「お母さん」
「ん〜?まなちゃん」
「私IS学園に通ってみたい」
「──────────」
真子は今日も機嫌よく作業をしていた束に対しそんな言葉を投げかける。
束はその言葉を聞くと、慌ただしく動いていた束の体はその動きの一切を停止し、まるで静止画のようになってしまった。
束の突然の作業停止に、補助をおこなっていた“お手伝いくんシリーズ“も止めてはいけない作業をおこなっている個体以外はその作業を一時的に止め、主の異常に困惑した様子で佇んでいる。
そして束が停止すること約五秒。
自身の五感たるハイパーセンサーをフル活用して束の動向を探っている真子には、一切の動きを読み取れない五秒という時間は非常に長かった。
もし真子のボディである“お友達3号くん改“に汗を流すという機能が備わっていれば、冷たい汗をかいていたことは想像に難くない。
そして静止画は、そのfpsを3次元レベルに高め、静止画から動画へと切り替わる。
「どうしてどうしてどうして!?まなちゃん束さんのこと嫌いになっちゃった!?もしかして何か不満とかあった!?」
「お母さんに特に非はないよ」
「それじゃあなんでなんでなんで〜〜〜!!」
「─────学校生活、してみたいから」
真子が突然切り出した話題、その真意を束の問いに答える形で切り出した。
正確には、真子は学校自体には通っていたことがある。
しかしそれは義務教育の一番最初である小学校、その途中までだった。
IS学園という学校は日本の教育制度に当てはめるのであれば高等学校に当てはまる。
高校での生活は精神的には真子と同じ思春期を迎えた男女が多く集まり、青春を味わう。
真子にとって“宇宙“は彼女の人生を捧げるに値する夢であるとするならば、真子にとっての“学校生活“はいわばちょっとした憧れなのであった。
「む、むむむむ…………!!」
束は真子のお願いのその理由を聞き、非常に心揺さぶられていた。
この数年間暮らしてきて、束には真子という人間のことを合う程度理解していた。もちろん、母親としても。
そして理解している真子の人間性のうちの一つとして、非常に自分の欲求に素直ではないということ。
過去に彼女は自身の願いを束に言ったことは非常に少なく、例として挙げるのならば、家事を全て任せてほしいと言ったことぐらいなものだ。
そして真子はなぜそんなに自身の欲求が希薄なのか?それは彼女の現在のボディと精神の歪みによるもの‘だった。
まず、真子の肉体は束のように生身の人間ではなく、“お友達3号くん改“なのだ。
“お友達3号くん“には本来性別がないタイプのアンドロイドであり、核融合によって体の全機能のエネルギーを賄っている。つまり、三大欲求が本来存在し得ない体なのだ。
真子が今の体になってすぐの時は睡眠欲は既に消え去っていたものの性欲と食欲ならば機能していた。
しかし数年たった今は、食欲は完全に消え去っている。性欲は束が多くの雌型のスキンを多く用意しているおかげなのか消えてはいないが。
そして、安全欲求も束による圧倒的防御能力によって消えてしまっている。
では、そんな肉体によって既に満たされている欲求はどうなっているのか?
その問いに対する問いも非常に簡単。肉体から生じる本能的なモノと同じように、既に叶えられている。
何度も言うが真子は生前病室で寝たきりの状態だ。体の異常と痛みを常に背負いながら、死を隣に味わい続ける状況に、孤独に耐え続ける。
そんな状態で一般的な欲求というのが、どうして湧くだろうか?
そんな状況に根性で耐えていた、耐え続けてしまった真子は、そんな一般的な欲求が湧きようがないような状態になれてしまった。
そして果てに、彼女の精神は歪んでしまった。
生きてさえ、生きてさえいれば大丈夫。そんな思考回路に作り替えてしまったのが、天乃真子という人間だったのだ。
だが、真子が最後に見せた義姉に対して見せた“欲“が、真子の精神を僅かながら無理矢理に矯正した。
そのため束との生活を経て、生前の最終盤に比べれば、通常に比べればかなり回復したものだろう。
故に束は悩む。
真子がひっじょ〜に珍しく見せた欲。それは自身のもつ母親としての母性にとても強い刺激をもたらし、束の意思に強く訴えかける程活性化していた。
ではそれに抵抗しているのはどんな感情だろうか?受験に合格できるのかという心配だろうか?
