元雄英生がヴィランになったお話   作:どろどろ

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第一話:暗躍者たち

 夜の都の街に、不気味な音があった。

 

「イヒヒヒ……カァイイ、カァイイのです」

 

 拙い呂律で未成熟な女子高生の声が、痩躯の屍にナイフが刺さる音と共に、小気味よく連続する。

 ザク、ぐしゃ、ザク、ぐしゃ。

 

「死んだ人間を更に殺して楽しいかい?」

「はい! 何だから分からないんですけど、魂的な尊厳を冒涜してる感じが、すっごく背徳的で興奮します!」

「生きた人間を殺すだけじゃ得られない快感、か。――それは良い。君は俺も知らない新しい扉に達したらしい」

 

 物言わぬ骸を弄ぶ少女の奇行を、少年は笑顔で受け入れた。しかしその笑みにはむしろ、孤児を憐れむ神父のような慈愛が見え隠れしており、少女を全て理解しきれない申し訳なさのようなものもある。

 だが、玩具(いのち)で遊ぶ無垢な子供の様子は、見ていて微笑ましいものだ。人間の営みの内、最も尊い部分と言っても良い。

 

 少年は腕時計の時間を指す針を見やると、

 

「さて、そろそろかな」

「もうお仕事の時間?」

「君は気にしなくていいよ。続けて続けて」

 

 言われて、少女──トガヒミコは小さく頷くと、遊戯を続行する。死体を深く解体するたびに、猫の如きトガの瞳孔が広く開かれ、肉体が刻まれる触感から喜悦を露わにする。

 

 対照的に、少年は瞑目した。

 

 思考を巡らせ、記憶能力を活性化させる。彼が住まう街の状景を、どの箇所であれ直ぐさま想起できるように。

 額に流れる脂汗。どれだけ経験を積もうとこの緊張だけは拭えない。ある種、(ヴィラン)を追うヒーローよりも緊迫した精神状況である。

 

 一呼吸置いた所で、少年の懐から無機質な機械音が鳴り響いた。 

 ──肝要なのは臨場感と確実な記憶力。かつ、第三者の視点を放棄しないこと。

 携帯を取り出し、応答する。

 

「こちらは便利屋、朝木勇(あさぎゆう)。首尾はどうだ? 強盗さん」

 

 

 ◇◆◇

 

 

 ……どうしてこんなことになった?

 

 そんな事を考えながら、大金を詰め込んだバッグを背に男は駆ける。

 

 母親の医療費を稼ぐため、男はどうしても金が必要だった。だが、生憎と男は社会の爪弾き者。手っ取り早く大金をせしめる方法なんて、短慮な男の発想では強盗くらいしか思い浮かばなかった。

 そんなときにふと、ヴィラン専門の“ヒーロー”がいるという噂を耳にした。

 

 ――その少年は裏社会では『便利屋』として通っており、ヴィラン名を朝木勇と名乗った。何でも、犯罪者の蛮行に荷担するのを生業としているのだとか。

 

「母ちゃんの医療費を稼ぐために、どうしても金がいるんだ。どうすればいい?」

 

 男は便利屋に相談した。

 個性の発生による人間性の拡張に伴って、個人に課せられる社会的責任が増加する昨今、ヴィランに対する医療福祉は形骸化した。良いヴィランは捕まってるヴィランだけ――まるで悪しき人種の如き差別を受けている男にとって、便利屋は最後の頼みの綱とも言えた。

 

(……それから、あぁ、何だっけ)

 

 詳細なやり取りは思い出せない。

 ともかく鮮烈なのは、電話越しに朝木と話した時に訪れた感情だ。

 

“――俺に相談してくれてありがとう。大丈夫、俺を信じれば全てうまくいく”

 

 それを聞いて何故か、心底救われたのを覚えている。何故だか分からないが、この男に任せれば万事解決だと確信できた。彼には自分の人生を賭けるに値する価値がある、と直感した。

 まるで十年来の親友――いいや、もはや血を分けた家族のように、朝木は男の心を侵食し、やがて決意させていた。

 

(無謀すぎるだろ俺! このご時世で、何で銀行強盗なんか――!) 

