時空管理局においてエルトリアとの停戦協定の決定から一週間後‥‥
時空管理局とエルトリア共和国政府による休戦交渉の会談が執り行われることとなった。
双方共に非武装の輸送艦、もしくはそこまで武装を有していない艦で赴き、接舷した上で数日の間、双方の艦に移って対談を行うという流れになった。
その為、エルトリア側も大型輸送艦を、時空管理局側も次元輸送艦を用意し、会合ポイントまでは護衛を付けつつ連絡を密にすることとなった。
ほぼ同時に双方の輸送艦が特使及び外交団を乗せ、護衛の艦艇数隻に守られながら出航したが、ミッドチルダ側では、エルトリアでの敗戦から反戦を促すデモと第一次遠征よりも、もっと戦力を投入し、徹底的にエルトリアを叩くべきだと主張する継戦デモが起こり、双方のデモが市街地や次元航行船の発着場で衝突する事件が起こった。
一方のエルトリア側でも時空管理局の侵攻を阻止した事からこのままミッドチルダ、本局を突いて二度と自分たちの星へ近づけない様に叩くべきたと主張する継戦デモが盛り上がっており、ミッドチルダ、エルトリア双方の治安部隊が手を焼いていたのは言うまでもなかった。
時空管理局 次元輸送艦 ハーポタン
「はぁ~……あいつら現実を見とるんかいな?」
外交団の護衛を任せられたメンバーの一人に選ばれて乗船していた八神はやては、先ほど目撃した継戦を主張するデモ隊に頭を抱えていた。
このまま継戦すれば、次元世界全体の治安維持すらままならなくなるのは自明の理である。
おまけに最近は、人間を凶戦士へと変える謎の因子“エクリプスウイルス”による混乱も各地で発生している。
さらには、その構成員全員が“エクリプスウイルス”を保有した“エクリプスドライバー”であることが判明した「フッケバインファミリー」も怪しい動きをし始めているのだ。
はやて個人としては、もはやエルトリアの独立戦争なんてさっさと終わらせて、ミッドチルダ、時空管理局側が折れて妥協し、エルトリアの自治権か独立を認めさせたうえで、新たな外交関係を構築していった方がいいとまで思っている始末だった。
「ごめんなさいね、はやてちゃん。巻き込んじゃって」
「リンディさん! いえいえ! お気になさらず!! 私は乗艦も失ってしまいましたし……」
そこに、今回の外交団警護の依頼をしてきたリンディが声をかけて来た。
本来、はやては護衛の次元航行艦を任されることになっていたが、強硬派から乗艦を失った件を突かれて脚下されてしまっていた。
そのため、妥協案としてヴォルケンリッターの面々を引き連れ、外交団の直接警護を担うことになったのだった。
「はやてちゃ~ん! 艦長さんが艦橋で何か相談があるそうなのですぅ~!」
そこにリィンフォースⅡ(ツヴァイ)が少し慌てた様子で飛んできた。
「え? なんやろな??」
「さぁ? 行ってみましょう」
首を傾げたはやてとリンディは連れ立って艦橋へと向かった。
ハーポタン 艦橋
「艦長さん、どないしたんですか?」
「ああ、八神二佐。それにハラウオン統括官も‥‥」
ハーポタン艦長は頭を抱えながらはやてとリンディを出迎えた。
「それがですね……」 カクカクシカジカ
「「はい!?」」
艦長の話を聞いたはやてとリンディは仰天した。
なんと機関不調が発生し、到着予定日時が大幅に遅れると言うのだ。
これには警護についていた『クラウディア』艦長のクロノと『ドミニオン』艦長のナタルも頭を抱えたが、物理的な故障ではどうにもならない。
仕方なく、長距離通信を利用してエルトリア側の外交団を輸送している輸送艦『アフロディーテ』に通信を入れた。
XV級次元航行艦『クラウディア』
「エルトリア軍輸送艦『アフロディーテ』応答せよ。こちら外交使節団護衛の『クラウディア』艦長、クロノ・ハラウオン」
『はい。こちらエルトリア共和国国家防衛隊宇宙軍輸送艦『アフロディーテ』。よく聞こえます』
「実はこちらの輸送艦が機関不調により、到着時刻が大幅に遅れることが予想される。時間の再調整を行いたいのだが……」
『ああ、それはちょうどよかった。こちらも同じ状況ですので都合が良いです』
「は?」
『こちらも護衛の艦及び『アフロディーテ』が機関不調を起こしておりまして……』
「なんですって!?」
