに対し、ザフトは最新鋭のモビルスーツを多数投入して侵攻を開始した。

 連合軍は機動兵器メビウス・ゼロの精鋭部隊を投入するなど徹底抗戦を図ったが、防衛部隊の主力である第3艦隊は壊滅した。

 同日基地内部に資源採掘目的で設置されていたマイクロ波発生装置“サイクロプス”を用いて施設を破棄するとともに、友軍を囮にザフト軍を撃破する前代未聞の作戦が極秘裏に進められていた。

 少年がそんな絶望的な戦場に投入されたのは、飼い主である()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。

 もしも少年がこの戦いでアズラエルの想像を超える能力を示せば、少年にとって何一つ自由のないこのどうしようもない世界は大きく変わるかもしれなかった。

 

『ナチュラルを殺せ!』

『ユニウスセブンを忘れるな!』

 

 宙域全体でニュートロンジャマーが作動し、両軍が有視界戦闘を強いられている。そんな戦場で運動性能に長けたモビルスーツの優位性とパイロットの絶対的な能力差を武器に、数では圧倒的に勝っている地球連合軍が次々撃破されている。

 少年はコクピットの中で今も基地を死守している哀れな同胞達への鎮魂歌を囁きながら、そのモビルスーツの最大火力である500mm無反動砲を構えた。

 鮮血を思わせる赤髪、大空を閉じ込めたような蒼い瞳と、それら全てを無に帰す底知れない狂気を宿した笑顔。

 先日ロドニア研究所が開発したモビルスーツの生体CPU──クロト・ブエルは視線の先に捉えたジン隊に向かって、ハイテンションな咆哮と共に引き金を引いた。

 

『撃滅ッ!』

 

 突如現れた正体不明の襲撃者に対して銃突撃機銃を構えようとしたジン隊は、正確無比に放たれた無反動砲を受けて吹き飛ばされた。

 瞬く間に混沌と化した戦場で、第1次ビクトリア攻防戦で鹵獲されたジンに乗ったクロトは砲弾のような勢いで加速しながら、背部に格納された重斬刀を抜いた。

 

『抹殺ッ!』

 

 クロトが放った真一文字の斬撃をまともに受け、振り返ろうとした2機のジンは瞬く間に胴体を両断されて爆散した。

 

『裏切り者かッ!』

 

 攻撃を免れたザフト兵から猛烈な銃撃を受けるが、一瞬早くクロトは爆風に合わせて上空に脱出し、全身のスラスターをフルパワーで起動した。

 まさかナチュラルが乗っているなど想像もしていない──反プラントのコーディネイターと思しきクロトの存在に見当違いの怒りを示すザフト兵に、両手で重突撃機銃を構えたクロトは嘲笑するように舞いながら壮烈な十字砲火を敢行した。

 対モビルスーツ戦の実戦など一切経験のないザフト兵の攻撃に対して、新米ながら百戦錬磨のクロトは変幻自在の操作で全てを回避する。

 やがて予備の銃弾が尽き、重斬刀が折れたがクロトには関係なかった。

 

『ひゃははははァ!! 蒼き清浄なる世界の為にーッ!!』

 

 恐るべき襲撃者のトラブルに反撃を開始しようとしたジンに、三次元的な軌道で放たれた質量兵器が直撃した。

 そして僅かな時間で周辺に展開していたモビルスーツ隊を壊滅させると、飼い主が用意した試作破砕球の手応えに、殺すのは後回しにしてやるとクロトは呟いた。

 

『──がッ!?』

 

 すると不意に脳内が割れそうになり、意識が一瞬薄れそうになった。先程摂取した人工麻薬の効果がとうとう切れてしまったらしい。

 しかしこれはむしろ幸運だ。クロトは全身に走る苦痛に顔を引き攣らせながら1人嗤った。

 物事には表と裏が存在する。

 機体の稼働時間よりも薬物の効果時間が圧倒的に短いことを示せば、以前は叶わなかった人工麻薬の携行許可が下りるかもしれないからだ。そうなれば後々ある程度の自由行動が叶う機会も、どこかで訪れることもあるだろう。

