「フフフフフッ……」
結月ゆかりの自宅の近くにある一軒家。その二階の一室であるカーテンが閉め切られ、パソコンの灯りしか光源が存在しない真っ暗な部屋で、カタカタカタとキーボードを叩く音が聞こえる。画面を見ながら顔をにやけるのは、髪の毛先が虹色がかったカラーリングの透き通った銀髪を腰まで伸ばし、鍵盤やスピーカーの意匠をあしらった黒のロリィタファッションに身を包んでいる、一見清楚で可憐なお嬢様。しかしその目のハイライトはなく、握りしめたクマのぬいぐるみはあまりの力に綿がはみ出てしまっている。
「ああ、愛しの騎士様……傷付いてなお立ち向かうその姿は、なんと美しいことか…」
恍惚とした表情で見つめるパソコンのモニターに映っているのは、結月ゆかりの盗撮写真。それもトゥース・ドーパント事件でこれでもかと言わんばかりにボロボロにされた姿。結月ゆかりの持つメモリガジェットを目にして、似た様なフクロウと置時計を模したガジェット「クロックロウ」を作成して半年間も撮り続けてきた写真群だ。
「あの日、あの時。私は見た。鳥の怪人を相手に物怖じせず立ち向かい、そして仮面の騎士様に変身して華麗に倒して見せた様を。それからもその雄姿を見届けて来ましたわ…」
【変身】と記されたファイルを開くと、ゆかりが変身する直前のシーンが色んなアングルから撮られているビデオがあって、お嬢様は椅子から立ち上がるとポーズを真似して笑みを浮かべる。お嬢様……
ホーク・ドーパントの事件で水都アウトレットモールを訪れていた客として目撃したのを皮切りに。マッド・ドーパントの事件では大学生として聞き込みで話しかけられ、ダンデライオン・ドーパントの事件では精神病の患者の一人として目撃し、運命を感じたマユはそれ以降、目立った事件はすぐさま嗅ぎつけてあの手この手で観察していた。
エルドラド・ドーパントの事件では自前のガジェットで監視して。JTRドーパントの事件では商店街の屋上をアグレッシブに跳び回ってその雄姿を追いかけ。イレイザー・ドーパントの事件では自前のガジェットで追跡しつつ交友関係をメモに纏めて。フレンジー・ドーパントの事件では追いかけてきて廃村に潜伏しつつ相棒のきりたんが想われていることに嫉妬し。ビギンズナイトの回想では事務所の窓に仕掛けていた盗聴器で盗み聞くまでに至り。
ウェブ・ドーパントの事件では
「ああ、ここを買い取ったせいで株で稼いだ金の大部分を使ってしまいましたわね……まあ口うるさいお母様やお父様から離れて一人暮らしを始められたので結果オーライですわ」
お嬢様然としている彼女ではあるがその実態は、佐藤紗々良や鈴木鼓、鷹嘴飛翔が所属していた千絵美尾大学の学生であり、実家もそこそこ裕福な名家の分家なだけの一般人である。しかし子供の頃から夢見がちだった彼女は自らの血筋が名家のものであるという事実を知ってお嬢様を気取るようになり、自分にふさわしい運命の人が現れると信じつづけた挙句に出会ってしまった。
「ああ、結月ゆかり様……困ります、困ります……いつか私に気付いてくれると信じつづけて幾星霜。まだ私に気付いてくれないのですね…?」
偶然にも出会い続けるうちに惚れてしまった。最初は男性だと思い込んでいたが、女性だと知ってもなおも想い続けている。杏璃万結は、一方的に結月ゆかりに想い焦がれていた。
「うん?インターホンの音?頼んだ最新型カメラが届いたのかしら?」
部屋を出て殺風景な家の中を進んで玄関に向かうマユ。何故、ここまで彼女の身の上を語るのか。それは彼女が今回の事件における犯人だからだ。
「お待たせしましたわ。…あら?」
「こんにちは、おねえさん。きょうはいいはなしをもってきたの」
結月ゆかりを退場させんとする悪意が、愛に生きる怪物を誕生させる。それは全て、愛ゆえに。
その日。ついなさんとリリィが復帰し、事務所の事をあかりとリリィに託した私は水都を出て、マシンハードボイルダーを数時間走らせて日本某所にある拘置所を訪れていた。ドーパントになった人間が投獄され服役している、ついなさんの上司ともいえる国そのものが作った特殊な拘置所らしい。他にも何人も殺した凶悪犯が収監されている刑務所もあるとか。その面会室の椅子に座って待っていると、係員に連れられてその人物はやってきた。