エルトリア共和国国家防衛隊宇宙軍所属 大型輸送艦『アフロディーテ』
「はい。本艦及び護衛の駆逐艦『レダⅠ』が機関不調を起こし、修理がいつ終わるか不明な状況なのです。その為、こちらとしても時空管理局側に通信を入れようと思っていた次第でして……」
『そうでしたか……』
「はぁ。頭が痛いですね……。整備班は何をやっていたのやら……」
エルトリア共和国大統領・カガリの補佐官にして、今回の特務大使兼外交団団長のエステレーラ・ジャルディンマールは深くため息をついた。
叔母のカガリのサポートの為にと志願したのに、肝心の船の不調で出鼻をくじかれている現状に頭を抱えずにはいられない。
「なので、とりあえず双方の修理が完了次第、再度通信を行うということで……」
『了解しました』
その後、双方の修理に手間取った為に、会合の日程は丸二日もずれることになってしまった。
……しかし、このささいなトラブルが、双方の使節団の命を救うこととなる。
会合地点 会合予定時間
飛翔戦艇フッケバイン
「ふぅ~ん? あれが目標ね?」
「みたいだな? それでどうする?」
フッケバインファミリーの女首領であるカレン・フッケバインにそう尋ねるのは、褐色の肌と顔に付けた眼帯が特徴的な女性、サイファーだ。
彼らフッケバインファミリーは基本八名で行動しており、今回の襲撃には頭領のカレンやサイファーの他に『ヴェイロン』『アルナージ』『ドゥビル』『フォルティス』『ステラ・アーバイン』が参加している。
彼らの母艦である飛翔戦艇フッケバインで暗礁宙域に潜伏し、来るであろう次元航行艦を待ち伏せていたのだ。
各々がエクリプスドライバー専用の“ディバイダー”の手入れをしたり、腹ごしらえをしたりしながら待っていた矢先、目標の次元航行艦を捕捉した。
(尤も、最年少の少女であるステラは飛翔戦艇の操舵手であり、そもそもこの艦そのものが彼女の“ディバイダー”であるため戦闘には参加できず、フォルティスもそのサポートに残らざるを得ない。また、常連メンバーの一人は表の「占い師」の仕事が忙しく欠席していたが、戦力としては十分すぎる)
「勿論さっさと襲撃して帰っちゃお? “オリジナル”の捜索もしないとだし♪」
「……ふっ。ああ、了解だ」
その後、その宙域に現れたXV級次元航行艦五隻からの通信が一切途絶えるまで、二時間とかからなかった。
五隻は救難信号を出す暇もなく、艦内で一方的な殺戮が行われ、生存者はただの一人もいなかった。
……さて、ここで疑問が浮かぶだろう。
時空管理局側とエルトリア共和国側、双方の外交使節団の艦隊は共に「機関不調」で二日も日程をずらして航行していたはずである。
では、この場所に現れ、屠られた次元航行艦五隻は一体何なのか?
答えは単純。強硬派が差し向けた襲撃兼証拠隠滅部隊だったのだ。
交渉を物理的に破綻させるため、フッケバインファミリーの襲撃の痕跡を消すか、あるいは生き残りを自らの手で抹殺し、戦争を強制的に継続させるための極秘部隊であった。
ところが、手違いでこの五隻がフッケバインファミリーと鉢合わせしてしまい、返り討ちに遭って全滅してしまったのだった。
結果、二日遅れで「同時」に到着した双方の外交使節団艦隊がこの惨状を発見し、共同で救難活動と調査を行う事態になった。
この後、現場から強硬派の指示書が回収されたことで徹底的な内部監査が始まり、強硬派の主導者たちは軒並み拘束されることとなった。
良くも悪くもこの一件のおかげで、双方の外交使節団の間に奇妙な連帯感が生まれ、交渉はスムーズに進行。
無事に休戦協定が締結され、時空管理局員の捕虜などが送還されることとなったのである。
さて、此処で視点を太陽系に戻そう‥‥
現在、ガルマン・ガミラスの特使艦隊を出迎える準備を進めている地球連邦だが、木星の衛星『イオ』近郊において、拿捕した時空管理局の次元航行艦を用いた運用試験がプレシア・テスタロッサ博士の主導の下で行われていた。
拿捕していたXV級次元航行艦
ヒュードラ暴走事故前までの記憶しかなかったプレシアだが、自分の知っている時空管理局の次元航行艦から多少は進化しているとはいえ、根本的な構造がほとんど変わっていないことに呆れていた。
