「悪魔と相乗りする勇気、貴方にあります?」
「……え?」
きりたんはトランクケースの中のメモリとドライバーを見せながらそう問いかけた。その時、おやっさんが死んでいっぱいいっぱいだった私にはまったく意味が分からなかった。だけどその時…六本のメモリの中で一つだけ何故か異様に目立って見えたんだ。道化師の靴を模したJのイニシャルが描かれた黒か紫のメモリ。隅に綴られているのはjokerの文字。
―――――「そうですね……切札にも最悪なカードにもなる道化師、ひょうきん者を意味するジョーカーなんてふさわしいと思いません?」
先程きりたんに言われた言葉がフラッシュバックする。私は魅入られるように手を伸ばし、掴んだ。そのメモリこそが私のもう一つの相棒。ジョーカーメモリだった。
「…やはり貴方にはそれが似合うと思ってました。では私は……虚音イフ…威風と書くんですかね?彼の様に自由に、風の様に…!」
そう言ったきりたんが選んだのはサイクロン。この時ダブルの基本形態が決まった。
「なにしてるのきりたん!?何故侵入者にメモリを…!」
焦った様なアルテミス・ドーパントの声が聞こえてきた。しかしきりたんはそんな言葉に返事もせずに私の腹部にダブルドライバーを装着、それはベルトとなって私の腰に巻かれる。
「ロストドライバーとも違う、未知の新型!?やめろ!きりたん、やめなさい!」
これまでにない激昂と共にアルテミス・ドーパントの光の矢の雨が降り注いできた。同時に戦闘ヘリの銃撃も襲いかかる。
「…行きますよゆかりさん」
《サイクロン!》
「…うっ、うあぁあああああああああああ!!」
《ジョーカー!》
きりたんの呼びかけに、私は私に向けて放たれる矢と弾丸の嵐に絶望を感じながらも体が自然に動き、私は変身の余波で矢と弾丸の嵐を弾き飛ばしながら姿を変えた。紅い複眼が輝き、緑の疾風が吹き荒れる。吹き荒れる風はアルテミス・ドーパントを吹き飛ばして天井に叩きつけたどころか戦闘ヘリまで墜落させてしまった。
「うおぉおおおっ!」
「さっきはよくもおやっさんを!」
見覚えのある黒服たちが無謀にも殴りかかってきたので、拳と蹴りで文字通り蹴散らす。大の大人が簡単に吹き飛ばされるその力に、私は感嘆した。
「す、すごい…私、もしかしておやっさんの様に…?」
『かなりの身体能力ですね。貴方の評価を改める必要がある』
「え!?な、なんか頭の中からあの子の声がする!?」
『私の身体を見てください』
言われて見てみると、きりたんの身体が無造作に横たわっていて。死んでいるんじゃないかと、でも声は聞こえていて!?と私は混乱した。
「なんなんですかこれ、私どうしちゃったんですか!?」
『まだ勝手がわからない様ですね。説明は受けてないのですか?』
「説明も何も私、そのトランクケースを開けることもできなかったんですが?」
『…本来なら虚音イフが私とこうなっていたってことですかね。それより来ますよ』
「え?」
言われて振り向くと、黒服の一人が一本のメモリを手に立ち上がっていて。
《マグマ!》
溶岩を意味する言葉が鳴ったかと思えば男は首にメモリを突き刺して溶岩の怪人、マグマ・ドーパントへと変貌した。
『上級戦闘員みたいですね。メモリの実験に耐えれたエリートです』
「なんでもいいですが水都を泣かせる怪物の一人ってことですね。やってやります!」
マグマ・ドーパントに突撃する私達。放たれる火球弾を紙一重で避けながら突撃し、今まで茜さんのストーカーに対してよくやっていたヤクザキックを繰り出す。しかし受け止められ、軽々と投げ飛ばされてしまう。
「っ…!」
『そんな愚直な…メモリ交換しますよ』
《ルナ!》
「メモリ交換?って、私の右腕が勝手に!?』
《ルナ!ジョーカー!》
私の右腕が勝手に動いてどこからともなく取り出したルナメモリとサイクロンメモリを交換、右側が緑から金色に染まったことに驚く私。さらに右腕が伸びてゴムの様にしなりマグマ・ドーパントの放った火球を弾き飛ばしたばかりか奴を殴り飛ばすもんだからもう度肝を抜くしかない。
「え?ええ!?ええええ!?」
《サイクロン!》
『驚いている暇があったらジョーカーメモリを抜いて右腰のマキシマムスロットに装填してください』
《サイクロン!ジョーカー!》
「右腰?」
