拙作は『元雄英生がヴィランになった』の改訂版です。
二話以降は没設定を元に全ての文章を0から書き直しており、オリキャラもほぼ全消しています。名前と設定だけを引き継いだ別作品だと思って頂ければと思います。
──誰よりも努力した自負と誇りがあった。
重苦を背負いながらもハンディキャップを撥ね除け、挫折という妥協の選択を決して見やること無く、純度の高い羨望と共に邁進し続けた。
その少年の生は苦行の連続だったと言える。
逆境を越えたその胆力、決意の強さは誰もが感嘆するだろう。
故に、報われるべきだったのに。
「……相澤先生。どうして――」
告げられたのは形容しがたい理不尽だった。合理性を突き詰めた結果の真実がそれであるのだが、夢とか希望とか、そんな美しいモノで彩られていた少年の物差しでは、納得するのに時間がかかってしまった。
だが逆に言うとそう、反芻すれば納得してしまえたのだ。
道理に合わない不条理。努力した人間が報われない結果。こんな横暴があって許されるのか。諸人は首を縦に振る。
いいや、これが許される社会だ。これがあるべき世界の形だ。
暗にそう表現する現状は、少年の心に根深く突き刺さるも、彼の心に反駁の余地を残さない。
「草壁勇斗。本日付けでお前は除籍処分だ」
そう聞かされた瞬間、少年は何かが崩れる音を確かに聞いた。
今まで積み上げてきた功労が全て、塵屑みたいに一蹴されて、否定されたのだ。そしてもう一度“はじめから”――報われるかも分からない努力を続け、しかし諦めたら最後、失敗は全て自分の責になってしまう。
そんな理不尽こそ、文明社会の正しい仕組みだった。
だが、理解していても少年の心は微かに――本当に限りなく細い感情の切れ目に、悲痛な本音を漏らしてしまう。
「……俺にだって、出来ると思ったんですけどね。ヒーロー」
「ああ、そうだな。入学時はともかく、今でこそ成績は主席。近接格闘術はぶっちゃけプロヒーローにも追随する練度。協調性にも富み、周囲との連携も得意と来た。正直言って、お前は俺が見てきた中でも一級品の逸材だ」
「だったら、どうして……?」
「分かるだろ、聡いお前なら。無個性はヒーローになれないよ」
担任の言葉に隠れた本当の真意を、少年は即座に汲み取る。
無個性だってヒーローにはなれる。制度上はそのはずだ。この先生が言いたいことはそんなことじゃない。
「『無個性はヒーローになれない』んじゃなく、『なっちゃいけない』んじゃないですか?」
「……ほんと、利口で助かるよ。申し訳ないほどに」
民衆が求めるのは、平和と希望を体現したヒーロー。すなわち、何の忌憚も無く憧れられる存在だ。
その点、少年は条件と合致しない人間だった。
実力的に不足? 能力に欠陥がある? そんな話ではない。もっと根本的な部分に、“憧れてはいけない”──その理由となる問題が根付いている。
「……ヒーローが世の中にもたらすべき希望とは、何だと思う?」
「希望とは
突拍子もない問いに即答できたのは、少年が生来の英雄的資質を兼ね備えており、清廉な思想を持っていたからだった。
そして、それは誤っていない。一つの正解だと、相澤消太は認める。
「ウン。模範解答だな。他の若輩者に見習って欲しいくらい崇高な心持ちだ」
「当たり前です! だってそれは、忘れちゃいけないヒーローの主軸なんですから!!」
「……何だろうな。聞くんじゃなかったな。だってお前、誰よりもヒーローしてる。俺としてはお前のような人間が皆の上になってくれたなら、これに優る世の中はないと思う。
──だが、ダメだ。お前はここを去るべきだ」
少年の想いを誰より熟知し、同情し、賛同する担任だからこそ、相澤消太は告げる。
「救いも憧れも、失望と嫉妬と二律背反の地雷だよ。軽率にそんな可能性を出すべきじゃない。
確かにお前なら、第一線で通用するかもしれない。
全く別の、“新たな象徴”になれたかもしれない。
でも──無個性でもヒーローが務まるって結果は、甘い毒だな。無用な希望を生み出すんだから、一時的にここで認められていても、世論は認めない。それに見栄えもしないしな。忌々しいことに、今はそういう風に需要が動く時代だ」
「……。」
返す言葉など、出る筈がなかった。一切の疑問を許さない正論武装に少年は委縮する。
彼は狂気じみた努力の末に、ようやく今の地点にかじりつくことが出来ている。担任教師は第一線で通用すると言ったが、実際には真正面での戦闘で個性持ち犯罪者とぶつかるのは危険だろう。
