さて、少し時系列を戻そう。
金星近郊の宙域で訓練を行っている『ガンビア・ベイ』は暗礁宙域に差し掛かっていた。
「うわぁ~なんかすっごい光景ですね‥‥」
休息の時間だったティアナは窓を見ながら、同じく休憩中のギンガに話しかける。
金星宙域の一角にあたるこの宙域はかつて外惑星防衛線が瓦解した後に勃発した内惑星系防衛線の際に多数の国連統合宇宙海軍の艦艇が轟沈した宙域なのだ。
しかも、地球・ガミラス戦争以前に発生した第二次内惑星戦争時にも金星の制宙権を巡って地球・火星両軍の大規模衝突が幾度も起こった場所でもある。
そのせいで、地球・火星・ガミラスの艦艇のデブリが小惑星帯のように漂っているのだ。
おまけにいくつかのデブリが帯電しており、時折雷のようなプラズマが轟く不気味な光景を作り出している。
地球連邦政府としてはこの宙域のデブリ撤去を計画しているのだが、数が膨大であることや宇宙艦艇の不足・掃宙艇の欠乏、そして戦災復興が最優先事項であることから後回しになっていた。
ましてや太陽側の宙域なので、時間が経てばいずれは太陽に吸い寄せられると言う楽観視も含まれていたことがこの宙域の掃宙が遅れている要因の一つだ。
そのおかげかは分からないが、防衛軍上層部でも『この先、外宇宙でも暗礁宙域が存在する可能性は否めない。
よって、この宙域での航行訓練を行えばよいのでは?』と言う活用するべきであるという意見が出たことによって、ガンビア・ベイを中心とした金星宙域警邏空母艦隊が航行しているというわけだ。
ガンビア・ベイ 艦橋
「現状、周辺及び艦に異常はありません」
「艦長、先ほどすれ違った『トラファルガー』より入電。『この先の宙域の空間が不安定化しているとの情報あり。注意されたし』とのことです」
「『了解』と返答してください」
トラファルガーこと、トラファルガー級戦闘空母はマゼラン級戦艦を基に地球・ガミラス戦争中に束とディアーチェが策定した『ビンソン計画』で就役した戦闘空母だ。
基本的には水星宙域や火星宙域に展開しているが、『トラファルガー』率いる警戒艦隊は月に向かう途中で『ガンビア・ベイ』の向かうルートを通った関係で宙域の情報を得て、警告してくれたのだ。
スミス艦長もそのことを察し、感謝の返答をするように指示を出した。
「にしても、相変わらず陰鬱とした宙域ですねぇ」
「もう少ししたら掃宙艇か掃宙艦が完成するようですから、ある程度のデブリ除去が行われるそうですよ?」
「そっか~。そうしたらもう少し操艦が楽になるかもね~」
艦橋の要員たちもこの宙域にはうんざりしている様子だ。
それはそうだ。
哨戒任務の課程で何度もこの宙域を航行してはいるが、この宙域は何というか雰囲気が重いのだ。
戦死者たちの怨念が漂っているのではないかと噂されているが、そう思われても致し方ないレベルなのだ。
「さっ、気を付けつつさっさと通り抜けましょう!訓練生たちに何かあったら一大事です!!」
「「「はいは~い♪」」」
スミスの指示に艦橋要員たちは気楽な調子で返答した。
艦橋要員たちは此処を何度も通った事で、油断していたと言われても仕方がないだろう。
この後に発生した事態を考慮しても‥‥。
その頃、訓練生たちは食堂で食事中であった。
「す、すっげぇ‥‥」
「あ、あれ何人分?」
空間騎兵志望の研修生、『キャロライン雷電』とスミス艦長の補佐官である女性士官は唖然としていた。
モグモグモグモグモグモグモグ‥‥!!!!
ギンガの食事量に…!!
