その日、珍しい客が事務所を訪れていた。高校時代の同級生だ。
「悪いなあ、ゆかり。それにあかりちゃんも。急に押しかけて」
「いえいえ茜先輩。お客は大歓迎ですよ」
琴葉茜。黒髪に桃色の瞳をした、私が潮風高校の学生だった頃の友人の一人だ。葵さんという双子の妹がおり、当時の潮風高校で二人揃ってアイドルみたいに人気だった。今は歩色町にある実家の琴葉神社で巫女さんをやってたはずだ。マキさんと違って正月の初詣とたまにやってる飲み会でしか会わない友人である。
「それでどうしたんですか茜さん。この間の飲み会以来ですが」
「楽しかったなあ!また鳴花ーズで飲み会しよな!ってちゃうねん。実はな、ストーカーに悩まされとるねん」
「ストーカー、ですか」
それはまあなんとも。高校時代でも何回かありましたね。探偵を気取ってた私がそのたびに仲間と力を合わせてとっ捕まえて解決してましたけど。
「またですか?」
「またやねん。ここ数年は無かったんやけどな。しかもただのストーカーじゃないねん、すぐ真後ろにいるのに影も形もないねん」
「どういうことですか?」
話を聞くにこうだ。数日前、茜さんが熱燗を買いにコンビニに行って帰路についているとき、背後から足音が聞こえたのだと言う。振り向くと誰もいない、なのに足音は続く。不気味に思って走ると足音も走ってついてくる。すぐ真後ろまで足音が迫った時、勇気を振り絞って正拳を背後に叩き込んだのだと言う。それが、中空で何かに受け止められる。そこにはなにもない。茜さんは恐怖のままに拘束を振りほどいて神社まで逃げ延びたのだと言う。ちょっとしたホラーだ。
「つまり…透明人間にストーカーされてる?」
「そういうことになるなあ…警察にも相談したんやけど見えない物はどうしようもないって…もう頼れるところはここしかなくて、なあ」
「そりゃまあ、姿さえ見えないんですからねえ。まあ恐らくドーパントでしょう。わかりました、引き受けましょう。いいですよね、あかり」
「もちろん!茜先輩のためならば全力で捜査しますとも!紲星探偵事務所にお任せを!」
「やった、助かったわ!あれ以降夜に出歩くことすらできんくてなあ…」
手を叩いて喜ぶ茜さんを見てやる気が出る。相変わらず一挙手一投足で他人を惹きつける人である。葵さんが溺愛しているのも分かる気がする。
「とりあえず琴葉神社に向かってコンビニまでの道中を捜査しましょうか」
「よろしく頼むで、ゆかり!ほんまおおきに!」
そんなわけで私はハードボイルダー、あかりと茜さんはタクシーに乗って琴葉神社までやってきた。風凪樹と呼ばれる風車の様な形状の大樹がシンボルの結構大きい神社だ。茜さんたちの家で先祖代々受け継いできたらしい結構な歴史ある神社である。
「あ、ゆかりさん。ご無沙汰してます」
「おや、伊織君じゃないですか」
そこで境内を掃除していたのは
「伊織君、葵はどした?」
「葵さんならどこかに出かけましたよ。お姉ちゃんがゆかりさんを頼るならーとか何とか言ってました」
「葵さんは相変わらずですねえ」
思わずあかりと揃って苦笑い。葵さんの茜さん好きは変わらない様だ。ストーカーに遭うたび犯人をボコボコにしようとするので止めるのが大変だった記憶がある。
「とりあえず、茜さんが通ったコンビニまでの道中を調べましょうか」
「ですね。茜さん、私達が守るので案内してください」
「案内するまでもないと思うんやけどなあ」
茜さんに案内されるまま、徒歩でコンビニまでの道中を進む。バットショットで気になるところを撮りつつ、スパイダーショックをライブモードにして辺りを探らせる。しかしなにも見つからない。
「きりたんが目に見えない敵用のガジェットの設計図を以前手紙でもらったので作ると言ってましたが、それ待ちですかね」
「え。誰から設計図をもらったんですか?」
「ダブルドライバーを作った人だと思いますよ。声しか知りませんけど」
「ええ!?」
運命のあの日、
