後悔はない。
「OK!OK!つまりまなちゃんは元々病室で横になってた病弱ガールで、ついにポックリ逝っちゃったらいつの間にか私の“お友達3号くん“の中にいたって訳ね!」
“はい、その通りです“
この部屋の主─────“篠ノ之束“と彼女─────“天乃真子“が筆談にて会話をし始めてから、一時間近くの時間がたった。
そこらへんに捨てられていたペンと紙を使った暫定的な筆談はその紙の許容オーバーにて幕を閉じた。
代わりに真子はしっかりとしたペンとスケッチブックを、束は記録をするためかパソコンを真子との筆談を片手でパソコンに高速タイピングで文字を打ち込んでいく。
最初こそ“多少“真子のことを威圧していた束だが、今はすっかり気を許した様子であり、恐らく素なのであろう軽い口調で真子のことを“まなちゃん“と渾名で呼びながら筆談に花を咲かせている。
そんな中、真子は束に対し感じた疑問というか、違和感を、恐る恐るスケッチブックに書き出し、束に見せる。
“どうして、そんなに私の言う事を信用してくれるんですか?“
スケッチブックに描き出された、なめらかで丁寧な文字。
一度死んだと思ったら、機械の体に乗り移った状態で目覚めた。如何にも三流小説でよくあるような荒唐無稽な話だ。そんな話をすぐに信じるような人間はそうそういないだろう。
それにそもそも、束にとって“お友達3号くん“は大事に保管してある程度には大事な代物であろう。大事なものに勝手に乗り移った相手を信用するのは、きっと難しい話だろう。
「ふふふ、簡単な話だよ!“もしそれが本当だったら面白い“じゃないか!」
─────!
「それに、さっきまなちゃんは私の夢を信じてくれるって言ったじゃないか!」
その言葉を聞き、真子はさっきまで繰り広げていた筆談のことを、少し遡って思い出してみた。
──────────
『ねぇ、貴方は本気で“宇宙人は本当にいるはずだから宇宙に行こう“って思ってる人の事、どう思う?』
『やっぱり、バカバカしいよねぇ???』
“そんなことありません!“
『!』
“私は宇宙が大好きです。無限に広がる星に、無限に広がる可能性“
“それに手を届かせるために頑張っている手を、私は振り払うのではなく、手をとって一緒にその夢を見たいです“
“だからその夢をバカバカしいともし束さんが思っているのなら、私はそれを否定します“
『………………そっか』
──────────
真子はそんなやりとりを思い出すと、束の顔を伺う。
その顔は真子の人ではない機械の目を真っ直ぐと見抜いていた。
まるで表面の機械の体ではなく、“天乃真子“と言う人間の魂が透けて見えているかのように。
真子は理解した。先ほど束が例に出した夢は赤の他人の夢などではなく、彼女“篠ノ之束“の夢だったのだと。
「それに、ガワだけとは言え“お友達3号くん“は私が作ったんだよ?生みの親が信用しない訳ないじゃないか!」
その言葉を聞き、真子は現在アンドロイド故に表情こそ一切変わらないものの内の心の中で安堵の表情を思い浮かべた。
そして、束に言葉を伝えるべくペンを紙の上に滑らせ、その文字を束へと見せた。
“ありがとうございます“
「もちろんだよ〜!」
笑顔を見せながら答える束。笑顔は人を美しく見せるとは言うが、元から最高級に美しい束の笑顔ともなると、真子もその美しさに内心微笑みを作らざるを得なかった。
さて、と言う言葉とともに束は徐に立ち上がり、パソコンをシャットダウンする。
真子は不意に思った。自分はこれからどうしようかと。
この体は束の作った“お友達3号くん“であるからして、束との今後の関わりは切っても切れないものだろう。
しかし、いくらガワが“お友達3号くん“であったとしても、流石に住居を提供してもらうのは良識のある人間としては多少躊躇うものがあった。
…………………………。
元々入院生活を非常に長い間続けていた真子には、考えても結論らしい結論は出なかった。
故に、目の前の人間に相談を持ちかけてみる。
“私は、これからどうしていくべきでしょうか?“
「勿論私と一緒に住んでもらうけど?」
刹那の間の末に紡がれた、さも当然かのような同居回答。そのあまりにもあっけらかんとした答え方に、動かない顔の代わりに内心大いに困惑していた。