ギンガはスバル同様にかなり桁外れな量を食べる。
普段、一緒に勤務している者たちや噂を聞いている者たちは気にしていなかったが、今回は知らない者‥初めて乗った艦の乗員に宇宙戦士訓練学校の訓練生が多数‥‥
その為、余計にギンガは注目されていた。
「あの時の戦闘配食の量は、あの人が原因だったの‥‥?」
「ん?どうしたんだ?」
主計科にて研修中だった京塚みやこの反応に技術科の担当部署である工作室で研修をしていた板東平次は気になって話を聞いた。
「この前の訓練で、戦闘糧食を配達していた時に艦橋に届ける分がやたら多かったのよぉ‥‥」
「多いってどれくらい?」
「普通の部署の2~3倍くらい」
「お、おぉ。そうだったのか‥‥ま、まぁドンマイ?」
坂東はその光景が脳裏に浮かび、励ますことしかできなかった。
「それにしても女の人なのによくあれだけ食べられるわね‥‥」
「た、確かに‥一体何処に消えているんだ?」
ギンガが食べる量は明らかに成人男性以上だ。
それなのに、ギンガの体形は普通の成人女性‥‥
明らかにおかしい。
二人がギンガの生体について首を傾げていた時、
ビィー!ビィー!!
「うわぁあ!?」
「ど、どうしたんですか!?」
『警報!間近の宙域にワームホールが出現!!艦隊は退避行動に入る!総員配置につけ!!総員配置につけ!!』
「「「「えええええ!?」」」」
ほのぼのとした食事時間が突然の警報と命令に研修生・正規の乗員問わず驚愕した。
とはいえ、彼ら彼女らも防衛軍軍人を志す者たち‥驚愕したものの、配置に就くべく大慌てで食堂を飛び出した。
ガンビア・ベイ 艦橋
「総員!宇宙服着用!!急げ!!」
「転舵反転!!ワームホールの吸引圏内から離脱する!!」
ガンビア・ベイ艦橋内は大慌てであった。
いつも通り、陰鬱としつつも凪いだ宙だと高をくくっていたが、『トラファルガー』から警告を受けた宙域を通過した直後にワームホールが出現し、強力な吸引力で周囲の物体を吸い込み始めたのだ。
ガンビア・ベイからの『各艦転舵、及び各艦各個に退避せよ』という命令によってアンティーンタム級軽空母及び、アーガス級軽空母群は各個に転舵を開始し、各々で回避行動に入る。
ほどんどの艦は宙域からの脱出に成功していたが、最後尾に近かったアンティーンタム級軽空母『ファルコン』及び、ガンビア・ベイは退避が遅れてしまっていた。
「『ファルコン』より通信!もう少しで吸引圏外へ脱出できるとのことです!」
「よし、あと少し!」
スミス艦長は通信長からの連絡に少し、安心感を覚えた。
「「「すみません!遅れました!!」」」
そこにギンガ、ティアナ、美咲が遅れて到着し、配置についた。
「大丈夫ですよ。しかし、もう少し早く来てくださいね?」
「す、すみません‥‥」
副長からの暖かくも厳しい言葉にギンガは謝るしかなかった。
一応、ギンガは艦長よりも上の役職‥司令官を目指す研修中なので、艦長よりも素早い対応が求められる。
「もう少しで脱出できます!」
「ふぅ‥‥」
そんなこんなしつつも、ガンビア・ベイはあと少しで引力から脱出出来る地点まで来た。
スミス艦長は安堵の表情を浮かべた。
しかし、この宙域特有の自然現象がガンビア・ベイに牙をむいた。
ピッシャアアアアン!!
ドッガアアアン!!