「そういえばダブルドライバーがどこから来たのかは私知りませんでした…」
「何時かちゃんと話しますよ。…いつかね」
「なんや、なんの話をしてるんや?」
「ああ、こちらの話です。今のところ怪しいものは見えませんね」
後ろから話しかけてきた茜さんの相手をしながら歩いていると、件のコンビニまで辿り着いた。特になにもなかったですね。
「…おや?」
「どうしました、あかり」
するとコンビニ横の電柱の陰まで歩いて行くあかり。何が見えたのかと思えば、屈んで何かを指差したので見てみる。
「これ、なんでしょう?」
「これは…大きいガム…?」
そこにあったのはよく道路に吐き捨てられるチューインガムの残骸…を大きく細長くしたもの。電柱の陰に隠れるぐらいの大きさだが、明らかに妙だ。
「うわ、なんや触りたくないなあ」
「同感です。しかし触らないことには…」
とりあえず近くに落ちてた枝を握りツンツンしてみる。予想以上に硬質な反応が返ってきた。
「…これ、ガムと言うよりはゴム…ですかね?」
今度は指で触ってみる。感触はあれだ、車のタイヤのそれ。ゴムですねこれ。
「とりあえず回収…したいですね。あかり、コンビニでビニール袋買ってきてください」
「ええー…わかりましたよー」
頬を膨らませて「私不満です」と顔に表しながらコンビニまで歩いて行くあかり。茜も苦笑いだ。
「しかしなんなんでしょうねこれ」
「なーんか見たことあるんやけど、なんやったっけな」
「奇遇ですね茜さん。私もなんか既視感が」
なんだろう、凄い昔から知ってる気がする。この既視感がなにかわかればメモリの正体もわかりそうなものだが。
「ん?」
物音がした。聞こえてきたコンビニの屋根に視線を向けると、何かが慌てて隠れた。……あっちから現れてくれましたか。
「あ、ゆかりさん。買ってきましたよ。あと割箸も。これで回収すればいいんですよね?」
「そうですね、あかり。回収して神社に帰りましょう」
「はい!」
無邪気にゴム?の塊をビニール袋に入れて回収するあかり。そのまま三人で歩いて帰路につく。するとやはり、何かの気配が近づいて来ていた。
「ゆかり、あの」
「言わなくてもわかってますよ茜さん。あかり、次の曲がり道曲がったらすぐ走って神社まで向かってください。あとできればついなさんに連絡を」
「え?…まさか?」
「そのまさかです。私が相手します」
「ゆかり、大丈夫なん?」
「心配ご無用。私、探偵ですので」
そんな会話の後に曲がり道を曲がった瞬間、二人は走り出し私はダブルドライバーを取り出し腰に付けて振り向きジョーカーメモリを構える。すると高速でやってきて曲がるなり驚き立ち止まったのは、猫の怪物だった。
「お前…!?」
「残念ながら私だけです。茜さんに手は出させません」
《ジョーカー!》
ジョーカーメモリを鳴らして転送されてきたサイクロンメモリと共にドライバーに装填。ドライバーを展開してダブルに変身するとまるで怒ったようになにかを取り出すドーパント。金と黒に彩られた、長い金髪と純金の瞳が特徴の細身で人型の黒い毛並みの猫という見た目で、まるで神具の様な金の装飾を身に付けている。手は人の形だが足は猫のそれで、腰からは先端に金の金具がついた尻尾が生えている艶かしい女性のようなそれは、さすがに見たことがあった。
「バステト…のドーパントですかね」
『おそらく。手にしてるのは「シストルム」と呼ばれるマラカスのように振って音を鳴らす楽器ですね』
「ニャア…お前かあ!」
するとシストルムを振ってなにかを放ち、咄嗟に飛び退いた場所のコンクリートを抉り取るバステト・ドーパント。今のは…!?
『恐らく音の刃です。気を付けて』
「ニャアニャアニャア!」
鳴き声を上げながらシストルムを振りまくるバステト・ドーパントの攻撃を必死に避ける。隙がない…!?
「死ね!」
すると攻撃が当たらないことに苛立ったのか、右目を光らせて熱線を放ってくるバステト・ドーパント。そんな伝承ありましたっけ!?