「あんたは…!?」
「久しぶりですね。弓弦伊織くん」
やってきたのは琴葉神社のアルバイトであった一見温厚な好青年。その正体はミュージアムとも繋がっていた情報調査会社ユミカルチャーの社長でミュージアムに口封じで殺された弓弦重三の息子で、その御曹司にして茜さんのストーカー、イレイザー・ドーパントだった弓弦伊織だ。怒りに任せてヒートジョーカーでボコボコにして以来である。東北外道の写真に写った彼と瓜二つの姿。髪色が緑色だったことは異なるが、関係はある筈だ。精神崩壊してたが今は落ち着いたようでなにより。
「あのときは怒りに任せて容赦なくぶちのめして、すみませんでした」
「な、何しに来たんだ……まさか、まだ僕を…!?」
「いや、これ以上なにかする気はありませんよ。今日は聞きたいことがあって参りました。……東北外道という名前、知ってますか?」
「外道おじさんのことか?」
「!」
やはり血縁者か。奇妙だとは思ってたんです。ミュージアムと繋がっていたユミカルチャー。伊織くんは生かされたのに、社長である重三だけ口封じに殺されていた。恐らく核心的な情報を持っていたから殺されたんだ。
「別に隠すことでもないから言うけど、外道おじさんは俺の親父の兄貴だよ。旧名は
「聞いている…?」
「俺が生まれる前に結婚して考古学者としての活動をやめていたからな。子煩悩で特に長女を可愛がっていたな」
長女……東北至子か。昔考古学者だったということ以外は純子さんから聞いた話の通りだ。考古学者……そういえば、ミュージアムのガイアメモリは化石みたいなフォルムでしたっけ。何か関係が……もしかしてガイアメモリは古代文明を利用した技術なのだろうか?帰ったらきりたんに聞いてみよう。
「10年前に亡くなってしまってから音沙汰ないが……それがどうかしたのか?」
「ちなみに誰と結婚したのかは…」
「
「アイ…!?」
聞き覚えのある名前が出てきた。きりたんの、純子さん達の母親と言う話は本当なのか?
「面識はそんなにないけど、藍色の着物を着た黒髪の大和撫子で優しい人だったよ。結構年の差があったらしいけど外道おじさんが惚れてアプローチして結婚したらしい。だけどたしか、娘さんが事故で亡くなった時の葬式で姿を見せなかったな。死んでいるのかもしれんな」
「その亡くなった娘さんと言うのは」
「東北記理子、だったかな。生意気ながきんちょだった」
確定だ。…月読アイは偽名だとする。明らかに小さな童女ではあるがダブルドライバーを作成する技術力を持ち合わせているのは不自然だった。もし彼女が本当は大人で、きりたんが死ぬ前に何らかの出来事が起きてあの姿になったのならば説明がつく。いや、だとすると10年以上もあの姿のままだということか…?もし本当にそうなら恨む理由もある程度想像がつく。
「…ちなみに、ミュージアムとユミカルチャーは何故繋がっているかは…?」
「俺が知らんうちに協力関係にあった。だけど、確か現当主の東北至子が自らユミカルチャーを何度か訪れて親父となんか話していたな。俺はそのおこぼれをもらっただけだ。本当なら今頃茜さんを嫁にして跡を継いで事情を知ってたかもしれないが……」
「おや、まだ反省してない様ですね?」
「いや、悪かった。反省してる。勘弁してくれ、あれは本当に痛かったんだ」
反省してないなこいつ、とギロリと睨むと委縮する伊織くん。すると「面会時間は終わりだ」と係員が知らせてくれる。まあいい。一応最後に聞いて、帰りますか。
「最後に。……東北至子に何か違和感は?」
「へ?なんでそんなことを聞くのかはわからんけど……外道おじさんが亡くなる前の至子さんはおっとりしてたけど、葬式後は何というか……笑ってはいたけど外道おじさんが死んで狂ったのか、狂気を感じる笑い方をしていた…ぐらいかな?」
「…なるほど。ありがとうございました。では存分に反省してくださいね?」
答えに満足した私はそう言って拘置所を後にしたのだった。