『――こちらは便利屋、朝木勇(あさぎゆう)。首尾はどうだ? 強盗さん』

 

 無線イヤホンを通して、耳元でノイズ混じりの機械音がした。声の主が男か女かも分からない。便利屋の自称は「超絶美形の男」だったが、その真偽はもはやどうでも良い。

 

 そうだ、コイツだ。コイツにかどわかされて彼は銀行強盗だとかいう愚に走ったのだ。

 しかし不思議なもので、便利屋の言霊の魔力と言うか、ともかく朝木と会話していると意識するだけで、男から反発精神は霧散していった。

 ともかく、便利屋に指示を仰げば万事うまくいく。そんな予感が拭えず、結果依存してしまう。

 

「便利屋! 連中(ヒーロー)が来る! どうすればいい?」

『その地域に大した機動力の奴はいないよ。アンタの現在位置は分かってる。焦らず次の信号を右折』

 

 冷静な朝木の指示に安心を覚えながら、音は反射的にその通りに動いた。

  

『消火栓の隣に白いトラックが止まってるだろ。荷台に乗り込め』

「あ、ああ」

 

 荷台の中には、医療用と思しき白衣と空のアタッシュケースが置いてあった。

 朝木の指示は続く。

 

『追手の中に、嗅覚で索敵する個性のヒーローがいる。今はアンタの匂いわざと()()()()()状況だ。

 さて、所持品を全て捨てて白衣に着替えろ。あと金をケースに詰め変えて。それから床を叩くんだ。軽い音がする部位は外れるようになってる。そこから下水道に降りろ』

 

 脱出のマジックの手品のようだと思いながら、トラックが覆い隠していたマンホールにと身を降ろす。すると直後、無人である筈のトラックが急発進した。──なるほど、匂いを頼りにヒーローはあっちを追う、という策か。

 

『降りたか?』

「あぁ。言われた通りに」

『次は壁に書いてある矢印に従って、壁伝い進むんだ。

 しばらくすると……そうだな、アンタの歩幅なら二分くらい走った先にドアがある。鍵は壊れてるから中に入って──そこにあるブツを拾ってから、下流に向かってくれ』

 

 男は走り出し、その後きっかり二分で、便利屋が指示したドアを発見する。確かに鍵が壊れている。

 ドアを開いて覗いてみると、今は使われていない非常階段に続いていた。そして、階段の脇に白銀に光る銃型のアイテムが横たわっている。弾倉はなく、内部に貯めた電力を螺旋状の筒を通して射出する仕組みになっている。

 

「コレ、何だ?」

『ヒーローが使ってる補助(サポート)――もとい殺傷武器(アタックアイテム)。闇市じゃなく正規ルートで仕入れたから強いぞ。それあげるよ』

「でも何に使えば……」

『とりあえず今は護身用かな。ささ、早く移動を』

「……分かった」

 

 深く考えず、男は下流へと向かっていった。

 暫く歩いていると、下水道の隅の方まで到達したのか、電灯の間隔が徐々に広がっていく。やがては完全んに暗闇に包まれ、壁を伝いながら水の音だけを頼りに進んでいく。

 

「うわ真っ暗」

「ちょっと、本当に何か出そうじゃな~い?」

「っ!」

  

 正面方向から男女の声がして咄嗟に身を屈めた。

 どうやら懐中電灯を持っているようで、男から相手の位置はよく分かった。ただし、タイミングよく伏せたお陰か、向こう側に男の位置は見えていないらしい。

 

「人がいる……! どうすればいい……!?」

 

 精一杯声を潜めて問う。

 すると朝木は飄々とした口調で返した。

 

『そりゃいるんじゃない? そこそこ有名な心霊スポットだし』

「そんなあっけらかんと――ッ」

 