「「「「うわぁあああああ!?」」」」」
突然、ガンビア・ベイに衝撃と閃光が走った。
「な、何事ですか!?」
「わ、分かりません!」
『こちら機関室!突然、過度のエネルギー流入が発生!機関の制御が上手く行かない!!』
「「「えええええ!?」」」
そう、この宙域にて発生しているプラズマ。
その中でも特大クラスのプラズマがガンビア・ベイに直撃したのだ。
如何に優秀な宇宙艦艇でも突然、強力なプラズマエネルギーを叩き込まれれば機関に異常が出る上、何かしらの破損が発生する。
おまけにガンビア・ベイは新型艦‥この突然のエネルギーによって回路がオーバーロードし、回路が破断してしまう二次被害が発生した。
ガンビア・ベイ 機関室
「神堂候補生!そっちはどうだ!!」
「駄目です!!こっちの回路も破断!と言うか、操作盤も煙を吹いていますから大至急技術班の応援を呼ばないと修理できません!!」
神堂が研修を受けていた機関室にてプラズマの被害が多数発生していた。
この被害はとても機関部員だけで修理できるレベルを越えていた。
「無理だ!艦内のあちこちで回線破断が起きてそっちの対処中だそうだ!」
「そ、そんなっ!!」
艦内各所でも同様の事が起きているため、技術班もその破損個所の修理に向かっているので、機関室まで送る余裕がない様だ。
技術班員たちも機関部員もある程度の修理は出来るのだから、機関室で何らかの破損が起きても機関部員たちが何とか出来るだろうと判断しているのかもしれない。
ガンビア・ベイ 艦橋
「出力低下、速力低下が止まりません!!」
「出力低下の為、艦が引き込まれています!!」
ガンビア・ベイ乗員はもとより、古庄教官の下で学んできた全研修生も必死に対応を行った。
しかし、プラズマに付随して新鋭艦故の問題も同時に発生したことが足を引っ張った。
初期不良である。
これまで、ガンビア・ベイは後方任務のみに従事しており、戦闘態勢に近い状況での全力稼働は今回が初めてであった。
そのせいで、ただでさえ回線に負担を強いているばかりか、プラズマの高エネルギーの伝達のせいでダメージを負っていた艦内各所の回路が破断したのだ。
おまけにデブリ地帯ゆえにワームホールに引き込まれるデブリ群が複数、艦に衝突して余計に艦をワームホールに引き寄せていたのだ。
「あっ‥‥」
この五分後、ガンビア・ベイはワームホールの中に消えた。
これを目撃していたアンティーンタム級軽空母『ファルコン』及び、救援の為に舞い戻って来た『トラファルガー』旗下の警戒艦隊所属のサラミス級を改造したインヴィンシブル級軽戦闘空母『インヴィンシブル』は大慌てで悲鳴のような通報を発した。
これを受けて、アマンガ型ミサイル戦艦の調査とクラーラの取り調べ中だったジェルジンスキーと武御雷が慌てて金星宙域に急行することになったのは言うまでもない。
ガンビア・ベイ 艦橋
ヴィー!ヴィー!ヴィー!ヴィー!ヴィー!ヴィー!
「う、うぅ‥‥」
けたたましく艦内に鳴り響く警報音にティアナは目を覚ました。
「い、一体‥‥?はっ!艦長!ギンガさん!!」
何が起こったのか判断が出来ていなかったが、すぐに艦長とギンガの無事を確認しようと後ろを見た。
「う、うぅ…」
「だ、大丈夫よ‥‥」
スミスは、息はあるが、まだ気絶中であった。
とはいえ、ギンガはちょうど目を覚ましたようだ。
「おお!お前たち、無事だったか!」
「鯨伏教官!」
そしてそこに艦内で候補生たちの監督をやっていた鯨伏も艦橋に飛び込んできた。
「一体どういう状況だ?これは!」
「と、とりあえず全員を起こしましょう!」
鯨伏は何が起きたのか、ティアナに聞くが彼女も分からないことだらけであるのでとりあえず全員を起こすことになった。
それから十分後、全員が起きたガンビア・ベイが周囲の確認を行ったところ‥‥
「座標不明!?」
「はい。現在位置は防衛軍が把握している空間ではありません」
(あっ、そう言えば‥‥)
ギンガは任官したての頃、似たような経験があった。
「艦長、よろしいでしょうか?」
そこで、ギンガはスミスに声をかける。
「なんでしょう?」
「実は私、軍に任官したての頃に今回と同じような体験をしています」
「えっ?」
「なにっ!?」
「本当なんですか!?」
「はい」
「それで、どんなことがあったんですか?」
「ワームホールは一種のタイムマシンであり、パラレルワールドへと続く異次元の扉みたいなモノです」
「タイムマシン?」
「パラレルワールド?」
「私が以前、ワームホールに呑まれた先に出たのは二百年前の地球で、ISが既に実用化している世界でした」