 クロトの母艦であるウィリアム・サザーランドが手配したネルソン級空母も、この宙域からの撤退を告げる信号を発信している。

 どうやら二重の意味で自分は時間切れらしい。

 そう状況を理解したクロトは不意に現れた灰色のジンハイマニューバに敵から奪った重突撃機銃を連射した。だがその“灰色”はクロトの行動を予知していたかのように、あっさりと銃撃を回避した。

 それは世界樹攻防戦で地球連合軍の戦艦6隻を含む多数を撃破し、このグリマルディ戦線でもメビウス・ゼロ部隊を壊滅させたザフトのトップガン(ラウ・ル・クルーゼ)だった。

 しかし戦場に漂い始めた不穏な気配を察知したのか、しばらく様子を窺っていた“灰色”は優勢な状況にも関わらず離脱し、それを受けたクロトも撤退した。

 直後に起動したサイクロプスの暴走でザフトは大打撃を受け、逃げ遅れた地球連合軍にも甚大な被害が発生した。この敗退によって宇宙軍の再編成を迫られたザフトは最終的に月を撤退し、地球連合軍は月の全域を勢力下に置くことに成功した。

 この戦いでメビウス・ゼロ部隊に所属していたムウ・ラ・フラガは、ジン5機を撃破した功績を称えられて“エンデュミオンの鷹”と呼ばれるようになり、その二つ名と共に地球連合で大いに喧伝されることとなった。

 それは表向きエンデュミオン・クレーターでの大敗とサイクロプスの暴走を隠蔽し、地球連合軍を戦意高揚させるためだったが、目的はそれだけではなかった。

 連合軍の生存者達には徹底した箝口令が敷かれ、連合軍に所属する漆黒のジンに関する情報は例外なく処分された。

 こうして単独でジン15機を撃破したクロトの存在は闇に葬られたが、連合の情報統制が一切届かないザフトの中では奇妙な噂がまことしやかに囁かれるようになった。

 ブルーコスモスがコーディネイターを憎む悪魔を地獄から呼び寄せたのだと──。

 

 

 

「ここはどこ?」

 

 ふうふう言いながらクロトを先導していたキラは、自分が道に迷ってしまったことに気付いて頭を抱えた。昔から道を覚えるのは何故か苦手だったが、このオーブ本島に存在する“とある場所”が分からなくなるなど前代未聞のことだった。

 

「さぁ……?」

 

 妙に生暖かい目をした女性陣や泥酔した男性陣に見送られ、親睦会のサプライズゲストの役目を終えたクロトはすっかり酔ったキラを連れてその場を後にしていた。

 既に日は落ちて暗闇に包まれており、頭上で燦然と輝く満月と清涼な潮風を受けてキラは可笑しそうに笑った。

 

「私達のことなんて、言えるわけないよねー」

「そうだねぇ。話すようなことじゃないから」

 

 クロトが微笑み返すと、脳裏にキラの過去が蘇った。

 それはかつて世界に復讐を決意したクロトがフリーダムのパイロットと並んで、目的を果たす最大の障壁だと考えていた1人の志願兵のことだった。

 当時ヘリオポリスの学生だった彼はザフトの襲撃に巻き込まれ、唯一奪取から逃れた地球連合軍の新型機動兵器“ストライク”のパイロットに就任した。

 当時神経接続をAIで補助するナチュラル用のOSは未完成で、ザフトが作成したコーディネイター用のOS、あるいはそれを超人的な身体能力で補完する生体CPU用のOSしか存在しなかった。

 彼はコーディネイターで、グリマルディ戦線の活躍で“エンデュミオンの鷹”と呼ばれるようになったパイロットと共にアークエンジェルを守り抜いた人間だ。

 最終的にイージスに敗北して行方不明扱いになったが、彼が地球連合軍の忌み嫌うコーディネイターだったことが原因で、その情報の大半を抹消された人物だ。

 オーブ在住のコーディネイターでありながら、本来は全く無関係な地球連合軍の為に命懸けで奮闘した彼──“ヤマト少尉”。

 そんな人物の死が後に三隻同盟の主力となったアークエンジェルの離反した理由に関わっていると予想したクロトは、ムルタ・アズラエルの介入で追加製造が決まった6番目のG兵器のパイロットとして、アークエンジェルと残る5機のG兵器を護衛する任務を与えられた際に彼を謀殺することを思い付いた。

