IS学園受験日の二日間が終わってから、数ヶ月という月日が経過した。
真子はあれから一度も地上に出ることなく以前と変わりなく家事をこなし、束の相手をしている日々であった。
唯一違う点といえば、定期的に桃とやりとりをしていることだろうか。
真子はやりとりする相手が桃以外いないこともあり、桃が送ってくる話に素早くかつ丁寧に返信をする。
そのことが桃的には好印象だったらしく、桃は真子に最近会った出来事や彼氏である青日との惚気話を真子に送り、真子がそれに反応するということをそこそこ高頻度で行っていた。
しかし、そんな生活は今日で終わりを迎える。
真子は無事、IS学園に合格し通学する権利を得ることができた。
それは桃も同様のことであり、合格発表時には二人で喜び合ったものだった。
IS学園は寮制の学校。寮長である千冬の粋な計らいにより週末には束に会いにいくことができるのだが、それでも今に比べると接触の時間の低下は著しい。
そのことに真子は寂しさを感じるものの一切の後悔はなかった。
IS学園に通うのは宇宙進出という束との共通の夢を叶えるためにISの扱いの上達、そして真子自身の憧れであった学校生活を叶えるためのものなのだ。
多少の寂しさ程度で中断できるほど真子にとって軽いものではなかった。
──────────
「あぁ〜んまなちゃ〜ん……」
「お母さん……」
翌日。地上ではまだ太陽は未だ欠片も姿を現しておらず星が綺麗に見える時間帯。受験の日のように“ホエールくんMark.09“の発艦場に既に準備された“ホエールくんMark.07“の前にて、束は真子に泣きついていた。
確かに真子は束と別れることによる寂しさに区切りをつけた。
しかし束は違う。かつては一人でも全く寂しくなかったのに自分以外の人物がいる温もりを味わってしまった悲しき兎と化した束は現在寂しさMAXの状態と化した。
「お母さん、そろそろ行かなきゃ。私もなるべく帰ってくるから」
「うぅ……」
この状態は既に数時間程度。余裕があったはずの出発はこれ以上遅れるとマズいぐらいには引き延ばされていた。
流石に束も真子に最後に甘えに甘えてから寂しさが紛れたのか、ようやくもそもそと真子から離れる。
「─────うん!それじゃあまなちゃんにIS学園入学のお祝いをプレゼントしちゃうよ〜!」
そういうと束は自身の服に備え付けられている拡張領域を応用した不思議ポケットから束の言う“入学祝い“が取り出された。
それは一体のアンドロイド─────と今の状態でわかるのは、アンドロイドにかなり精通しているような人間だろう。
真子や束ほどではないがかなりの美形の女型アンドロイドであり、赤目に白い長髪でそれを強調させるかつ間接を隠すような黒いゴスロリ服を着ていた。
「“お手伝いくんシリーズ“待望の最新型かつ特別仕様!名付けて“お手伝いちゃん“!!」
─────お手伝いくんシリーズは、この“お手伝いちゃん“を除くと9体存在している。
束の新しい発明や既存品の量産や整備を行う壱式Ver.3.0〜淕式の6体。そして、真子を基本的に管轄を行い広大な“ホエールくんMark.09“にて真子と共に行う漆式Ver.2.0〜玖式の3体だ。
そして、束が語る“お手伝いちゃん“の性能はまさに“お手伝いシリーズ“の集大成。壱式Ver.3.0〜玖式の設計データや、“お手伝いシリーズ“が蓄積してきたデータを基に設計・製作したものだ。
そしてその性能。壱式Ver.3.0〜玖式までの全ての技術やそれに必要な運動機能を保有しており、そしてその作業に必要な物品を拡張領域に収納している。
もちろん耐久性にもすぐれており、高い自己学習機能と豊富な
「……どうして、これを私に?」
確かに、この一体がいれば家事にも困ることはないし、IS等の整備に関しても困ることはないためありがたくはある。
しかし、寮生活の補助というにはオーバースペックであり、そもそもの真子がオーバースペックなためあまり必要性は感じなかった。
例え束であったとしても、真子がそう思うことを予測できないはずがない。
「いやね、束さんもそう思ったんだけどぉ、“お手伝いくん漆式“がまさかの自分でお願いに来たんだよ!」
「─────ななくんが?」