「二百前!?そんな昔にISが!?」
「ええ‥ですが、その世界のISは女性だけしか使えないモノで、世界は女尊男卑の風潮が強まっている世界でした。それにISはスポーツ競技用の器具の一つと言う認識として使われていました」
「‥‥」
女尊男卑と聞いて顔を顰める男性陣も居た。
「となると、此処もそのISが存在する過去の世界‥‥と言う事になるのかな?」
「その可能性もありますし、違う世界の可能性もあります。パラレルワールドと言うのは無数に枝分かれした世界ですから‥‥」
「では、元の世界に戻るのも容易な事ではないと?」
「現時点では何とも‥‥ですが、少なくとも元の世界では救助が来ている筈なので、今は静観した方がいいかと‥下手に動き回れば事態を悪化させる可能性もありますし‥‥」
「‥‥」
「艦長、本艦の近くに惑星反応があります」
「惑星?」
「はい。この宙域は我が防衛軍の把握している地点ではないようですが、間近にある惑星は居住可能惑星の様です」
スミス艦長は、この報告に不安げな表情である。艦と乗員の安全を預かる艦長としてこのあたりの判断を間違えるわけにはいかない。
「艦長、兎にも角にもいったん星に降りたほうが良いと考えます」
そんな彼女に技術長が意見具申を行う。
「艦内各所及び波動エンジンにも相応のダメージがあります。エンジン以外はすぐに修理が出来ると思いますが、エンジンに関しては一旦停止させてエンジン自体を休ませつつ修理をした方が良い状況です。人類が住める環境の惑星ならば宇宙服無しで船外活動も出来るので‥‥」
「どのくらいの時間が掛かりますか?」
「まぁ、早く見積もって三時間‥遅ければ半日はいただきたいと思います」
「うううぅぅぅ‥‥」
スミスは頭を抱えた。
艦の損傷や乗員たちの疲弊度合から見ても惑星に降下したほうが良いのは一目瞭然である。
しかし、文明が存在しているかもしれない惑星に降り立って原住民に艦を奪われればそれこそ問題だ。
乗員たちや訓練生たちを家族の元に帰す責任を果たせない上に、機密保持の問題もある。
彼女は十分ほど悩むこととなったが‥‥。
「分かりました。その惑星へ降下します」
スミスは決断した。
「ただ、降下前に探査衛星を打ち上げて地表の様子をトレースして、比較的に安全な場所へ降下した方がよろしいと思います」
ギンガはスミスの決断に対して異議は出さなかったが、降下前に惑星の地表にどんなモノが存在しているのか、事前にチェックを行い、安全地帯の有無を確認してからの降下が良いと意見具申する。
「そ、そうですね」
スミスはギンガの意見を採用し、惑星へ接近した後、使い捨ての探査衛星を射出し、惑星の地表の様子をチェックする。
その惑星は地球と同レベルの大陸と海を有していたが、人口の建造物は一切見当たらない。
大気に関しては大気圏に突入後に確認するとして、とりあえず安全が確認された沿岸部にガンビア・ベイは着水した。
「着水完了」
「技術班と機関部は直ちに艦内の破損個所の修理を急いで!!戦闘班は周辺の哨戒を行い惑星の探査を!!」
艦を浜辺の近くに停泊させて修理を行いつつ、惑星探査を行うこととなった。
なお、惑星に降下する前、惑星の地表の様子を見た際、ティアナは何か見覚えがある気がした。
(あれ?この星って、前に管理局の自然保護世界の一覧表で見たような気が‥‥?)
(そんな訳ないわね)
しかし、いくらワームホールを通ったとしても自分の知る管理世界の筈がないと判断した。
その後、惑星の大気に問題がないことが確認され、乗員と訓練生たちは交代ではあるものの休息と修理、そして惑星探査を行うこととなった。
「おぉ~。自然豊かな星じゃん」
「何か新種の生物がいたりして?」
「はいはい。さっさと調査を済ませるよ~」
※一部、遠足気分の者もいたようであるが‥‥。
しかし、そんな彼らを見ている者たちもいた。
「ふむ、どうやら連中は管理局‥ではないみたいだね。管理局以外に次元の海を渡る技術を持つ者たち‥実に興味深いねぇ?」
「ドクター。如何いたしましょうか?」
「よし、ちょうどあの世界でロストロギアを捜索中の『オリジン』に調査に向かわせよう。もしかしたら、良いデータが集まるかもしれない。今後の管理局との戦いで彼女の力には役立ってもらいたいからねぇ~」
「承知しました。では直ちに命令を伝達しておきます」
「ああ、よろしく頼むよ」
調査に出たガンビア・ベイに乗る訓練生たちに別世界のマッドサイエンティストからの刺客が迫ろうとしていた。
次回 謎の魔導師