それでも、地球連邦宇宙海軍技術開発部門からの要請で、各種魔導兵装のデータ収集を実施していたのだ。
「はぁ~……管理局は私が知っている装備からほとんど変わっていないとはねぇ~……研究意欲が削がれるわぁ~」
「プレシア、そんなことを言いましても……管理局としては、現状の次元世界を統治するにはこれで十分だったからだと思いますよ?」
愚痴るプレシアをなだめるのは、彼女のサポートに派遣されているリニス(武御雷医務長)である。
「まっ、それもそうね。さてと、次は『アルカンシェル』の試射だったわね。標的艦は何だったかしら?」
「はい。太陽系内を漂流していた暗黒星団帝国のヒアデス級護衛艦だそうです。次元潜航艦『伊58』が雷撃し、撃破した際に放棄されたものと思われます」
「へぇ? でも標的艦にすると言うことは船体は無事なのね?」
「はい。雷撃が艦橋部に直撃したことが原因で上部構造物は吹き飛んでいますが、船体自体は無事だそうです」
「分かったわ。それじゃ、アルカンシェル発射準備に入るわよ。記録をお願い」
『了解しました』
プレシアの要請に返答したのは、観測任務についていたバラクーダ級砲艦の「熱海」である。
暗黒星団帝国による地球占領後の艦艇不足から船体寿命延長工事が行われ、旧式ながらも運用が継続されているベテラン艦だ。
『こちら機関室! 準備完了です!』
「分かったわ。すぅ……『アルカンシェル』! 発射!!」
プレシアの号令を受け、技術者が突貫工事で接続した操作盤が叩かれ、主砲アルカンシェルが宇宙空間に解き放たれた。
……この試験はヒアデス級の船体を中破させるにとどまったが、問題は破壊力ではなかった。
この異次元の光景を、息を潜めて観察していた者達がいたのである。
ガルマン・ガミラスの特使艦隊を極秘追跡し、地球連邦の情報収集を行っていたボラー連邦軍辺境巡視艦隊584。
地球連邦宇宙海軍の哨戒網を潜り抜け、絶妙な距離感を保っていたのは、司令官ボローズの戦術眼と、旗艦であるガノンダ型航宙母艦「ラブロコフ」艦長ジェルバ・グダンの見事な操艦の賜物だろう。
辺境巡視艦隊584 旗艦 ガノンダ型航宙母艦「ラブロコフ」
「ボローズ様! あれはガルマン・ガミラスと関係を持っているこの星系の奴らの新兵器かと思われます! この情報も本国に伝えればよい報告になるかと!」
側近のレバルスは興奮気味にそう進言したが、返事はない。
振り返ると、アルカンシェルの映像を食い入るように見つめるボローズの顔からは、完全に血の気が引いていた。
閃光が走った瞬間、ラブロコフのブリッジは沈黙に包まれた。
レバルスはただの強力なエネルギー兵器だと思っていた。だが、スクリーン越しに見たそれは、単なる破壊光線ではない。
空間そのものを削り取り、宇宙の法則を捻じ曲げるかのような、あまりにも異質な輝きを放っていたのだ。
「ぼ、ボローズ様……?」
「あ、あの光‥‥ま、まさかっ!?ウ、ウラリアの……魔女……!?」
彼の震える声は、長年ボラーの深層心理に刻まれてきた「古代の恐怖」が、いま再び目覚めたことを確信させていた。
『ウラリアの魔女』。
この言葉にレバルスはもとより、艦長のグダンも背筋に冷たいものを感じた。
それは、ボラー連邦本国であるボラー星系において、決して口にしてはならない忌まわしい伝説であった‥‥
「ボローズ様、ウラリアの魔女とは……あの、おとぎ話の!?」
レバルスは信じられないといった表情でボローズの顔を覗き込んだ。
ボラー連邦の将兵であれば、幼い頃から聞かされて育つ恐怖の象徴。
しかし、それはあくまで神話や伝説の類‥ひいては子供に聞かせるようなおとぎ話であるはずだ。
「おとぎ話だと……!? ならばあの光を!!あの異常な空間の歪みをどう説明する!?」
ボローズは血走った目でメインスクリーンを指差した。
「我々の陽電子砲とも、忌々しいデスラー砲とも全く違う! 空間そのものを圧縮し、破壊するあの異常な現象……かつて私の祖父が口伝で残した『魔女の光』の特徴と完全に一致しているのだ!」
(バカな……なぜこんな辺境の星系に、銀河の中心へ消えたはずの魔女の力が存在するのだ!? ガルマン・ガミラスはこの星と同盟を結んだというのか? いや、それとも彼らも既に魔女の支配下にあるというのか……!)