それはまずないだろう。
真子には束が現在もち得るデータを搭載いている上、非常に高い処理能力を有しているため、ペーパーテストなら満点なぞ容易だ。
実技面でもそうだ。真子のISを動かす能力というのは、そこいらの凡人を凌駕している。それは“自分を動かすよりも動かしやすい“と真子自身が供述していることが、その異常なIS適正がわかるだろう。
それに対抗しているのもたった一つの感情。真子がくることで呼び起こされた兎の如き“寂しさ“。
二つのクソデカ感情が組み合わさり、“娘に重い感情を向ける母親“と化している自身の本能に理性が警鐘を鳴らし続けることによる感情の振れ幅に思わず束は悩まざるを得なかった。
そんな自信から逃れるべく、束は真子にとある疑問を投げかける。
「ま、まなちゃんはどうして“IS学園“なのかな?」
IS学園。それは、束が生み出した
日本国立ではあるが各国から生徒が集まり、“学園の土地はあらゆる国家機密に属さず、いかなる国家や組織であろうと学園の関係者に対して一切の干渉が許されない”という特性をもつ。
現状このような特性を持つ教育機関は存在せず、IS適合者の保護にも一役買っている。
そのため各国の代表候補生も多く集まり、名実ともに世界最高峰のIS使用者の教育期間なのだ。
そんな状況が真子という存在にとって都合がいいというのも理由の一つかと言われれば理由の一つだ。
しかし真子がIS学園を選んだ最たる理由は他にある。
「えっと、この前お母さんがIS学園に友達がいるって言ってたから」
IS学園は教師陣ももちろん優秀な人材が揃っている。その中でもとりわけ有名な人間が一人いる。
織斑千冬。第一回モンド・グロッソにて優勝し、IS乗り最強の称号である“ブリュンヒルデ“を冠する人間である。
そして、束との旧知の中である。
束のIS開発を誰よりも先に知り、そのIS適正“S“ランクということを活かして実働データのサンプリングの具応力などもしていた。
故に、束自身世界から指名手配を受け、深海にて“ホエールくんMark.09“にいるため長い間連絡をとっていないとはいえ、紛れもなく数少ない束の共感者でありながら友人。真子のボディが“お友達3号くん“なのに対して、織斑千冬という人間は束にとっての“お友達一号“なのである。
真子個人には現在人脈というものは全くない。真子と面識のある人間というのは現在束一人であり、しかもそれは母親であるということだ。
普通の人であれば社会不適合者と言われること間違いなしである。
IS学園であるならば、たった一人とはいえ間接的にでも関係のある人間がある。
しかも、ISは流石に“ホエールくんMark.09“の中では満足に動かせないが、IS学園ならばISの動かし方を学ぶことができる。つまり、束との夢に近づくことができる。
何より、念願の学校生活を送ることができる。
「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛!!」
束の事情や共に掲げる夢を叶えようとする健気な姿勢。そして非常に稀に見せた真子自身の欲求。
束の母性による“是“の意思を刺激することこの上なかった。
寂しさ・母性のタイトルマッチは現在終盤に差し掛かり、母性が超優勢で展開で進んでいた。
レフェリーと化している理性もあまりの母性の猛攻に手が出せないどころかたまに巻き込まれているためにボドボドである。
しかし、未だ拮抗ッ……!ほぼほぼ答えが出ているようなモノなのだが、まだ答えを出せずにいた。
ここで真子から出される更なる提案によって、この終わりなき戦いに終止符を打つが如き石が投げ出された。
「あ、あと……その……なるべくお母さんに会いたいから、その千冬さんにお願いしてくれる……?」
「ま か せ て !!!」
真子にとって束という存在は“母親“なのだ。自身の存在を保つためにひつよう不可欠な存在なのだ。
寂しいに決まっているッ……!
負けかけている“寂しさ“に突如として現れた供給に、戦いは予想だにしなかった展開が訪れる。
束の中に存在していた“寂しさ“と“母性“は非常に清らかで
尚、レフェリーであったはずの理性はノックアウトされており、その機能は完全に停止している。
「い、いいの?」
「もちろん!まなちゃんがやりたいことを応援するのが“母親“だもん!それに、ちゃ〜んと毎日じゃなくても“寂“しくはないもん!」
真子が心配そうした確認に対し、ちょっと目がイっちゃってる束が意気揚々と答えた。
「ありがとうお母さん!じゃあお母さん、作業がんばってね!」
非常に嬉しそうな笑顔を浮かべながら真子は束にそういうと、大きくスキップをしながら作業部屋から出て行ってしまった。
ウィーン、ウィーン─────!