 ここで男は初めて便利屋が自分に強力な武器を持たせた理由を察する。

 使い方次第で容易く人を殺めることが出来る――むしろ、他人を害する意図で作られたアイテム。だからこそ、そういった代物はヒーローに厳正な管理を強いている。

 それをどうやって手に入れたかは定かではないが、とにかく男の持つ銃であれば、暗闇で障害となる人物を即殺出来る。その上、疑いの矛先は一時的にヒーローに向くという保険まで兼ねて。

 

 つくづく、便利屋という男は容易周到だ。

 しかし、肝心な所で一手詰めが甘いというか――否、むしろコレは計画性の穴というより、男の殺意を後押しするための舞台装置だったのか。

 

「……言ったろ。俺は殺しはしない」

『あぁ、前に聞いたね。そう言うのは楽なものだ。でも、そこを通らないと安全に逃げれないぞ。ママンを助けたいなら覚悟を決めなよ。……というか、俺はとっくに殺意ガンギマリなアンタを期待してたんだけど』

 

 本来の目的──盗んだ金を母親の医療費に充てるという、男の切なる願いを強調しながら、便利屋はもう一つ、男の心を開いていく。

 

『俺はね、アンタを救いたいだけなんですよ。窮屈な茨の世の中から最も充実した選択をするお手伝いをしたいだけ。その辺の真心を、どうか汲んで頂きたいものだが』

「ふ、ふざけんな……! 殺しに手を染めるくらいなら俺は降りる……!」

『それは善意? それとも罪悪感? もしくは捕まりたくない危機意識? 当ててやる、最後者だ。アンタは既にヒーローに捕まることを想定してる。だからブレーキを外せないんだろう』

「…………お前が何を言おうが、殺しだけは絶対に──」

 

『──怯えるな。大丈夫。俺がいる。

 なぁ、もっと偉大に生きようぜ、敬愛する同胞三十二号さん?』

 

 母親を助ける為に金がいる。しかし金の為に今、人を殺す必要を迫られている。要するに肉親か他人かの二者択一という場面だ。

 

「……」

 

 男の拳に力が入る。

 その様子を想像しながら、彼の覚悟をただ嘲る悪童一匹がいることも知らずに。  

 

 

 ◇◆◇

 

 

 同胞三十二号による強盗決行から一夜明けた。

 

 明朝、朝木とトガがいたのは24時間営業のゲームセンターである。

 半グレや非行児童たち――俗に言うヴィラン予備軍のたまり場であるここは、ゴミを一か所に集めるゴミ箱としての有用性を認められ、何故か存在が容認されており、警察も巡回などの際には避ける傾向にある。これは全て朝木勇による情報と印象操作の賜物であり、というのも、実の所このゲーセンの経営者は朝木勇だった。

 ちなみに、破天荒なヴィラン予備軍たちのせいで強盗や器物損壊が多発し、毎夜のように最新機種が破壊される為、毎月大幅な赤字となっている。

 

「ねぇトガちゃん」

 

 シューティングゲームをしながら、朝木が隣の少女に声を掛ける。

 

「なんですか?」

「アイツ、捕まったんだって」

「……アイツというのは?」

「ほら、昨日の。俺が強盗手伝ってやった奴。何でも、人殺しだけは出来ないだとかで。いやぁ、前途有望だと思ったんだけど、どうしてああいうのって微妙に善意残してるかね。だからこそ興味深い点もあるんだけど。

 ただ、あんな拍子抜けの裏切りは良くないよなぁ。……拘留所割れてるし、今夜あたり殺しに行こっかな」

「っ! 勇さんが行くなら私も!!」

 

「──いいえ、今日は私たちと一緒に来てもらいます」

 

 予期せぬ闖入者が言葉を挟む。

 ゲームに興じる二人の背後に現れたのは、バーテンダーの格好をした黒い“靄”だった。

 

