「これで終わりっと……」
家事を終えた真子はその柔らかい声で独り言を呟く。その目の前には室内に干された多くの服がたなびいていた。
真子が新たに生を“お友達3号くん“に憑依する形で授かり、その生みの親である束の娘となって共に“ホエールくんMark.09“の中で過ごしてきて、数年という月日が経った。
船内の家事については真子が完全掌握している状態であり、一番最初は
『束さんだってそれぐらいできるもん!』
と言っていたものの、本人の性格上ISの開発や機械弄りに他のことを忘れるほど熱中することが度々あり、家事を忘れることがあった。
そしてある日、自分の食事を自分で用意する予定であったがそれを完全に忘れ、数日間食事なし睡眠なしで活動し続け、流石の束も少々体調に揺らぎが見られたため、
『家事は全て私が担当します!!』
と、半ば親への説教の如き勢いで束に進言したため、家事の計画や家事に必要な機材や設備は真子がその管理やシステム権利の実権を握っている。
“真子様、請け負いました任務、全て高水準で完了を確認いたしました“
真子の前に、一体のアンドロイドが現れる。身長は170cmほどであり、顔と胸にディスプレイが備え付けられている。
そのアンドロイドは胸のディスプレイに報告の文章を映すと同時に顔のディスプレイに喜んでいる顔文字を表示させる。
「ありがとう“ななくん“。お疲れ様」
“ありがたきお言葉“
真子の言葉に胸のディスプレイで返事をした“ななくん“と呼ばれたアンドロイドは、そのまま何処かへと去ってしまった。
そのアンドロイドの名前は“お手伝いくん漆式“。真子が一時的に体を借りていた“お手伝いくん参式“の家事専用の後継機である。
“お手伝いくん漆式“が生み出された経緯としては、一度娘と触れ合う楽しさを覚えた束が、“ホエールくんMark.09“が広大故に膨大な量の家事を一人でこなす真子と触れ合えないことで兎波の寂しさを発揮した為である。
まず、真子に協力してもらうことで真子の高水準の家事の実動データを膨大な量入手。それを学習させることで真子と遜色ないレベルの家事スキルを持つ“お手伝いくん漆式“を生み出したのだ。
余談であるが、束は確かに真子との触れ合う時間を確保することに成功はしたのだが、自己学習能力を持つ“お手伝いくん漆式“が段々と真子との親密度を上げているのに嫉妬の心をメラメラと燃やしているが、“お手伝いくん漆式“の管理権限が真子にあるため、手を出せないでいる。
今も“お手伝いくん漆式“にどうにか手を出せないかとその人類最高の頭脳を以て画策している最中であるが、それを真子は全く知らない。
家事を終えた真子は束に与えられた自室にて、家事を行う用のエプロンを外してハンガーにかける。
白い部屋の中に、棚と机、そしてリクライニング機能付きのベッド。窓は一つあるも現在地が深海な為に真っ暗である。そして、束をもてなす為のグッズが綺麗に整頓されておかれている。
普通の人間からしてみれば、その部屋は少し寂しい雰囲気を覚えた。しかし真子にとっては十分気の休まる有難い部屋であった。
真子は元々病室にいた。それがもう当たり前のものであり、それに安心感を覚えていなければ真子の心が身を犯す病には到底抗うことはできなかった。
生前の病室と違う点があれば、束をもてなすグッズの数々だろう。
束はよく真子の部屋に遊びにくる。逆に真子も束の部屋によく遊びに行く。
しかし束の部屋には世間には出回っていないような超高性能の趣味機械があり真子を飽きさせないが、真子の部屋にはそういったものはない。
しかし自分の部屋に来てもらう以上は母親である束に楽しんでもらいたいということで用意したグッズが重なり、今の真子の部屋を形成している。
生前にも、病室の机の棚の部分に義姉と楽しむ為のものを隠し持っていたので、その影響もあるのだろうか。
「〜〜〜♪」
鼻歌を歌いながら、真子は部屋を出て通路を歩く。その音色は柔らかく、通路の中を満たしていく。