ボローズの頭の中で、最悪の推測が次々と渦を巻いていく。ガルマン星を追われた悔しさなど、この絶対的な恐怖の前ではすでに消し飛んでいた。
「グダン艦長!」
ボローズは震える声を振り絞り、グダンへと振り返った。
「は、はい!」
「直ちにこの宙域から離脱する! 全観測データに最高級のプロテクトをかけ、ワープ準備! 目標、ボラー本国!」
「よろしいのですか!? ガルマン・ガミラス特使艦隊の動向調査の任務が……」
「馬鹿者! 相手が『魔女』であれば我々の手には負えん! このまま観測を続けて気付かれでもすれば、艦隊ごと異次元の塵にされるぞ! この『事実』をベムラーゼ首相に報告することこそが、今我々に課せられた最重要任務だ!」
その切羽詰まった気迫に気圧されたレバルスとグダンは、これ以上の反論を諦め、すぐさま艦隊の撤退作業に取り掛かった。
一方、ボラーの将兵たちから恐るべき『魔女』扱いされた張本人であるプレシアは、自らが放ったアルカンシェルの観測データを見て、不満げにため息をついていた。
「はぁ……。出力が全然足りないわね」
「プレシア、中破とはいえ、あのヒアデス級の分厚い装甲をあっさりと抉り取ったのです。モニター越しに見学していた地球連邦軍の軍事関係者たちは、現在言葉を失って青ざめていますよ?」
リニスが苦笑交じりに報告するが、プレシアは腕を組んでコンソールの数値を睨みつけたままだった。
「当たり前よ。本来のアルカンシェルなら、あんな動かない鉄クズ、完全消滅させてお釣りが出るわ。地球のジェネレーターじゃ、魔力変換の効率が悪すぎるのよ……ああもう、どいつもこいつも未開な技術ばかりでイライラするわね!」
(この程度の出力じゃ話にならないわ。もっと……もっと完璧な形に仕上げなければ……!)
彼女の心中にあるのは、技術者としての完璧主義と探求心のみ。
自らの放った一撃が、潜伏していたボラー連邦の偵察艦隊を震え上がらせ、尻尾を巻いて逃げ帰らせたことなど知る由もない。
「リニス、技術部へ修正案を送るわよ。ジェネレーターの直結回路から根本的に見直しよ。今夜は徹夜になるわよ」
「はいはい。どこまでもお付き合いしますよ」
プレシアの呆れ顔と、リニスの穏やかな声が響くイオ近郊の宙域。
その裏で静かに太陽系から姿を消したボラー辺境巡視艦隊584が持ち帰る『ウラリアの魔女、地球星系にて復活す』という誤解に満ちた凶報が、ボラー連邦本国を未曾有のパニックに陥れ、やがて地球とボラー連邦を巻き込む巨大な戦乱の引き金になるとは……この時、誰も予想していなかった。
外宇宙の脅威や、次元世界の覇権争い。
そんな銀河規模のスケールで歴史が動いているさなか、地球連邦軍・月基地(ルナベース)の士官用食堂では、ある意味で「アルカンシェル」の直撃よりも恐ろしい事態が進行していた。
「ふふふ~ん♪ さっすが防衛軍でも最新調理設備ねぇ~火力調整も完璧だわ~」
純白のエプロンを身に着け、上機嫌で鼻歌を歌いながら大鍋をかき混ぜているのは、グラーフ・ツェッペリン副長兼飛行隊隊長のミーナ・ディートリンデ・ヴィルケである。
彼女の背中を、食堂の入り口の物陰から二人の隊員が絶望的な表情で見つめていた。
「……ね、ねぇ、トゥルーデ‥私、この前の汚部屋騒動の罰なら、格納庫の掃除一ヶ月でもトイレ掃除でも甘んじて受けるよ。だから、逃げよ? ねっ?」
「馬鹿を言え。ミーナ隊長は連日の訓練で疲労している我々を労って、わざわざ『手料理』を振る舞おうとしてくれているんだ……逃げることなど、防衛軍軍人の矜持が許さん!!」
ゲルトルート・バルクホルン(トゥルーデ)は厳格な顔つきでそう答えたが、その額からは滝のように冷や汗が流れ落ち、声は微かに震えていた。
