殺人事件と盗難事件の同時発生がリリィ様から知らされたのは、気絶から目覚めた後だった。被害者は水都の政治家、
伊藤廻の死因は胸部の心臓を撃ち抜かれ風穴を開けられたことによる即死。凶器はおそらく銃、というのも警備員総勢による、広間にいた人間全員の手荷物検査が行われたが凶器が発見されなかったらしい。銃どころかガイアメモリもだ。結月ゆかりたちとリリィ様が持っているものは初峰九王の権限で見逃されたのだとリリィ様が嬉々として語っていた。
「真実の愛」の入れられたガラスケースは必要な手順を踏まないと警報が鳴るセンサー付きで、それがあるにも関わらず鳴らすことなく、しかもあの切れ者のオークショニアの|藤城恩に悟られることなく盗み出されたという。もちろん、手荷物検査から「真実の愛」は見つからなかった。
犯行が行われたのは約十秒の暗転だったらしい。その間にすべての犯行は行われた。暗闇の中で伊藤廻の心臓を的確に狙い、警報の鳴るセンサーをかいくぐって「真実の愛」を盗み出した。結月ゆかりはこれを単独犯の犯行とは考えてないようだ。少なくとも伊藤廻を殺した人間と、「真実の愛」を盗み出した人間は別という考えらしい。それが財団Xか怪盗Iの可能性は非常に高いが、第三者の可能性もあるとのことだ。
以上が事件の概要だ。俺はメモに書かれた内容を読み返しながら、リリィ様が向かったという機関室に向かっていた。早く合流して少しでも役に立たねば。しかしメモを読みながらだったためか、誰かとぶつかってメモを取り落としてしまった。
「すまない……よそ見をしていて…っ!?」
「いえいえ、私からぶつかったのだから気にしないでほしいですわ」
メモを拾い上げながらぶつかって相手に謝罪しようとしたら、そこにいたのはこの世のものとは思えない透き通った白髪の和服美人。俺を値踏みするかのように赤い目が細められ見つめられ、背筋が凍る。東北至子。水都でも有数の名家、東北家の当主にしてかつて俺たちエル・ドラードがスポンサーをしていたメモリ売買組織ミュージアムの首魁その人だった。
「かのエル・ドラードのNo.3の西友蒼司ですわね?」
「だったら……なんだ」
リリィ様が現在敵対しているミュージアムの首魁に名前が憶えられていることに戦慄しつつ、ここで否定したら俺がエル・ドラードの一員であることを否定するという耐え難いことになるので警戒しつつも応えると、東北至子は口元を袖で隠しながらニコニコと笑みを浮かべる。
「あなたのことは調べさせてもらいましたわ。もし出会えたら話をしようと思っていましたの。かつての栄光、邪魔物を消して取り戻してみたくありませんこと?」
「ほう……話を聞こうか……」
甘言だとはわかっている。が、俺は忘れられないのだ。かつて裏社会を牛耳るまでに至った俺たちの組織、リリィ様を崇めリリィ様の手足となる、エル・ドラードの栄光を。そして決して無視できない一言、「邪魔者」を俺は聞き逃さなかった。
「さっき面白いものを見ましたのよ。実は前々から目を付けていたのだけど、清廉潔白さからメモリには手を出さないだろうと残念に思っていた歌姫IA……彼女はあなたにとって邪魔なキクが欲しいそうですわ。リリィ金堂は手放す気がないそうですが」
そう言って着物の袖から取り出したスマートフォンを操作し、映し出した映像を見せてくる東北至子。そこには、あまりにも忌々しいあの女…呪怨キクを取り合っていがみ合っているリリィ様とIAの姿があった。左手で頭を抱え、血が出るほど握りしめた右拳を壁に叩きつける。おそらくこれは仕込みではない、服装が今日のものだし画面の端に気絶した俺が見える。こんなものを用意できるのは未来が見えるものぐらいだろう。
「リリィ様……やはり、俺より一度は貴女を裏切った、キクの方が良いと言うのか……!」
なぜだ。なぜなんだ。リリィ様。なぜあの女にこだわる?IAに渡せばあの女は幸せだろう、なのに手元に置こうとするのはなぜだ。以前聞いたら「オレの所有物だから」だと笑っていたが、その女にそこまでの価値があるとは思えない。リリィ様の考えなどは正しいがしかし、何時までも己の好みだけで、裏切り者を近くに置く様な行動は、黄金郷の女帝としてふさわしくないと思うのは俺だけなのか。貴女は裏切り者は容赦なく黄金にして資金源として切り捨てる人じゃなかったのか。