『バステトの瞳はセクメトの逸話に由来して「太陽の瞳」と呼ばれてるのでそれかと!』
「地球の記憶だいぶ拡大解釈されてますね今更ながら!?」
『ティラノサウルスが磁力操るんだから今更ですよ!?』
熱線に加えて見えない斬撃まで繰り出してくるバステト・ドーパントに防戦一方。どうしたものかと攻めあぐねていると。
《ジェット!》
「なーにちんたらしてんねん結月!」
「ついなさん!」
光弾という横槍を受けて中断するバステト・ドーパントの猛攻。やってきたのはアクセルだ。あかりがちゃんと呼んでくれたらしい。
「ストーカー事件と聞いとったが、こいつが犯人か?だいぶ派手なやっちゃのう」
「恐らくは。とりあえずメモリブレイクして正体を見たいところですが」
「その隙がないと言う訳やな」
バステト・ドーパントは乱入者を確認するなりアクセルに見えない斬撃を飛ばし、私達に熱線を放ってくる。たまらずメモリを入れ替える私たち。
《メタル!》《ヒート!》《ヒート!メタル!》
「でやあああ!」
鋼鉄の防御力と熱への耐性があるヒートメタルとなってメタルシャフトを回転させて熱線を防御。アクセルはエンジンブレードで見えない斬撃を斬り弾いていた。相変わらず無茶苦茶だ。
「このまま近づいて…!」
「斬る!」
「キシャー!」
私達はメタルシャフトで熱線を防ぎながら、アクセルは斬り払いながら近づいて行くと臆したのか鳴き声を上げるバステト・ドーパント。すると何を血迷ったのか、シストルムを上空に投げつけた。
「なにを…!?」
「だがチャンスや!」
『危ない!防御して!』
「え?」
きりたんがいきなり叫んだので咄嗟にメタルシャフトを回転させて防御、した瞬間。上空を見上げたバステト・ドーパントの右目から熱線が放たれてシストルムに当たって幾重にも反射。熱線の雨が周囲を襲い、爆炎を発生させ熔解させていく。とどめを刺さんと突進していたアクセルには直撃して吹き飛ばされていた。見ればその重厚な装甲が熔けてしまって転倒し、動けない様だ。
「ぐああ…」
「せめて一太刀…!」
《メタル!マキシマムドライブ!》
熱線の雨を避けながらメタルメモリをメタルシャフトに装填。回転させて防ぎながら両端に炎を灯し、その推進力で防ぎながら突撃し、懐に飛び込んでメタルシャフトを振りかぶる。
「『メタルブランディング!』」
「にゃああああああ!?」
そして振りかぶった一撃がバステト・ドーパントの左腕に炸裂、悲鳴が上がるが横に一薙ぎ熱線が放たれて私達は吹き飛ばされる。
「くっ…ドーパントは!」
そして爆炎が晴れるとバステト・ドーパントの姿はそこになく。私達は慌てて変身が解かれたついなさんに駆け寄るのだった。
「途中で助けてくれた刑事さんが重体……だ、大丈夫なんかその人!?」
とりあえずついなさんを安全なところに寝かせて救急車を呼んでから神社に戻ると、心配してた様子の茜さんに事の次第を伝えた。囮になって仮面ライダーを呼ぶまでの時間を稼いでいたら助けてくれた刑事さんが重傷を負った、みたいに。友人たちには私は仮面ライダーと知り合いということにしてる。ちなみに正体不明の爆発事件として噂になってたらしい。
「結構頑丈な超人なので多分大丈夫。それより、犯人に心当たりありませんか?」
「うちのことを狙ってる奴やろ?…ないなあ、誰かに恨み買った覚えもないし」
「そうですか…そうだあかり、あれをきりたんのところに送ってもらえませんか?」
「あのよくわからないゴムのやつですね。わかりました、では茜さん。また」
あかりを事務所に返し、考える。…バステト・ドーパントは本当に茜さんを狙っていたのだろうか。透明人間の話から茜さんを狙っているものだと考えていたのだけど。すると鳥居の方から茜さんと瓜二つの少女が慌ててやってきた。違いといえば目の色と髪飾りを付けてる向きぐらいだろうか。
「ただいま…あ、お姉ちゃん!?大丈夫だった!?例のストーカーに襲われたりしなかった!?」
「大丈夫や葵ちゃん。大丈夫やから安心しぃ、今回はゆかりが助けてくれたからな。うちは無事や」
「ゆかりさんが?…あ、ゆかりさん。お久しぶりです。お姉ちゃんを守っていただいてありがとうございます」
「お礼を言われることじゃありませんよ。私達の仲じゃないですか。あれ?」
すると葵さんがハンドバッグを手にしてるのが右腕だということが何故か気になった。確か茜さんと逆で左利きだったような……?
「どうしましたか、ゆかりさん?」
「いや、葵さん左利きじゃありませんでした?」
「え、ああ。ずっと持ってたら疲れちゃっただけですよ」
「なるほど?」
左腕を右手で押さえながら笑う葵さん。……なるほどね?
「じゃあお姉ちゃん、私お昼ごはんを作るね。ゆかりさんも食べて行きます?」
「あ、ではお言葉に甘えて」
…そういえば、伊織君は何処だろう。もう帰ったんですかね。とりあえず茜さんの警護のために何日か近くで見張ることになりそうだ。その間にきりたんが新ガジェットを完成させるといいけど。なんか違和感がありますね、今回の事件。
登場、バステト・ドーパント。明らかにゴールドメモリのドーパントだけどなんと通常メモリです。能力詳細はネタバレになるので次回にしようと思います。
設定回で存在を明かしてた琴葉神社の巫女さん、茜と葵。そしてアルバイトの伊織君。実は東北家に並ぶくらい歴史の古い一族だったりします。ゆかりの同級生はこれで全員出たかな?
次回も楽しみにしていただけると嬉しいです。よければ評価や感想、誤字報告などもいただけたら。感想をいただければいただけるほど執筆速度が上がります。