 比喩ではない。中々の長身だが、正体を掴ませない謎の風貌をした何者か。上半身を包むシャツの隙間から黒い霧を漏らし、肌を一切露出させていない。恐らく頭があるであろう部位に滞る霧の奥には、眼光めいたものがある。

 

 朝木は背後のソレを横目で見やると、分かりやすいくらい気だるげな溜息を吐いた。 

 

「ンだよ黒霧、お前か。半月ぶりだな、死んでくれ。もしくは相澤とひざしくんぶっ殺してこい」

「クロモヤ嫌いです」

「……私、あなたたちに恨まれるようなことしました? 一応仲間だと思うのですが。あと私は黒霧でクロモヤではありません。それから…………相澤とひざしくんって誰ですか?」

「うわキッショ、わざわざ間を空けて人間アピールすんな──ンで、本当に何用?」

 

 朝木の挨拶代わりの挑発を――そもそも意味を理解していないようだが――涼し気に受け流すと、黒霧は忌々しげな眼差しを向けてくる二人に告げた。

 

「死柄木から招集がかかっています。どうか朝木、彼の偉業にお力添えを」

「オイオイ、好き勝手指図してくれるじゃないの。そんな命令に俺が従う理由なんて、あると思うか?」

 

 朝木の言論の圧に、黒霧の身体がふわりと揺れる。どうやら警戒しているつもりのようだ。その気になればいつでも強引に“ワープ”する腹だろう。

 だが、殺意は感じない。彼らは是が非でも朝木勇を有効活用したい筈だ。自分の価値を知る少年は、最後の一線の直前で強気になりながら、語気を強くしていく。

 

「俺がいつ死柄木の仲間になったんだ? あくまで俺たちの繋がりは“ジジイ”だ。それを通じて勝手に仲間意識持たれても困るぜ。なぁトガちゃん?」

「はい。何を言ってるのかさっぱりですが、勇さんは全てに於いて正しいのでその通りです」

「流石はトガちゃんだ。物わかりが良いね」

 

 言って、朝木のほっそりとした指が少女の頭に触れた。髪の間を指がなぞるたび、少女は気持ちよさそうに目を細める。

 

「……それに、ジジイにも別に義理立てする理由はないんだよな。俺は見ての通り、自分の意思を持って可動してる」

「勇さんを束縛する奴なんて死んじゃばいいのです!」

「……トガちゃん。あのジジイって朗らかで寛大でちなみに若い俺たちと違って、そこそこ根に持つ陰険で頑固な性格でちなみに高齢者だから、本人の前でそういう悪口は言うんじゃないぞ。日本の平均年齢歪めんな妖怪とか、口が裂けても言っちゃだめだよ」

 

 朝木にとって第二の先生でもあるAFO(ジジイ)は、朝木に対する偏執的な愛が隠し切れない異常人格者だ。悪質な人格そのものは嫌いという程でもないが、黒幕気取りな素行が朝木には不快だった。ただ、『朝木勇』と切っても切れない存在であるため、出来る限り敵対はできないというだけで。

 

「……先生の前では駄目で、私の前では良いんですか?」

「死体が喋るなカス」

「ですから私、あなたに恨まれるようなことしました!?」

「あはは、もう気にするなよ。俺がお前のこと嫌いなのは出会った時からだろ」

「暗に慣れろと言われているのが釈然としませんが……」

死柄木(アトピー)よりかはフレンドリーだぜ、俺は」

「…………本人が聞いたら発狂しそうな悪口ですね、それは。ともかく、駄弁るなら移動してください。彼はこうしている間にも待っています」

 

 言うと、黒霧の身体を包む霧が、濃度をそのままに体積を広げた。

 空間を深淵の更に奥地へと繋げるかのような純黒のゲートに、少年少女は誘われる。

 

「招集だと? ……人を下に見やがって」

「どうします? 弔くん殺す?」

「それは会ってから、アイツの態度を見て考えよう」

 

 言うと、二人は声ごとは霧の中に“収納”され、死柄木の待つアジトへと身体を運ばれた。

 

 

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