言われるなりジョーカーメモリを引き抜いて、いつの間にか緑に戻っていた右腰のマキシマムスロットに装填。すると私の身体が風に巻き上げられて空に舞い上がり、私が狼狽えているときりたんが私の右手を操り右腰を叩く。
《ジョーカー!マキシマムドライブ!》
「半分こ!?」
そしてそのままマグマ・ドーパントに向けて両足を向けて直進。したかと思えば正中線で二つに分かれて微妙にタイムラグのある二段蹴りを行い、当たる瞬間には両脚蹴りになるというよく分からん飛び蹴り…後のジョーカーエクストリームが炸裂。マグマ・ドーパントは爆散し、その衝撃で床が崩れて私と、きりたんの身体が落ちて行くがきりたんの方は小さな恐竜型メカ…ファングメモリが服を掴んで落下を防いでおり、一緒に階下に降り立った。
「わた、私の身体どうなって…」
『あのメカ…なるほど』
狼狽えているときりたんがメモリを抜いて変身が解かれ、私は何事もない無事な身体を見てほっと一息ついていると目を覚ましたきりたんが手を上げる。
「どうやらあなたは変身に慣れてない様ですね。あと五月蠅い。代わりましょう」
「え、あれ、どうなってるんです?」
「このシステムで変身した、二つのメモリの融合超人の名前は…
「W?私達、合体してたってことですか…?」
「そうです。貴方と私は、虚音イフとの誓いを果たさねばならない」
「おやっさんとの、誓い……」
「二人でここを脱出します。また一度力を貸してください」
《ファング!》
手に飛び乗ったファングメモリを変形させてダブルドライバーに装填するきりたん。意識が飛ばされる直前、私は高校生ぐらいの年に成長したきりたんの姿が見えた。
「変身!」
《ファング!ジョーカー!》
次に目を覚ますと、周りには何か鋭い刃物で切り裂かれた傷があるマスカレイド・ドーパントの亡骸が沢山転がっていて。傍らに私の身体が転がっていていくらか意識が飛んでたことに気付く。
「ヴァァアアアアアアア!!」
『こ、これは…』
きりたんは咆哮を上げながら暴れて、まだ立っているマスカレイド・ドーパント達を蹂躙していくダブル。私の方はまるで動かせない。ただ見ていることしかできなかった。
「な、なに!?あの力は…!?」
「ヴァッ!」
《ショルダーファング!》
そこにやってきた息絶え絶えのアルテミス・ドーパントが矢を放とうとするも、二回ファングメモリのタクティカルホーンを叩いたダブルが右肩から生えた刃を手に取り投擲。それは残っていたマスカレイド・ドーパント全てを切り裂き、さらにアルテミス・ドーパントの胸元に斬撃を浴びせてダウンさせる。
「こ、これは…!」
『起きましたか!私の身体を持って逃げますよ!』
「ヴァッ!」
私の身体を担いで走るダブル。一瞬きりたんが正気に戻ったようだが走り方には知性の欠片も感じられず心配になり、海岸まで出た所で問いかけた。
『あの!大丈夫なんですか!?なんか私の方まで気持ちがざわざわするんですが!』
「ヴァアッ……黙っててください。このメモリの破壊衝動は凄すぎます、このままではっ…敵!?」
海から何かが海上を走って来て、私達は身構える。しかしやってきたのは、黒と黄色のボートの様な物、ハードスプラッシャー。おやっさんのバイクにも似てる気がした。
「海戦用ユニットを付けたマシン!Wの支援メカです!これで海中から脱出すれば逃げられます!」
『え!?待ってください、海の中ですよ!?私の身体は!?』
「仮死状態だから大丈夫ですよ、多分」
『多分って貴方ね…!?』
そのままハードスプラッシャーに乗り、私達は島から脱出したのだった。
目を覚ますと変身が解かれていて、私ときりたんは同時に目を覚ます。どこかのガレージの様な場所で、開いている入り口の外には線路が見える。確か廃線だっただろうか。水都を知り尽くしていると自負している私でも知らない場所だった。
「無事ですかきりたん……どこですか、ここ?」
「何とか無事です…あのメモリもう絶対に使いません。安全な隠れ家ですかね?マシンに逃亡先がインプットされていたのは確認しましたが…」
「これは…」
振り返るとそこにあったのは巨大な骸骨を模した戦車の様なマシン。その骸骨の意匠がおやっさんの変身したスカルと重なった。
「骸骨のマシン…そうか、ここはおやっさんの基地ですか…!」