生かせる長所もなく、特攻も出来ない裏方での役回り。自然とそんな立場に落ち着く未来が連想される。
それでも諦めなかったのは、純粋に焦がれていたから。
……だが、それすら許されないのだと言う。
「そう、ですね」
少年は分かっていたのだろう。
目を背けていた真実に、眩しいあの人たちが隠していた世の深層に、ヒーローの根幹に、とっくの昔に気付いていたのだろう。
――無個性でもヒーローになれるという前例の発生。それはきっと、成就しない憧れの種子を少年少女たちに植え付けることになる。
少数を切り捨てることで、多数は栄える。実に合理的だし、良心的だ。
無個性は邪魔にならない様に影で震えつつ、ヒーローに救われていればいいのだ。それで弱者は安寧を獲得できるし、強者は顕示欲に満たされ自分に陶酔できる。全員が気持ちよくなれる社会とは、そういうものだ。
しかし少年の懐く本当ヒーローの理想像は、承認欲を満たすための偶像ではない。
言葉通り、救済のための“踏み台”だ。ヒーローとはそう有るべきだった。
だから、ここで少年は正真正銘の踏み台に、淘汰される雑草に回帰するのだ。きっと、そうするべきだ。それが皆の為なのだから。
改めて気付かせてくれたのは、他ならぬ敬愛する担任教師。
この状況に憤りは感じていないと言えば嘘になるが、担任だけに限って言えば、少年が彼に向ける感情は謝意と恩意の二色だけだった。
「……ありがとうございます。相澤先生」
「やめろ。恩に思われるようなことは何もしてない。いっそ面罵される方が清々しいくらいだ。
──あぁ、クソ。だから俺は反対したんだ。いずれはこの真実を突きつけなきゃならない。それを知ってて、草壁に合格判定を出すなんて。…………非合理リベラル極まれりだな」
「それ、入試の時の話ですか?」
「ああ、そうだよ。あの時、俺含め一部の教員陣は難色を示していたんだがな、規則を遵守してお前の入学を認めるって結論に落ち着いたんだ。今になって、後悔している。………本当に、ごめんな。草壁」
相澤消太にしては珍しい、暗然を隠そうともしない語調。眉根を歪めて、少年に懺悔するように呟く。
なるほど、確かにこの人はプロだ。他人の為に悔やめる善なる人だ。
だから、この人に切り捨てられても俺は平気なんだろう。
「謝らないでください。ヒーローになれなくても志は同じ。立派な仕事は他にたくさんありますから」
「……そうか。ありがとうな」
告げられた謝辞に対し、しかし悔恨は当然、ある。
だが、少しでも前向きにここを去れるように、少年──草壁勇斗は笑顔を浮かべた。絵に描いたように端麗な美少年の、曇り一つない輝く頬笑み。
それに答えるように、相澤消太は微笑めいたものを浮かべた。
「マジで……ウン。謝って済まねえよな、これ。いっそ殴ってくれないか」
「えっ、マイク先生いつもとテンション違くない? 俺なら別に平気ですよ! 今までだって除籍になった同級生は何人かいたし、俺がその一員に仲間入りってだけですから!」
「だってよ、お前は事情が違う。それに、入学試験の時にお前を一番強く推してたのは俺だ。無個性で上位陣に食らい付くお前に可能性を感じ取った……ってのは言い訳だな。お前は軽率なんだよ、山田ひざし。バカヤロウ」
「……い、いや、俺はやっぱり、むしろこれで良かったんだ!! これでようやく、プレゼントマイクのリスナーとして、アンタを純粋に応援できるからな!! おぉ、そう考えると滾ってきたぜYHEAAAA!! なぁマイク! これからも熱いヴォイスをよろしく頼むな!!」
「……。」
「セ、セイヘイ……。ヘーイ……?」
「…………マジでマザーでテレサな
「(何言ってんだこの人)」
──ある男は少年の慈悲にマジ泣きし、
「さよならミッドナイト。貴方と過ごした時間は一際輝いていました」
「最後まで草壁くんは草壁くんね。でも、無理してそうしてくれてるのは分かってる。私たち、誰より君が苦しんで、困難を乗り越えてきたのか、知ってるから……。でも、そうした同情が君を更に追い詰めてたのよね」
「えっ、さっきから何なの、このしんみりムード!? 人が頑張って明るく最後の挨拶してるのに、どうしてこの人たち揃いも揃って暗いの!?」
「だって……こんなの、償いきれないじゃない。私たちの失敗を君に押しつけてしまう。きっと皆、どうすれば許して貰えるか、ずっと、懊悩してる」