「あ、もしかしてまなちゃん遠慮してる???」
その問いに真子は肯定の意を示すべくその首を縦に振る。
「だいじょーぶ!まなちゃんは束さんの大事なだ〜いじな友達なんだから!それに─────
─────ここ、深海一万メートルだから外には出れないよ?」
この状況に至るまで、真子には驚愕すべき事実は非常に多くあった。病死からのアンドロイドへの憑依、見える目、動く体、束という新しい親人。
しかし、それはあまりに唐突かつ理解の範疇を超えるものであり、真子はそれについて深く考えることを無意識的に放棄していた。
が、束の口から放たれた“現在地深海一万メートル“というのは、真子の理解で可能かつぶっ飛んだ現実。
思わず顔の表情ではなくその動きに動揺の色を表した。
「あはは、びっくりしちゃった?もしかして極限地帯にいることにびっくりしちゃったかな?でも心配ないよ〜。この“船“は水圧なんて意にも介さないし、電力も核融合を使ってるから尽きる心配もなし!食糧もいぃーっぱい保存してあるから、当面は問題なし!」
束の口から飛び出す真子でもわかるトンデモ情報の応酬に混乱し始める真子。
体の動きからあからさまにわかるその反応に束はニヤニヤしながら、真子に告げる。
「だからさ、束さんと一緒に住んで、くれるかな〜?」
ニヤニヤした笑顔の束。しかし真子はその笑顔にいやらしさというものを感じず、少し諦めたようにして紙に文字を書き出した。
“いいとも〜“
やったっ、と嬉しそうに跳ねる束。その様子は自身の義姉の様子に近かった。
「じゃあ、一緒に住むに当たってまなちゃんを大・改・造しちゃお〜!」
“えっ“
「“お友達3号くん“は昔に作ったやつだからね〜。今の束さんの技術を使ってお好み大へんし〜ん!それに、調べたい事がいっぱいあるしね〜」
「それじゃあお体に触りますよ〜!」
“……もう、好きにしてください“
その瞬間は、真子は思考を止め、束にその体を明け渡した。
──────────
真子が束と共に住み始めてから数日の時が過ぎた。
今日も束は真子の体作りに機嫌よく没頭し、その間に真子は共に暮らすこの潜水艦───束曰く“ホエールくんMark.09“───の家事をこなしている。
“ホエールくんMark.09“の内装も大抵把握し、備え付けてある窓から見ることのできるたまに深海魚が目の前に現れる真っ暗な景色には慣れはしてないが、驚きも最初にダイオウイカがいきなり現れた時に比べたらマシにはなった。
現在真子は本来の体である“お友達3号くん“を改造中なので、その精神を一時的に比較的新しいアンドロイド“お手伝いくん参式“に移している。
こんな芸当が可能なのは、ひとえに束が真子について一通りの検査を行なったからである。
曰く
『“お友達3号くん“のOSの中に、この束さんでもわからないブラックボックス化した部分があるから、そこがまなちゃんの所謂‘魂“的なやつなんだと思うよ』
ということらしいのでその魂部分を一切かけないようにごっそり抜き取り、“お手伝いくん参式“に移植したのである。
このような芸当は束ほどの天才でなければ無理なのだが、外の事情をほとんど知らない真子にはそれを知る由はない。
そうして、真子が“ホエールくんMark.09“での家事を行なったために、最初に真子がみた生活感たっぷり家事スキル皆無の部屋は、見事に美しい状態へと変貌したのだ。
ちなみに“お手伝いくん参式“の“お手伝い“はあくまで“IS等の機械類の整備や開発の手伝い“であり、家事スキル等は一切備わっていなかった。
故に、この家事スキルは全て真子が身につけていたものである。
「できたー!!」
そんな日の時刻は昼前。束の大きく背伸びをしながら叫んだ声は、こちらも殆どの作業を終えた真子のセンサーにも届いた。
自分の新しい
「やっほー!まなちゃん!よーやくまなちゃん“お友達3号くん“のリニューアルが完了したよ!」
やってきた真子に対し、束は快活な笑顔で真子にそう言い放つ。
おそらく件のリニューアルしたであろう“お友達3号くん“の姿は束のすぐ横に厚手の布で覆われており、その下から何本ものコードが伸びて様々な機材へと繋がっている。
「早速作業を始めるから、ここに座って座って!」