 また本来はアラスカ基地に辿り着くことが出来なかったストライク、ないし追加製造されたレイダーを届けることに成功すれば、地球連合軍が今後の戦況を優位に進めることが叶うだろうと考えた。

 優秀な同僚達を出し抜くため、2度目の人体改造に志願したクロトに遺されていた時間は僅かだった。少しでも戦局が加速するのであれば、手段は選ばなかった。

 結果としてクロトは最強のブーステッドマンとして完成し、モビルスーツの生体CPUとして戦うこと以外は何も出来なかった筈のクロトは白兵戦はもちろん、自らの凶暴性を覆い隠す理性を獲得していた。

 予定通りヘリオポリスで襲撃に巻き込まれたクロトは、新型機動兵器の奪取に現れたザフト兵はもちろん監視役を兼任していた研究員を排除すると、イージスの兄弟機として追加製造されたレイダーに乗り込んだ。

 ヘリオポリスで製造されたG兵器の中で唯一の大気圏内の単独飛行を可能とする絶大な機動力と、この時点では誰にも見劣りしない圧倒的な火力。

 そして本来は一切の慣熟訓練を行っていないにも関わらず、桁違いの操縦技術を発揮したクロトはヘリオポリスを襲ったクルーゼ隊を単独で追い込んだ。

 異常な事態を察知したクルーゼが迎撃しなければ、そしてイージスを奪取したアスランが加勢に現れなければ、ヴェサリウスは早々に撃破されていた。

 崩壊の始まったヘリオポリスから脱出するため、そして本来の任務を遂行するためにクロトはアークエンジェルに乗り込んだ。

 民間人のコーディネイターでありながら、地球連合軍の最重要機密であるストライクを操縦した危険人物──彼がアークエンジェルのクルーから信頼を勝ち取るまでに、彼を始末するのが最も簡単な手段だと考えていた。

 クロトは誰にも文句は言わせないとばかりに懐に忍ばせた拳銃を取り出そうとしたところで、視線の先でアークエンジェルのクルー達に銃口を突き付けられた“ヤマト少尉”が可憐な少女であることに気付いた。

 そのあまりにも想定外だった事実が、クロトがこの世界の全てに向けていた憎悪に彼女という1つの例外を創り出した。

 それは彼女が追い詰められる度に、彼女に待ち受ける過酷な運命に想いを馳せる度に大きくなり、やがてクロトが抱いていた憎悪の炎を消し去った。

 

「あ。ここからなら分かるかも」

 

 キラはクロトの手を引き、再び歩き始めた。

 その柔らかい感触に、クロトはどこか心地よいものを感じた。

 所詮はモビルスーツの生体CPUに過ぎない自分と、コーディネイターである彼女が惹かれ合ったのは単なる偶然ではなかったのだ。

 オーブ解放作戦で彼女の生還を目の当たりにしたクロトは、本来の歴史から外れてジャスティスの援護を拒絶し、不十分な戦力で宇宙に脱出した彼女の末路を想像した。

 ステラ・ルーシェ、アスラン・ザラ。

 どちらも彼女に引けを取らない強大な戦力がそれぞれ地球連合軍、ザフトに加わってしまったのだ。彼女に未来があるとは思えなかった。

 フリーダムが有している無尽蔵のパワーを解析するため、アズラエルはクロトにその鹵獲を命じた。しかしイージスとの死闘を経て完全に才能を開花させた彼女に対して、クロトは完敗を喫した。

 転機が訪れたのはその直後だった。

 コロニー・メンデル内部でクロトを説得しようとしていた彼女の前に、奇妙な仮面の男──ラウ・ル・クルーゼが現れたのだ。

 ラウは全てを暴露した。

 キラとその両親がブルーコスモスを酷く恐れていたことも、あくまで民間人のコーディネイターに過ぎない彼女がザフトと互角に渡り合うことが出来たことも、時折誰かからの視線を感じるということも説明が付いた。