軽くステップすら刻みながら歩くその目的地は当然、母親の束のところだ。
真子は母親に甘えるということに病みつきを覚えざるを得なかった。
母親に捨てられたが為に味わうことのなかった母親に甘えるという行為。そして束が保有していた、今まで頭角を表すことのなかった尋常ならざる母性。
この二つがかけ合わさったものを味わった人間が、甘えるという行為に病みつきにならないことができるのであろうか。それは、理性で死から逃れ続けた真子が堕ちている時点でほとんど答えが出てしまっているだろう。
最初こそ親子としての接し方にお互い手探りの状態であった為にドギマギしていた。
しかし、片や天災と言われるほどの頭脳の持ち主。片や、そんな最高の頭脳が作り出した情報処理能力の持ち主。
親子という関係に慣れ、それが当たり前のように生活するのにさほど時間は掛からなかった。
「いない……」
束の自室に到着するも、その姿は見えなかった。
しかし、真子がここに住み始めて数年自室に束がいないというのは非常によくあることなのであまり驚きはしない。
だが、住居を同じくしているにも関わらず一刻も早く会いたいという気持ちに溢れている真子には、少し残念な気持ちが湧いていた。
「いた……!」
束の部屋から歩いて1分かからない場所。防音対策の為の厚い扉を開けた先にある部屋の中に、真子の母親たる束はいた。
そこは作業場。束が新たに機械を作成をしたり修理やメンテナンスを行う場所。
そして、束がかつて生み出したISを扱うための作業場でもある。
そんな部屋の中を真子は慣れたかのようにズンズンと進んでいる。
しかしここで既におかしい点が複数存在している。
普段の束ならば扉が開いた時点で真子の存在を察知し真子の元に飛び込んできている筈であるが、全く動きを見せていない。
更に、束の作業の助手たる“お手伝いくんシリーズ“が一体も活動しておらず、定位置にてその動きを停止している。
何より、そもそも作業しているならば作業音が聞こえてくるのが当然。しかし部屋の中にある音は真子の足音と、かすかな束の息遣い。
ついに真子は束の隣にまで接近する。そして、依然なお全く動かない束の顔を覗き見た。
「うーん……んにゃんにゃ」
「寝てる……珍しい……!」
多くの機材やらコード、工具やらが多く配置されている非常に物物しい鋼鉄感溢れる部屋の真ん中で、その全てを十全以上に巧みに操れる風景とマッチしないほどの美女が、椅子の上で寝落ちしていた。
これは非常に珍しい。なぜならば基本的に束という人間が人間であるかどうか疑わしいほどの超人であり、彼女の限界こそが真子のボディである“お友達3号くん改“がリミッターがかかっている状態で出せる限界なのだから。
それに加え、束の健康管理も真子が行っている。睡眠不足が起こることも滅多に起きないことなのだ。
ふと、束の前にあるものを見た。
“お友達3号くん改“に搭載されているデータと今までの束との会話で、知識の上では存在を知っていた。
しかし、真子の目で
「……これが、IS……」
束が生み出した、マルチフォームスーツ、
それは真子が束の理解者たる束の夢、“宇宙での活動“を果たすために造られた正に夢のアイテム。
そして、束が世界から“天災“として恐れられる原因の発端たるもの。
夥しい数のコードが繋がれ、作業途中であるが故に本来は見えない筈の部分である基盤やら人工筋肉が見えている。
更にはISの命たる、ISコアまでもが、真子の目の前にあった。
「…………………」
真子は、ISという存在と自己という存在を、半ば無関係な存在だと思っていた。
ISを起動するには適性がある。そしてその適性があるのは、女性であるとされている。
しかし真子はどうだろうか?確かに“天乃真子“という存在は生前女性であった。
しかし今の彼女の体は“お友達3号くん改“という男性でなければ女性でもない、果てには人間ですらない存在だ。
そんな存在が適合できるのか?もしできなかったとしたら、束に失望されてしまうのではないか?