束に指示された通りに、真子は布に覆われた“お友達3号くん“の隣の椅子に座る。
そして座っている真子の体に、束はコードを慣れた手付きで挿入していく。
やがて挿し終えると、機材に囲まれた椅子に座り、2本の腕を全く違う動きをさせながら真子に話しかける。
「それじゃ〜始めるね〜。またちょっち意識が消えるだろうけど、この束さんにかかれば問題なしだから安心してね〜」
それは、死を経験した真子にはきっと酷であるはずの忠告。
しかし真子は、これに対し全くの問題意識を持っておらず、軽い様子で首を縦に振った。
─────気を失ったら、二度と戻って来れないかもしれない。
─────でもまあ、根性で戻って来れば問題ないよね。
気を失えば二度と戻って来れない確信の中で踏ん張りつづけた真子の根性論。よりにもよって機械という根性論と無縁の存在で行おうとしているその精神の異常性に、真子本人が気付くことはないだろう。
─────そうして、テレビの電源が落ちたかのように、真子の意識はブラックアウトした。
──────────
「これで移行かんりょ〜う。“お友達3号くん改“改め‘天乃真子“さ〜ん、調子はどうですか〜?」
そう問いかける束に気づくこともなく、いつの間にか被せられていたはずの布がなく、いつの間にか置かれていた鏡に映る自分の姿を、真子は見続けていた。
長く腰元までサラリと伸びる黒髪。
あらゆる光を飲み込んでしまいそうなほどの黒い瞳。
触ればふにっと柔らかく、鮮やかに照らす光を反射する肌。
引き締まった腰回りに、スラリとした手足、そしてそこそこ大きめの胸を保有するスタイル。
そして何よりも、束によって計算し尽くされた、整った顔。
どう見ても人間にしか見えないのに、人間にしては美しすぎる自身の姿に唖然とせざるを得なかった。
何より、その唖然とした表情を、自身の顔は不測なく表現できていることにも、驚きを隠せなかった。
感謝の言葉を伝えるべく、この数日間使い込んだスケッチブックとペンを手に取ろうとする。
しかし、“お手伝いくん参式“の隣に置いてあったはずのそれらは、忽然と姿を消していた。
「ふっふ〜ん!流石にずーっと筆談し続けるのは非効率的だからね!まなちゃんに“声“を実装したよ!ほら、何か喋って喋って!」
声の実装。言うは易し行うは難しなことをさも当然かのように口にする束。
しかしそんな事に驚いている暇はなかった。折角声を実装してもらったのなら、その第一声は意味あるものとして飾りたい。
万感の気持ちを込めて、真子は束に対して声を放つ。
「…………ありがとう」
「!」
人に不快感を与えない程度に高く、同時に柔らかい声。そして今にも泣き出しそうなほどの笑顔と同時に込められた感情を含む声に、束は、少し驚く。
すぐに束は表情を驚きから笑顔へとシフトし、その声への返答を紡ぐ。
「勿論じゃないか。だってまなちゃんは、私のトモダチなんだから」
「それじゃあ!まなちゃんにリニューアルした“お友達3号くん改“の性能について説明するよ〜。まずは─────
そして束は息切れのタイミングすらわからぬほどの早口で真子に“お友達3号くん改“について説明していく。
高度な専門用語の羅列と、一切噛まない脅威的な滑舌による説明は凡人には全く理解することはできないだろう。
しかし、真子はそれを聞き取り、さらに理解することを可能としていた。
真子も元は病院で寝たきりのまま息を引き取っただけのただの凡人だ。“天災“とまで呼ばれた彼女に通常ならばついていくことは不可能。
それを可能にしたのは、紛れもなく新しくなった真子のボディー“お友達3号くん改“のお陰に他ならなかった。
束による“お友達3号くん改“の説明を掻い摘んで説明するとこうだ。
まず、真子というブラックボックスの存在が現れたお陰で体積の多くを占めていたオートバランサーや自己学習機能等が真子との競合に負けた結果一才の動きを停止し不要となったため、それらを取り除いた。
そしてその空いたスペースにこれでもかと束の技術を詰め込んだ。
ハイパーセンサーの機能を用いることで五感を可能な限りの高スペックでの搭載に成功し、更に思考回路にも用いることで