「え~、マジでこっちは気にしてないのに面倒くさ…………あ、じゃあ一回抱かせてください。それでチャラってことで」
「…………よ」
「ん?」
「良いわよ、草壁くんが相手なら。私の一生はあげられないけど、一晩くらいなら……」
「……ブファッッッ!!」
「草壁くん!? こ、この鼻血はどう考えても致死量だわ!?」
──ある女性と少年の間には何故か距離が生まれ、
「勇斗ぉぉぉぉぉぉぉぉおお!!」
「ミリオオオオオオオオオオ!!」
「俺は嫌だぁあああああああ!!」
「俺も哀しいよぉおおおおお!!」
「逝かないでぇええええええ!!」
「……おや? 死ぬのかな、俺?」
「お前が学校辞めるなんて、哀しするよ! いままでずっと一緒に頑張って来たのに、どうしていきなり
「(強制除籍なんて言えないよなぁ)……本当にやりたいことが見つかったんだ」
「本当に!? やりたいこと!? それは一体!?!?」
「──フ。AV男優になってズッコンパッコン大騒ぎよ」
「…………勇斗ぉぉぉぉぉぉお!!」
「聞かなかったことにしてるぅうう!? お前はもっと下ネタ耐性鍛えろな!!」
――何か吹っ切れたのか、ある友人とは卑猥すぎる会話(一方的)を繰り広げ、
「ねぇねぇ、ゆうと」
「何だい、ねじれ?」
「……私ねぇ、好きなの」
「…………何ですと?」
「だからねぇ、ゆうとのこと大好きなんだ。知ってた? 知らない? 聞いて欲しいな。私ね、ずっとずっと、貴方と並びたくて頑張ってきたんだよ」
「……ほう。俺と並びたくて、か──ふむ、既にねじれさんはわたくしめより格上だと存じますが」
「そーいうの、好きじゃないな。逸らさないでよ。私ね、ずぅーっと一緒に居たいの。ゆうとと一緒に。離れ離れになる前に、どうしても言っておきたくて。
――……ねぇ、“はい”か“Yes”かキスで答えて欲しいな」
「へぇ、乙女だねぇ」
「うんうん、乙女なの。思春期の女の子はね、待たされると怒っちゃうんだよ」
「…………ごめん、ちょっと時間くれる? 俺混乱してる」
「早くしてね。待ってるよ、
「(……モテ期だな、俺。ミッドナイトとねじれか──このパターンだと相手は増えるだろうな。しっかり吟味するべきだろう)」
――ある女友達からは熱烈な告白を受け、普通に最低な思考に耽り、
「学校、辞めるってマジか……?」
「マジ。家庭の事情でな。俺も普通にショックだよ。仕方ないから死のうと思う」
「……」
「……」
「……」
「……すまん。冗談だ。そんな“勘弁してくれ”みたいな困り顔すんな」
「あ、あのな、勇斗。俺、別れの問答とか苦手だから、シンプルにいきたいんだけど」
「おう。……なんか悩ませてごめんな、環。シンプルにカモン」
「お前は俺の恩人だ。きっと俺がここまでやってこれたのは、ミリオが誰より鮮烈に輝いてたからじゃなく、お前がいつも泥臭い手で隣を走っててくれたからだ。お前より遥かに恵まれたはずの俺が、ずっとお前に頼ってばっかりで、もしかすると足を引っ張ってた時だってあったかもしれない」
「ん~、そんなことはないと思うが」
「だとしてもだ。……俺は、お前以上に頑張れない俺を、これ以上許せそうにない。だから誓うよ。俺は必ず雄英のトップを獲る」
「内気な天喰選手、トップとは大きく出たぁーーーーッ!!」
「……言っておくが、冗談なんかじゃ」
「分かってるって。頑張れよ、環。
「っ! ……あぁ……っ!!」
――とある同級生には、その別れをきっかけに、やがて太陽すら喰らう火が宿った。
同級生や教師陣、自分を慕ってくれる友人たちとの別れを全て済ませた後には、存外、草壁の心境は晴れやかなものになっていた。
険しい道のりだったが、よくここまで頑張ってこれたものだ。
振り返ってきてみて、痛烈に思う。決して徒労ではなかったと。雄英高校で学んだことは全て、草壁勇斗の心の補強に役立っていた。
(ま、偏見で辛かった時期もあったけど、結局は楽しい一年半だったかな)
願わくば、次の雄英体育祭で、旧友たちと再会し、また笑えますように。
そんな殊勝な想いを胸にして、草壁は母校を後にした。
だが、願い虚しく、数日後には彼の雄英在籍記録は完全に抹消され、『草壁勇斗』という個人すらも社会から排斥された。
──その数か月後、草壁勇斗が起こしたとされる、無差別連続殺害事件を皮切りにして。