隣にいるエーリカ・ハルトマンは、すでに遺書を書くかのような遠い目をしている。
無理もない。
彼女たちの隊長は、部下思いで優秀な指揮官であると同時に、「ジャムとマスタードと魚肉ソーセージを混ぜて美味しいと感じる」という、銀河系でも類を見ないバカ舌(悪食)の持ち主なのだから。
「あっ、二人ともお疲れ様! ちょうど出来上がったところよ!」
振り返ったミーナは、女神のような微笑みとともに、大きなお玉で鍋の中身をすくい上げた。
――どろり‥‥
鍋の中では、なぜか発光している赤紫色の粘性物体が、マグマのように気泡を弾けさせている。
「今日のメニューは、『ミーナ特製ルナベース・ポトフ~二つの宇宙の架け橋ソース添え~』よ!」
「み、ミーナ……この禍々しい……いや、個性的な色は一体……?」
「ああ、これね! 防衛軍の宇宙食って栄養満点だけど味気ないでしょう? だから、私が実家から持ってきた特製ブルーベリージャムと練乳をベースにして……隠し味に、この前ガルマン・ガミラスの特使の方からお土産でもらった『ガミラス星特産の香辛料』を丸ごと一瓶入れてみたの!」
(異星の未知の香辛料と練乳ジャムを混ぜちゃダメでしょおおおお!?)
エーリカは心の中で絶叫した。
もはやそれは料理ではなく、化学兵器の錬成である。
「さあ、冷めないうちに召し上がれ!」
満面の笑みで差し出された深皿。
逃げ場を失った二人は、震える手でスプーンを握った。
「……ッ、い、いただきます……!」
覚悟を決め、バルクホルンがいち早くそれを口に運ぶ。
直後――彼女の視界は一瞬にして白く染まった。
(あぁ~……お花畑が見える……クリス……お前、もう歩けるようになったのか……?)
脳内に直接響くような凄まじい味覚の暴力‥‥甘み、辛み、酸味、そして未知の宇宙成分が口の中でビッグバンを起こし、バルクホルンの強靭な精神力を瞬時にへし折った。
「とぅ、トゥルーデ!?」
「……見事な……味だ……ミーナ……」
ガクッ。
バルクホルンはスプーンを握りしめたまま、直立不動の姿勢で完全に気絶(ログアウト)した。
「トゥルーデ!? 立ったまま気絶している!? いや、呼吸止まってない!?」
「あら、あら? トゥルーデったら、あまりの美味しさに言葉を失っちゃったみたいね。ふふっ、作り甲斐があるわ。……んー? でも、少しパンチが足りないかしら?」
阿鼻叫喚の地獄絵図の中、ミーナは自分の取り分をペロリと味見して、不思議そうに小首を傾げる。
バルクホルンが一口食べて気絶したにもかかわらず、ミーナは何事もないかのように再び味を調節し始める。
「よし、ここにチョコレートと塩辛と、エンジンオイルの代わりになるって言っていた謎の栄養ゼリーを足して……」
「や、やめてー!! それ以上混ぜたら臨界点突破してメルトダウンが起きるからー!!」
エーリカが半泣きで止めに入ろうとしたその時、食堂の天井から無機質な機械音が鳴り響いた。
『――緊急警報。緊急警報。食堂エリア厨房ニテ、致死レベルノ未確認有害物質(バイオハザード)ヲ検知。直チニエリアヲ封鎖シ、完全除染作業ヲ開始シマス』
プシュゥゥゥゥッ!!
警報と共に、天井から真っ白な消毒ガスが一斉に噴射される。
「きゃあっ!? な、なに!? ああー!!私の特製ポトフが!?」
「うおおおおおっ!! 防衛軍のセキュリティシステム、ナイス判断!! トゥルーデ、死なないでー!!」
ミーナが混乱する中、エーリカは気絶したバルクホルンを引きずりながら、全力で除染エリアから脱出を図るのだった。
月基地の最新鋭AIすらも「生物災害」と判定したミーナの悪食とバカ舌は、ある意味でどんな超兵器よりも恐ろしい、防衛線の最強の盾(ただし味方にも牙を剥く)なのかもしれない。
次回 地球とガルマン・ガミラス