 彼女はクロトと同じ、ある意味ではそれ以上に誰かの欲望を満たすためだけに造られた存在だったのだ。

 それを聞いた瞬間、これまでクロトの何かが完全に壊れた。

 ヒトの持つ果てしない欲望の集大成であり、このどうしようもない世界で呪われた運命に翻弄される彼女の為に戦うことが最期の使命だと確信した。

 

「ついたー♪」

 

 ご満悦そうに微笑むキラに、クロトは酒の勢いとは恐ろしいものだと苦笑した。

 キラの目的地はとある一戸建ての家だった。それは今までクロトに二の足を踏ませていたとある人物の住んでいる家だった。

 

「おかーさん♪」

 

 キラはくすくす笑いながらインターホンを連打した。

 それを見たクロトが慌てて止めさせると、がちゃりとチェーンが外れたような音が聞こえた。やがてセキュリティを完全に解除したドアが静かに開いた。

 

「……キラ?」

 

 それは藍色の髪に、柔和な容貌をした女性だった。

 彼女はキラの義母であり、血縁上は実叔母の“カリダ・ヤマト”だった。

 クロトは引き攣ったような愛想笑いを浮かべると、まだ相当に酔っているキラを出迎えたカリダに引き渡した。

 反ブルーコスモス思想の強い彼女にとっては、やはりブルーコスモスの暗部にいた自分という存在は許されないのだろう。彼女の妹はブルーコスモスに殺されたのだし、キラ本人もブルーコスモスに狙われていたのだから警戒されているのは当然だ。

 

「じゃあ、僕はこれで」

 

 冷たい床には慣れている。今日は近くのベンチで夜を明かそうか、と思いながら問い掛けるような視線を向けるカリダから、クロトは目を逸らした。

 

「貴方も入りなさい」

「あー……でも」

「私が放り出したと思われたら、キラは2度と帰って来てくれないわ」

 

 クロトは口を噤んだ。

 意外に頑固なところもあるキラなら、本気でやりそうだと思ったからだ。言われるままキッチンの手前に置かれた椅子に腰掛けると、カリダはソファーでひっくり返っているキラを見ながら水を差し出した。

 

「貴方と話すのは始めてだけど、随分と嫌われちゃったみたいね」

「そんなことは……」

 

 クロトは妙な言い回しだと思った。

 そもそもカリダと会ったのはこれが初めてで、自分が彼女に嫌われているらしいというのはキラから得た情報だからだ。

 1度目のオーブ来訪時に、どうして自分をコーディネイターにしたのかと言ってしまいそうだからと両親との面会を拒否したキラを説得して実現させた際に、売り言葉に買い言葉で喧嘩別れしたとのことだった。

 大切な1人娘を守れなかった役立たずであり、その後地球連合軍の主力部隊としてオーブ解放作戦に関与し、オーブ軍はもちろん民間人にも少なからず犠牲者を出したクロトは自分を恨まれて当然の存在だと思っていた。

 

「ずっと仲直りしたいなって思ってて。だから、キラに連れて来て貰ったの。私達、家族になるんだから」

「…………」

 

 それでもようやく平穏を取り戻した筈のキラに襲い掛かった、プラント最高評議会議長に就任した“運命”に囚われた男と、それを利用しようとする“創造主”の男。

 2人の陰謀は再び地球全土を戦火で呑み込み、前大戦を上回る犠牲者を出した。

 世界を救った今も正しいのは“運命”か、それとも“自由”なのかは分からない。おそらく答えが出ることは永遠にないのだろう。

 思い出されるのは悲しいことだけでも、嬉しいことだけでもなかった。しかしその全てがこの世界に絶望していたクロトにとっては掛け替えのないものだった。

 自然と涙が零れそうになったクロトは掌で目尻を擦ると、不意に起き上がって抱き付いて来たキラの額にキスをしながら頷いた。




今更ですが第1話にも繋がる話を書きました。

物語開始時点でラスボスの風格を漂わせながら、キラちゃんと出会ったことで全てが狂ったクロトですが、こういうのを書くと色々と改稿したくなりますね。

原作では中ボスの1人なのに、アークエンジェルに放り込んでキラくんをキラちゃんにすると妙に主人公っぽい男。

イージスの兄弟機にして、ストライクと対称的なカラーリングのレイダーが主人公機として完璧なんですよね。

なお裏ボスのカリダママも登場しました。
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