すると目の前で機械が勝手に動いて骸骨の意匠の装甲をWとよく似た意匠の装甲に換装して。スカル専用マシンのスカルギャリーからダブル専用マシンのリボルギャリーへと、おやっさんから私達に継がれた瞬間だった。階段を上ると、机…今でいうきりたんのテリトリーにスタッグフォンが二つとバットショット、スパイダーショックが置かれていて。きりたんはそれを手に取り納得する。
「二人分のガジェットということはこれを使って組織と戦えってことですか」
「もしかして、あの依頼人…?」
「どうやらスカルの陰の支援者は引き続き私達の味方になるようですね。それが恐らく、Wを作った人物…」
「あの階段は…」
上に続く階段を見つけて登ると事務所に帰って来ていて。たった一日で寂しくなった光景に、涙が溢れてくる。
「事務所……地下にこんな基地があったなんて。そういえば、この扉に触れたら幽霊が出るって言ってましたね……そういう、ことですか」
「…結月ゆかり?」
同じく登ってきたきりたんの問いかけに応えることなく、フラフラと、おやっさんのデスクに歩みを進め、被っていた帽子を定位置に戻す。その横に揃って飾られていたペストマスクがなくて、そのことを自覚して、涙が溢れる。もう懐かしくなってしまった匂いがした。
「…おやっさんの…匂いがします……」
「え?」
「私がずっと、追いかけていた人の匂いなんです……」
椅子に寄りかかり、泣きじゃくる。駄目だ、我慢できない。おやっさんが死んだのだと、本当の意味で自覚してしまった。
「消えてしまうんですかね、この匂いも……本人がいなくなったらそのうちに……いやです、いやですよ、おやっさん……」
★
「…そうです。そうなんですよ、あかり。おやっさんを…虚音イフの命を奪ったのは私、なんです」
いつの間にかあの時と同じように泣いていた。止まらなかった。静かに泣いていたあかりに、あの時の後悔が蘇って……涙が溢れてくる。
「あれから一年以上経ったのに、駄目ですね……おやっさんの最期を思い出すと、気持ちがボロボロ崩れてしまう……」
「もういい、もういいです、ゆかりさん!そんなに辛い話を無理に話さなくても…!」
泣きじゃくる私を、涙を浮かべたあかりが止める。ああ、その優しさは…おやっさんにそっくりだ。
「あかり、私は貴方がおやっさんの孫だと聞いた時…おやっさんに会いに来たと言った時、このことをすぐ話そうか迷いました。でも怖かった、大事な後輩の祖父を死なせてしまっただなんて言う勇気がなかった。でも、おやっさんの様に探偵になって、危険なのに物怖じせず調査していく姿におやっさんを重ねてしまって……話さないことの方が罪だと思うようになっていたんです」
「…虚音イフの死はあまりにも大きい」
泣きじゃくり告白する私をもういいと止めるように背中を擦って続いてくれたのはきりたんだった。私の方が大人なのに、情けない…。
「でも彼のおかげで生きた人形だった私は心を持ち始めました。そして生涯の相棒にも出会えた。エクストリームの件で改めて確信しました。あの日は私達にとって、人生最悪の別れと最高の出会いが両方訪れた日でもあると思うのです。だから二人で話しあってこう呼ぶことにしました」
「悪夢の夜ではなく、始まりの夜。ビギンズナイトと…!…これが私達の過去です」
きりたんの言葉に続ける。聞いていたあかりとついなさんは押し黙ってる。
「二人とも…?」
「いや、なんというか…壮絶でした。でも、お爺さまは命を賭して二人に繋げたんですね…」
「うちとしてはミュージアムに師匠殺されていて、それでよくうちみたいにならんかったなと感心したわ」
思い思いの感想を語る二人に、私ときりたんは顔を見合わせる。…責められると思った。怒鳴られると思った。だけど違った。やはり、信じてよかったのだと、私達は笑ったのだった。
ゆかりときりたんがジョーカーとサイクロンを選んだのは直感的でなく理由付けしてみました。特にきりたんの「風の様に自由に」はフィリップにも通じると思ってます。
原作だとどうかは知りませんが、今作では紲星探偵事務所は梅酒BAR鳴花ーズの建物の二階を使ってます。なのに隠し扉があったり謎だらけ。そして鳴花ーズも月読アイと知り合いで年齢不詳など謎だらけ。彼女たちは何者なんでしょうね?
次回からは最近不遇だったついなの主役回。その名も「Tの贖罪」となります。次回も楽しみにしていただけると嬉しいです。よければ評価や感想、誤字報告などもいただけたら。感想をいただければいただけるほど執筆速度が上がります。