「うん!まなちゃんのお手伝いをしたいから〜って」
そう。束にわざわざ“お手伝いちゃん“を作らせ、真子に連れて行かせるように促したのは真子が管理者権限を持つ“お手伝いくん漆式“であった。
漆式と真子の付き合いは、真子がこの世界に来てから数ヶ月から今に至るまでの数年間。その間に真子と交わされた交流が、“お手伝いくん漆式“の自己学習機能に自己判断─────シンギュラリティを目覚めさせるに至った。
真子はふと、束と“お手伝いちゃん“からピントを外し、この広い空間の奥の方を見つめる。
するとそこには、陰から真子のことを見つめる“お手伝いくん漆式“の姿がそこにあった。
“お手伝いくん漆式“は目覚めたのだ。─────真子のお手伝いをしたいという自我に。
「─────お母さん。この“お手伝いちゃん“大切にするね」
「うん!“お手伝いくん漆式“にも伝えておくね!」
すると、それじゃあ!と言って手を叩いた束は空中にコンソールを複数出して操作し始めた。
「まなちゃんに着いて行かせるにあたって必要な設定を行なっていくよ〜。つまりは管理者権限の譲渡だね〜」
そう言いながら驚異的なマルチタスクと処理能力の速さを以て、管理者権限を束から真子に譲渡する作業を消化していく。
─────管理者を“天乃真子“へと変更完了。
─────発声機能の起動を確認。次段階からの方向等は発声機能にて行います。
「─────初めまして、天乃真子様。“お手伝いシリーズ“第三世代型特別仕様“お手伝いちゃん“です」
管理者権限が真子に移行したことによりオフになっていた発声機能がオンになり、その声にて真子に挨拶を行う。
その声は感情豊かな真子と束の情報が使われいることが現れていることを示すように、機械的でない機嫌良さげな声を響かせる。
声自体は誰であろうとも聞き取れる周波数でありながら人に安心感をもたらす声質であり、束も少し機嫌良さげな顔になった。
「初めまして、…………あ〜」
真子もその挨拶に答え、その二の句を紡ごうとしてあることに気づき、困ってしまった。
真子は基本的に機体名ではなく独自に呼び方をつけている。それは真子自身の体が“お友達3号くん改“というアンドロイドだからなのか、それとも真子元来の性格からなのか。
故に、未だ名前のない“お手伝いちゃん“のことを呼ぶことができず、少し困ってしまった。
しかし真子は“お友達3号くん改“だ。その思考速度を以て素早く“お手伝いちゃん“の名前を考える。
─────そして、決まった。
「……うん、“お手伝いちゃん“の名前は“天乃
「─────“名前“を設定、これより本機は“天乃蓮手“を自称します」
「うん!よろしくね、れんちゃん!」
ようやく名前が決まった“お手伝いちゃん“改め“天乃蓮手“に、真子はスッキリした様子で蓮手に挨拶をする。
蓮手。それはその多機能性と作業能力の高さを抽象する名であると同時に、真子の補助であることを示す名前。まさに、“お手伝いシリーズ“の集大成を表していた。
「うんうん!束さんもまなちゃんと“お手伝いちゃん“が仲良くなれそうでよかったよ〜!それじゃ、束さんによる入学祝い第二弾〜!」
「え?」
真子と蓮手の光景を、手をパチパチと叩きながら喜びながら束が発した発言に、真子は再び驚きを隠せなかった。
この蓮手だけでも入学祝いにおけるピンキリという概念をさらに捻じ曲げる代物であるのに、まだある。しかも蓮手の後に言うとなると、あの束の性格上それと同等か、それ以上のものであると考えられる。
真子の胸中がヒヤリと冷や汗をかく。一体どんなものが渡されるのだろうか。人間よりもはるかに加速した思考速度でそれを予想し続ける。
しかしその難易度は、非常に幅広い可能性ゆえに非常に高い。故に、真子の予想の結果が出る前にその正体が真子に明かされる。
「それはね〜、まなちゃん専用のISだよ!!」
「──────────」
それは、IS製作者自らが個人専用の為に作り出したISを、譲渡するという内容。
ISはその中枢たるコアが現在確認されているだけで467個、そして束にしか作れないが束が製造を止めているため希少性が高い。それを個人で保有することが認められているのは、それを保有するに値する実力を示さなければならない。