真子が束の話を理解できているのはこの機能のお陰だ。情報に関しては束が可能な限りの量を既に学習させてある。あとはハイパーセンサーで強化された真子自身の学習能力で十分であろう。
運動性能は人間の限界を超えない程度でロックされているが、特定の条件を満たしたり、少々面倒な手間を掛けることでロックが解除される。
頑丈さについては“ホエールくんMark.09“の技術を流用しており、頑丈さ・耐久力・耐用年数等は束の折り紙付きである。
簡易版の拡張機能を搭載することである程度のものならば量子化し収納・展開を可能としている。
そして、拡張機能の中には真子の見た目を変える“スキン“が複数種格納されており、パーツを入れ替えることで胸や髪、顔そのものまで変更が可能である。
─────といった感じかな。あ、束さんに直接繋がる連絡ツールも拡張領域に入れてあるからね〜」
束はそう言うと一度深めに、ゆっくりと息を吸ってから吐き出す。
真子は束の口から吐き出された己の情報に、もう何度目になるかもわからない驚愕の感情が心の内海に湧き上がってくる。
新しい体と同時に高い情報処理能力や膨大なデータベースを手に入れられたが故に、真子は自分の体である“お友達3号くん改“のオーバースペックっぷりを実感するに至った。
では、なぜ束が“お友達3号くん改“にここまでの能力を搭載したのか。
答えはその情報処理能力を活かさずとも容易に理解できた。
─────束さんは、私のために。
篠ノ之束という人間は赤の他人にはどこまでも冷徹で、無関心である。
しかし自身の愛する妹や理解者である友には、自身の愛情を大いに振りまく。たとえそれが、混乱を周囲に撒き散らすようなものであったとしても。
「…………束さん、本当にありがとう」
今一度、真子は束に感謝の言葉を紡ぐ。先ほどのように泣きそうなまでの笑顔ではなく、少し照れくさそうな笑顔をその美しい顔に浮かべた。
しかし束は、真子の発言に何か不満点があるように、ぷくーっと顔を膨らませていた。
真子は、もしかしたら自分は何かしてしまったのではないか。そう心配になり、思わず束に声をかけた。
「あ、あの、束さん。私何かしてしまいましたか?」
「それ!」
声をかけた真子に対し、束はビシッと指をさしながら真子の顔を見つめる。
「筆談だと気にならなかったけど、まなちゃん言葉がちょっと堅苦しいよ!」
「えぇ……で、でもぉ、束さんには恩義がありますし、そう簡単には……」
「まずはその“束さん“っていうのを止めようよ!束さんたちはトモダチなんだから!」
その発言に、真子は戸惑いを隠せないでいた。
そもそも真子には元々友達なんて作る時間などなかった。幼い頃から病弱で避けられ、長い間床に伏し続けていた。
まともに関わっていたのは、担当のお医者さんに看護師さん。そしてお義姉ちゃん─────
─────そのとき、真子に電流走る。
「お、お母さん…………」
「はぇ?」
「お……お母さんッ!」
真子にとって親と呼べるものはいない。自分を捨てた両親は親というには能わず、義姉はその歳の差の小ささから親と意識するのは少し難しいものがあった。
しかし目の前の束はどうだろう。
確かに若い存在ではあるが立派な大人である上、この体の“お友達3号くん“を生み出したのは紛れもなく束である。
故に、真子が束のことを“母“と思うのに、さほど無理な点は存在しなかった。
突然の出来事に、かの天災である束も困惑せざるを得なかった。
しかし彼女の境遇は本人の口から聞いてる上、先ほど“お母さん“と真子に呼ばれたのは、さほど
「いいよ、まなちゃん。それでいい。今日から私がまなちゃんの“お母さん“だよ」
束は腕を広げながらそう真子に告げる。その顔に浮かべる笑顔には、どことなく光悦が含まれているような気もするが、それに真子が気づくはずもなく、たとえ気づいたとしても気にすることではなかった。
「─────うん。よろしく、お母さん」
束の広げた腕の中に収まる真子。その表情は、どことなく常に緊張し続けていた今までとは打って変わり、安心感溢れるものであった。
ここに、天災と天災の生み出したアンドロイドという親子が生まれた。
多くの人間の運命を嘲笑うかのように狂わせる、“天災親子“が─────。
次回は未定。