その後ろを、これから仕事だと判断した“お手伝いくん漆式“が待機場所から一人でに動き出し、その後ろをついていく。
その様子は真子の高めのテンションに引っ張られているかのように足取りが軽く見える。
作業部屋に束がいるというのに、作業部屋の中は未だ閑散としている。束は未だ先ほどのように目が少しイっている様子のままだ。
ウィーン、ウィーン…………
束が活動を再開したらしい動きを見せたことで、“お手伝いくんシリーズ“次の作業を伺いに束の様子を伺いにきた。これも束が搭載した自己学習機能の賜物だろう。
「よし!!」
少しの停止の後、束は声を出して立ち上がる。
その脅威的な身体能力を十全に活かした立ち上がりは座っている体勢の残像を残し、一瞬時が飛んだかのような錯覚を周りに見せる。
“お手伝いくんシリーズ“もその動きは予想外だったのか、たじろぐという感情豊かな反応を見せた。
立ち上がった束の目はすっかり通常通りに戻っている。むしろ、いつもよりも活力がみなぎっているように見える。
そして、何かしらの決心は胸に抱いていた。
「ちーちゃんに連絡しよう!」
友人にすらも居場所を悟らせないがためにも深海に身を移した束。そんな束が、
その覚悟の程やいかに。
そして一つ、そんな友人に連絡を取ることで何が起きるのか予想できる。
「ぜっっったいちーちゃん怖いだろうな〜……」
若干や覚悟が揺らいだ。
──────────
「はぁ……」
IS学園寮長室にて、声を漏らす女性の声。
その部屋は衣服やらビールの空き缶やらで埋め尽くされており、床が見えてこないほど。
もしその部屋を他人が一瞥しようものなら大して考察する間も無くその部屋の主の生活能力が低いことがわかるだろう。
寮長室にいるのだから、その主は寮長であるのが道理。
そんな生活能力の低いIS学園寮長ことIS学園の教師である“織斑千冬“はため息を漏らしながら服を着替えていた。
なぜIS乗り最強たるブリュンヒルデが、そんなに疲れているのか?
答えは単純明快。IS学園の仕事は激務なのだ。
IS学園は国に所属せず、あらゆる国・組織の影響を受けないと謳っているものの、その有名さから全く干渉がないとは言えない。むしろ、対処が難しい厄介な案件が厳選されて舞い込んでくる。
身体の動かし方やISの動かし方というのはブリュンヒルデたる千冬にはあまり苦ではない。むしろ、ドイツで教鞭をとっていたためある程度慣れている。
しかし教師としてはまだまだ年若く、教師としての経験もまだまだ浅い。
端的にいうと、慣れない書類仕事に若干滅入っているのだ。
むしろ、ここまでの消耗で住んでいるのは体力が非常に多いからなのだろうか。どちらにしてもメンタルの消耗は変わらない。
プルルルル……プルルルル……
そんな彼女の携帯に電話が入る。もしかすると、千冬の愛しの中学3年生である“織斑一夏“であろうか?
そんな可能性を胸に抱きながら携帯の画面で相手が誰なのかを確認する。
“束“
「─────」
メキッ
千冬の手に持つ携帯から、携帯が軋む音が聞こえる。
篠ノ之束。千冬の高校時代からの友人なのだが、世の中にISという存在を送り出した張本人であり、国際指名手配を受けて行方をくらませている科学者である。
ここ数年、友人である千冬にも連絡はなかった。しかし千冬にとってそれは今までありがたいことであった。
なぜならば世間から“天災“と呼ばれている通り束に何かしら巻き込まれたが最後、厄介ごとが降りかかってくることが高校時代からの常なのだ。
教師となってストレスが溜まっている千冬にとってはあまりにも嬉しくない電話であった。
そもそも、数年振りに連絡をかけてきたという時点で、どんな人物であろうと怪しいのが世の常。普通ならば対応しないのがベターなのだ。
しかしそれを束にやるとどうなるだろう?