そんな専用機をプレゼントされる。製作者自ら。共感者自ら。友達自ら。
─────母親自ら。
嬉しくないはずがなかった。
「─────やったぁぁぁぁ!!」
真子は思わず歓喜の叫びを上げながら、飛び上がった。その垂直跳躍距離は優に2メートル超。
真子のその様子に束は予想通りと言わんばかりにドヤ顔を浮かべており、それと同時に歓喜の声が胸中に溢れていた。
しかし、そんな中真子はあることに気づく。
「─────お母さん」
「ん〜?まなちゃんどうしたの?」
「そのISはどこ?」
真子はそう言いながら周りを見渡す。束の手にはISの待機状態であるようなものは見当たらず、非起動状態のISが傍に鎮座しているわけでもない。
影も形も、見当たらなかった。
「ふっふっふ……実はね、もうまなちゃんが持ってるんだよ!」
「え?」
そう言われて真子は思わず自身の体をチェックし始める。
─────体の外部には、ISの待機状態であるようなものは見当たらない。……となれば、体の中を調べるしかない。
─────見つかった。真子の腹部の若干下、つまり臍の下あたりにISコアらしきものが、存在していた。
そして、初めてチェックしたことによってそのISについての情報が真子の中に流れ込んでくる。
【盲天】。それが真子専用のISの名称だった。
「昨日最終メンテナンスをした時に仕込ませてもらったんだよ!さぷら〜いず!」
「……お母さん」
「ん〜〜〜?」
「ありがとう。大好きだよ」
真子はそう言って、束に抱きついた。
お互いの服越しに、真子は束の体温を、心拍を、呼吸を、生命の活動をハイパーセンサーを以て感じ取る。
それは束も同じであり、真子の核融合炉にて生まれた熱を調節し再現した体温を、その調節の要である全身を巡る液体を送り出すポンプの拍動を、機械でありながらも真子が人であることを神経を集中して感じ取る。
そして真子の言葉に、束は返す。
「束さんこそ、まなちゃんに感謝だよ。……ありがとう」
ちなみにIS学園にて専用機を所持する関係上、千冬の体力と精神は限界ギリギリまで削られた、
真子、そして蓮手は“ホエールくんMark.07“に乗り込み、荷物を下ろして設定し、発艦準備を進めていく。
数ヶ月ぶりに真子は地上へと赴く。そして、IS学園に降り立つ。
この発艦は、今日のその第一歩。
「“ホエールくんMark.07“、発艦設定完了!」
『こっちも射出準備完了〜。お二人共準備はいい?』
「設定に問題なし。自己診断プログラムの応答オールグリーン。真子様、いつでもいけます」
整備のスペシャリストである蓮手の働きにより、前回よりもはるかに早く発艦準備が完了する。
そして真子は、そのことを束に伝える。
「いいよ!お母さん!」
『おけ!!“ホエールくんMark.07“射出するよ〜!それじゃあまなちゃん、オタッシャデー‼︎』
そして束は、発艦のボタンをポチッと押す。
バシュゥゥゥゥッッ‼︎
照明で照らされた発艦用通路を、真子と蓮手を乗せた“ホエールくんMark.07“が強烈な加速で爆音を置き去って移動し射出される。
慣性の法則に従って生み出される強烈なGに真子はもちろん蓮手も一切動じない。
ドオォォォォオォォォォォォォ‼︎
そして海の壁にぶつかりながらも、全くの無傷で深海一万メートルの中に放り出される。
「自動操縦開始、浮上開始。……海面への到達時間、出します」
「……このままだと千冬さん待たせちゃうなぁ……れんちゃん、もっと早くできる?」
「大丈夫です。では、浮上速度最大」
真子と蓮手は最大速度で地上へと浮上し始める。外の様子を見ても相変わらず真っ暗なままだが、心なしか前回よりも深海生物を見ない。
今回の真子は寂しくはない。真子の寂しさを紛らわすのを手伝ってくれる“お手伝いちゃん‘がいるから─
ロイクさん、117コーヒーさん☆9評価ありがとうございます。
山水公さん、taka82さん誤字報告ありがとうございます。
UAが2,000を突破しました。この作品を見てくださってくれた皆さんのおかげです。ありがとうございます。
皆さんのご閲覧・感想・お気に入り登録、本当にありがとうございます。
もしよければ感想・お気に入り登録・評価・ここすきをよろしくお願いします。