数時間ハードボイルダーを走らせて、水都に戻ってきた。入り口からも見える水都タワーと歩色町の街並みが美しい。この街を守るためにも、ミュージアムの首魁である東北至子…いや、東北外道を追い詰めなければいけないと改めて決意する。
「ネルさんに東北外道の評判について調べてもらいますかね…」
そんなことを思いながら水都タワーへの道路を走らせる。もう昼過ぎだ、同時に「金堂」で遅めの昼食をとるとしよう。西友の財力とリリィのリクエストですぐ屋台を再建して復帰したのはさすがと言える。キクさんも怪我した体でも気にせず今日も開店しているはずだ。
「…ん!?」
ふと、キキーッ!と背後からブレーキ音が連続して聞こえてきたのでサイドミラーに視線を向けて驚愕する。道路を走る複数の車の間を縫うように異様な物が走って近づいて来ていたのだ。一見は青みがかった銀色の複雑な装飾の鎧に身を包んだ、体型からして女騎士。頭部は目元を隠した白銀色のロングヘアーの様ではあるが硬質化したロングヘアーの形状をした白銀色の装甲であり、口元は人間の女性そのもの。その手には巨大な刃を備えた長槍の様な武器を持ち、下半身は四つの足と尻尾に紅蓮の炎を纏った灰色の馬の形状でケンタウロスの様だ。パカラッパカラッと蹄鉄の音を鳴らしながら近づいて来ていた。
「ドーパント…!?」
【ゆかりさん?拘置所に行ってたはずでは?】
驚愕しながらも懐からダブルドライバーを取り出して装着。きりたんが疑問の声を上げたので現状を説明する。
「きりたん、今水都に帰ってきたところなのですがドーパントです!」
【よく会いますねえ。もしかして知られちゃいけないことでも知ったんでしょうか。《サイクロン!》】
《ジョーカー!》
「はっ!探偵は真実を解き明かすことがお仕事なんですよ!」
そう啖呵を切ると、何故か後ろのドーパントが上半身を両手で抱えて悶えていた。なんだ?
「まあいいです…【変身!】」
《サイクロン!ジョーカー!》
ハードボイルダーを操縦しながらダブルに変身、後輪を浮かばせて方向転換し、逆走してドーパントに突進しながら宣言する。
「『さあ、お前の罪を数えろ!』」
「その言葉!まさか私に言われるだけでこうも興奮するだなんて!ああ、最高ですわ!クロックロウ、ちゃんと撮影してますわね!?」
すると何やら叫びながら興奮しつつ、スピードを速めながら槍を構えるドーパント。何言ってるかは理解できないけど、とりあえず倒すのみ!
「はあああ!」
「ぐう!?」
すれ違い様に振るわれた槍を、頭を屈めて回避しながら右拳を腹部に叩き込み、方向転換。槍を取り落とし、ダメージを受けて止まっているドーパントに目掛けて全速力でハードボイルダーを走らせ、落ちていた槍をジャンプ台替わりにして空中に飛び出し、車体によるダイレクトアタックを頭部に喰らわせ吹き飛ばし着地する。
「ぐうぅあああ!?……直接攻撃するんじゃなくてバイクで頭部を轢くだなんて……DV!DVなのね!?これも愛の形!燃え上がりますわ!」
「!?」
しかし吹き飛ばされたドーパントはロングヘアーの様な装甲を発火、紅蓮の炎を燃え上がらせると何事も無かったかのように綺麗に着地。手を翳して槍を引き寄せ、炎を槍に移してグルグルと頭上で回転させていく。
「私の
「なにを…!?」
『これは、不味いです!』
《メタル!》《ルナ!》《ルナ!メタル!》
その様子に危険を感じ、きりたんの警告に頷いてルナメタルに変身。伸縮するメタルシャフトを回転させて防御の構えを取る。
「愛の炎よ、燃え上がれ!
全身に炎を纏って槍を構え、高速で突撃してくるドーパントに、防御はあっけなく貫かれて、私達は吹き飛ばされ、あまりの威力に意識を失った。
公式ヤンデレVOCALOID、マユが参戦。ゆかりさんを知り尽くすためにこれまでの事件すべてにかかわっていたとかいうやべーやつ。そんな彼女の元に訪れたのは…?
再登場、弓弦伊織くん。実は東北外道の血縁者であった。
そして登場、謎のドーパント。何のメモリかはともかく変身者はすぐわかるね!まあわかる人にはすぐわかるドーパントだと思います。
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