おそらく切ったが最後、恐るべき技術力を駆使して予想だにしない方法でアプローチをかけてくるに違いない。
ならば、この電話という千冬にも理解の及ぶ手段で連絡をとっている今が一番『マシ』なのではないだろうか、と千冬は判断した。
何より、この内から湧き出てくるこの黒い感情を、千冬には抑えることができなさそうであった。
ピッ
『あっ、ちーちゃん?おひさ〜』
「久しぶりだなぁ……束ぇ……」
『んひぃ』
千冬が数年振りに聞いた友人・束の声は非常に脳天気な声質と軽い口調で訪れ、思わず千冬はうちに秘めたる怒りが声に漏れ出てしまった。
しかし千冬はハッと正気に戻る。
数年も音信不通の行方不明の友人がわざわざ連絡をかけてきた。しかも“天災“たる人物が。
その要件は重要なものであるに違いない。それを確かめないことには展開は始まらない。
千冬は大人であり教師である。かつての学生時代のように感情に身を任せたコミュニケーションはできないのだ。
まぁ、そんなことを考えてる千冬の相手である束にはそんな凡人に合わせるような思考回路は持ち合わせてはいないが。
「ン゛っん゛!!…………それで?数年振りに連絡を寄越すとはどういう了見だ、束」
『いや、ちょっとちーちゃんにお話しがあるんだけどね?』
この話の入り方を聞いた瞬間、千冬の思考に火花が散るほどの電流が走る。
間違いなく、面倒事だと。
『来年度にまなちゃん……
「──────────!!!!!」
千冬は発狂した。
「─────なるほど、よ〜〜〜〜く事情は理解した」
『ワーイヤッター』
束の返事にセメントで固められたバラバラの堪忍袋の緒にヒビが入るも堪え、千冬は非常に大きな溜息を吐いた。
千冬が発狂してから落ち着くまでに10分近く。そこから束による事情説明と同時進行で行われたQ&Aが終わるまで20分近く。
非常に疲労の溜まる通話を合計30分近く繰り広げたことになる。仕事終わりで疲れている千冬に追い討ちをかけるが如き出来事であるが、未だ余裕は残しているあたり“ブリュンヒルデ“の名は伊達ではないだろう。
それにしても頭を痛める内容であった。束が自分以外の共感者を見つけたどころか、それが自分も知る“お友達3号くん“であるどころかそれを“娘“として可愛がっていて、そのアンドロイドがIS学園に通うという……。
正直「お前は一体何を言っているんだ」と声を大にして言いたいだろうが、過去の経験から束ならやりかねないという自信があることにも、千冬は頭を痛める。
『それでね〜?ちーちゃんにお願いがあるんだけど』
まだあるのかと若干や絶望に包まれる千冬。そしてここまでの衝撃を踏まえた上で繰り出される“お願い“とやらは千冬の思考に滅多に起き得なかった恐怖を連想させ、疲労と情報のキャパオーバーで低下した思考の処理能力の低下に拍車をかけた。
果たして、束から提案される“お願い“とは如何に─────!?
『まなちゃんがいないと束さん寂しさで死んじゃうから、なるべくまなちゃんの外出を自由にさせてほしいなぁ〜って』
「…………ん?そ、それだけか?」
『うん!ちーちゃんお願いできる〜?』
千冬はその束からの提案に驚愕をせざるを得なかった。
正直言って温すぎる。学生寮の寮長は千冬のため、外出等は千冬の許可が必要不可欠だ。そしてその判断は時間帯などの学生の身に危険が起きないかどうかで下される。
しかし、それだけだ。千冬が許可すれば外出できるし、外出の制限等も千冬が解除すればいい。例え一教師といえども世界で唯一“ブリュンヒルデ“の名を冠するものが安全面でヨシ!と判断すれば反対の意を示す者はいないだろう。
そもそも、他の教師には流石に他言はできないが、
─────ということを、非常に低下した思考能力で判断し千冬は、その提案に対して肯定の意しかなかった。
その他の起きる面倒事の可能性をかなぐり捨てて。
「あぁ。それぐらいのことなら任せろ。だからお前はじっとしていてくれ。頼むから」
『わーい!ちーちゃん大好き〜!またね〜』
そう言って、数年振りに連絡をとった友人はあっけなく通話を切った。
力なく携帯を持つ手をだらんと下ろす千冬。彼女が思い至った、今すべき行動は一つ。
「………………寝よう……」
睡眠による休息、であった。
翌朝、IS学園ではお酒を飲んでいない筈なのに二日酔いの如く「お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛……」と声を漏らし、同僚の山田先生に心配されるブリュンヒルデの姿が目撃されたような。
なるべく週一投稿を心掛けますので、よろしくお願いします。
すねーくさん☆9評価、山水公さん☆8評価ありがとうございます。
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