「そのとてつもない苦しみ、心中察しますわ。そ、こ、で。エル・ドラードが抜けて我々は財政難なのですけどぉ、投資にも秀でているあなたをスポンサーとして迎え入れたいのですが……」
「馬鹿な。俺がリリィ様の敵対するお前たちに力を貸す理由はない」
「まあまあ。そんなすぐに結論付けずにお聞きくださいな」
《ナインテイルフォックス!》
すると九尾の狐が体をくねらせてNと描かれているゴールドメモリを虚空から取り出すとキスでガイアウィスパーを鳴らし、ドライバーに挿入する東北至子。するととんでもない灼熱の風が吹き荒れて何とか耐えると、そこにいたのはリリィ様一筋の俺でも目が釘付けになるほどの美貌の怪物だった。思わず息を呑む、圧倒的なプレッシャーと恐怖に震える。
「…俺を殺すつもりか」
全身金色の毛皮に包まれ女性らしいフォルムの肢体の上半身を包む、複雑な文様が紅く記されている振袖を思わせる高級そうな蒼い着物、毛皮しか身に纏ってない下半身の臀部から生える九本の黄金の尻尾がまるで鎌首をもたげる八岐大蛇を思わせる扇状に広がり、下駄を履いてる様な足を囲ってドレスの様にも見え、黄金の毛皮の中で唯一白い毛皮の狐耳が生えた頭部は狐の仮面を思わせ、紅く隈取りされていて歌舞伎役者の様で笑っている様な顔の視線は冷徹そのもので、麦畑を連想させる金毛の腰までかかる長髪が灼熱の風で靡いて太陽にも見える。…初めて見たが、俺好みの蒼とリリィ様の好みそうな金の合わさった姿は、俺の理想を彷彿とさせて思わず呆然と見つめる。
「そう警戒しないでくださいまし。さしもの私も何も策もなくメモリを持ち歩いて公共の場に出るのは憚られるのですわ。私はハイドープ、変身していなくてもこの尻尾をある程度扱うことができるのですわ」
そう言って九つの尻尾のうち一本に手を突っ込み、さっき虚空から出した時の様に、見慣れた銃のような形状のメモリ施術装置と、倒れた石柱とマンタでAと描かれているゴールドメモリを取り出すナインテイルフォックス・ドーパント。そのメモリを目にしたとき、雷が落とされたような衝撃が走った。
「あなたが我々のスポンサーになる。その代わりにこのゴールドメモリをプレゼントしたいのですわ。エルドラドメモリ級の最強クラスのメモリ。エルドラドメモリも増産の予定がありますの。リリィ金堂と肩を並べてエル・ドラードとして我々ミュージアムに力を貸してくれませんか?」
そのメモリから感じたのは、運命。これだ、これこそ俺が手にするべきだったメモリ。リリィ様がエルドラドのメモリと惹き合ったように、結月ゆかりがジョーカーメモリと巡り合ったように、俺の運命のガイアメモリだと確信した。それに、一点物だったエルドラドメモリの増産?リリィ様と肩を並べて作る新たなエル・ドラード?……ああ、それは。俺が本当に、欲しかったものだ……。
「クククッ……面白い提案だ……喜んで乗ろう、その話」
「いいご返事ありがとうございますわ。それで、邪魔者たる呪怨キクの排除にはちょうどいいメモリがありますの、件の歌姫にこそふさわしいメモリ……これも渡しますので彼女を勧誘してくれませんこと?」
「任せろ。上手く話して、此方側に引き込んでみせる」
食い気味に答える。こんなおいしい話、乗らない手がない。
「頼もしいですわ~!では、メモリ施術装置と、ゴールドメモリと歌姫にぴったりのメモリを渡しますわ。あなたが我々に敵対しないことを期待してますわよ」
そう言ってナインテイルフォックス・ドーパントはゴールドメモリとメモリ施術装置、歌声を上げる口元でDと描かれたメモリを手渡すと変身を解いてにっこり笑うと、虚空に己のメモリとガイアドライバーをしまい込んだ。
「勿論だ。リリィ様共々、今度こそ良い関係で居たいからな……」
「ああ、それと。頼みたいことがもう一つ」
「なんだろうか」
そのまま告げられた言葉に、頷く。そうか、そういうことだったのか。いいだろう、いくらでも利用されてやる。すべてはリリィ様のためだ。
というわけで状況説明と西友の裏切りでした。
地味に四次元ポケットのような尻尾の使い方ができる至子の厄介さ。謎変身したのは西友を威圧するためですね。でも至子以外は隠し方どうしているんでしょうね?という謎。
次回も楽しみにしていただけると嬉しいです。よければ評価や感想、誤字報告などもいただけたら。感想をいただければいただけるほど執筆速度が上がります。