そんな考えを頭によぎらないようにしていたが故に、真子は自然とISという存在から距離をとってしまっていた。
「─────」
だとしても。真子は今目の前にあるISという存在に、惹かれずにいることができないでいた。
生前では空想のものでしかなかった人型の機体。“宇宙に行くため“という制作目的とそれを可能にするようなステータス。
ロマン、でしかない。
束の共感者としてその気持ちは溢れるところを知らなかった。
ちらり、と束の方を見る。今まで発揮したことないほどの精度でハイパーセンサーを使用し、束が寝ているかどうかのチェックする。
呼吸の感覚、脈拍、体温。真子の頭の中に表示されるデータの数々が、束が寝ていることを裏付けていた。
剥き出しになっているISコアに近づく。
このコアに適合できるかどうか、真子は確かめたかった。
適合できれば御の字。もし適合できなければ、そのことを束に隠しながら、落胆と絶望を胸に抱えてこれから過ごしていくだけのこと。
死ぬのをずっと待ち構えているよりかは、はるかにマシだった。
真子の指先が、ISコアに触れる─────
真子には、“お友達3号くん改“には、ISの技術が流用されている。ハイパーセンサーは五感として働き、拡張機能には彼女の見た目を司るスキンが数多く収納されている。
ましてや真子は“女“でありながら、ISと同じ程の処理能力と自己学習機能が備わっている。
そこいらの凡人程度のスペックでできることを、真子ができない道理は一体どこにあるのだろうか。
─────適合者との
─────自己診断プログラム起動。自己診断開始。
─────システムの一部設定中。起動に問題なし。
─────適合者とのシステムの連結可能。連結開始。
─────連結確認。リミッター解除。
─────起動。
「うわっ、わわわわっ!?」
真子のの体に展開していく整備中のIS。コードに繋がれていたままの肉体は真子の四肢となっていく。
真子の思考が、冴え渡っていく。閉ざされていた蓋が開いたかのように。
真子の体の動きが格段に上昇する。繋がれていた鎖が弾け飛んだかのように。
ISを使った動きが、ISを使っていない動きとは比べものにならないほどに、動かしやすい。
元々動かせなかった身としては傲慢だと真子は思ったが、あまりの自分の体の軽さを前にしてそう考えずにはいられなかった。
「んふぇっ!?何事何事!?」
想定外の事態に作業部屋に備え付けられている緊急事態を知らせるアラームと警告に、寝ていた束は叩き起こされることとなった。
束は目にした。寝る前に弄っていたISが、立ち上がっていることに。
そして目線を上げた先にいる搭乗者は、愛娘である“お友達3号くん改“こと天乃真子。
天災的な頭脳はその状況を把握するのに一秒、その半分も費やさなかった。
そして、全て飲み込んだ末に、満面の笑みを浮かべた。
「あはははははは!!やっぱりまなちゃんにも動かせたんだ!!」
束はそういうと再び声を上げて笑い始めた。それは母親としてだろうか?それとも友人としてだろうか?
それは、共感者として。
「これでまなちゃんも、私と一緒に夢を叶えられる……!」
「─────」
その言葉を聞いた真子は自分の行動に対して反省こそすれど、後悔は全くないことを理解した。
ISをたった一人で作り出した開発者たる束は、ISを動かせないということはまずないだろう。
故に、真子は束の“宇宙“という夢への行動にあたり、共感者として隣に立つことができるようになった。
歓喜の感情が湧き上がってくる。共感者としての自分、友人としての感情が。
何より、娘としての自分が。
真子はISを一切の滞りのない動作で動かし、腕を広げる。腕に繋がっているコードがそれを強調するように揺れる。
「えへへ、どう?お母さん」
その動きと言葉に、束はその極上の母性溢れる笑顔を持って迎える。
「やっぱりまなちゃんは、自慢の娘だよ!」
「さて!こうしちゃいられない!早速まなちゃんの検査を始めるぞ〜!」
「その前にお母さん!寝落ちするまで作業してたでしょ!ちゃんと寝なさい!」
「う゛ぅっ……でもでも〜」
「でもでも〜じゃない!」
一般的な家庭とは乖離した環境の中でのそんな会話は、紛れもなく親子のそれであった。
おそらく次の更新は次の週末だと思います。
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